転生モブ少女は勇者の恋を応援したいのに!(なぜか勇者がラブイベントをスッ飛ばす)

和島逆

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そのころ勇者パーティは②

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 エーリクという男はどうにも掴めない。

 神竜に選ばれ、そして国王にすら勇者と認められたまだ十代の少年。
 年に似合わぬ冷静沈着さと、年相応の幼さ(主に幼馴染との恋愛方面で)がチグハグで、あたしは彼にどう接するべきか未だに迷ってしまう。

「ブランカ。見張りの交代の時間だ」

 街道での野宿、焚き火をぼんやりと眺めていたら、寝袋から出てきたエーリクがあたしの前に座り込んだ。

「了解、ありがと」

 礼を言いつつも、あたしはまだ眠くなかった。
 とはいえ今夜はもうお役御免だ。誰にはばかることなく、愛用の銅のカップを取り出した。町で仕入れた蒸留酒を注ぎ入れ、上機嫌でちびちび舐める。

 周囲を警戒するエーリクが、じっとあたしを見つめた。

「あら。何か文句でもある感じ?」

 いたずらっぽく舌を出せば、エーリクはふっと頬をゆるめた。

「いや、楽しそうで何よりだ。……ブランカには、いつも先を急かしてばかりで申し訳ないと思っていたからな」

 あら。意外。
 あたしは目を丸くして、年若の勇者にあざとく小首を傾げてみせる。

「感心、感心。ちゃんと思うところはあったわけね。……古代魔術の研究をするためにアンタたちの仲間に入ったってのに、じっくり遺跡を調べる時間もありゃしない。あたしの目的なんて、もうすっかり忘れてるかと思っていたわ」

「忘れるはずがない」

 エーリクはきっぱりと首を横に振った。
 思わず言葉を失うあたしに、真摯な眼差しを向ける。

「……だが、今は魔族の脅威をなくすことを第一にして動いている。だからブランカ、平和を取り戻したその暁には、お前が思う存分研究できるよう手伝うと約束する。どうか、それまで耐えてくれるか?」

 澄んだ瞳でまっすぐに見つめられ、あたしは束の間言葉を失った。

(そうよね……)

 エーリクってば、案外生真面目で仲間思いなヤツなのよね。
 この間マリアが宿屋を抜け出したときも、一番に気がついたのはエーリクだった。

 マリアはパーティになくてはならない守りの要。一国の王女という気高い身分にありながら、愚痴ひとつこぼさず過酷な旅に付いてきてくれる、とても芯の強い女の子。

 そんな彼女がらしくもなく、勝手な行動を取るほど追い込まれていたのに気づかなかった。
 いくら魔族との戦闘に疲れ果てていたとはいえ、彼女が傷つき己を責めている最中、ぐうすか寝ていた自分に腹が立つ。エーリクが叩き起こしてくれて本当によかった。

(そういえば、以前にも……)

 ある晩宿屋に泊まったとき、突然エーリクが食卓をレグロの嫌いなもので埋め尽くす、という奇行に走ったことがあった。
 肉好きのレグロはクセが強い野菜づくしの食卓に悲鳴を上げていたが、エーリクは「厨房を借りて俺が作った。特にレグロは残さず食え」と無情に宣告。この勇者は本当に何を考えてるのかと意味不明だったが、翌朝のレグロはやけにつやつや良い顔色になっていたっけ。

『うおお、たまには葉っぱも食うと調子がいいもんだなっ!』

 まあね。
 確かにあたしとマリアも肌の調子がよくなった気がするわ。宿屋の料理って基本味つけが濃くて油っぽいし。
 でも普通、勇者が栄養満点な料理を作ってくれるものかしら?

「……エーリクは、どうして勇者になろうと思ったの?」

 ゆらゆら揺れる炎を眺めながら、あたしは唐突に尋ねた。
 エーリクが目をしばたたかせる。先をうながすように首を傾げたので、あたしはほろ酔い加減のまま身を乗り出した。

「故郷の村に、病気がちな恋人を残して来たんでしょう? 伝説の神竜に選ばれようが、あくまでアンタは一介の村人なのよ。わざわざ危険な事態に飛び込まなくたって、国がどうにかしてくれるはず。知らんぷりして待とうとは思わなかったの?」

「……思わなかった。だって、俺は勇者になりたかったから」

 絶句するあたしに、エーリクは珍しく照れたように肩をすくめてみせる。

「幼馴染の夢を、叶えてやりたかったんだ。俺が勇者になって平和な世界を取り戻せば、あいつの夢に一歩近づく。そして、最後には……」

 言葉を濁し、強い決意を宿した目で炎を睨む。
 しばらく待ったが、続きが彼の口から語られることはなかった。

(本当に、彼女のことが大切なのね……)

 年上のお姉さんとして、連距離恋愛な二人を応援してあげたくなる。
 くいっと杯をあおり、あたしはエーリクの隣に移動した。

「ねえねえねえ、酒の肴にもっと彼女とのことを教えなさいよ」

「アリサの?……そうだな。まずはアリサは、まだ俺の恋人じゃない」

 なんですって?

「そしてなぜかアリサは、俺とマリアの仲を応援している」

 他の女との仲を……?
 それって脈ナシにも程がない?

「しかも先日、憧れだとかいう男の惚気話を散々語られてしまった」

 もはや遠回しに振られてるわね。

「俺はどうしたらいいと思う?」

 知らん。

 急激に興味を失って、あたしは大あくびをした。
 あ~あ~、アホらし。さっさとお酒飲み干して寝袋にもぐっちゃおっと。

 しかし、逃げようとしたあたしをエーリクがさっと手を伸ばして引き止めた。捨てられた子犬のように、じいっと上目遣いに見上げてくる。うっ?

「ブランカ。よかったら助言をくれないか」

「ええッ!?」

 あたしは思いっきり狼狽うろたえた。

 いやいやいや、無理よ。普通に無理なのよ。
 だってあたしは……あたしは――

(――この年まで魔術研究一筋で、恋愛経験皆無なんだもの!!)

 いかに年上のお姉さんらしく余裕ぶろうとも、恋愛そっち方面は苦手なのよ。勝手にしゃべってくれる分にはいくらでも聞くけど、助言なんかできるはずがないじゃない。

 けれどエーリクは、期待に満ち満ちた目であたしの言葉を待ち続ける。ううっ、無垢な瞳が眩しすぎるわ……!

「そ、そうね。……厳しいことを言うようだけど、まず他の女に助言を求める時点で論外ね」

「!」

 あきれ果てたようにため息をつけば、エーリクが目を見開いた。

「アリサを一番よく知るのはアンタなんでしょ? なら他人の通りいっぺんな意見なんか求めてないで、アリサ本人と向き合いなさい! 誰かの助言に従って動いたところで、アリサの心は手に入らないわよ?」

 口からでまかせ、とにかくエーリクに反論する隙を与えないよう早口でまくし立てる。
 エーリクが感極まったように息をついた。

「……そうだな、俺が間違っていた。さすがは百戦錬磨のブランカだな、ありがとう」

 百戦どころかゼロ戦だけどね。

 そんな事実はおくびにも出さず、あたしはゆうゆうと微笑んでみせる。

「ふっ、わかればいいのよわかれば。恋愛初心者のアンタに小細工なんて必要ないわ、せいぜい正攻法でがんばることね。……さ、そろそろあたしは休ませてもらうわ」

 自慢の長い髪をかき上げて、あたしはようやく寝袋へ逃げるのに成功する。が、寝ているとばかり思っていたマリアとレグロが、きらきら尊敬の眼差しをあたしに向けているのに気がついた。ひぃっ!?

「ブランカさん……さすが経験豊富な大人の女性は一味違います……っ」

「姐さんは本当にすげぇな! こんどオレにもモテテクニックを教えてくれよっ!」

「…………」

 ああ神様。
 これは虚勢を張ったあたしへの罰なのでしょうか……?

 胸の中で懺悔しながらも、あたしは「ふう、仕方ないわね。あたしの助言は安くないわよ?」とさらに墓穴を掘りまくった。なぜ……なぜここで「実はあたしも恋愛初心者なんです」って素直に言えない……?

(あああああたしの大馬鹿者っ、見栄っ張り~~~!)

 自己嫌悪に暴れまくって、その夜はなかなか寝つけなかった。
 エーリクの寝袋の上で眠るシンちゃんの、「すーぴよょすーぴよょ……ピヨッ!」という変則的ないびきがうるさかったせいもあるけれど。はあ。
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