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「ふぁ……」
あくびを噛み殺し、机に広げたノートに目を落とす。
外に出て太陽の光を浴びたい気はしたが、体がだるくて動く気になれない。魔王城から戻った私は高熱に倒れ、一ヶ月近く経った今でもなかなか本調子に戻っていなかった。
(もう、攻略本なんて必要ないのにな)
それでも気がつくと、私はついつい机に向かってしまう。
前世の記憶を頼りに、思い出した端から冒険のヒントを書き出してしまう。もう勇者エーリクの旅は、文句なしの大団円を迎えたというのに……。
あれから。
神聖なる鐘の音により、魔界は完全に封印された。
王城や首都の住民たちも無事帰還し、国王陛下はエーリクたち勇者一行の勇気を称え、その武勲を国民たちに広く知らしめた。
一方の私はといえば、その間の記憶がほとんどない。
突然魔王城に連れ去られたり、エーリクと再会したり、ヴァールがネズミになったりと、短い間で色々ありすぎて疲れたのだと思う。
倒れてしまった私を村まで送ってくれたのはエーリクで、どうやら魔空挺でひとっ飛びしてくれたらしい。勇者の凱旋パレードの準備や何やらで忙しいときに、迷惑をかけて本当に申し訳なかった。
(パレードはもう、とっくに終わったんだろうな)
攻略本を片手に窓を開け放ち、ぼんやりと外を眺める。
――と、遥か彼方にぽつんと黒い点が見えた。
点はぐんぐん大きくなって、明らかにここ――シールズ村に近づいてくる。
「えっ……!?」
慌てて部屋を飛び出して、一気に階段を駆け下りた。
一階には私のお母さんと、なぜかエーリクのお母さんまで待ち構えていた。二人して訳知り顔で笑うと、すかさず玄関の扉を開けてくれる。
「ほら早く! エーリク君、もう到着したみたいよ」
「私も後から向かうわ。お先にどうぞ、アリサちゃん」
胸がどきどきと高鳴った。
着陸した大きな船に向かって、一目散に駆けていく。
逸る心に足が全然ついていかない。私ってば、どうしてこんなにのろまなんだろ。
「――エーリク!」
魔空挺の中から出てきた青年に、大きく手を振った。暗赤色の髪がふわりと風に揺れ、嬉しそうに顔をほころばせる。
「アリサ!」
胸に飛び込んだ私を、エーリクは軽々と受け止めてくれた。しがみつく私の背中を優しく叩いて、「ただいま」と噛み締めるようにして告げる。
「う、ん……っ。お帰りなさい、エーリク……!」
「オレもいるぞ~っ!」
エーリクの頭の上に、シンちゃんが元気よく飛び乗った。
私はにじんだ涙をぬぐい、シンちゃんのふわふわ柔らかなたてがみを何度も撫でる。
「シンちゃんも、お帰りなさい。本当にお疲れさま」
「へへっ、あんがと!……ところでアリアリ、なんで攻略本握り締めてんの?」
はっ。
ぎょっとして自分の手を見たら、殴り書きの攻略本をしっかり持ってきていた。表紙にはでかでかと『攻略本(追加分・部外秘!)』と書いてある。
思わず赤面する私に、エーリクがにやりと笑った。
「ちょうどいい、それも持っていこう。……ほら、おばさんがお前の荷物を用意してくれた」
「え?」
反射的に振り向けば、にこにこ笑顔のお母さんが両腕いっぱいに大荷物を抱えている。「よいしょ」と重そうにエーリクに手渡した。
「エーリク君、それじゃあうちの娘をよろしくね?」
「ああ。魔空挺ならすぐだから、ちょくちょく顔は出すつもりだ」
「そうして~。パパは今仕事中だし、帰ってきたら絶対さみしがるわ。ま、エーリク君がちゃんと事前に言ってくれたから、覚悟はできてるはずだけどね」
「ちょ、ちょっとお母さん? エーリクも、一体何の話をしているの?」
混乱する私に、二人は意味ありげに笑うばかり。アリサちゃん、と今度はエーリクのお母さんから声を掛けられた。
「はい、どうぞ受け取ってちょうだい。エーリクから頼まれていたものよ」
差し出されたのは、美しいクリスタルの小瓶。
中には透明の液体が入っていて、傾けるとたぷんと揺れた。太陽のせいだろうか、まるで黄金の光の粒を振りまくようにして輝いている。
「きれい……」
茫然とつぶやく間に、エーリクはさっさと荷物を魔空挺の中に運び込んでしまった。
すぐに戻ってきて、さあ、と私に手を差し伸べる。
「行こう。まだまだ冒険は終わっていない、そうだろう? 二人で一緒に世界を巡って、飛ばしたサブイベントとやらもクリアしてやらないとな」
「え!?」
「ちなみに恋愛イベントはいらないぞ。相手が違うし、マリアからも『わたくしだって願い下げです』と断られた」
「お互い振り合ってるって、ある意味両思いだよなっ」
シンちゃんが頭上をくるくると旋回して茶化した。え? え?
