11 / 83
相葉悠一 編
第12話「石田奈美の情報」
しおりを挟む
【九月三日(水曜日)】
オレは四時間目の化学の実験中、寝不足と空腹で、危うく持っていたフラスコを落としそうになった。なにやってんのよ、危ないわねっと、同じ班の石田美奈のつんざく声が飛んで来た。
「今日は、一段とボーとしてるわね。来たのも二時間目の途中だったし」
「……うるせーな」
石田奈美のキンキン声が、脳内に響く。なったことはないが、二日酔いってこんな感じなのかもしれないと思った。
「どうして、まともに来られないのよ。低血圧とか? 低血圧って、別に朝が弱いのに関係ないって、知ってた? 自称低血圧で朝弱いって人は、単なるグータラらしいわよ」
「別に、テーケツアツじゃねーよ……」
どーせ、夜更かししてるんじゃないの? なにやってるのよ。もしかしてエッチな動画でも観てるんでしょ、イヤらしいっ、などと何故か嬉しそうに、石田奈美はオレを蔑んだ。
反論する気力もない。
前夜、珍しく動画もネットも観なかったのだが、なんだか寝つきが悪くて、夜更かししたのは本当だ。
「あ、分かったっ。好きな子のことでも、考えて眠れなかったんでしょ?」
……は?
女って生き物は、どうして物事をいちいち、恋愛がらみに持って行きたがるのか。
石田奈美は、それでモンモンとして眠れなかったわけねー、で誰よ? 私の知ってる人? 同じクラスの子? あー待って、ちょっと待ってっ、当てるから。髪長い? 短い? と、一人で盛り上がっている。
後二十年もすれば、きっと立派なウワサ好きの、おせっかい口先オバさんになれるだろう。
まあ今でも、その資質は充分だけどな。
別に髪が長かろうが、短かろうが、どうでもいい。美人でスタイルがよくて、胸がでかくて、やらせてくれる女なら。
「分かった、城内さんでしょ!」
オレは再び、持っていたフラスコを落としそうになった。石田は、声を細めてさらに続ける。
「昨日の私の話を聞いて、ショックだったのね。そっかー、そうだったのかーっ。城内さんって、男子に人気ありそうだもんね~。無理よ、無理。あんたなんかじゃ。まあ、相手があの高橋先輩だったのが、せめてもの救いじゃない?」
無理で悪かったな、大きなお世話だ。
確かに前日、城内が男と付き合い出したと聞いて、少なからずショックだった。ただそれは、好きなアイドルが結婚発表した時に、受けるショックと似ていた。
ある意味、純粋なショックだったのかもしれない。指摘されて、ショックはオレの中で初めて確かな形になった。
どうしてそんなことも、分からなかったのか。答えは、杓子定規な化学の実験結果のように明らかだった。
あの夜、別のこと……そう、渡辺のことを考えていたからだ。
「もー、こうなったらあれよっ。あれ!」
「え?」
「願いが叶う本っ」
「はあ?」
城内を落とすより、そんな本が実在することの方が、難しいだろう。
――っていうか、ないからそんなの。
私が聞いた話によるとね、その本で、ずっと片想いしてた先輩から告白されたとか、超イケメンの他校生と付き合えた子がいるとか、芸能人と実は付き合い出したとか、もー色々すごいのよ! と石田は化学の実験中には、そぐわない興奮状態だ。
その話、僕知ってる。だけど、それって文芸部が広めたデマだって聞いたけど? と、とぼけた調子で同じ班の梅野が、横槍を入れるもんだから、石田は逆上した。
なんで、文芸部がそんな話広めるのよっ、本当なんだから、ふざけんな! と石田は梅野を畳み掛ける。梅野は尻込みして、小声でぶつぶつ文句を言っていた。文芸部が広めたデマって方が、どう考えても有力だろう。
ホント、女って生き物は。女という生き物に対し、思わず溜め息が溢れる。おおかた“本”や“物語”に興味を持たせるための、文芸部の策略だろう。
アホらしい。
ただ、そんなデマに乗せられている、底浅く単純な女どもが、少々羨ましくもあった。
オレは、険悪なムードの石田と梅野を遠巻きに、ただ四時間目が終るのを、壁掛時計を見ながら待ちわびた。
つづく
オレは四時間目の化学の実験中、寝不足と空腹で、危うく持っていたフラスコを落としそうになった。なにやってんのよ、危ないわねっと、同じ班の石田美奈のつんざく声が飛んで来た。
「今日は、一段とボーとしてるわね。来たのも二時間目の途中だったし」
「……うるせーな」
石田奈美のキンキン声が、脳内に響く。なったことはないが、二日酔いってこんな感じなのかもしれないと思った。
「どうして、まともに来られないのよ。低血圧とか? 低血圧って、別に朝が弱いのに関係ないって、知ってた? 自称低血圧で朝弱いって人は、単なるグータラらしいわよ」
「別に、テーケツアツじゃねーよ……」
どーせ、夜更かししてるんじゃないの? なにやってるのよ。もしかしてエッチな動画でも観てるんでしょ、イヤらしいっ、などと何故か嬉しそうに、石田奈美はオレを蔑んだ。
反論する気力もない。
前夜、珍しく動画もネットも観なかったのだが、なんだか寝つきが悪くて、夜更かししたのは本当だ。
「あ、分かったっ。好きな子のことでも、考えて眠れなかったんでしょ?」
……は?
