17 / 38
15.傍観者では終わらない
しおりを挟む
物語の通り、とうとう魔王城が人間界に現れた。
マリアの精神面が心配だったものの、例によって『神竜様のお告げ』と偽ってシンちゃんが首都の住民たちの無事を保証したため、彼女は案外落ち着いているそうだ。
というよりむしろ、「早く魔王をメッタメタのギッタギタにしてやりましょう!」と意気軒昂なのだという。マリア、もしかしてゲームより口が悪くなってない?
「どう、エーリク。レベルアップは順調に進んでる?」
首都のほうは大変な事態になっているというのに、辺境のシールズ村は平穏そのものだった。
いまいち実感が持てないながらも、私も毎日落ち着かない日々を過ごしている。
通信用の羽に向かって話しかけると、エーリクが『ああ』と頷いた。
『強さの数値が目で見えるわけじゃないから、あくまで体感だけだがな』
王国の首都、今は魔王城の城下町に変わってしまっているが、エーリクたちはそこで片っ端から魔物や魔族を退治しまくっているそうだ。
『さすがは魔界の魔物たちだ。あまりの強さに手こずってばかりだったが、最近では一撃で倒せるようになってきた。ようやく修行の成果が出てきたな』
しかもエーリクだけでなくパーティ全員が、だという。
どうやら『倍速の腕輪』を平等に付け替えながら修行しているらしい。人類最強パーティの爆誕である。
「じゃあ、もうそろそろ魔王城にも……」
『いや。アリサ』
控えめに申し出るが、エーリクからぴしゃりと跳ねのけられてしまった。
『あの城下町は最高の修行場所だ。疲れたら外に出て魔空挺で眠れば完全回復できるし、一度出て入ったらまた魔物が湧き出してる。国王陛下や首都の住民たちも無事と聞くし、まだもうしばらくは鍛錬を重ねるつもりだ』
「えっと、でも他のみんなは何て言って……? 特に、マリアは」
『問題ない、みんなやる気に満ち満ちている。最近では面構えまで変わってきた』
「…………」
怖い。
全員が戦闘狂と化している……。それとも短期間でレベルアップしすぎて中毒症状が出てるんじゃ……?
(まあ、私はお留守番しかできないし。戦いのことはエーリクに任せるしかないか)
お待たせしてしまう首都の住民たちに申し訳なく思いながらも、私は頭を切り替えた。
「う~ん、じゃあもう言わないけど。とにかくエーリク、魔王城に行く前に私から伝えておきたいことがあるの。――ラスボスの正体について、なんだけど」
そんな必要はないのに周囲を警戒し、私は声をひそめる。
伝えたいのは宮廷魔術師コリー……すなわち魔族の宰相ヴァールのことだ。
コリーはあくまで、ヴァールに精神を乗っ取られているだけの普通の人間。だから決して攻撃はせず、彼を救出してあげる必要がある。
エーリクも私につられたように声を落とした。
『ラスボスの正体……? ラスボスというのは、最後にして最大の敵という意味なんだろ? だったら普通に魔王じゃないのか』
「ううん、違うの。あ、いやラスボスの解釈はそれで合ってるんだけど、そうじゃなくて。ラスボスはね、魔王と見せかけて実は――」
プツッ。
そこで唐突に通話が切れた。
あれ? おかしいな。
(まだ十分経ってないと思うんだけど。……ハッ、もしや故障しちゃったとか!? 最後の最後に来てそれはない~!!)
羽通信が故障だなんて絶対困る。
まだ黒幕の正体を教えてないし、何より魔王城突入の前には絶対エーリクの声が聞きたかった。応援してるよ、無事に帰ってきてねと伝えたかった。
「嘘でしょ~……。ほらほら、動いて動いて!」
ふわふわと羽を振りまくるものの、反応ナシ。
私はため息をつき、ベッドから立ち上がった。とにかく明日まで待ってみるしかない。明日になったら、また普通に使えるようになるかもしれないし。
自室から出て階下に降りると、家の中はしんとしていた。仕事のお父さんはともかく、お母さんもいないみたい。
(そっか、今日も手仕事の会だっけ)
夕飯の下ごしらえだけでもしておくか、とエプロンを着けようとしたら、不意に玄関の扉がノックされた。んん?
(……珍しい。こんなド田舎でわざわざご丁寧な)
田舎あるある。日中は鍵開けっ放し、親しい間柄なら勝手に扉を開けて「ごめんくださ~い」なんて日常茶飯事。
首をひねりながらも、玄関に走って扉を開ける。……って、誰もいないじゃない。
(近所の子のイタズラかな?)
顔をしかめて踵を返した、その瞬間。
――ぞわり。
首筋に生温かな吐息を感じた気がして、背筋に悪寒が走る。
「や……っ!」
考える間もなく後ろに手を払う。
けれど痛いほどの力で、きつく腕を縫い止められた。私は驚愕に目を見開く。
「――ご無沙汰しております。勇者エーリク様の幼馴染の、確かお名前はアリサさん……でしたっけ?」
場違いなほど明るい声。
一体いつの間に現れたのか。
優しげな笑みを浮かべて私を押さえつけているのは、見覚えのある男だった。
漆黒のローブ姿に、フードからこぼれ落ちるのは輝くばかりの金の髪。
「……っ。あ、あなた、は……」
「はい。とりあえずお話は後ほど。――今はお休みなさい。目障りで愚かなる勇者の姫君よ……」
男が私の額に手を当てた途端、視界が一気に黒く狭まる。
意識を失う最後の瞬間まで、男――宮廷魔術師コリーは、楽しげで人好きのする笑みを浮かべていた。
マリアの精神面が心配だったものの、例によって『神竜様のお告げ』と偽ってシンちゃんが首都の住民たちの無事を保証したため、彼女は案外落ち着いているそうだ。
というよりむしろ、「早く魔王をメッタメタのギッタギタにしてやりましょう!」と意気軒昂なのだという。マリア、もしかしてゲームより口が悪くなってない?
「どう、エーリク。レベルアップは順調に進んでる?」
首都のほうは大変な事態になっているというのに、辺境のシールズ村は平穏そのものだった。
いまいち実感が持てないながらも、私も毎日落ち着かない日々を過ごしている。
通信用の羽に向かって話しかけると、エーリクが『ああ』と頷いた。
『強さの数値が目で見えるわけじゃないから、あくまで体感だけだがな』
王国の首都、今は魔王城の城下町に変わってしまっているが、エーリクたちはそこで片っ端から魔物や魔族を退治しまくっているそうだ。
『さすがは魔界の魔物たちだ。あまりの強さに手こずってばかりだったが、最近では一撃で倒せるようになってきた。ようやく修行の成果が出てきたな』
しかもエーリクだけでなくパーティ全員が、だという。
どうやら『倍速の腕輪』を平等に付け替えながら修行しているらしい。人類最強パーティの爆誕である。
「じゃあ、もうそろそろ魔王城にも……」
『いや。アリサ』
控えめに申し出るが、エーリクからぴしゃりと跳ねのけられてしまった。
『あの城下町は最高の修行場所だ。疲れたら外に出て魔空挺で眠れば完全回復できるし、一度出て入ったらまた魔物が湧き出してる。国王陛下や首都の住民たちも無事と聞くし、まだもうしばらくは鍛錬を重ねるつもりだ』
「えっと、でも他のみんなは何て言って……? 特に、マリアは」
『問題ない、みんなやる気に満ち満ちている。最近では面構えまで変わってきた』
「…………」
怖い。
全員が戦闘狂と化している……。それとも短期間でレベルアップしすぎて中毒症状が出てるんじゃ……?