「待っ……冒険って、そんな。エーリク、私は別にっ」
「行きたかったんだろう? 本当は自分の足で歩いて、自分の目で世界を見てみたかったんだろう。攻略本にあれだけ強い思いを込めておいて、今さら違うだなんて言わせない。――アリサ。誰よりも冒険したがっていたのは、他でもないお前自身なんだ」
優しく決めつけられて、私は絶句する。
手の中のクリスタルの小瓶が、まるで私の気持ちを代弁するように一層強く光り輝いた。エーリクも目を細めて小瓶を見つめる。
「それは母さんの調合した魔法薬だ。必要な材料は旅の間に俺が集めた。珍しい材料ばかりで苦戦したが……中でも一つだけ、特に難易度の高いものがあってな。マリアたちにも無茶を頼んで、ようやく持ち帰れたんだ」
……難易度の高いもの?
戸惑いながら、おばさんを振り返った。
おばさんは大きく頷いて、誇らしげに胸を張る。
「古文書のレシピ通りに作った、伝説級の万能薬よ。これを飲めばアリサちゃんの体は一生大病知らずになれるわ、思う存分冒険を楽しんできなさいな」
「……っ」
驚きに息が止まりそうになる。
私の答えを待つエーリクの姿が、みるみるうちにぼやけていく。そうだ。
私は本当は。
本当は――
「……エーリクと一緒に、行きたかった」
ずっと隠していた本音が、大粒の涙と共にぽろりとこぼれ落ちる。
「だけど……、私も連れていってだなんて、そんなこと言えるはずがないじゃない。私は単なるモブで、戦う力なんかなくて、自分でも嫌になるぐらい体だって弱いのに……っ」
「……ああ」
「だけど、私はっ。私だって本当は、世界を見てみたかった。エーリクと、シンちゃんと同じ経験がしたかった! だからお願いエーリク、どうか私も」
冒険に連れていって――!
エーリクにだけようやく届くぐらいの、涙混じりの声でそう告げる。
ずっとずっと、言えなかった私の夢。
口に出すのも恥ずかしいぐらい、無茶な願いだって自分でもわかってる。だからこそ隠していたのに、エーリクにバレているだなんて思いもしなかった。
「当然だ。誰のためにここまで強くなったと思ってる?」
エーリクは力強く笑うと、あっと思う間もなく私を抱き上げた。まるで飛んでいるみたいに、真っ青な空が近くなる。
「行こう。アリサ!」
「――うんっ!」
とびっきりの笑顔で頷いた。
シンちゃんが歓声を上げ、お母さんや集まってきた村のみんなが、涙ぐみながらも祝福してくれる。全員に大きく手を振って、私は生まれ育った故郷に別れを告げた。
二人と一匹で、わくわくしながら冒険の船へと足を踏み入れる。
「まずはどこへ行きたい?」
「そうだなぁ、グルメの町・デリスタウンで名物料理を食べてみたいし、精霊の洞窟にもぐって魔法石の採掘もしてみたいな。虹色に輝く石なんだよ、すごくない? あっ、それからカラクリ屋敷のダンジョンもめちゃくちゃ気になる~! そうだ、それとすっごく今さらだけど、【孤高の盗賊】ヤンのイベントもこなして仲間にしちゃおっか!?」
「嫌だ。それだけは断じて拒否する」
なんで!?
