空が繋がっていてくれるから (長編版)

ゆりえる

文字の大きさ
上 下
7 / 20
7.

変えてしまいたい苗字

しおりを挟む
 澪が、その男子の苗字が土田という事と、土田の学年やクラスを知るまで、さほど時間を要しなかった。
 有り難くも、担任がホームルームの時間に、澪が欲していた情報をタイミング良くお膳立てしてくれたからだ。

「この前の気象予報士試験の件だが、我が校からは、なんとお前らと同じ2年生で、A組の土田空が合格した! 2年生での合格者は、我が校で初めての快挙だ! お前らも土田を見習って、勉学に励んで後に続くようにな!」

 前回の気象予報士試験は、澪の記憶では南光中学校から10名以上受けていたはずだった。
 担任が話した人物が、澪の想い人であるという保証などは無かったが、澪は直感的に彼に違いないと確信する事が出来た。
 登校中は、事あるごと、A組の付近を遠回りしてでも何往復も通るうちに、やっと好都合な状態でA組の男子が

「土田!」

 ......と、呼ぶ瞬間を捉えた澪。

 咄嗟に、その呼ばれた方を注視した。
 その名前で、振り返った男子は、紛れも無く、あの時、澪の頭に絡まっていたアシナガグモと蜘蛛の巣を振り払ってくれていた本人だった。

(ああ、やっぱり! 担任から聞いただけで、直感的に分かってしまっていたって事は、私、きっと土田君とかなりご縁が深いに違いない! ずっと、そんな気がしていてたけど、絶対に、これは運命なの!)

 取って付けたように強引なこじつけだったが、既に、そう信じて疑わない澪だった。

 土田と同じ土俵に立つべく、気象予報士試験を受ける事を何度か試みようとはしたものの、理系が苦手な澪は、志半ばにて断念。
 それよりは、同じクラスになる可能性が有る一番の近道と思えている同じ高校を目指す方を優先した。
 優秀な土田の事だから、1番の進学校である皆成高校を受験するに違いないと睨んだ澪は、それ以降は女友達との付き合いもほどほどにして1人で先に切り上げ、帰宅後は躍起になって勉強しまくった。

 澪の予想通り、土田は余裕で皆成高校へ進み、澪も辛うじて底辺の辺りで合格する事が出来た。
 同じ高校に合格は出来たものの、残念ながら、土田とは同じクラスでの高校生活をスタートさせられなかったが。

 それまでは、土田に憧れ、接近する事を夢見つつ漠然と過ごしていたが、高校に入ってしばらく経過したある日、澪には、絶対に早目に果たしたい人生設計が出来た。

 それは、出来るだけ早く結婚し、『園内』という苗字から離脱する事。

 中学時代までは、自分の苗字に関して、特にこれといった嫌悪感を抱く事など無く過ごして来た。
 高校に入学して間もない頃、教室で1人寂しく過ごしていた昼休み時間に、その後ずっと、苗字に対するトラウマとなった苦い出来事が起こった。

 それは、窓際後方席でクラスメイトの一軍女子達3人が話している時だった。
 彼女達は、華やかで人目を惹き、澪とは別世界の住人達のようだった。

「そのうちね~」

 ……と一軍女子達の1人が言ったのがたまたま澪の耳に入り、自分の苗字を呼ばれたと勘違いしてしまい、思わず振り返ってしまった。
 即座に、振り返った事を後悔したが、後悔したところで、振り返って見たという事実は消せなかった。

「うわっ、何? なんかこっち見てたんだけど、キモっ!」

「自分呼ばれた思ったんとちゃう? マジうける~!」

「ボッチ呼ぶかよ~!」

 言われた相手の気持ちなど、全く考慮する事の無い罵声を一方的に浴びせられ、深く傷付いた澪。

(私の苗字って、少し珍しいみたいで、漢字を説明するの面倒だったけど……園内なんて、苗字じゃなかったら、私は、今、振り返る事は無かった! ただ、ちょっと振り返っただけなのに、そんな事くらいで、こんなにののしられるなんて、なんかもうイヤだな……このクラスで、これからも友達出来る気が全くしない……でも、まあいっか)

 友達が出来たところで、一緒に遊び出したら最後、もう学業など手に付かなくなり、赤点地獄に陥ってしまうのが目に見えている澪。
 この高校生活で仲良しの女友達を作って放課後や休日に遊ぶなどという望みは、入学時からとうに捨てていた。
 澪にとって、最優先なのは、土田と接近する為に猛勉強する事なのだから。

(今の私が目指すのは、土田澪つちだみお! 園内なんて苗字より、ずっと似合ってる~! 早く土田澪になりたい!)

 その響きに、1人で大満足している澪。

 暇さえあれば、頭の中で何度も、土田と接近するシチュエーションを予行練習していた。
 場所は、大抵は校内を想定している事が多く、階段や廊下や体育館や売店など、色んな場所で遭遇する事を妄想しては、ついニタニタする事も多かった。
 万一、それをクラスメートに見られた場合、苗字の件を抜きにしても、かなり引かれて当然だろう。
 土田との接近以外の事に関し、高校生活で重きを置いてない澪にしてみれば、クラスメート女子の罵声は、トラウマになったにせよ、土田と早期結婚への意思を一層固めるのに一役買ってくれた。

(早く土田澪になりたいけど……高校卒業したら、土田君はモチロン、一流大学行くから、学生結婚は現実的じゃないし、あと7年は無理かな? まだまだ先は長い~! でも、7年有るなら、焦らず、土田君に一歩ずつ近付ける! 案外、私には、そのペースの方が向いているかも!)

 楽観的に考えながら、土田と同じ高校の合格、Twitterの相互フォローと、徐々に目標に近付いているつもりでいた澪。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

5年A組の三学期。

ポケっこ
青春
狂いの5年A組も三学期。5Aでは一日に一回何か可笑しな出来事が起こる。そんな5Aを盛り切りする咲希先生と生徒達の日常を描いた物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

執事👨一人声劇台本

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
執事台本を今まで書いた事がなかったのですが、機会があって書いてみました。 一作だけではなく、これから色々書いてみようと思います。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

処理中です...