(まあ、私はお留守番しかできないし。戦いのことはエーリクに任せるしかないか)
お待たせしてしまう首都の住民たちに申し訳なく思いながらも、私は頭を切り替えた。
「う~ん、じゃあもう言わないけど。とにかくエーリク、魔王城に行く前に私から伝えておきたいことがあるの。――ラスボスの正体について、なんだけど」
そんな必要はないのに周囲を警戒し、私は声をひそめる。
伝えたいのは宮廷魔術師コリー……すなわち魔族の宰相ヴァールのことだ。
コリーはあくまで、ヴァールに精神を乗っ取られているだけの普通の人間。だから決して攻撃はせず、彼を救出してあげる必要がある。
エーリクも私につられたように声を落とした。
『ラスボスの正体……? ラスボスというのは、最後にして最大の敵という意味なんだろ? だったら普通に魔王じゃないのか』
「ううん、違うの。あ、いやラスボスの解釈はそれで合ってるんだけど、そうじゃなくて。ラスボスはね、魔王と見せかけて実は――」
プツッ。
そこで唐突に通話が切れた。
あれ? おかしいな。
(まだ十分経ってないと思うんだけど。……ハッ、もしや故障しちゃったとか!? 最後の最後に来てそれはない~!!)
羽通信が故障だなんて絶対困る。
まだ黒幕の正体を教えてないし、何より魔王城突入の前には絶対エーリクの声が聞きたかった。応援してるよ、無事に帰ってきてねと伝えたかった。
「嘘でしょ~……。ほらほら、動いて動いて!」
ふわふわと羽を振りまくるものの、反応ナシ。
私はため息をつき、ベッドから立ち上がった。とにかく明日まで待ってみるしかない。明日になったら、また普通に使えるようになるかもしれないし。
自室から出て階下に降りると、家の中はしんとしていた。仕事のお父さんはともかく、お母さんもいないみたい。
(そっか、今日も手仕事の会だっけ)
夕飯の下ごしらえだけでもしておくか、とエプロンを着けようとしたら、不意に玄関の扉がノックされた。んん?
(……珍しい。こんなド田舎でわざわざご丁寧な)
田舎あるある。日中は鍵開けっ放し、親しい間柄なら勝手に扉を開けて「ごめんくださ~い」なんて日常茶飯事。
首をひねりながらも、玄関に走って扉を開ける。……って、誰もいないじゃない。
(近所の子のイタズラかな?)
顔をしかめて踵を返した、その瞬間。
――ぞわり。
首筋に生温かな吐息を感じた気がして、背筋に悪寒が走る。
「や……っ!」
考える間もなく後ろに手を払う。
けれど痛いほどの力で、きつく腕を縫い止められた。私は驚愕に目を見開く。
「――ご無沙汰しております。勇者エーリク様の幼馴染の、確かお名前はアリサさん……でしたっけ?」
場違いなほど明るい声。
一体いつの間に現れたのか。
優しげな笑みを浮かべて私を押さえつけているのは、見覚えのある男だった。
漆黒のローブ姿に、フードからこぼれ落ちるのは輝くばかりの金の髪。
「……っ。あ、あなた、は……」
「はい。とりあえずお話は後ほど。――今はお休みなさい。目障りで愚かなる勇者の姫君よ……」
男が私の額に手を当てた途端、視界が一気に黒く狭まる。
意識を失う最後の瞬間まで、男――宮廷魔術師コリーは、楽しげで人好きのする笑みを浮かべていた。
50
お気に入りに追加
159
あなたにおすすめの小説
当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。
可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?
元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
最強魔導士となって国に尽くしたら、敵国王子様が離してくれなくなりました
Mee.
ファンタジー
薔薇(ローザ)は彼氏なし歴=年齢の、陰キャOL。
ある日いつものようにゲームをしていると、突如としてゲームの世界へと迷い込んでしまった。そこで偶然グルニア帝国軍に拾われ『伝説の魔導士』として崇められるも、捕虜同然の扱いを受ける。
そして、放り出された戦場で、敵国ロスノック帝国の第二王子レオンに助けられた。
ゲームの中では極悪非道だったレオンだが、この世界のレオンは優しくて紳士的だった。敵国魔導士だったローザを温かく迎え入れ、魔法の使いかたを教える。ローザの魔法はぐんぐん上達し、文字通り最強魔導士となっていく。
ローザはレオンに恩返ししようと奮闘する。様々な魔法を覚え、飢饉に苦しむ人々のために野菜を育てようとする。
レオンはそんなローザに、特別な感情を抱き始めていた。そして、レオンの溺愛はエスカレートしていくのだった……
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる