【完結】願いが叶う本と僕らのパラレルワールド

カムナ リオ

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渡辺明日奈 編

第55話「本の正体」

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「泣き顔よ」
「そう答えるだろうと、思っていた」
  
 カエルがそう答えた瞬間、私の頭の上に乗っていた黒くくすんだトンガリ帽子が、金色に輝きだし、ついには美しい王冠に姿を変えた。
  
 目の前の城の扉が、ゴゴゴゴと音を上げながら、ゆっくりゆっくり開いていった。
  
***
  
「……ここは」
  
 目の前に荘厳な雰囲気の、大きく不思議な広間が広がっていた。いつか動画で観た、ヴェルサイユ宮殿の内部のようだ。

 天井は奥まで大変高く、星空を思わせる美しい天井画が描かれている。天井の梁は黄金色に装飾されていて、まばゆいばかりのクリスタル製と思われる、星を集めたようなシャンデリアがぶら下がっていた。

 壁面にはアーチ状の額に囲われた、荘厳な絵画が飾られている。

 その絵画には、美しい花々や、ヒツジや双子の子供、ライオンや一角獣やタマゴのお化け、そして白い騎士と赤い騎士、黄色いチョッキを着たカエルのなどが、描かれていた。

 中でも私の目を引いたのは、中央の奥に飾られていた「黒と白の二匹の猫の絵」だ。

 この絵。

 それにしても、これだけ華やかな建物内なのに、そこには誰もいなかった。私は慎重に、広間を見渡していった。
 
 ここが終着点なはず。
 
 でも私の探している「願いが叶う本」は、見当たらなかった。
 
 急に頭が重くなり、その重さに耐えられず、私の首はグニャっと曲がる。王冠は黒い猫に変化し、私から飛び降りた。
 
 この黒猫、どこかで。

「ようこそ、ナイトパーティーへ」
「本はどこ?」
「せっかちだね。でも、ここまで辿り着いた君になら、もう、分かっているんじゃないのかい」

 黒猫はニヤッと口角を上げた。
 
「本の正体に」
  
 今まで私が探してきた場所、そしてこの場所、登場したキャラクター、それらが示す一つのものは。

「鏡ね」

 私は小さなころ読んだ、少女が鏡を通り抜けて異世界に迷い込む、ある物語を思い出していた。

「フッ、そうだよ。“願いを叶える本”とは“欲望を映す鏡”さ。女子トイレの洗面台の鏡に始まり、プールの水面……」
「視聴覚室、演劇部室、音楽室は? 鏡なんてないわよ」

 黒猫はフフンと嘲笑し、目を細めた。
 
「視聴覚室のスクリーンは映像を映し出す。映像なんてもの所詮は偽物、幻。演劇部では、本当の自分ではない偽者を演じる。それに音楽室のグランドピアノの漆黒の蓋は、実に鮮やかに虚偽を映し出すよ。文芸部は現実ではない“物語”を作り出す、まさに偽物の創作場。そんな数々の“偽物”を貯蓄している図書室。本物を忠実に映しはするが、決して本物にはなり得ない“鏡”さ。……ああいった場所にはね“偽物のパワー”が溜まるのさ。そういったパワーは、現実と空想の間をあやふやにし、人間たちとボクたち委員会を、繋げる道を作る」

 黒猫はもっともらしいことを一気に捲し立てた。
  
「それじゃ、もしかして鏡に映ることで、願いが叶うというの」
「ボクたち“願い叶えの本製作委員会は”現在、“恋”を題材にした白紙の本に、そういったさまざまな君たちの妄想……いや、夢を沢山写しとっていく活動をしているのさ、一ページ、一ページにね」
  
 “本を開く”とは、鏡に願いを映すという意味だったんだ。
  
「願いを叶えるのは、活動に協力してくれた人間たちへのお礼、といったところだね。文化祭の演劇上演をきっかけに、芸能界へスカウトされて、スターと恋に落ちるなんて、なんとも愉快で、ご都合主義で笑える話だろう。傑作だよっ」
「人間の欲望を、利用しているということ?」

 私は思わず前のめりになってしまった。
 
「だって人間ほど呆れるほど尊大で、馬鹿馬鹿しい欲を、沢山持っている生き物はいないもの。人間だって、それで“ありえない夢”が叶うんだ。礼を言われたって、恨まれる筋合いはないよ」

 黒猫は愉快そうに小首を傾げた。
 
「さあ、君はどうするの?」

 そう聞かれて、私は言葉が出てこなかった。

「別にやめたいなら、それでもいい。僕らはまた、別の人間を探すだけだ。君なら分かっていると思うけど、“鏡”に映し出されるのは、自分の“真”に願うことだけだ」

 それは例えば、金持ちになりたいだとか、美人になりたいだとか、頭脳明晰になりたいとか、地位が欲しいとか、そんな表層的な願いは、どんなに頭に思い浮かべても、映らないということだ。
  
 私の、私の本当に願うこと。
 もし今、鏡の前に立ってしまったら、本を開いたら……
  
 私は百花の“泣き顔”を愛している。
 百花の“不幸”を愛している。
 百花だけを愛している。
 
 でも彼女は“女”の私を、一番に愛することはないだろう。
  
 どうして私の“願い”はこんなに醜悪で、おぞましくて、いたたまれないものなんだろう。酷い、酷すぎる。

 でも、その“願い”でしか、私は決して救われないのだ。
  
「さあ、本を“開く”? “開かない”?」


つづく
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