15 / 83
相葉悠一 編
第16話「文芸部」
しおりを挟む
文化部活塔の一番奥までの廊下を歩く。人の気配はどんどんなくなって行く。
関係者以外は近づかないのか、その部室はひっそりと佇んでいた。不気味だけど、おごそかな雰囲気さえある。
『文芸部』のプラカードの掛かった、部屋の前まで辿り着くと、オレは深呼吸をし、意を決してドアをノックした。
時が止まったような沈黙。
何の反応もない。困った。オレはそれでも、文芸部のドアに向かって「すみませーん」と呼びかけてみる。
再び、空間が凍りついたような沈黙。
反応なし。
本を図書室まで、持ち帰るのが面倒だったオレは、思い切って文芸部のドアノブを捻って見る。ドアノブは、何の抵抗もなく回った。
なんだ、開いてるじゃん。
オレはもう一度「すみませーん」と小声で叫びながら、ゆっくりとドアを開けて、文芸部の部室の中に恐る恐る入った。
ひやっとした空気が佇んでいる。
部室に入った瞬間、少し悪寒を感じた。
でもきっと気のせいだ。この部屋には、西日が溢れている。日陰でもないのにこの残暑の中、寒いわけがないんだ。部室は雑然としていて、人の気配はなかった。誰もいないのだろうか。再度「すみませーん」と声を上げてみたが、反応はない。
オレは持っていた残りの本を、テーブルの上に置いた。そのテーブルには、他にいくつもの本が散々としていて、原稿用紙なんかもある。
文芸部らしい。
その中で、一冊の古びた本がオレの目に止まった。
西日に照らされてか、その本は茜色に輝いている。オレは吸い込まれるように、その本を手にしようとした。
「ダメだよ」
後ろから声がし、オレは慌てて振り向いた。色素の薄い儚げな、男子生徒が立っていた。肌色も薄ければ、髪の毛の色も薄いし、黒目部分の色も薄いのだ。薄いというか、瞳の色に関しては、少々青みががってさえいた。まるでガラス玉だ。日本人離れしているというか。
それにしても、いつから部屋にいたのだろうか。入って来る気配など、全く感じなかった。
あまりに儚げなので、最初は幽霊かなにかじゃないかと考えてしまった。
思わず、男子生徒の足を確認する。
ちゃんと足はある、見える。
幽霊ではないようだ。足先にはちゃんと影も伸びている。だけどオレは、喉が渇いて張り付くように感じた。声が上手く出ない。
文芸部の部員だろうか。
彼の胸ポケットに、視線をずらす。
生徒手帳の色はミドリ――三年生だ。
「あ、あの」
オレは咄嗟に言いわけを口にしようとしたが、うまくまとまらなかった。
「ダメだよ」
「え?」
「勝手に触っちゃ」
「す、すいません」
先輩だと分かり、オレは本能的にへりくだった態度になっていた。
「その本ね」
「え?」
「なんだと思う」
本の表紙には、なにも書かれていない。裏表紙なのかもしれないが。タイトルも表記してないなんて、考えてみれば変な本だ。
「願いが叶う本だよ」
思考が止まる。呼吸も止まる。すべての時間が止まった気がした。
……え?
オレは言葉に詰まった。
なにを言ってるんだろう、この人。
そんなもの、あるわけないだろ。
その先輩に、からかわれているのだと気が付くのに、オレはしばらく時間を要した。
「は?」
「本当だよ」
先輩は美しく整った顔を崩して、ニンマリと笑った。
「えっと、そうですか」
「信じてない?」
「そ、その」
うまく言葉にできない。言葉がのどに詰まった感じだ。
「本当なのに。でも信じる勇気のない人には、使えないんだ。君、残念だったね」
先輩はさらに笑う。爬虫類のようだと思った。電波系ってやつか。
「って言うのは、ウソ」
弛緩していた体の筋肉が、少しずつ緩んでいくのをオレは感じた。冗談か、はは。そりゃ、そうだろ。なんだろ、この人?
「何でも叶うわけじゃない」
「へ?」
「叶うのは“恋”の願いごとだけ。ロマンチックでしょ」
ロマンチックと来た。何だよそれ。さらに力が抜けていく。
「そうなんですか」
やっぱり変な人だ。
「だから、今の君には使えない。残念だったね」
オレは、空気の抜けた風船のようになっていた。先輩はオレの持って来た本に目をやると、この本いいよねと、その本についても語りだした。
***
どのくらいの時間が経っただろう。先輩に、古書受取書類に判を押して貰った時には、すっかり日は落ちていた。
つづく
関係者以外は近づかないのか、その部室はひっそりと佇んでいた。不気味だけど、おごそかな雰囲気さえある。
『文芸部』のプラカードの掛かった、部屋の前まで辿り着くと、オレは深呼吸をし、意を決してドアをノックした。
時が止まったような沈黙。
何の反応もない。困った。オレはそれでも、文芸部のドアに向かって「すみませーん」と呼びかけてみる。
再び、空間が凍りついたような沈黙。
反応なし。
本を図書室まで、持ち帰るのが面倒だったオレは、思い切って文芸部のドアノブを捻って見る。ドアノブは、何の抵抗もなく回った。
なんだ、開いてるじゃん。
オレはもう一度「すみませーん」と小声で叫びながら、ゆっくりとドアを開けて、文芸部の部室の中に恐る恐る入った。
ひやっとした空気が佇んでいる。
部室に入った瞬間、少し悪寒を感じた。
でもきっと気のせいだ。この部屋には、西日が溢れている。日陰でもないのにこの残暑の中、寒いわけがないんだ。部室は雑然としていて、人の気配はなかった。誰もいないのだろうか。再度「すみませーん」と声を上げてみたが、反応はない。
オレは持っていた残りの本を、テーブルの上に置いた。そのテーブルには、他にいくつもの本が散々としていて、原稿用紙なんかもある。
文芸部らしい。
その中で、一冊の古びた本がオレの目に止まった。
西日に照らされてか、その本は茜色に輝いている。オレは吸い込まれるように、その本を手にしようとした。
「ダメだよ」
後ろから声がし、オレは慌てて振り向いた。色素の薄い儚げな、男子生徒が立っていた。肌色も薄ければ、髪の毛の色も薄いし、黒目部分の色も薄いのだ。薄いというか、瞳の色に関しては、少々青みががってさえいた。まるでガラス玉だ。日本人離れしているというか。
それにしても、いつから部屋にいたのだろうか。入って来る気配など、全く感じなかった。
あまりに儚げなので、最初は幽霊かなにかじゃないかと考えてしまった。
思わず、男子生徒の足を確認する。
ちゃんと足はある、見える。
幽霊ではないようだ。足先にはちゃんと影も伸びている。だけどオレは、喉が渇いて張り付くように感じた。声が上手く出ない。
文芸部の部員だろうか。
彼の胸ポケットに、視線をずらす。
生徒手帳の色はミドリ――三年生だ。
「あ、あの」
オレは咄嗟に言いわけを口にしようとしたが、うまくまとまらなかった。
「ダメだよ」
「え?」
「勝手に触っちゃ」
「す、すいません」
先輩だと分かり、オレは本能的にへりくだった態度になっていた。
「その本ね」
「え?」
「なんだと思う」
本の表紙には、なにも書かれていない。裏表紙なのかもしれないが。タイトルも表記してないなんて、考えてみれば変な本だ。
「願いが叶う本だよ」
思考が止まる。呼吸も止まる。すべての時間が止まった気がした。
……え?
オレは言葉に詰まった。
なにを言ってるんだろう、この人。
そんなもの、あるわけないだろ。
その先輩に、からかわれているのだと気が付くのに、オレはしばらく時間を要した。
「は?」
「本当だよ」
先輩は美しく整った顔を崩して、ニンマリと笑った。
「えっと、そうですか」
「信じてない?」
「そ、その」
うまく言葉にできない。言葉がのどに詰まった感じだ。
「本当なのに。でも信じる勇気のない人には、使えないんだ。君、残念だったね」
先輩はさらに笑う。爬虫類のようだと思った。電波系ってやつか。
「って言うのは、ウソ」
弛緩していた体の筋肉が、少しずつ緩んでいくのをオレは感じた。冗談か、はは。そりゃ、そうだろ。なんだろ、この人?
「何でも叶うわけじゃない」
「へ?」
「叶うのは“恋”の願いごとだけ。ロマンチックでしょ」
ロマンチックと来た。何だよそれ。さらに力が抜けていく。
「そうなんですか」
やっぱり変な人だ。
「だから、今の君には使えない。残念だったね」
オレは、空気の抜けた風船のようになっていた。先輩はオレの持って来た本に目をやると、この本いいよねと、その本についても語りだした。
***
どのくらいの時間が経っただろう。先輩に、古書受取書類に判を押して貰った時には、すっかり日は落ちていた。
つづく
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです
珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。
それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる