宇宙航空戦艦サーシャ

みこと

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第6話

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 火星、木星間アステロイドベルト(小惑星帯)宙域

 ───ガベイロス級宇宙戦艦ゴルバトフ───


 宇宙航空戦艦CB-03より作戦データが送られた。

「艦長、CB-03より作戦の圧縮データが届きました」
「展開しろ」
「了解」

 ゴルバトフのブリッジのメインモニターや各オペレーターのモニターに作戦計画が映し出された。

「こ、これは!」

 ──作戦計画P-4S──
 簡単に言うと、包囲殲滅しようとする敵反乱軍艦隊を中央突破により分断し、左右に分断した敵艦隊を各個撃破する。作戦開始前の視点で右側を右翼艦隊、左側を左翼艦隊とする。例えば中央突破し、分断後の火星軍主力艦隊から見れば、右翼艦隊は左側に存在するのだが、それでも右翼艦隊と呼称する。これは混乱を防ぐためであり、火星軍主力艦隊の位置がどこであってもこの名称は変わらない。

 包囲殲滅しようとする敵艦隊に対して、中央突破による分断後、各個撃破することは作戦としては模範的で正しい。これ以上ない作戦とも言える。
 しかし、火星軍主力艦隊は2000隻。敵反乱軍艦隊は5000隻。2.5倍の敵に対して成功するとは思えない。奇跡的な偶然が重なって、もしかしたら、というレベルである。
 そのため、ロゴスキー司令官は驚きと落胆がないまぜになったような顔をしている。

「艦長、これはいくらなんでも無茶では」
「分かっている」

 ちなみにロゴスキー司令官のことは、ゴルバトフのブリッジなどで指揮している時では「艦長」。艦隊に司令を出すなどしている時は「司令官」と呼称されている。役割によって区別しているのだ。

「艦長、この『1号』というのは何でしょうか?『3号』まであるようですが」
「これも圧縮データだな、展開しろ」
「了解」

 ──1号~3号──
 タルタロス級宇宙突撃駆逐艦3隻の搭乗員を他艦に移乗、無人艦とする。
 宇宙突撃駆逐艦のササクラーエンジンのリミッターを全解除。安全弁全閉鎖。各セーフティロックを全解除する。
 1号から3号、それぞれの所定位置で遠隔操作により、状況によって微速、または全速で発射し、敵の射程圏内に到達する前にエンジンをフルパワーまで出力を上げて航行する。注意:最大戦速ではなくフルパワー。
 発射に際して自動航行システムをターゲットロックとして使用する。
 念の為、余剰エネルギーで防御シールドを最大出力で展開。
 ターゲットに到着後、スーパーチャージャーを点火する。注意:敵艦に接触する前に点火する事。

 ゴルバトフのブリッジのクルーは、ロゴスキー司令官も含め全員息を呑んだ。

「艦長、こ、これは」
「うむ」

 それは、タルタロス級宇宙突撃駆逐艦を宇宙魚雷ミサイルとして使用する、という事であった。

「ササクラーエンジンのリミッターを全解除して、安全弁全閉鎖、セーフティ全解除、フルパワーで航行、その後その状態でスーパーチャージャーに点火すれば…」

 オペレーターが独り言のように呟いたが、ロゴスキー司令官は返答した。

「ああ、間違いなく爆発するな。それもとびきりデカいものになるだろう」
「ササクラーエンジンの正しい使い方でこういうのがあったでしょうか?」
「あるわけないだろっ!」

 クルー達が啞然としている中で、航海長がロゴスキー司令官に質問した。

「この、『念の為に防御シールドを最大出力で展開』とはどういうことでしょう?」
「フルパワー。それもリミッターを解除した状態で航行する戦闘艦を撃沈どころか、攻撃…砲や魚雷を命中させることも難しいだろう。ロックオンすらまともに出来ないだろうからな。しかし、万が一命中した場合に備えて、という事だろう。まあ、まず当たらないだろうが」

 フルパワーでの航行テストはあるが、リミッターを解除したテストは無い。従ってどれくらいのスピードとなるか検討もつかないのだ。

「なるほどです。では、『敵艦に接触する前に(スーパーチャージャーに)点火する』というのは?」
「これも万が一、何らかの原因でスーパーチャージャーが点火しないのを防ぐためだろう。通信の異常やスーパーチャージャーそのものの故障、とかな」

