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21.ガツンといってみよう!
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「うっ、うっ……」
謁見の間にへたり込んだヴァールが、べしょべしょと泣き濡れる。
その姿は手のひらサイズの灰色ネズミに変わっていた。倒される前にこっそり魔王形態のヴァールを確認してみたときには、獅子や蛇、その他見たこともないような怪物の混ざった巨大合成獣と化していたんだけど。実はその中にネズミも紛れ込んでたのかな?
「どうするエーリク、踏んづけて止めを刺すか?」
「ぃやーーーーっ!」
レグロが大きな足をこれ見よがしに持ち上げると、ぴぃっと鳴いて灰色ネズミが全身の毛を逆立てた。
脱兎のごとく逃げ出して、のほほんと笑うコリーの体を駆け上る。
「おいコリーッ、またその体を寄越せ! お前は僕の敬虔なる信奉者だろう!?」
「そりゃ無理ってもんだな~。お前、もう戦うどころか誰かを乗っ取る力すら残っちゃいねぇよ。もはや残りカス。一生そのまんま。神竜であるこのオレ様が断言するねっ!」
シンちゃんがネズミの匂いをふんふん嗅いで、自信たっぷりに胸を張った。ヴァールネズミが顎が外れるほど驚愕する。
「そっ、そんなあ……!?」
「う~ん、斬新。世にも珍しいしゃべるネズミの爆誕ですねぇ」
コリーが目を輝かせ、ヴァールネズミの頭頂部のふわ毛をコチョコチョする。「ひゃめろぉっ!」とネズミが小さな体をよじった。
「……僕、ヴァールさんを引き取ります」
ふっと頬をゆるめ、コリーが唐突に宣言する。
絶句する私たちを、コリーは苦笑して見回した。
「たとえ力は失ったとしても、宮廷魔術師の地位を得るほどの知識は健在なんでしょう? 切れ切れではありますが、僕はずっとヴァールさんの中で意識を保っていました。彼の魔術師としての腕は僕が保証します、ここで殺してしまうには惜しすぎる」
エーリクは瞬きすると、問い掛けるようにマリアに目を向けた。
マリアは戸惑った様子だった。恐る恐るコリーに歩み寄り、ためらいつつ確かめる。
「……恨みは、ないのですか?」
「ええ。全く」
コリーが迷いなく言い切った。
どうやらその言葉に嘘は無いらしく、彼はとても穏やかな表情をしている。
「僕は魔術師としてはそこそこ止まりでしたが、知識欲だけなら誰にも負けない自信があるんです」
ヴァールネズミを指先で優しくくすぐると、コリーは静かに微笑んだ。
ヴァールネズミは大人しくされるがままになっていて、私たちも黙って耳を傾ける。
「――十年近く前、単独で魔族召喚の儀を執り行ったのもそのためです。未知なる存在に出会えた喜びのお陰か、僕は体を乗っ取られても決して自我は失わなかった……。一番近くで魔族の使う魔術を見物できて、むしろ幸せだったと言えるかもしれませんねぇ。あはははは、なんちゃってぇ~」
『…………』
ちょっと待て。
一瞬何を言われたかわからず、私は思考が完全に停止してしまう。
エーリクは頭痛をこらえるように眉間を押さえ、ブランカとレグロはあっけに取られて立ち尽くす。
やがて、マリアの体がぶるぶると震え出した。
「なん、ですって……?」
可愛らしい容姿からは想像できない、ドスのきいた低い声が彼女の口から漏れる。私は思わずぎょっと身を引いた。
「じゃあ、何ですか……? この状況は、魔族の襲来は、全部が全部あなたの仕業であった、と……?」
「いやぁ、仕出かしたのはヴァールさんですけども。原因、って意味ではそうかもですねー?」
「そうかもですねー?じゃ、ないでしょおおおおっ!!?」
マリアが大爆発した。
法術師の杖を振りかぶり、「殺します」と厳かに告げる。その目は完全に据わっていて、慌ててレグロが背後からマリアを羽交い締めにした。
「落ち着けマリア、せめて撲殺はヤメロっ! お前確か、お姫様にして神に愛された法術師だったよな!?」
「放してくださいレグロさんっ、このクソヤロー許せません! よくもいけしゃあしゃあとっ」
「――やめるんだ、マリア」
落ち着き払った様子で、エーリクがマリアの杖を押さえる。マリアがはっと我を取り戻した。
「何もお前が手を汚さずとも、この男の処遇は国王陛下に任せればいい」
「ですが……っ」
「その代わり、あふれ出る怒りを全てこれにぶつけてみせろ。……さあ、思う存分殴って構わんぞ」
マリアの鼻先に、エーリクがすかさず黒い球体を差し出す。あ、コレ魔王の核だ。
マリアは目を丸くすると、ややあってすうっと大きく息を吸い込んだ。エーリクが地面に置いた魔王の核に、法術師の杖を思いっきり叩きつける。
「どうりゃああああッ! コンチキショー食らいやがれでございますーーーっ!!」
スイカ割りかな?