女って生き物は、どうして物事をいちいち、恋愛がらみに持って行きたがるのか。
石田奈美は、それでモンモンとして眠れなかったわけねー、で誰よ? 私の知ってる人? 同じクラスの子? あー待って、ちょっと待ってっ、当てるから。髪長い? 短い? と、一人で盛り上がっている。
後二十年もすれば、きっと立派なウワサ好きの、おせっかい口先オバさんになれるだろう。
まあ今でも、その資質は充分だけどな。
別に髪が長かろうが、短かろうが、どうでもいい。美人でスタイルがよくて、胸がでかくて、やらせてくれる女なら。
「分かった、城内さんでしょ!」
オレは再び、持っていたフラスコを落としそうになった。石田は、声を細めてさらに続ける。
「昨日の私の話を聞いて、ショックだったのね。そっかー、そうだったのかーっ。城内さんって、男子に人気ありそうだもんね~。無理よ、無理。あんたなんかじゃ。まあ、相手があの高橋先輩だったのが、せめてもの救いじゃない?」
無理で悪かったな、大きなお世話だ。
確かに前日、城内が男と付き合い出したと聞いて、少なからずショックだった。ただそれは、好きなアイドルが結婚発表した時に、受けるショックと似ていた。
ある意味、純粋なショックだったのかもしれない。指摘されて、ショックはオレの中で初めて確かな形になった。
どうしてそんなことも、分からなかったのか。答えは、杓子定規な化学の実験結果のように明らかだった。
あの夜、別のこと……そう、渡辺のことを考えていたからだ。
「もー、こうなったらあれよっ。あれ!」
「え?」
「願いが叶う本っ」
「はあ?」
城内を落とすより、そんな本が実在することの方が、難しいだろう。
――っていうか、ないからそんなの。
私が聞いた話によるとね、その本で、ずっと片想いしてた先輩から告白されたとか、超イケメンの他校生と付き合えた子がいるとか、芸能人と実は付き合い出したとか、もー色々すごいのよ! と石田は化学の実験中には、そぐわない興奮状態だ。
その話、僕知ってる。だけど、それって文芸部が広めたデマだって聞いたけど? と、とぼけた調子で同じ班の梅野が、横槍を入れるもんだから、石田は逆上した。
なんで、文芸部がそんな話広めるのよっ、本当なんだから、ふざけんな! と石田は梅野を畳み掛ける。梅野は尻込みして、小声でぶつぶつ文句を言っていた。文芸部が広めたデマって方が、どう考えても有力だろう。
ホント、女って生き物は。女という生き物に対し、思わず溜め息が溢れる。おおかた“本”や“物語”に興味を持たせるための、文芸部の策略だろう。
アホらしい。
ただ、そんなデマに乗せられている、底浅く単純な女どもが、少々羨ましくもあった。
オレは、険悪なムードの石田と梅野を遠巻きに、ただ四時間目が終るのを、壁掛時計を見ながら待ちわびた。
つづく
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる