肉食色気男子と清らか美人は120%両片思い

おこのみ

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3 ※攻め視点

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 そのアルバイトを決めたのは、とある打算からだった。


 なんというか、自慢じゃないが俺はモテる。

 ……これが、本当に自慢じゃないのだ。


 思い返せば俺のモテ黒歴史は小学校時代から始まっていた。

 同じクラスのユカリちゃんとミキちゃんに毎日腕を引っ張られるように奪い合われ、ある日肩が脱臼したのは今でも忘れられない記憶だ。どんな筋力してんだ。

 中学校に入学したと同時に始まったのは、中学生とは思えないようなイカツイ先輩に呼び出される日々だった。先輩の彼女を奪ったという全く身に覚えのない恐喝を食らうこと、食らうこと……。両手で収まらない回数なんて、ありえない。けれどこれもまったく盛っていないのが悲しい事実だ。


 そして当時の大きな問題は、高校までエスカレーター式だったことだ。このままでは高校生活も恐ろしいモテと恐喝にまみれた日々を送る羽目になるのでは―― そんな恐怖に打ち勝つべく、自身を鍛え上げた。

 空手道場に入門し、修行に明け暮れる毎日。今では程よく筋肉の乗った185cmの大男になったわけだ。

 勝ち目がないと踏んでくれたのか、これで男からのやっかみは消えたが、女性からの視線はむしろ加熱の一途を辿った。


 大学生になって入ったサークルでは飲み会の後に集団でお持ち帰りされそうになったり(酒で潰され起きたらガリバー旅行記のように拘束されている最中だった)、初バイトでは客にストーカーされたり(なぜかすべての用事を把握されて付け回された)、その次のバイトでは同僚に私物を盗まれたり(高く売れるのだそうだ)。

 さらには気になる大人しめな女子からは、決まってこう言われるのだ。


「からかうのはやめて。礼二くんって恋愛慣れてしてるでしょ? こんなにかっこいいし、遊んでそうっていうか」


 ――もううんざりだ! いい加減にしてくれ!!


 一般的には羨まれる美点なのかもしれないが、俺にとって俺の美貌というのは厄介なお荷物でしかない。なんなら、俺の人生に影を落とす最大の欠点といえるだろう。

 マジでいらない。メル〇リで売りたい。


 ああ、ついつい話に熱が入ってしまった。話を戻そう。

 そんなモテを避けたい俺が見つけたのが、とある喫茶店のバイトだ。

 その店 "喫茶 かをる” は町にひっそりとたたずんでいた。白塗りの外壁は経年劣化が激しく、ところどころひびが入っている。モスグリーンの看板に書かれた文字は昭和を感じさせるレトロさで(というか、古臭い)、一部ツタが絡まっていて文字が読めないという残念っぷりだった。

 そんな店先に貼ってあるアルバイト募集の張り紙。はじめは興味がなかったが、ふとあることをひらめいた。


 (こんな汚い店には、女性客が来ることはほとんどないんじゃないか……?)


 通り過ぎようとした足を逆再生するように戻し、しっかりと店を観察する。


 軒先に業務用段ボールが積んである――よし。

 ツタどころか一部コケまで生している――よし。

 快晴続きなのに傘立てをしまっていない、しかも錆びている――よし。


 俺の思う『女性受けしないポイント』をことごとく打ち抜いてくる。お世辞にも色恋に興味津々の女性が出会いを求めてくるような喫茶店ではない。この店こそ、間違いなく俺のアルバイト先として適正に違いない!

 こうしちゃいられないと勢いのまま店の戸を叩いた俺は、喫茶かをるの一員となったのだった。

 そうして、あの人に出会ったのだ。可憐で汚れを知らない、あの美しい男に。




---------------




「潤さん、俺が運びます、それ」

「えっ大丈夫だよ? そりゃ榊くんよりは細いけど、これくらいは」

「……いえ、身長的に、しまうときに脚立とかいらないので、便利かと」

「ははっ便利って……! そんなに言うならやってもらおーかな、便利屋さん」

 あっその笑顔、100点満点中5億点ですわ。心のアルバム入りですわ。

 潤さんの目がかまぼこ型にニコってなる笑顔、ほんと癒しでしかない。

 同棲したら毎朝、この笑顔でおはよって言ってもらえるんだろうか。そんな相手はうらやましすぎる。けど俺も潤さんの作った味噌汁を飲みたい男のひとりだ。


 笹目潤さんは、この喫茶店でバリスタの修行をしている先輩店員だ。染めているのかと思うほど柔らかいマロンブラウンの髪は清潔に整えられている。そして白い肌、淡くて少しぶ厚い唇。全体的に色素の薄い儚げな男性である。

