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渡辺明日奈 編
第40話「文芸部へ」
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【九月六日(土曜日)】
土曜日、学校は休みだったが、私は学校へ向かった。いや、むしろ休みだったからというべきか。
***
休日だというのに、運動部の連中なんかが、意外に沢山登校して来ていた。九月のまだ残暑残る中、ご苦労なことで。私はまったく気持ちのこもってない彼らへの慰めを、心の中で呟いた。
***
職員室もまばらに、先生や生徒たちがいたが、私はそ知らぬ顔で部屋に入り、堂々と部活塔の鍵保管場所に向かった。
こういったことは、オドオドしているとかえって怪しまれるものだ。途中、誰からも声を掛けられることなく、私はなんなく文芸部室のスペアキーを手に入れた。
部活塔の部室の鍵は万が一に備えて、スペアキーが用意されていることを、私は知っていた。
しかしスペアキーを難なく手に入れたものの、出口までの道のりは途方もなく長く感じて、職員室を出た途端、足がガクガク震えだした。
これくらいのことで。本当に自分が情けない。私はまだフワフワした足取りで、なんとか文化部活塔へ向かった。
***
文化部室塔は静かなものだったが、奥の文芸部室はドアが開いていて、中から話し声が聞こえた。なんだって土曜日に、文化部が活動なんかしているのだ。
本を探す上手い口実が浮かばず、結局私は、文芸部員たちが帰るのをじっと待つことにした。
***
呆れることに、部員たちが全員に帰ったのは、もう日が暮れてからだった。
こんな時間まで、なにを活動しているのだろう。文芸部の入り口の見える場所で、ずっと張っている私への嫌がらせかと、思わずにはいられない。
文芸部のドアの鍵が閉められるまで、私は慎重に待った。
鍵を掛けた文芸部員、最後の一人が完全に見えなくなるまで、息をのんで見守る。
私は一応周りを確認し、滑るように部室内に入った。
***
部室に入った途端、背後からガタッと物音がした。私は思わず叫びそうになってしまい、慌てて口を押さえる。
部室にはもう、誰もいないはずだった。
口から心臓が飛び出しそうなのを、必死で堪えた。辺りを恐る恐る見回してみる。壁に飾ってあった、絵画が落ちたのだ。
こんな偶然、あるだろうか。
……。
どうして、このタイミングで。だいたい、なんでこんなところに、絵画なんて飾ってあるのだ。その絵画に描かれた、黒猫と白猫が、こちらを睨んでいるように見えた。
不吉。
まるでその出来事は、自分の今後を暗示しているようで、私はしばらく、落ちた絵画を凝視したまま動けなかった。
***
私はなんとか気を取り直して、部屋全体を見渡した。たまたま壁から落ちた絵画なんかに、ビビっている場合じゃない。
部室内は、雑然としていた。
しばらく部屋の中を軽く探してみたが、赤い本など見当たらない。
だがここで、諦めるわけにはいかないのだ。私はまさしく家捜しのごとく、部室内を引っ掻き回した。後で問題になるかもしれないなどと、考えている余裕はなかった。
それだけ私は、必死だったのだ。
***
赤い本が見当たらない。
百花や相葉君の、見間違いかもしれないかと思い、別の色の本も、片っ端から開いたが、それらしい本はなかった。
普通の状態なら、ここで諦めていただろう。いや、もう本の存在を信じている時点で、普通の状態とは言いがたいが。
だが私は、必死だった。
もしこの本に巡り会えなければ、自分は一生救われない。そう本気で思い込んでしまっていた。
***
「……」
結局赤い本は、見つからなかった。
文芸部室への忍び込みが露頭に終わり、私は自室のベッドの上で、ずっと呆けていた。
相葉君が見つけた後、本はどこかへ移動したのかもしれない。本なんて、どこへでも持ちだせる。それに本のウワサは、百花たちの話だけではない。ここで、途切れてしまったわけじゃない。まだ、本を探す糸口はあるはずだ。
絶対に見つけてやる。
つづく
土曜日、学校は休みだったが、私は学校へ向かった。いや、むしろ休みだったからというべきか。
***
休日だというのに、運動部の連中なんかが、意外に沢山登校して来ていた。九月のまだ残暑残る中、ご苦労なことで。私はまったく気持ちのこもってない彼らへの慰めを、心の中で呟いた。
***
職員室もまばらに、先生や生徒たちがいたが、私はそ知らぬ顔で部屋に入り、堂々と部活塔の鍵保管場所に向かった。
こういったことは、オドオドしているとかえって怪しまれるものだ。途中、誰からも声を掛けられることなく、私はなんなく文芸部室のスペアキーを手に入れた。
部活塔の部室の鍵は万が一に備えて、スペアキーが用意されていることを、私は知っていた。
しかしスペアキーを難なく手に入れたものの、出口までの道のりは途方もなく長く感じて、職員室を出た途端、足がガクガク震えだした。
これくらいのことで。本当に自分が情けない。私はまだフワフワした足取りで、なんとか文化部活塔へ向かった。
***
文化部室塔は静かなものだったが、奥の文芸部室はドアが開いていて、中から話し声が聞こえた。なんだって土曜日に、文化部が活動なんかしているのだ。
本を探す上手い口実が浮かばず、結局私は、文芸部員たちが帰るのをじっと待つことにした。
***
呆れることに、部員たちが全員に帰ったのは、もう日が暮れてからだった。
こんな時間まで、なにを活動しているのだろう。文芸部の入り口の見える場所で、ずっと張っている私への嫌がらせかと、思わずにはいられない。
文芸部のドアの鍵が閉められるまで、私は慎重に待った。
鍵を掛けた文芸部員、最後の一人が完全に見えなくなるまで、息をのんで見守る。
私は一応周りを確認し、滑るように部室内に入った。
***
部室に入った途端、背後からガタッと物音がした。私は思わず叫びそうになってしまい、慌てて口を押さえる。
部室にはもう、誰もいないはずだった。
口から心臓が飛び出しそうなのを、必死で堪えた。辺りを恐る恐る見回してみる。壁に飾ってあった、絵画が落ちたのだ。
こんな偶然、あるだろうか。
……。
どうして、このタイミングで。だいたい、なんでこんなところに、絵画なんて飾ってあるのだ。その絵画に描かれた、黒猫と白猫が、こちらを睨んでいるように見えた。
不吉。
まるでその出来事は、自分の今後を暗示しているようで、私はしばらく、落ちた絵画を凝視したまま動けなかった。
***
私はなんとか気を取り直して、部屋全体を見渡した。たまたま壁から落ちた絵画なんかに、ビビっている場合じゃない。
部室内は、雑然としていた。
しばらく部屋の中を軽く探してみたが、赤い本など見当たらない。
だがここで、諦めるわけにはいかないのだ。私はまさしく家捜しのごとく、部室内を引っ掻き回した。後で問題になるかもしれないなどと、考えている余裕はなかった。
それだけ私は、必死だったのだ。
***
赤い本が見当たらない。
百花や相葉君の、見間違いかもしれないかと思い、別の色の本も、片っ端から開いたが、それらしい本はなかった。
普通の状態なら、ここで諦めていただろう。いや、もう本の存在を信じている時点で、普通の状態とは言いがたいが。
だが私は、必死だった。
もしこの本に巡り会えなければ、自分は一生救われない。そう本気で思い込んでしまっていた。
***
「……」
結局赤い本は、見つからなかった。
文芸部室への忍び込みが露頭に終わり、私は自室のベッドの上で、ずっと呆けていた。
相葉君が見つけた後、本はどこかへ移動したのかもしれない。本なんて、どこへでも持ちだせる。それに本のウワサは、百花たちの話だけではない。ここで、途切れてしまったわけじゃない。まだ、本を探す糸口はあるはずだ。
絶対に見つけてやる。
つづく
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