「わああああっ!? 魔界に唯一の至宝がああああっ!?」
「あーっ、貴重なエネルギー体になんという狼藉をっ!?」
ブランカに首根っこをつままれたヴァールネズミと、レグロによって縄でぐるぐる巻きにされたコリーが暴れ回る。
核はピシッと乾いた音を立てると、ものの見事に真っ二つに割れてしまった。エーリクが手を振り上げ、「シンちゃん!」と叫ぶ。
「おうよ、相棒!【形状変化】!」
シンちゃんの輪郭が揺らぎ、武器へと姿を変えていく。初めてエーリクが魔族と戦ったときの、懐かしの巨大ハンマーだ。
「はああッ!」
バゴォォォォォンッ!!
エーリクの駄目押しにより、二つに割れた核が粉々に砕け散る。
最後にしぶとく稲妻を走らせて、核の欠片は風に溶けて跡形もなく消えていった。
謁見の間にへたり込んだヴァールが、べしょべしょと泣き濡れる。
その姿は手のひらサイズの灰色ネズミに変わっていた。倒される前にこっそり魔王形態のヴァールを確認してみたときには、獅子や蛇、その他見たこともないような怪物の混ざった巨大合成獣と化していたんだけど。実はその中にネズミも紛れ込んでたのかな?
「どうするエーリク、踏んづけて止めを刺すか?」
「ぃやーーーーっ!」
レグロが大きな足をこれ見よがしに持ち上げると、ぴぃっと鳴いて灰色ネズミが全身の毛を逆立てた。
脱兎のごとく逃げ出して、のほほんと笑うコリーの体を駆け上る。
「おいコリーッ、またその体を寄越せ! お前は僕の敬虔なる信奉者だろう!?」
「そりゃ無理ってもんだな~。お前、もう戦うどころか誰かを乗っ取る力すら残っちゃいねぇよ。もはや残りカス。一生そのまんま。神竜であるこのオレ様が断言するねっ!」
シンちゃんがネズミの匂いをふんふん嗅いで、自信たっぷりに胸を張った。ヴァールネズミが顎が外れるほど驚愕する。
「そっ、そんなあ……!?」
「う~ん、斬新。世にも珍しいしゃべるネズミの爆誕ですねぇ」
コリーが目を輝かせ、ヴァールネズミの頭頂部のふわ毛をコチョコチョする。「ひゃめろぉっ!」とネズミが小さな体をよじった。
「……僕、ヴァールさんを引き取ります」
ふっと頬をゆるめ、コリーが唐突に宣言する。
絶句する私たちを、コリーは苦笑して見回した。
「たとえ力は失ったとしても、宮廷魔術師の地位を得るほどの知識は健在なんでしょう? 切れ切れではありますが、僕はずっとヴァールさんの中で意識を保っていました。彼の魔術師としての腕は僕が保証します、ここで殺してしまうには惜しすぎる」
エーリクは瞬きすると、問い掛けるようにマリアに目を向けた。
マリアは戸惑った様子だった。恐る恐るコリーに歩み寄り、ためらいつつ確かめる。
「……恨みは、ないのですか?」
「ええ。全く」
コリーが迷いなく言い切った。
どうやらその言葉に嘘は無いらしく、彼はとても穏やかな表情をしている。
「僕は魔術師としてはそこそこ止まりでしたが、知識欲だけなら誰にも負けない自信があるんです」
ヴァールネズミを指先で優しくくすぐると、コリーは静かに微笑んだ。
ヴァールネズミは大人しくされるがままになっていて、私たちも黙って耳を傾ける。
「――十年近く前、単独で魔族召喚の儀を執り行ったのもそのためです。未知なる存在に出会えた喜びのお陰か、僕は体を乗っ取られても決して自我は失わなかった……。一番近くで魔族の使う魔術を見物できて、むしろ幸せだったと言えるかもしれませんねぇ。あはははは、なんちゃってぇ~」
『…………』
ちょっと待て。
一瞬何を言われたかわからず、私は思考が完全に停止してしまう。
エーリクは頭痛をこらえるように眉間を押さえ、ブランカとレグロはあっけに取られて立ち尽くす。
やがて、マリアの体がぶるぶると震え出した。
「なん、ですって……?」
可愛らしい容姿からは想像できない、ドスのきいた低い声が彼女の口から漏れる。私は思わずぎょっと身を引いた。
「じゃあ、何ですか……? この状況は、魔族の襲来は、全部が全部あなたの仕業であった、と……?」
「いやぁ、仕出かしたのはヴァールさんですけども。原因、って意味ではそうかもですねー?」
「そうかもですねー?じゃ、ないでしょおおおおっ!!?」
マリアが大爆発した。
法術師の杖を振りかぶり、「殺します」と厳かに告げる。その目は完全に据わっていて、慌ててレグロが背後からマリアを羽交い締めにした。
「落ち着けマリア、せめて撲殺はヤメロっ! お前確か、お姫様にして神に愛された法術師だったよな!?」
「放してくださいレグロさんっ、このクソヤロー許せません! よくもいけしゃあしゃあとっ」
「――やめるんだ、マリア」
落ち着き払った様子で、エーリクがマリアの杖を押さえる。マリアがはっと我を取り戻した。
「何もお前が手を汚さずとも、この男の処遇は国王陛下に任せればいい」
「ですが……っ」
「その代わり、あふれ出る怒りを全てこれにぶつけてみせろ。……さあ、思う存分殴って構わんぞ」
マリアの鼻先に、エーリクがすかさず黒い球体を差し出す。あ、コレ魔王の核だ。
マリアは目を丸くすると、ややあってすうっと大きく息を吸い込んだ。エーリクが地面に置いた魔王の核に、法術師の杖を思いっきり叩きつける。
「どうりゃああああッ! コンチキショー食らいやがれでございますーーーっ!!」
スイカ割りかな?
「わああああっ!? 魔界に唯一の至宝がああああっ!?」
「あーっ、貴重なエネルギー体になんという狼藉をっ!?」
ブランカに首根っこをつままれたヴァールネズミと、レグロによって縄でぐるぐる巻きにされたコリーが暴れ回る。
核はピシッと乾いた音を立てると、ものの見事に真っ二つに割れてしまった。エーリクが手を振り上げ、「シンちゃん!」と叫ぶ。
「おうよ、相棒!【形状変化】!」
シンちゃんの輪郭が揺らぎ、武器へと姿を変えていく。初めてエーリクが魔族と戦ったときの、懐かしの巨大ハンマーだ。
「はああッ!」
バゴォォォォォンッ!!
エーリクの駄目押しにより、二つに割れた核が粉々に砕け散る。
最後にしぶとく稲妻を走らせて、核の欠片は風に溶けて跡形もなく消えていった。
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