大騒ぎしながら操縦室へ向かう。
ゲームの世界観を無視した近代的な船は、貴重な古代魔術の遺物という設定だ。中央の水晶に触れて念じるだけで動かせて、おまけに自動操縦機能まで付いているというスグレモノ。
「ねえ、エーリク。私が魔空挺を動かしてみても構わない?」
「ふっ、そいつは駄目だぜアリサちゃん。操縦担当はこのオレだ!」
『…………』
私とエーリクは絶句して立ち尽くした。
たどり着いた操縦室、中央の一番立派な席にレグロがふんぞり返って座っている。
「嫌だぁ、レグロの操縦は荒っぽいのよね~。エーリクは淡々と飛びすぎて面白味がないし、あたしはマリアが一番上手だと思うわ」
「ふふっ、ありがとうございますブランカさん。常に景色に気を配り、同乗者の皆さまを最大限楽しませる――これも王女として大切なおもてなしスキルです」
ブランカとマリアがきゃっきゃと仲良く笑い合う。……えっと?
エーリクががっくりと肩を落とした。
「待て。どうしてお前たちがここにいる……?」
「隠れて最初からずっと乗ってたぞ? 相棒はアリアリを迎えに行くってんで張り切ってて、全然これっぽっちも気づいてなかったけどな!」
「教えろよシンちゃん」
苦虫を噛み潰したような顔のエーリクに、マリアたちが手を叩いて大喜びする。「よっと」とレグロが水晶に手を置いた途端、ふわりと浮遊感を感じた。
慌てて窓に走れば、魔空挺が離陸していた。
「冒険ならオレも付いてくぜ! 魔界が封じられて魔族はいなくなったとはいえ、魔物はまだまだ世界中に残ってんだ」
「あたしだって、自分で古代魔術の手がかりを探したいわ。エーリクがお土産を持ち帰ってくれるのを待つだけなんて、そんなのつまらないじゃない?」
「魔界の封印からなぜか弾き出されたヴァールが、人間界で行方不明になっているのです。もはや力は残っていないとはいえ、探し出して捕獲する必要があります」
全員から口々に訴えられ、エーリクは黙り込んだ。
私はくすりと笑って、「いいじゃない」とエーリクの腕を引く。
「みんなと一緒なら、きっと何倍も楽しくなるよ!……ところで、ヴァールが行方不明って本当ですか?」
「ええ。魔族は残らず魔界に強制送還されたはずなのに、彼だけが普通に人間界に取り残されてしまって。もしや単なるネズミと認識されたのかもしれません」
「ちなみにコリーは王城で拘束中よ。何せ乗っ取られて十年だからね、事情聴取だけでも一苦労みたい。……ところでアリサ、それが例の魔法薬? とっても綺麗だわ」
「あっ、そうなんです! 皆さんにも材料集めでお世話になったそうで、ありがとうございます!」
わいわい情報交換をしていたら、レグロが怖い顔で振り返る。
「コラお前ら、せっかくの旅立ちに雑談ばっかしてんじゃねぇよ! ほらエーリク、突っ立ってねぇでリーダーらしく音頭を取れ!」
水を向けられ、壁にもたれていたエーリクがため息をついた。
くいくいと指でシンちゃんを呼び寄せ、バンザイするみたいに抱き上げる。シンちゃんの小さな前足を動かして、まっすぐに突き上げた。
「それではみんな、シンちゃんと一緒に唱和してくれ。――いざ、冒険の旅に!」
『しゅっぱぁ~~~つっ!!』
声がぴったりと重なり合い、全員が弾かれたように笑い出す。
晴れ渡る空、真っ白な雲を突き抜けて。
夢と希望でいっぱいの、私たちの冒険の船が走り出した。
~~おしまい!~~
あくびを噛み殺し、机に広げたノートに目を落とす。
外に出て太陽の光を浴びたい気はしたが、体がだるくて動く気になれない。魔王城から戻った私は高熱に倒れ、一ヶ月近く経った今でもなかなか本調子に戻っていなかった。
(もう、攻略本なんて必要ないのにな)
それでも気がつくと、私はついつい机に向かってしまう。
前世の記憶を頼りに、思い出した端から冒険のヒントを書き出してしまう。もう勇者エーリクの旅は、文句なしの大団円を迎えたというのに……。
あれから。
神聖なる鐘の音により、魔界は完全に封印された。
王城や首都の住民たちも無事帰還し、国王陛下はエーリクたち勇者一行の勇気を称え、その武勲を国民たちに広く知らしめた。
一方の私はといえば、その間の記憶がほとんどない。
突然魔王城に連れ去られたり、エーリクと再会したり、ヴァールがネズミになったりと、短い間で色々ありすぎて疲れたのだと思う。
倒れてしまった私を村まで送ってくれたのはエーリクで、どうやら魔空挺でひとっ飛びしてくれたらしい。勇者の凱旋パレードの準備や何やらで忙しいときに、迷惑をかけて本当に申し訳なかった。
(パレードはもう、とっくに終わったんだろうな)
攻略本を片手に窓を開け放ち、ぼんやりと外を眺める。
――と、遥か彼方にぽつんと黒い点が見えた。
点はぐんぐん大きくなって、明らかにここ――シールズ村に近づいてくる。
「えっ……!?」
慌てて部屋を飛び出して、一気に階段を駆け下りた。
一階には私のお母さんと、なぜかエーリクのお母さんまで待ち構えていた。二人して訳知り顔で笑うと、すかさず玄関の扉を開けてくれる。
「ほら早く! エーリク君、もう到着したみたいよ」
「私も後から向かうわ。お先にどうぞ、アリサちゃん」
胸がどきどきと高鳴った。
着陸した大きな船に向かって、一目散に駆けていく。
逸る心に足が全然ついていかない。私ってば、どうしてこんなにのろまなんだろ。
「――エーリク!」
魔空挺の中から出てきた青年に、大きく手を振った。暗赤色の髪がふわりと風に揺れ、嬉しそうに顔をほころばせる。
「アリサ!」
胸に飛び込んだ私を、エーリクは軽々と受け止めてくれた。しがみつく私の背中を優しく叩いて、「ただいま」と噛み締めるようにして告げる。
「う、ん……っ。お帰りなさい、エーリク……!」
「オレもいるぞ~っ!」
エーリクの頭の上に、シンちゃんが元気よく飛び乗った。
私はにじんだ涙をぬぐい、シンちゃんのふわふわ柔らかなたてがみを何度も撫でる。
「シンちゃんも、お帰りなさい。本当にお疲れさま」
「へへっ、あんがと!……ところでアリアリ、なんで攻略本握り締めてんの?」
はっ。
ぎょっとして自分の手を見たら、殴り書きの攻略本をしっかり持ってきていた。表紙にはでかでかと『攻略本(追加分・部外秘!)』と書いてある。
思わず赤面する私に、エーリクがにやりと笑った。
「ちょうどいい、それも持っていこう。……ほら、おばさんがお前の荷物を用意してくれた」
「え?」
反射的に振り向けば、にこにこ笑顔のお母さんが両腕いっぱいに大荷物を抱えている。「よいしょ」と重そうにエーリクに手渡した。
「エーリク君、それじゃあうちの娘をよろしくね?」
「ああ。魔空挺ならすぐだから、ちょくちょく顔は出すつもりだ」
「そうして~。パパは今仕事中だし、帰ってきたら絶対さみしがるわ。ま、エーリク君がちゃんと事前に言ってくれたから、覚悟はできてるはずだけどね」
「ちょ、ちょっとお母さん? エーリクも、一体何の話をしているの?」
混乱する私に、二人は意味ありげに笑うばかり。アリサちゃん、と今度はエーリクのお母さんから声を掛けられた。
「はい、どうぞ受け取ってちょうだい。エーリクから頼まれていたものよ」
差し出されたのは、美しいクリスタルの小瓶。
中には透明の液体が入っていて、傾けるとたぷんと揺れた。太陽のせいだろうか、まるで黄金の光の粒を振りまくようにして輝いている。
「きれい……」
茫然とつぶやく間に、エーリクはさっさと荷物を魔空挺の中に運び込んでしまった。
すぐに戻ってきて、さあ、と私に手を差し伸べる。
「行こう。まだまだ冒険は終わっていない、そうだろう? 二人で一緒に世界を巡って、飛ばしたサブイベントとやらもクリアしてやらないとな」
「え!?」
「ちなみに恋愛イベントはいらないぞ。相手が違うし、マリアからも『わたくしだって願い下げです』と断られた」
「お互い振り合ってるって、ある意味両思いだよなっ」
シンちゃんが頭上をくるくると旋回して茶化した。え? え?
「待っ……冒険って、そんな。エーリク、私は別にっ」
「行きたかったんだろう? 本当は自分の足で歩いて、自分の目で世界を見てみたかったんだろう。攻略本にあれだけ強い思いを込めておいて、今さら違うだなんて言わせない。――アリサ。誰よりも冒険したがっていたのは、他でもないお前自身なんだ」
優しく決めつけられて、私は絶句する。
手の中のクリスタルの小瓶が、まるで私の気持ちを代弁するように一層強く光り輝いた。エーリクも目を細めて小瓶を見つめる。
「それは母さんの調合した魔法薬だ。必要な材料は旅の間に俺が集めた。珍しい材料ばかりで苦戦したが……中でも一つだけ、特に難易度の高いものがあってな。マリアたちにも無茶を頼んで、ようやく持ち帰れたんだ」
……難易度の高いもの?
戸惑いながら、おばさんを振り返った。
おばさんは大きく頷いて、誇らしげに胸を張る。
「古文書のレシピ通りに作った、伝説級の万能薬よ。これを飲めばアリサちゃんの体は一生大病知らずになれるわ、思う存分冒険を楽しんできなさいな」
「……っ」
驚きに息が止まりそうになる。
私の答えを待つエーリクの姿が、みるみるうちにぼやけていく。そうだ。
私は本当は。
本当は――
「……エーリクと一緒に、行きたかった」
ずっと隠していた本音が、大粒の涙と共にぽろりとこぼれ落ちる。
「だけど……、私も連れていってだなんて、そんなこと言えるはずがないじゃない。私は単なるモブで、戦う力なんかなくて、自分でも嫌になるぐらい体だって弱いのに……っ」
「……ああ」
「だけど、私はっ。私だって本当は、世界を見てみたかった。エーリクと、シンちゃんと同じ経験がしたかった! だからお願いエーリク、どうか私も」
冒険に連れていって――!
エーリクにだけようやく届くぐらいの、涙混じりの声でそう告げる。
ずっとずっと、言えなかった私の夢。
口に出すのも恥ずかしいぐらい、無茶な願いだって自分でもわかってる。だからこそ隠していたのに、エーリクにバレているだなんて思いもしなかった。
「当然だ。誰のためにここまで強くなったと思ってる?」
エーリクは力強く笑うと、あっと思う間もなく私を抱き上げた。まるで飛んでいるみたいに、真っ青な空が近くなる。
「行こう。アリサ!」
「――うんっ!」
とびっきりの笑顔で頷いた。
シンちゃんが歓声を上げ、お母さんや集まってきた村のみんなが、涙ぐみながらも祝福してくれる。全員に大きく手を振って、私は生まれ育った故郷に別れを告げた。
二人と一匹で、わくわくしながら冒険の船へと足を踏み入れる。
「まずはどこへ行きたい?」
「そうだなぁ、グルメの町・デリスタウンで名物料理を食べてみたいし、精霊の洞窟にもぐって魔法石の採掘もしてみたいな。虹色に輝く石なんだよ、すごくない? あっ、それからカラクリ屋敷のダンジョンもめちゃくちゃ気になる~! そうだ、それとすっごく今さらだけど、【孤高の盗賊】ヤンのイベントもこなして仲間にしちゃおっか!?」
「嫌だ。それだけは断じて拒否する」
なんで!?
大騒ぎしながら操縦室へ向かう。
ゲームの世界観を無視した近代的な船は、貴重な古代魔術の遺物という設定だ。中央の水晶に触れて念じるだけで動かせて、おまけに自動操縦機能まで付いているというスグレモノ。
「ねえ、エーリク。私が魔空挺を動かしてみても構わない?」
「ふっ、そいつは駄目だぜアリサちゃん。操縦担当はこのオレだ!」
『…………』
私とエーリクは絶句して立ち尽くした。
たどり着いた操縦室、中央の一番立派な席にレグロがふんぞり返って座っている。
「嫌だぁ、レグロの操縦は荒っぽいのよね~。エーリクは淡々と飛びすぎて面白味がないし、あたしはマリアが一番上手だと思うわ」
「ふふっ、ありがとうございますブランカさん。常に景色に気を配り、同乗者の皆さまを最大限楽しませる――これも王女として大切なおもてなしスキルです」
ブランカとマリアがきゃっきゃと仲良く笑い合う。……えっと?
エーリクががっくりと肩を落とした。
「待て。どうしてお前たちがここにいる……?」
「隠れて最初からずっと乗ってたぞ? 相棒はアリアリを迎えに行くってんで張り切ってて、全然これっぽっちも気づいてなかったけどな!」
「教えろよシンちゃん」
苦虫を噛み潰したような顔のエーリクに、マリアたちが手を叩いて大喜びする。「よっと」とレグロが水晶に手を置いた途端、ふわりと浮遊感を感じた。
慌てて窓に走れば、魔空挺が離陸していた。
「冒険ならオレも付いてくぜ! 魔界が封じられて魔族はいなくなったとはいえ、魔物はまだまだ世界中に残ってんだ」
「あたしだって、自分で古代魔術の手がかりを探したいわ。エーリクがお土産を持ち帰ってくれるのを待つだけなんて、そんなのつまらないじゃない?」
「魔界の封印からなぜか弾き出されたヴァールが、人間界で行方不明になっているのです。もはや力は残っていないとはいえ、探し出して捕獲する必要があります」
全員から口々に訴えられ、エーリクは黙り込んだ。
私はくすりと笑って、「いいじゃない」とエーリクの腕を引く。
「みんなと一緒なら、きっと何倍も楽しくなるよ!……ところで、ヴァールが行方不明って本当ですか?」
「ええ。魔族は残らず魔界に強制送還されたはずなのに、彼だけが普通に人間界に取り残されてしまって。もしや単なるネズミと認識されたのかもしれません」
「ちなみにコリーは王城で拘束中よ。何せ乗っ取られて十年だからね、事情聴取だけでも一苦労みたい。……ところでアリサ、それが例の魔法薬? とっても綺麗だわ」
「あっ、そうなんです! 皆さんにも材料集めでお世話になったそうで、ありがとうございます!」
わいわい情報交換をしていたら、レグロが怖い顔で振り返る。
「コラお前ら、せっかくの旅立ちに雑談ばっかしてんじゃねぇよ! ほらエーリク、突っ立ってねぇでリーダーらしく音頭を取れ!」
水を向けられ、壁にもたれていたエーリクがため息をついた。
くいくいと指でシンちゃんを呼び寄せ、バンザイするみたいに抱き上げる。シンちゃんの小さな前足を動かして、まっすぐに突き上げた。
「それではみんな、シンちゃんと一緒に唱和してくれ。――いざ、冒険の旅に!」
『しゅっぱぁ~~~つっ!!』
声がぴったりと重なり合い、全員が弾かれたように笑い出す。
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