上 下
9 / 69
相葉悠一 編

第10話「ウワサ」

しおりを挟む
 前日手伝った書籍色分け表を、オレはパラパラと捲った。
 
 こんなにあるのかよと、図書室を利用しているやつらが憎らしくなった。本なんか読むより、他にやることあるんじゃねーか、若者はっ。
  
 表を捲って行くうちに、すぐにオレが書いた字ではない文字が、目に飛び込んで来た。オレの字とは似つきもしない、キレイな字だ。

 前日昇降口付近で見掛けた、渡辺の後ろ姿が思い出される。たしか六時を過ぎていた。オレが抜けたあとも、ずっと一人で作業していたのか。
 
 以降全ての色分け表が、その字体で埋め尽くされていた。オレが前日手伝った分など、ほとんどないに等しかったようだ。
  
 別に罪悪感などない。

 オレは渡辺がいいと言うまでは、手伝ったのだから。それにこれは、もともと渡辺の仕事だ。

 仕事?

 仕事ったって、たかが図書委員会の仕事だ。こんなクソ真面目に、やる義務なんかない気がする。そういう律義な性格だってことか。ご苦労なこった。

 オレは、渡辺がなぜここまでするのか理解できず、それとはまた別の、よく分からないモヤッとした感情に挟まれていた。

***
  
 えっと、“原色化学実験プロセス図解”、分類科学、“理科薬品の利用と管理”、分類理科室整備、“インターネットと教育”、分類インターネット……
 
 聞き慣れない単語がオレの頭を通り過ぎていく。正直まったく頭に残らない文字列だ。何の興味もない。

 うがっー。
 
 頭痛くなって来たっ。なんじゃこりゃ。もっと楽しそうな本、置けってんだよっ。グラビア雑誌とか、せめて官能小説とか!そう息巻いたものの、急激にオレの頭から血の気が引いていく。

 無理か。
  
 本って言えば、“願いが叶う本”なんて、本当に仕入れてくれたらいいのにな。そしたらとりあえず、この罰当番から開放してもらうか。本から魔人でも出て来るのか。ハハ。願いの代償に、魂持って行かれたりしてな。それはやだな。

『そ。今女子の間で、ひそかにウワサになってる本のこと。私も詳しくは知らないけど、なんでもその本を手にしたら、どんな願いでも叶うらしいよ~』
  
 前日の、渡辺の言葉が頭を過ぎる。

 ウワサ……
 
 たかがウワサだけども。
 されどウワサ。

 火のないところに、煙は立たない。なんてコトワザもあった。本当にあったらいいのに、なんて夢みたいなことを考えてしまうのも、作業に対する逃避と、この図書室という空間にいるせいだろう。
  
「相葉くーんっ。もう、そろそろ五時回るけど、バイト大丈夫?」

 渡辺の声が、返却カウンターの方から飛んで来た。バイトはないが、腹は減っている。帰りたい。

 そういうわけで。

「やべーっ。オレ帰るわ! じゃあな、渡辺!」
「あ、相葉君っ」
 

つづく
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

鍛えよ、侯爵令嬢! ~オレスティアとオレステスの入れ替わり奮闘記~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:256pt お気に入り:10

未来を重ねる僕と、絵本のように消える君

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:427pt お気に入り:10

トラブルに愛された夫婦!三時間で三度死ぬところやったそうです!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,838pt お気に入り:34

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,603pt お気に入り:299

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56,863pt お気に入り:53,919

極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,242pt お気に入り:35

リセット結婚生活もトラブル続き!二度目の人生、死ぬときは二人一緒!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,982pt お気に入り:42

処理中です...