 彼を語る上で最も重要なのは、なんといっても花の綻ぶような笑顔だ。派手な見た目じゃないが小作りな顔からは、汚してはならない清らかさを感じる。そんな控えめな美しさでふわっと笑われるたびに、俺の心はくすぐられる。守ってあげたい。潤さんのほうが歳上だけど。


 身長は平均ほどなので、俺とは15センチくらい差がある。15センチ差って、キスしやすい身長差とかじゃなかったっけ……。ああ、華奢なその肩を掴んで、そっとキスしてみたい。清廉な潤さんにそんなことしたら恐ろしくて泣いてしまうかもしれないから、絶対しないが。

 先ほどのからかい交じりな高すぎないころころとした笑い声に、極めつけに斜め下から笑いかけられて、俺の鼓動は高鳴りっぱなしだ。心臓が痛い。

 たとえるなら、俺の心臓の中に住むメタル系のおっさんが心のドラムセットを叩き壊しながら激しい演奏をしているかのようだ。

 ああ、潤さん、今日も可憐で美しい、愛してる――。


 ――ここまで0.3秒の思考回路である。

 実際の表情には何も出ていないのだ。その証拠に、潤さんは何も疑うことなく俺の差し出した手にコーヒー豆の袋を載せてくる。その動きに無駄はなく、袋の重みだけが俺の腕に伝わってくる。

 くそッ、今日は『ふと触れる指と指』イベントはなしか……。


「じゃあ、これ持っていきます」

「うん。正直助かったよ、豆10kgって持ち上げると結構肩腰にくるんだよね」

「まだ25じゃないですか。まだまだいけるでしょ」

「いやいや、四捨五入したら三十路だしね、ぼく。20歳には勝てないよ~」

 普通に会話しながら、キッチンの棚に2人で向かう。

 潤さんと出会う前まで、気にしたこともなかった “普通の会話” 。素のままでは挙動不審でキモイことを言ってしまいそうだから、バイトに来る前に何度もシミュレーションを重ねて、なんとか普通を保っているのだ。


 潤さんは人と話すとき、まっすぐその相手を見ながら話す。それは俺に対しても例外ではない。隣から注がれる視線、それだけでも眩しいというのに、キラキラエフェクトかかってる笑顔まで向けられて、俺はもう潤さんのことを見たら発狂してしまいそうだ。見たらダメだ、取り繕った皮を脱ぎ捨てて愛でてしまう。それだけは避けたい。


「ほんとありがとね。まだ入って3か月なのに、いつも助けてもらってる」

 3か月。もうそんなに経つのか。喫茶かをるへの第一印象はオンボロ、第二印象は暇そうだったにもかかわらず、予想に反してこの店は人気店だった。

 なんでも、無類のコーヒー好きが集まる知る人ぞ知る名店だそうで、以前九州からわざわざこの店のために来たお客さんにも遭遇したことがあるほどだ。ただ人気店と言っても、俺の読み通り浮ついた若者客が少ないのは良かったが。

 そんな人気店でのバイトは、毎シフト忙しい。これはつまり、潤さんとの交流の機会も少ないということを表している。喫茶店に勤めてはいるが、コーヒーを飲んだのは挨拶の時にマスターに淹れてもらった1杯だけだ。自分の入る時間がランチタイムやティータイムなのもあるが、それほど暇がない。したがって、潤さんのコーヒーを俺はまだ飲んだことがないのだ。


「どうしたの、榊くん。何か言いたそう」

 潤さんが少し首を傾げて聞いてくる。そのキョトン顔もかわいい、心のアルバム追加2枚目。

 今日のシフトは夕方だからか、珍しく客が途切れている。マスターはイレギュラーで他店に赴いているし、今俺と潤さんは2人きりということになる。ついさっき荷物運びを手伝ったところだし、これは絶好のチャンスかもしれない。


「……あの、お願いひとつ、いいですか」

「ぼくにできることなら! で、お願いって?」

「潤さんに、コーヒー淹れてほしいなって」

「そんなのお安い御用だよ! 店長のコーヒーは飲んでたけど、まだぼくのは榊くんに飲んでもらってなかったよね」

「そうです。早く飲みたくて」


 言うが早いか、潤さんは慣れた手つきで棚からコーヒー豆の袋を取り出す。焙煎した豆の香りは苦みの中にフルーティーさを含んでおり、爽やかだ。

 古いけど丁寧に扱われている手挽きのミルに、豆を1杯入れる。潤さんはほっそりとした白い手を持ち手にかけ、ゆっくりと豆を挽きだした。


 潤さんを愛してやまない俺だが、とりわけ豆を挽く潤さんは最も美しく感じる。目をつぶり、真剣かつ誠実な表情でゆっくりと持ち手を回す姿は、さながら神に祈りをささげる聖職者のような清貧さだ。この瞬間の彼は、いつも身にまとっている清潔で不可侵な雰囲気がグッと増すようだ。美しい。俺が惚れたきっかけでもある。


 そして、潤さんが目を閉じているのをいいことに、その姿をこれでもかというほどガン見できるのも最高なポイントだ。しかも、今回挽いているのは他の誰でもない俺のためのコーヒー。俺のコーヒーもいつもと違わず丁寧にゆっくり手を動かしている。固い豆を挽いているにもかかわらず、一定のスピードで回す手は、意外と筋肉があるのかもしれない。でも見た目は柔らかそうだ。本当は一体どんな手触りなのだろうか。ふいに触れることはあれど、そこまでわかるほどべたべた触らせてもらったことはない。いつかは、俺がその手を握ることができる日が来るのだろうか――。


 白くて滑らかそうな手元を見た後、視線は華奢な肩を通り、ほっそりした首を抜けて、大本命の顔。彼の豆を挽く時の穏やかでいて楽しそうな顔に、何度キスしたいと思ったかわからない。今日もこっそり堪能させてもらおうとしたが、


 (あれ、いつもより何だか)


 泣きそう?

 もっとよく見たいと近寄った瞬間、潤さんが目を開けた。


「わっ! びっくりした、ち、近いよ……!」

 はっとする。思ったよりも近すぎたみたいだ。潤さんが慌てて腰を反らせている。それもそうだ、こんな大男がこんな近くにいたら怖がるのも無理はない。泣きそうな顔はびっくりした顔に塗り替えられたが、俺にはさっきの潤さんの表情が忘れられずにいた。

「すみません、でも潤さん、泣きそうな顔してたから」

 見えない涙が流れていたような気がして、思わず潤さんのほほに手を添える。いつもならもっと慎重に行動するが、俺にはそんなことよりももっと気になることがあった。

「ちょ、大丈夫、榊くんの気のせいだよ」

「いや、絶対泣きそうだった。何かあったんですか? ……たとえば俺絡みで、とか」


 潤さんは返事をしなかった。そのまま俯いていく頭を見て、やっぱりなと心の中でひとりごちる。

 モテ黒歴史の中で被害を被ったのは俺だけじゃない、俺の周囲の人間も巻き込むことが多々あった。俺と少し話した女子が集団でいじめられたり、友人の男子が俺の代わりに報復を受けさせられたり、そんなこともあって、友人作りもままならない生活だったのだ。

 つまり、潤さんもまた俺のモテの被害者となってしまっていてもおかしくない。中年以降しか通わないこの店でそんなことが起こるとは思わず、油断していた俺の落ち度だ。だから俺のコーヒーを淹れるときに、そんな切なそうな顔をしたんだろう。


「なあ、潤さん、」

 困ったことがあるなら言ってくれ、助けになる。そもそも俺のせいかも――そう続けようとしたら、潤さんはバッとこちらを見上げ、赤い顔をして言った。


「おっ、おれっ!」

「……」

「榊くんのこと、す、……すき、かも」

「…………ふうん」


 ………………。

 いやいやいやいやいやえええええええそんなばかな何が起きてる地球崩壊か!?


 混乱しすぎてフリーズ。気づいたらそこに潤さんはもういなかった。潤さんは何か言ってたような気がするけど、俺は何て返したのか、つい先ほどのことなのに思い出せない。


 潤さんが俺のこと、すき、かも。かも、か。でも、すきなんだな。

 じわじわと喜びがこみあげてくる。

 ニヤニヤする顔が抑えられず、誰もいないのに思わず手を顔に当てて隠した。


 仰ぐように首をそらし、すすけた天井にあるタコのようなシミを見ながら、潤さんの赤面した顔を思い出す。初めて見た顔だったけど、間違いなく、今までで一番かわいい顔だった。



 榊礼二、20歳大学生、元ノンケ。初めて好きになった人に告白(?)されました――。
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