転生モブ少女は勇者の恋を応援したいのに!(なぜか勇者がラブイベントをスッ飛ばす)

和島逆

文字の大きさ
上 下
25 / 38

最終話.あまねく光を!

しおりを挟む
 謁見の間を出た私たちは、魔王城のさらに奥深くへと進んでいく。
 ヴァールネズミを締め上げたところ、王の玉座の裏に隠し階段があるのが発覚したのだ。一列になって狭い通路を登っていくと、やがて一気に視界が開けた。

 生温く、ねっとりと肌に絡みつくような嫌な風を感じる。
 思わず腕をさする私を、エーリクがさりげなく前に出てかばってくれた。

「ここは……、屋上? さすがというか、随分禍々しいわね」

 濃い霧に覆われた景色を見回すと、ブランカは魔術で拘束したヴァールネズミに顔をしかめてみせた。ブランカの杖の先からは光の糸が出ていて、ヴァールネズミをしっかり縛り上げている。

 ちなみにコリーは謁見の間に置いてきた。マリアの結界に閉じ込められているから逃げることはできないし、結界の中ならば魔族に襲われる心配もないだろう。

「うわぁ……この噴水の水、まるで血みたいに真っ赤だぜ」

 レグロがげんなりと肩を落とす。
 マリアも「あんなに美しかった、我が城の屋上庭園が……」と悲しげにつぶやいた。庭園のそこかしこに、恐ろしい魔物の石像が建てられている。

「花壇にも毒花ばっかりって感じだな~。なあアリアリ、そんでこっからどーすんの?」

 私の頭の上を飛んでいたシンちゃんが、小さな翼をパタパタ動かして顔を覗き込んできた。私はぎょっとしてのけ反ってしまう。

「え、え~? わ、私に聞かれてもわかんないなぁ……? ああでも、あれとか怪しいんじゃない、かなー?」

 動揺しつつも私は屋上のさらに上――螺旋階段を上った先の鐘楼を指差した。

 あれはかつて、神竜王によって人間に授けられた特別な鐘。
 魔王を倒した勇者一行が、あの鐘を高らかに打ち鳴らすことで魔は祓われる。魔界に呑まれてしまった現実の首都が還ってくるのだ。

(……なんて、得々と解説できないよね)

 マリアたちに変に思われてしまう。
 だからこそ屋上に来る隠し階段だって、エーリクにこっそり耳打ちしてヴァールに吐かせてもらったんだし。

「まあ……! あの鐘は、我が城に代々伝わる秘宝ではありませんか!」

 マリアが打って変わって嬉しそうに手を打った。
 そう、この鐘だけは出現した魔界に塗り替えられることなく、屋上に変わらず存在し続けていた。資格を持った者以外は、鐘を鳴らすどころか螺旋階段を上ることすらできないのだ。

(鐘を鳴らすのは、もちろん勇者であるエーリク。恋愛イベントをきっちりこなしていたら、そこにマリアも加わるんだけど)

 どうなるのかな。
 エーリクってば恋愛イベントを、ほとんどスッ飛ばしてたもんなぁ……?

 それでもマリアとエーリクは、互いに惹かれ合っているように見える。
 また分不相応に私の胸が痛んだけれど、私はきつく手を握ってそれに耐えた。……大丈夫。私はがんばった幼馴染を、その大切な仲間を、心の底から祝福できるんだから――……

「……アリサ」

 ずっと黙っていたエーリクが、不意に私に手を差し伸べた。
 私はぱちぱちと瞬きして、エーリクの手と顔を見比べる。なんだっけ、何かまだ必要なアイテムでもあったっけ?

 エーリクは幼い頃からちっとも変わらない、揺るぎなくまっすぐな眼差しを私に向ける。

「――アリサ。どうか俺と共に、あの鐘を鳴らしてくれないか」

 ……は?

 一瞬何を言われたかわからなくて、私はただ馬鹿みたいに呆けてエーリクを見返した。
 エーリクはそんな私に、また一歩近づく。私は我に返って、逃げるように後ずさりした。

「な……、どうして? 何を、言っているの?」

 私なんか、単なる村人Aなのに。
 魔王城に来たのだって成り行きで、本来ならこの場にいる資格なんてない。この世界を覆う魔を祓うのは、エーリクとその仲間たちであるべきなのに。

「違う、アリサ。この旅の幕を引くのに、お前ほど相応しい人間はいない。そうだろう?」

 私が逃げた分だけ、エーリクが距離を縮めてくる。

「だって、お前が始めたんだ。お前が、俺を勇者にしてくれた。お前がいてくれたから、マリアにレグロ、ブランカ、そしてシンちゃん――……最高の仲間たちに巡り会えたんだ」

「そうだぞっ、アリアリぃ!」

 私ははっと暗く濁った空を見上げた。
 シンちゃんが元気いっぱいに上空を旋回して、私の胸に飛び込んでくる。

「相棒と出会った日にアリアリがいなかったら、とてもじゃないけどここまで来れなかったぞ! いきなり捕獲してきやがって、なんだこの野郎って思ったし~!」

「……それに関しては、反省している」

 エーリクがバツが悪そうに頬を掻いた。
 マリアとブランカがくすりと笑い、レグロは腹を抱えて爆笑する。

「聞いた、聞いた! シンちゃんがあまりにしょっちゅう愚痴るもんだからさぁ!」

「ホントよねぇ。無茶苦茶な勇者にも程があるわ」

「……アリサさん」

 マリアがピンクの髪を揺らし、私に歩み寄る。
 そっと手を取り、優しく微笑んだ。

「エーリク様から全てお聞きしました。アリサさんは、ずっとわたくしたちの手助けをしてくださっていた、と。本当に、どれだけ感謝してもしきれません」

「そうね。だからアリサ、アンタももうとっくにあたしたちの仲間なのよ。異論は認めてあげないわ」

「その通りっ! アリサちゃん、早く派手に鐘を鳴らしてこいよ! 王様たちも待ちくたびれてるだろうしさっ」

「……っ」

 マリアにブランカ、レグロから口々に語り掛けられ、私は束の間言葉を失った。
 胸がいっぱいになって、気の利いた言葉の一つも返せない。立ち尽くす私に、エーリクが再び手を差し伸べる。

「アリサ」

「……うんっ!」

 迷いを振り切り、しっかりと手を取り合った。私たちは鐘楼へ続く螺旋階段を上る。
 下からはマリアたち、旅の仲間が一心に見守ってくれていた。私はエーリクと繋いだ手に力を込める。

「……本当は、ちょっとだけ怖い。実はね、資格のない人間は鐘に辿り着く前に、透明な壁に跳ね返されちゃうんだよ?」

「心配するな。その場合は俺がシンちゃんハンマーで壁を破壊してやる」

「…………」

 エーリクなら本当にやりそう。

 私は笑いをこらえ、胸を張って力強く階段を踏みしめた。
 ぐるぐるぐるぐる、高く上っていく。途中でふわりと何かをくぐり抜けた気がしたが、気のせいだったのかもしれない。

 やがて、黄金の鐘の真下にたどり着く。

 鐘から垂れ下がった紐を、エーリクが私の手に握らせた。その上からエーリクも、包み込むようにして大きな手を重ねてくる。

「――ねえ、エーリク」

 紐を二人で持ちながら、私はエーリクを見上げた。
 ずっと聞きたくて、けれど今さら聞けなかったあることを、ふと確かめてみたくなったのだ。エーリクは黙って、続きをうながすように首を傾げる。

「エーリクはどうして、私の突拍子もない話を信じてくれたの?」

 私が前世を、そしてここがゲームの世界なのだと打ち明けてすぐ、エーリクは迷うことなく行動を開始してくれた。
 私の頼みにあっさり応じ、強くなるための修行を重ねてくれた。シンちゃんを探しに禁じられた森に行ってくれた。

「私が何を頼んでも、笑い飛ばしたりなんか絶対にしなかったよね。これで最後だから聞いちゃうけど、一度ぐらい疑ったりはしなかったの?」

「…………」

 エーリクはじっと目を伏せ、ややあって「俺も、最後だから言うが――」と重い口を開く。

「……実は、一度ならず百回や二百回は軽く疑っていた」

 えええっ!?
 多っ!?

「どうしても、百パーセントはなかなか信じきれなかった。だがそれも、シンちゃんに会うまでだ。さすがにそれ以降は完璧に信じていた」

 エーリクが、くくっと喉の奥でこもった笑い声を立てる。
 私は混乱してしまった。信じていなかったならどうして、エーリクはこんなにも力を尽くしてくれたのだろう。

「……お前が、死ぬ運命にあると言ったから」

 魔界の暗い空を眺め、エーリクが淡々と言葉を重ねる。
 私は息をするのも忘れ、彼の横顔を見つめる。

「信じていなかった。疑っていた。……だけどもしも、本当だったら? アリサは助けてくれと言ったのに、俺が行動を起こさなかったせいで、本当に死んでしまったらどうすればいい?」

「エーリク……」

「たとえ百に一つの可能性でも、お前を失う未来があるのなら。俺は絶対に、それを変えてみせると決めたんだ――」

 視界がぼやけて、私は慌ててうつむいた。
 両手は鐘の紐を握っているから、流れる涙をぬぐえない。エーリクがまた少し笑って、私の顔をぐいぐいと荒っぽくこすった。

「――よし。やるか!」

「うん! エーリク!」

 深呼吸して、えいやっと二人で同時に紐を引っ張る。
 黄金の鐘が大きく揺れて輝きを放ち、澄んだ鐘の音がいっぱいに響き渡る。鐘の真下にいる私たちは、あまりの大音量に悲鳴を上げながら紐を引き続けた。

「あ……っ!」

「見てください。城が!!」

 マリアたちの声が聞こえて、私もそちらに目を向ける。

 鐘の音が広がるにつれ、魔王城が消えていく。
 鐘から放たれた光の波動が通り抜けた後には、禍々しい怪物像は天使の像に変わり、そして真っ赤な噴水は澄んだ水をたたえ始める――……

「ん?」

「あら? わたくしたちは一体何を……?」

 やがて、屋上から戸惑ったようなざわめきが届いてきた。「おや、姫様」「お帰りでしたか!」という賑やかな声も。どうやら王城の人々が帰還してきたらしい。

「アリアリ~っ、相棒~~~ぅ!!」

 鐘楼の周りをシンちゃんが喜び勇んで飛び回る。シンちゃんの真っ白な鱗が、太陽の光を反射してキラッと輝いた。

 空はもう、美しく晴れ渡っていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

処理中です...