 他のブリッジクルーが閉口している中、しびれを切らした副長が口を開いた。

「それで艦長、どうなさいますか?」

 ロゴスキー司令官がハッとして。

「サーシャ艦長に繋いでくれ。オープンでだ」
「了解」

『オープン』とはオープン回線の事である。前述のやり取りからも分かる通り、ブリッジ内のスピーカーとマイクに接続する。つまり、ロゴスキー司令官だけでなく他のクルーともサーシャとの会話(通信)が可能となる。

「艦長、回線接続しました」

 戦闘中に形式的な挨拶などは不要である。早速本題に入る。

【それで、ロゴスキー司令官閣下、作戦は理解されたかな?】
「作戦は理解したが、質問がある」
【何でしょう】
「この作戦は前例があるのか?」
【いや、中央突破による分断からの各個撃破、というのは戦術書の始めに載っているくらい常套手段だが、P-4Sのような作戦は私の知る限りでは前例は無いな】
「もう少し正攻法で、という方法はないのだろうか?」
【正攻法で勝てるならそうするが、そんなこと言ってる場合ではないだろう?それとも玉砕覚悟で閣下の言う正攻法とやらで戦うか?勝てるかどうかもわからん方法で正々堂々と戦って犠牲者をたくさん出して】
「あ、スマン。失言だ、撤回する」

 ロゴスキー司令官は分かってはいたが、あまりにも非常識な作戦だったため、頭が真っ白になっていたのだ。

「それと、『敵艦隊の中央を全艦最大戦速で突破後、急速反転して右翼艦隊を殲滅』とあるが?」
【それがなにか?】
「いや、我が艦隊の損耗が少なかったら、約2000の戦闘艦が反転する事になる。それなりに時間も掛かるし、かなり大回りで迂回する事になるが」

 つまり、敵に立て直す時間と猶予を与えてしまう。敵艦が近くにいるだけで抑止力になるからだ。

【重力アンカーを使えばいいだろう?】
「は?」

 サーシャに「何を理由わけの分からない事を聞いているんだ」と言うような口調にロゴスキー司令官はキョトンとなった。

 ──重力アンカー──
 文字通り船のアンカーの事である。
 通常、重力アンカーは基地や宇宙港などで停泊するために艦体を固定するものである。
 当然基地や宇宙港にも艦体を固定する装置などは装備してある所もあるが、艦体の大きさがドックに合わない事は多々ある事で、何らかの事態で急発進する場合、ドック側から固定されている場合、発進に時間が掛かる。また、ドック側に問題があれば動く事すら出来なくなる。
 そのため、戦闘艦から重力アンカーを使ってドックに艦体を固定するのである。

【だから、重力アンカーを作動させてその場でクルッと反転すればいいだろ】

 少し強引な例えだが、自動車で全速で走っている時、サイドブレーキを使い急ブレーキをかけて180度反転する、というようなものである。

「ななっ!」

 サーシャは簡単に言うが、実際に行うのはとても困難で危険である。

【なぁに、全艦のタイミングさえ合わせれば簡単だ。P-4Sにプログラムがあるから、それを使えばいい。いいか、全艦のタイミングを合わせる。これが重要だ】

 ロゴスキー司令官はオペレーターに確認した。

「そのプログラムはあるか?」
「あ、はい。少しお待ち下さい。───あ、あります。重力アンカー作動後の姿勢制御も、それに全艦のタイミングを合わせる機能まであります。全艦に命令後、こちらゴルバトフでスイッチをONするだけです」
「なんと!」
「艦長、これも正しい重力アンカーの使い「そんなわけあるかぁっ!」」

 ロゴスキー司令官はオペレーターの言葉を遮って突っ込んだ。

【それで、ロゴスキー閣下、どうしますか?】

 サーシャに「この非常時にモタモタするな!」と怒られている気がしたロゴスキー司令官は、「ふぅ」と深呼吸して気を落ち着かせた。

「ああ、すまないサーシャ大佐。それで、この重力アンカーの使い方も初めてなのか?」
【いや、私のふねで何度も経験済みだ。あ、艦内の重力安定化は絶対に切るな!プログラムで切れなくしているが、手動で切られたらマズい。慣性で色んな物が宇宙空間に飛んでいくぞ、搭乗員も含めてな】
「分かった。あとひとつ聞きたい」
【何ですかな?】
「我々が敵右翼艦隊を攻撃中、敵左翼艦隊はフリーになるがそれはどうする」
【敵の左翼艦隊は私のふねで足止めしておく、閣下はさっさと敵右翼艦隊を殲滅して敵左翼艦隊を攻撃して頂きたい】

 現在、CB-03は火星軍主力艦隊の左翼前方約40度上方で単艦で行動している。
 つまり、CB-03から見れば、右下に火星軍主力艦隊。左下遠方に敵艦隊、という位置である。

「戦艦空母単艦で敵左翼艦隊を足止めするのか?」
【宇宙航空戦艦だ!】

 宇宙戦艦と宇宙空母を併せ持つ、と言えば聞こえはいいが、正規の宇宙戦艦ほどの攻撃力や防御力があるわけでもないし、正規の宇宙空母ほどの艦載機も搭載していない。
 要するに中途半端なのである。
 そのために「戦艦空母」と呼ばれていて、これには侮蔑の意味も含まれている。
 ちなみに「空母戦艦」ではないのは単にゴロが良くないだけの事である。

 もともと訓練艦として製造されたので、単艦や艦隊での実戦や作戦行動を考えた設計にはなっていない。
 そのため、実戦配備となると使い道にとても困るのだ。
 現在CB-03に与えられている本来の任務は単艦での索敵である。攻撃力があるので、威力偵察も可能であり、それは艦長であるサーシャに一任されている。
 今回はたまたま艦隊戦に遭遇した、という事であった。
 今更だが、所属は火星軍である。

 かつて地球の歴史に於いて、海軍の花形と言えば戦艦であった。いわゆる大艦巨砲主義である。
 しかし、ある国が実施した奇襲作戦を堺に航空母艦に搭載された艦載機が主力となっていき、(当時の軍人の意識とは必ずしも一致しなかったが)逆に戦艦の使い道が無くなっていった。

 しかし、現在の宇宙戦闘艦にはそのことは当てはまらない。
 ササクラーエンジンの性能の賜物とも言えるかもしれないが、大型の戦闘艦でも高速航行が可能である。
 宇宙空母に搭載された艦載機の方が速くて小回りが利くが、それだけである。
 現在の戦闘艦に搭載されている兵器の技術力は、かつての過去の地球の洋上戦闘艦とは比べ物にならない。
 例えば、高速で飛び回る艦載機を、宇宙戦艦の主砲で狙撃する事が可能であり、弾幕を形成しなければならなかった過去のものとは全くの別次元である。

 だからといって、艦載機の使い道が無い、ということは無い。
 様々な使い道があるのだ。例えば、艦隊が陽動で実は艦載機が主、という作戦もある。
 宇宙空母にしても、地球の過去の洋上航空母艦のような脆弱なものではなく、宇宙戦艦ほどではないが、火力も防御力もある。
 ただ、小回りが利かない大型艦であるためまとになりやすい。また、撃沈されると艦載機の帰投先が無くなる。
 そういう意味では守られるべき艦、ということは過去の洋上航空母艦と同じである。

「サーシャ大佐申し訳ない。侮辱する意思はない。貴艦の戦績も知っている。ただ単艦で、というのは…」
【敵は再集結後、また包囲殲滅するために左右に展開するだろう。探索したところ敵旗艦は左側にいる。おそらく中央突破を警戒して、左翼で指揮をすると思われる。中央突破で分断した後、敵旗艦が左翼にいたならそれを私のふねで引っかきまわす。いなければ、その時に考える。分からない事を今考えるのは無駄だ】
「しかし、単艦というのは許可出来ない」
【あら、閣下の許可が必要かしら?】
「どういう意味だ」
【最初に言ったでしょう。指揮権は私に、と】
「貴様!」
「良いんだ、副長」
【別に艦隊を自由にしたい、などと思っているわけではない。作戦計画P-4Sについては私が一番よく知っている。ロゴスキー司令官閣下が不測の事態にも対処してくれるならそれでもいいが】
「分かった。確かに無茶…強引な作戦だがこれしか現状を打破する事は出来ないだろう。私の指揮では無理だ。よってこの作戦に於いてはサーシャ大佐に全権を委譲する」
【了解しました。ただいまより火星軍主力艦隊、艦隊司令官の任を一時拝命致します】
「よろしく頼む」
【それでは諸君!パーティーの準備だ!】
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