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相葉悠一 編
第24話「図書室の秘めごと」
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【九月五日(金曜日)】
「あのさ」
渡辺がいつもより、低いトーンの声で、オレに尋ねてきた。オレも習って低いトーンで返す。
「何?」
「機嫌、悪いみたい」
「オレはいつもこうだよ」
「……怒ってる?」
「別に」
オレたちの間に、冷たく重たい空気が流れた。その日は図書室の棚卸作業。新しく作った分類表通りに新書を入れるため、古書を移動させるのだ。
オレは機械作業のように、渡辺に言われた通り本を渡し、本を受け取って書籍ワゴンに詰めていった。
「昨日はごめん。ちょっと用事があって。百花から聞いた。私のこと探してたんだって?」
刺すような痛みが、オレの胸に走った。
「それで、怒ってるんでしょ。悪かったわよ。謝るわよ」
「……なに、してたの?」
自分でも驚くほど低い声が、あたりに響いた。渡辺もそのオレに声に驚いたようで、ビクッと目を見開いた。オレは構わずそのままの温度で単調に続けた。
「用事ってなに」
「……いや別に。相葉君には関係ないよ」
渡辺はバツが悪そうに、顔を背けた。
でも、まったくその通りだろう。オレには確かに関係ない。渡り廊下で前日見た、渡辺とあの男の情景が、鮮明に頭に浮かんでくる。その通りなだけに、本当なことなだけに、悔しくなった。昨日から必死に抑えていたなにかが、オレの体から飛び出した。
次には、渡辺の二の腕を掴んでいた。
渡辺は簡単によろめいて、バランスを崩す。
どんなにオレをイラつかせようが、軽い、弱い。女なんてこんなもんだ。
「キャア!」
「……っ!」
図書室の一番奥。
誰もいない。オレたち以外は。
その空間は、九月の残暑の中なのに、ほんのり寒い静寂が漂っていた。
天井にオレンジ色の光が、微かに照りだされている。気が付いたらオレは、簡単に渡辺を図書室の床に押し倒していた。
オレを見つめる、渡辺の見開かれた瞳。
その下には形の良い鼻と、薄く艶やかな唇。
シャツの裾から伸びる白い腕。
床に広がる黒い髪。
細い喉元。
規則的に上下する、控えめだけど柔らかそうな膨らみ。
形のよい渡辺の唇が、かすかに、でもはっきりと動いた。
「私と……したいの?」
つづく
「あのさ」
渡辺がいつもより、低いトーンの声で、オレに尋ねてきた。オレも習って低いトーンで返す。
「何?」
「機嫌、悪いみたい」
「オレはいつもこうだよ」
「……怒ってる?」
「別に」
オレたちの間に、冷たく重たい空気が流れた。その日は図書室の棚卸作業。新しく作った分類表通りに新書を入れるため、古書を移動させるのだ。
オレは機械作業のように、渡辺に言われた通り本を渡し、本を受け取って書籍ワゴンに詰めていった。
「昨日はごめん。ちょっと用事があって。百花から聞いた。私のこと探してたんだって?」
刺すような痛みが、オレの胸に走った。
「それで、怒ってるんでしょ。悪かったわよ。謝るわよ」
「……なに、してたの?」
自分でも驚くほど低い声が、あたりに響いた。渡辺もそのオレに声に驚いたようで、ビクッと目を見開いた。オレは構わずそのままの温度で単調に続けた。
「用事ってなに」
「……いや別に。相葉君には関係ないよ」
渡辺はバツが悪そうに、顔を背けた。
でも、まったくその通りだろう。オレには確かに関係ない。渡り廊下で前日見た、渡辺とあの男の情景が、鮮明に頭に浮かんでくる。その通りなだけに、本当なことなだけに、悔しくなった。昨日から必死に抑えていたなにかが、オレの体から飛び出した。
次には、渡辺の二の腕を掴んでいた。
渡辺は簡単によろめいて、バランスを崩す。
どんなにオレをイラつかせようが、軽い、弱い。女なんてこんなもんだ。
「キャア!」
「……っ!」
図書室の一番奥。
誰もいない。オレたち以外は。
その空間は、九月の残暑の中なのに、ほんのり寒い静寂が漂っていた。
天井にオレンジ色の光が、微かに照りだされている。気が付いたらオレは、簡単に渡辺を図書室の床に押し倒していた。
オレを見つめる、渡辺の見開かれた瞳。
その下には形の良い鼻と、薄く艶やかな唇。
シャツの裾から伸びる白い腕。
床に広がる黒い髪。
細い喉元。
規則的に上下する、控えめだけど柔らかそうな膨らみ。
形のよい渡辺の唇が、かすかに、でもはっきりと動いた。
「私と……したいの?」
つづく
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