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相葉悠一 編
第14話「一緒にお昼」
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「なんか、悪いな」
「いいわよ別に。私もさっき先生から貰っちゃって、実は困ってたから」
「渡辺、焼きそばパン嫌いなのか」
「別に嫌いじゃないわよ。でも私、お弁当だし」
渡辺がそう言って机の上に出したのは、手作り風の巾着に入った、小さな弁当箱だ。図書室の準備室は涼しいらしく、いつもそこに弁当を置いているんだと、何気なく渡辺は教えてくれた。
蓋を開けると中身は、彩りのキレイで可愛い、いかにも女子の弁当だった。
海苔の巻かれた小さな俵形のオニギリ二つと、鮮やかな黄色の、美しく焼き巻かれた玉子焼き。肉肉しい美味そうなミートボールの横に、青々としたブロッコリーと、赤く輝くプチトマトが並んでいる。
オレからすれば、たいへんミニマムな弁当なのだが、美味そうは美味そうだ。
こんな可愛らしい弁当、あまり渡辺のイメージと合わないなとか、こんなもんで、腹が膨くれるのかとか、ぼーと考えていると、渡辺がクスクスと笑い出した。
「え?」
「だって、焼きそばパンにイチゴミルクって、ククク」
「いいよ、もう食えりゃっ。朝飯も食ってないし、文句なんかいってらんねーよ」
「朝ご飯、食べてないの?」
「食ってる暇なかった。起きたらもう、九時過ぎててさ」
オレはしゃべる時間も惜しくなって来て、焼きそばパンの袋を乱暴に破った。
ソースのいい香りが、開けた袋の口から漂ってくる。きつね色に焼かれたコッペパンを割って挟まっている、ソース色の焼きそばが、たわわと溢れ出しそうだ。
オレは吸い寄せられるように、大口で一気に、焼きそばパンにかぶりつく。柔らかいパンの弾力と、焼きそばのプリプリした食感がたまらない。
ああ、美味いっ、なんて美味さだろうっ。湿舌に尽くしがたいとはきっとこのことだっ。生きててよかった! 泣きそうだ。オレの焼きそばパンへの感動をよそに、渡辺が呆れた声で、話しかけてきた。
「そんなので大丈夫なの? 学食は?」
「は? だって、学食混んでるじゃん。買うまですごい並ぶし、座れないしさ。外に持って行って食うと、食器戻すの、たるい」
「そうなんだ?」
「学食に行ったことないのか? まあ、弁当なら必要ないもんな」
「え、うん。まあね」
図書委員の仕事も昼休みにやってるしと、歯切れ悪く渡辺は答えた。
「それじゃせめて、これも分けてあげるよ」
渡辺が弁当とは別のタッパから出したのは、食べやすく切られたリンゴだった。むしろ、焼け石に水といった量だ。それにそのリンゴを摘むのは、なんだか女の領域に踏み込むみたいで、気恥ずかしかった。
相手は渡辺なのに。
焼きそばパンに釣られて、図書室までのこのこついて来てしまったが、傍から見たらオレたち、仲よくメシ食ってるバカップルみたいじゃないか。
オレは慌てて、周りを見回した。
さすがの図書室も、昼休みまでは利用する生徒も少ないのか……
そう、今、図書室にいるのはオレと渡辺の二人だけだった。
そんなことを、急に意識させられた。
なかなかリンゴを取らないオレに、リンゴもしかして嫌いだった? と、ちょっと申し訳なさそうに、渡辺が小首を傾げる。
そんななんでもない仕草に、ドキッとしてしまった。
急に胸が詰まるような感覚に襲われる。呼吸がうまく出来なくなる。心なしか脈が上がったように感じた。
違う。
そんなんじゃない。
オレは努めて冷静さを装い、添えてあった爪楊枝で、リンゴを取りあげた。
「果物好きなのか」
「うん。大好き。果物ならほとんどなんでも。あ、でもドリアンとかは、食べたことないけどね」
フッと渡辺が微笑んだ。
本当に果物が好きなんだと思った。
なんだか、少し意外だ。
“大好き”なんて言葉にする渡辺も、柔らかく微笑む渡辺も。だけど意外だなんて思うほど、オレは渡辺のことを知っているのだろうか。
少し苦しくてほんのり甘く、それでいてヒンヤリと冷たい感情が、自分の中を静かに漂うのを感じた。
口の中でシャリッと音を立てるリンゴは、甘酸っぱくて少し、しょっぱかった。
つづく
「いいわよ別に。私もさっき先生から貰っちゃって、実は困ってたから」
「渡辺、焼きそばパン嫌いなのか」
「別に嫌いじゃないわよ。でも私、お弁当だし」
渡辺がそう言って机の上に出したのは、手作り風の巾着に入った、小さな弁当箱だ。図書室の準備室は涼しいらしく、いつもそこに弁当を置いているんだと、何気なく渡辺は教えてくれた。
蓋を開けると中身は、彩りのキレイで可愛い、いかにも女子の弁当だった。
海苔の巻かれた小さな俵形のオニギリ二つと、鮮やかな黄色の、美しく焼き巻かれた玉子焼き。肉肉しい美味そうなミートボールの横に、青々としたブロッコリーと、赤く輝くプチトマトが並んでいる。
オレからすれば、たいへんミニマムな弁当なのだが、美味そうは美味そうだ。
こんな可愛らしい弁当、あまり渡辺のイメージと合わないなとか、こんなもんで、腹が膨くれるのかとか、ぼーと考えていると、渡辺がクスクスと笑い出した。
「え?」
「だって、焼きそばパンにイチゴミルクって、ククク」
「いいよ、もう食えりゃっ。朝飯も食ってないし、文句なんかいってらんねーよ」
「朝ご飯、食べてないの?」
「食ってる暇なかった。起きたらもう、九時過ぎててさ」
オレはしゃべる時間も惜しくなって来て、焼きそばパンの袋を乱暴に破った。
ソースのいい香りが、開けた袋の口から漂ってくる。きつね色に焼かれたコッペパンを割って挟まっている、ソース色の焼きそばが、たわわと溢れ出しそうだ。
オレは吸い寄せられるように、大口で一気に、焼きそばパンにかぶりつく。柔らかいパンの弾力と、焼きそばのプリプリした食感がたまらない。
ああ、美味いっ、なんて美味さだろうっ。湿舌に尽くしがたいとはきっとこのことだっ。生きててよかった! 泣きそうだ。オレの焼きそばパンへの感動をよそに、渡辺が呆れた声で、話しかけてきた。
「そんなので大丈夫なの? 学食は?」
「は? だって、学食混んでるじゃん。買うまですごい並ぶし、座れないしさ。外に持って行って食うと、食器戻すの、たるい」
「そうなんだ?」
「学食に行ったことないのか? まあ、弁当なら必要ないもんな」
「え、うん。まあね」
図書委員の仕事も昼休みにやってるしと、歯切れ悪く渡辺は答えた。
「それじゃせめて、これも分けてあげるよ」
渡辺が弁当とは別のタッパから出したのは、食べやすく切られたリンゴだった。むしろ、焼け石に水といった量だ。それにそのリンゴを摘むのは、なんだか女の領域に踏み込むみたいで、気恥ずかしかった。
相手は渡辺なのに。
焼きそばパンに釣られて、図書室までのこのこついて来てしまったが、傍から見たらオレたち、仲よくメシ食ってるバカップルみたいじゃないか。
オレは慌てて、周りを見回した。
さすがの図書室も、昼休みまでは利用する生徒も少ないのか……
そう、今、図書室にいるのはオレと渡辺の二人だけだった。
そんなことを、急に意識させられた。
なかなかリンゴを取らないオレに、リンゴもしかして嫌いだった? と、ちょっと申し訳なさそうに、渡辺が小首を傾げる。
そんななんでもない仕草に、ドキッとしてしまった。
急に胸が詰まるような感覚に襲われる。呼吸がうまく出来なくなる。心なしか脈が上がったように感じた。
違う。
そんなんじゃない。
オレは努めて冷静さを装い、添えてあった爪楊枝で、リンゴを取りあげた。
「果物好きなのか」
「うん。大好き。果物ならほとんどなんでも。あ、でもドリアンとかは、食べたことないけどね」
フッと渡辺が微笑んだ。
本当に果物が好きなんだと思った。
なんだか、少し意外だ。
“大好き”なんて言葉にする渡辺も、柔らかく微笑む渡辺も。だけど意外だなんて思うほど、オレは渡辺のことを知っているのだろうか。
少し苦しくてほんのり甘く、それでいてヒンヤリと冷たい感情が、自分の中を静かに漂うのを感じた。
口の中でシャリッと音を立てるリンゴは、甘酸っぱくて少し、しょっぱかった。
つづく
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