37 / 83
渡辺明日奈 編
第38話「高橋先輩」
しおりを挟む
【九月四日(木曜日)】
どんなに冷静さを装おうとしても、本のことが気になって仕方がない。寝ても、覚めても、授業中でも、食事のときでも、思い浮かぶのは本のことばかり。
まるで、恋でもしているみたいだ。
私はいても立ってもいられなくなり、午後の授業が終ってすぐに、文化部活塔へと向かった。
***
部活塔の一番奥、文芸部室のドアの前に立ったとき、はっとした。
鍵が掛かっている。当たり前だ。
ドアが開くわけもない。だいたい、無断で勝手に部室に入るわけにはいかないのだ。
だかもし、この部室の中に関係者がいたとしても、願い叶えの本を探しているからと、中に入るのは想像しただけでも、相当痛い。
落ち着け。
だいたいそんなもの、あるわけがないんだ。私はすんでのところで、正気に戻った。
***
正気は取り戻したはずだったか、私は空気が抜けかけた風船のように、学内をフラフラと彷徨った。一体自分が、どこを歩いているか分かっていなかった。
***
次第に眩しい光が、目の端に入ってきた。強烈な日差しが、体に染み渡った。このままここにいたら、光が自分を浄化してくれるだろうか。気が付けば、校舎間を繋ぐ曲がりくねった渡り廊下に出ていた。私は馬鹿みたいに、しばらくそこに突っ立っていた。
「……渡辺さん?」
聞き慣れない男の声が、私の名を呼んだ。
ゆっくり振り返って見た。
その顔には、見覚えがある。
「高橋……先輩?」
「ああ、やっぱり」
高橋先輩は日光を一心に受け、そこに力強く存在していた。今にも白い歯が、キラッと光りそうで寒気がした。
***
私はどうしてこんなところで、この人と世間話をしているのだろう。今すぐにでも逃げ出したかったが、私の中にある、常識的社交性がそれをさせない。もし逃げ出せば、高橋先輩の心象を悪くし、きっと百花にも迷惑がかかるだろう。
ちゃんと、笑えているだろうか。顔が引きつる。
さらに話が進んでくると、高橋先輩は百花の好きなものや、行きたい場所なんかについて、私に聞いてきた。この世の幸せが、すべて自分のものとでも思っているかのような、浮かれっぷり。
今ここにナイフでもあったら、私は間違いなく高橋先輩を刺し殺していただろう。
作り笑いを崩さないようにすることは、地獄のような苦しみだった。その永遠のように長く苦しい時間を、私は必死で耐えたのだ。
***
どこをどのように通って、図書室にたどり着いたかは、覚えていない。
習慣というのは恐ろしいもので、体は勝手に仕事をこなすのだ。体と精神は別々に存在すると、こんなところで実感させられた。
つづく
どんなに冷静さを装おうとしても、本のことが気になって仕方がない。寝ても、覚めても、授業中でも、食事のときでも、思い浮かぶのは本のことばかり。
まるで、恋でもしているみたいだ。
私はいても立ってもいられなくなり、午後の授業が終ってすぐに、文化部活塔へと向かった。
***
部活塔の一番奥、文芸部室のドアの前に立ったとき、はっとした。
鍵が掛かっている。当たり前だ。
ドアが開くわけもない。だいたい、無断で勝手に部室に入るわけにはいかないのだ。
だかもし、この部室の中に関係者がいたとしても、願い叶えの本を探しているからと、中に入るのは想像しただけでも、相当痛い。
落ち着け。
だいたいそんなもの、あるわけがないんだ。私はすんでのところで、正気に戻った。
***
正気は取り戻したはずだったか、私は空気が抜けかけた風船のように、学内をフラフラと彷徨った。一体自分が、どこを歩いているか分かっていなかった。
***
次第に眩しい光が、目の端に入ってきた。強烈な日差しが、体に染み渡った。このままここにいたら、光が自分を浄化してくれるだろうか。気が付けば、校舎間を繋ぐ曲がりくねった渡り廊下に出ていた。私は馬鹿みたいに、しばらくそこに突っ立っていた。
「……渡辺さん?」
聞き慣れない男の声が、私の名を呼んだ。
ゆっくり振り返って見た。
その顔には、見覚えがある。
「高橋……先輩?」
「ああ、やっぱり」
高橋先輩は日光を一心に受け、そこに力強く存在していた。今にも白い歯が、キラッと光りそうで寒気がした。
***
私はどうしてこんなところで、この人と世間話をしているのだろう。今すぐにでも逃げ出したかったが、私の中にある、常識的社交性がそれをさせない。もし逃げ出せば、高橋先輩の心象を悪くし、きっと百花にも迷惑がかかるだろう。
ちゃんと、笑えているだろうか。顔が引きつる。
さらに話が進んでくると、高橋先輩は百花の好きなものや、行きたい場所なんかについて、私に聞いてきた。この世の幸せが、すべて自分のものとでも思っているかのような、浮かれっぷり。
今ここにナイフでもあったら、私は間違いなく高橋先輩を刺し殺していただろう。
作り笑いを崩さないようにすることは、地獄のような苦しみだった。その永遠のように長く苦しい時間を、私は必死で耐えたのだ。
***
どこをどのように通って、図書室にたどり着いたかは、覚えていない。
習慣というのは恐ろしいもので、体は勝手に仕事をこなすのだ。体と精神は別々に存在すると、こんなところで実感させられた。
つづく
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる