メイド侯爵令嬢

みこと

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7 夜会

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 国際会議が終了し、ローズ達は邸宅に着いた。

「お父様、後でお話があります」
「分かった、では執務室で」

 シュナイダー侯爵家の執務室は、完全防音で、たとえ王国の影でも侵入や盗聴が出来ないようになっている。
「ちょっと声が聞こえたので...」とは絶対に言わせない作りになっている。


 ローズは、国際会議中のエリック王太子の視線の話をした。
 あの目は欲しい物を与えられ、何でも手に入ると思っている愚かな権力者の目だ。

 相手の事も、現在の状況も、そうする事で起こりうる未来も何も考えていない、欲望のみの目だ。
 キャロルの感もガンガンに警笛を鳴らしている。

 現在の状況は、いつアクレシア帝国が侵攻してくるのか分からない状況だ。
 いったいこの国の王族は今の状況と立場が分かっているのか?
 いや、分からないからこそのあの態度である。

 実際にあの国際会議を成功させたのは、ローズだ。あとはルシランド王国の信頼を得る事に成功した宰相だ。
 さすがのローズでも、3ヶ国を同時に相手をする事は出来なかったのである。

 王族は偉そうにふんぞり返って見ていただけだ。
 他国の王族が呆れ果てていたのが分からないのか。

 実際、オルレア王国は決別する気満々でやってきたのである。
 エルクラド王国を捨てて、他の3国と同盟を組み、アクレシア帝国がエルクラド王国を侵攻して疲れ果てた所に連合軍による追撃を仕掛ける事によって、帝国軍に致命的ダメージを与える。そのつもりだった。

 エルクラド王国軍はだめだ。
 エルクラド王国軍の将軍と話をしたオルレア王国の将軍は、王族に媚びるだけの将軍に呆れ果てていたのである。
「真に恐るべき敵は、強力な敵ではない。愚かな味方だ」の典型的な愚かな将軍だ。

 協調するつもりはなかった。ローズ嬢に会うまでは...
「彼女と彼女のご家族は必ず助けなさい」と王妃陛下が軍の将軍に命令したほどである。



 恐らく近々王太子からコンタクトがあるだろう。

「ええ、私はあくまで同盟のお話の体で接します。それ以外なら激怒して、他の貴族や王族の前で大騒ぎして帰ります」

 エリック王太子は派閥強化のため、王派閥のユリーナ公爵令嬢と婚約中である。
 この時期に内乱が起きるような事を、なぜしようとするのか分からない

「王命が出た瞬間に動くよう準備します。お父様は?」
「あはは、私は大丈夫だ。商会というどこでも使える武器があるからな」
「そうですね。私はリーナと行動します」
「分かった」

 王命というのは、軍の命令のように、発令した瞬間に効力が発生するものではない。
 相手が了承した瞬間から効力が発生するものである。王国法にも明記されている。

 そうでないと、呟いただけで王命が発令されてしまう。
 もちろん口頭ではなく、命令書にサインした上でのことである。

 この場合、命令書を受け取った者が王城にて、内務担当大臣、法務担当大臣、他関係者の立会いの元、サインをしてはじめて効力が発生するのである。

 たとえ王命といえど、国王が単独で命令出来るものではないのだ。そうでないと、反発する勢力と対立し、内乱へと発展するだろう。

 断れない。または非常に断りにくいというあくまでそういった命令である。
 命令、というのは「断る」という選択肢がどこかにあるものだ。軍の命令でさえ。


「来た」

「夜会」の招待状である。それも王太子からである。

「流石に「舞踏会」と書くバカでは無いようね」

 この非常事態に開く夜会というのは、軍事作戦の一貫というのが常識である。
 間違っても逢瀬を楽しむものではなく、もしそうなら非常識として唾棄されるべきものである。

 この夜会というのは、領主軍のすり合わせのためのものだ。
 通常領主軍は、領主を筆頭にそれで一つの戦闘単位として軍は成り立つ。

 複数の領主軍が共同で戦う場合は、命令系統をできるだけ少なくする必要がある。
 そういった事を話し合うのが今の状況で開催される夜会なのである。

 王族も近衛兵や王国軍を動かせるが、近衛兵は王族を。王国軍は王都を防衛する。
 あくまで防衛型の軍である。

 それに比べ、領主軍は巧守両方。つまり攻撃型の軍なのである。
 近衛兵や王国軍は優秀な者が多いが、陣地から引きずり出せば、必ず領主軍が勝つ。

 なので、いかに領主軍が協調しながら戦えるか、というのが重要なのである。
 そのための夜会である。



「この度はお招きありがとうございます」

 一応体裁は保たないとね。

「あ~いいよ、いいよ。堅苦しいのは苦手だから」

 いやいやいや、今日は堅苦くはなくても、軽い気持ちじゃダメな夜会でしょうがぁ!
 やっぱり馬鹿だ。ローズの王太子への評価が2段階下がった。

「それで、前回の国際会議の件ですか?」
「いや、君とお話したかっただけ」
「は?」
「いやぁ~ちょっと君に興味持っちゃって」
「御冗談を。いま非常事態という事をお忘れですか?」
「え?そうなんだ~怖いね~」

 評価がマイナスになってしまった。もう少しは体裁を気にするかと思ったが...
 少し早いがコイツはダメだ。これはもう行動するべき、とローズは判断した。

「失礼します」

 王太子が呼び止めるのを無視し、国王陛下のまえにツカツカと歩いていった。

「陛下、発言の許可をおねがいします」
「良かろう」
「本日、私は馬鹿されるために招待されたのでしょうか?」

 ローズの燐とした声が会場に響き渡り、全員がローズを見て静かになった。

「どういう事かな?」
「私は現在、アクレシア帝国侵攻の危機に瀕している祖国の防衛、他国の情勢などの話をしに参りました」
「本日集めたのがその目的なのだから当然の事だ」
「しかし、王太子殿下は、私に興味があって話をしたいだけ、だと。まるで逢瀬を楽しむように申されました」
「真か!エリック」
「い、いえ...そのような」

 王太子も国王には逆らえないようだ。

「それでは何のお話のため、私を王太子名義で招待されたのか、今皆さんの前でお話して下さい。先程は、まるで恋人相手の距離で、ヘラヘラとした口調でお話になっていました。王太子殿下は婚約者も居る御身。この意味をお分かりでしょう」

 会場がざわついた。それはそうだ、いくら王太子といえこのような場所で非常識な行動。王太子の資格まで問われるであろう。

「え、えっと。アクレシア帝国はどの国から攻めてくるの...とか?」
「......」

 ここだよ!馬鹿かアンタは。

「陛下、やはり私は馬鹿にされに来たようです。それでは失礼します」

 颯爽とホールを出て行った。後ろで「馬鹿モンがぁ」と聞こえたが、気のせいだろう。


 この後、王太子は国王に散々怒られたそうだ。全軍の前で、戦局がまるで分かっていない発言。
 出陣のときは王族として総司令官となっていたかもしれないのに。もうそれも不可能である。領主軍からの信用を完全に無くしてしまった。

 それに、国際会議で活躍した女性に対する侮辱。婚約者への不貞疑惑。
 流石の国王も頭を抱えた。

「クソッ、クソッ、クソッ。あの女、絶対に恥をかかせて謝せてやる」

 (などと、思っているのでしょうね。それが狙いで煽ったとも知らずに。次は権力を使った強引な方法を取るだろう)

 王太子も普段はこれほど愚かではないのだ。婚約のことも、権力基盤を考えたら、誰でもいいわけではないことくらいは分かっている。
 ただ、国際会議で面白そうな女性を見つけた時からおかしくなった。

 努力や我慢というもの経験している者なら、それでも理性は保つものである。
 残念ながら、王太子はそういう経験が絶望的に乏しかったのである。

 国際会議で決議した内容が頭に入ってこなかった。ちょっとした火遊びのつもりだった。
 しかし、返り討ちにあって大やけどをしてしまったのだ。


「ただいま帰りました」
「早かったな」
「相手が弱すぎて拍子抜けでしたわ、お父様」

 ローズは夜会の事を侯爵に話した。

「酷いな。これはどうこうなる前に、王派閥筆頭ドリアドア公爵が動くかもしれんな」
「ええ、今回の戦いに王太子の出番はありません。廃嫡の可能性すらあります」
「第二王子は8歳か...せめてあと5年くらいは経たないと」
「戦いが終われば、10歳でも立太子は可能だとは思いますが、後ろ盾がありませんね」

 国が一番大変な時に、一番頑張らないといけない人物が、一番使えないとわかり、なにも出来なかった。という歴史を作ったのだ。

「それで、お父様の方は?」
「ああ、宰相閣下にお前との契約と契約書をみせて、了承の証書と国王への根回しをお願いした。守らないとこの時期に内戦になる、ともな。恐らく無理だろう。王家もお前を欲しがるだろうからな」
「ありがとうございました」
「お前の方はどうだ?」
「商業ギルド経由で連絡がつき、心良く承諾下さいました」
「そうか、エスクリダ嬢は?」
「ああ、ミランダはこの国に未練はないそうなので大丈夫です」
「では、一応準備完了だな」
「はい!」




「ローズ。王命が来た」
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