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12.邪道だー!
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エーリクの旅は至極順調のようだった。
貴重な羽通信を使い、私とエーリクは毎日話をした。
たった十分間の通話では正直全然もの足りないのだけれど、これが贅沢な悩みだということはわかっている。
羽通信がなければ、私はただ村でエーリクの無事を祈ることしかできなかったのだから。
「え~っ、もう『谷底のダンジョン』クリアしちゃったの?」
『ああ。楽勝だった』
エーリクが事もなげに答え、私は思わず嘆息してしまう。
「エーリクって、びっくりするぐらい寄り道しないよね……? サブイベントなんて一個もやってないじゃない。イベント目的じゃなくても、一つ前の町に戻ったりはしないの? 町の人の会話が変わって、新しい発見があったりもするんだよ?」
無駄だろうなぁと思いつつ言ってみるが、予想通り『そんな時間はない』と一蹴された。ホント、ぶれないんだから。
(もったいないぃ~。小ネタやミニゲームの多さも『エンド・オブ・ファンタジアⅥ』の魅力の一つなのにっ)
サブイベント、攻略本にも思い出した全部を書いておいたのにな。
余計な情報かもと思いつつ、「ここは特に私のお気に入りだよ!」なんて所感を書き込んだりもしたんだけどな。
「あっ、じゃあせめて『物々交換イベント』だけでもちゃんとこなしてね?」
気を取り直し、私はエーリクに熱心に勧める。
物々交換イベント――それはその名の通り、何に使うんだかよくわからない不用品を、エーリク一行が行く先々でひたすら交換していくというイベントである。
始まりは折れた箒の柄の部分で、次に到着した町で空き瓶に代えてもらえる。
そしてまた次の町では石けんに交換してもらい、次の町ではゆで卵になる。
「そこから先はうろ覚えなんだけど、とにかく最後に手に入る装備品が相当なレア物なんだから! あ、攻略本読んだ?」
『ああ、最後のアイテムはぜひとも入手したいと俺も思った。だから国王陛下に頼んで、人海戦術でイベントを進めてもらっている最中だ』
「…………」
なんて?
『さすがにアリサのことは言えないからな、神竜様からの予言ということにしておいた。もう入手しているころかもしれないから、次に首都に行ったら王城を訪ねてみるつもりだ』
「邪道……! 邪道すぎるよエーリク……!」
頭を抱えて苦悩する私などお構いなしに、エーリクは私の話を聞きたがった。
今日は何をして、明日はどこに行くのか? エーリクが喜ぶのはいつも、冒険ではなく私の他愛ない話ばかりだった。
「それでね……、あっ、いけないそろそろ時間だ! エーリク、最後にこれだけ伝えさせて!」
『谷底のダンジョン』クリア後は、戻った町でマリアとの恋愛イベントが用意されている。
宿屋に泊まった翌日、拳闘士レグロが食べ過ぎでお腹を壊して寝込んだことで、その日は珍しくパーティの休養日となるのだ。
「レグロは宿屋でお留守番して、魔術師ブランカは一人でお芝居を見に行っちゃうの。それでエーリクとマリアは、二人で旅の物資の買い出しに行くんだよ!」
『よし、わかった。任せろ』
力強い返事が聞こえた瞬間、通話が切れた。
私はほっとしてベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
(エーリク、明日はマリアとデートかぁ……)
ちょっと、ほんのちょびっとだけ、胸がチクッとした。
嫌な気持ちをもて余し、ごろごろとベッドの上を転がり回る。気づけばそのまま寝入ってしまっていた。
――そして、その翌日。
「おばさん、おはようございます! 今日は何かお手伝いすることはありますか?」
無駄に早起きしてしまった私は、朝ごはんを食べて早速エーリクの家を訪ねた。
おばさんは無表情ながらどこか嬉しそうに私を出迎えて、「お掃除を……手伝ってほしい」と控えめに告げる。はいはい、お任せくださいませ。
掃除嫌いのおばさんと手分けして掃除をしながら、昨晩のエーリクとの話を、問題のない部分だけかいつまんで報告する。
「そう、元気にやっているみたいでよかったわ。旅も順調そうだし、こうなったら一日も早くシンちゃんに帰ってきてもらいたいものね……」
「いえあの、エーリクは?」
どうやらおばさんが何より欲しているのは、お掃除隊長のシンちゃんであるらしかった。いや息子は?
恐る恐る突っ込む私に、おばさんは胸を張ってみせる。
「エーリクなら大丈夫よ、どこでもやっていけるわ。私の教えで簡単な薬草なら調合できるし、図太いし、相手が誰であろうと臆さないし」
そうですね。
王様相手に物々交換イベントを丸投げするくらいですからね……。
その日の午前中はそんな感じで過ぎていき、お昼ごはんの時間に私は家に戻った。
食後にはおばさん特製の滋養強壮薬を飲み干し、顔をしかめたまま部屋に戻る。そして流れるように引き出しから羽を取り出した。
(よし、連絡してみよっと)
だって夜まで待ちきれない。
いやでも、今がデートの真っ最中だったらどうするの……?
羽を引き出しに戻しては出し、戻しては出しを繰り返す。
散々迷った末、ほんの数コールだけ羽を鳴らしてみることにした。いや、そんな機能があるかは知らんけど。
「対の羽を持つ者よ、我が呼び掛けに応えよ一・二・三っ」
よし切ろう!
さっと羽を伏せようとしたその瞬間、『アリサ?』とエーリクの声が聞こえてくる。
「エーリクっ? ごめん、忙しかった?」
『いや全く。次の町へ向かうための移動中だ。ちょっと待て、みんなと離れる』
えっ?
おかしいな。レグロが寝込むんじゃなかったっけ……?
首をひねっていたら、またも羽から『アリサ』と呼び掛けられた。
『山の街道を行っているんだ。歯ごたえのある魔物がどんどん湧いて出てくるな、ふんッ』
耳馴染みのある「バコーン」という音が響いてくる。どうやら今日も元気に吹っ飛ばしているらしい。
「ねえエーリク、レグロは大丈夫なの?」
戦闘の邪魔をしたくはなかったが、そこだけがどうしても気になった。ゲームと違ってリセットのない旅、無理をして取り返しのつかないことになっては大変だ。
心配する私に、エーリクはふっと笑う。
『問題ない。昨夜は宿屋に頼んでレグロの好物は一切出さないでもらったし、食後に嫌がるあいつに手製の薬も飲ませておいた』
お腹を整える薬は案外美味しく、レグロも一口飲んで気に入ったようだったという。
そして今朝、全員で元気に宿屋を旅立ってきたのだそうだ。
「そう、ならよかった!……ん? と、いうことは……?」
マリアとのデートはどうなった?
エーリクってばまさかまさか、せっかくの恋愛イベントをキャンセルしちゃったってこと!?
「エーリク~……」
『ああ、いけない。魔物の群れがやって来た。アリサまた明日連絡をくれ』
エーリクがやけに棒読み、かつ早口に告げる。そしてまだ十分経っていないというのに、通話がプツッと切れた。
いや、この羽そんな機能あるんかーい!
貴重な羽通信を使い、私とエーリクは毎日話をした。
たった十分間の通話では正直全然もの足りないのだけれど、これが贅沢な悩みだということはわかっている。
羽通信がなければ、私はただ村でエーリクの無事を祈ることしかできなかったのだから。
「え~っ、もう『谷底のダンジョン』クリアしちゃったの?」
『ああ。楽勝だった』
エーリクが事もなげに答え、私は思わず嘆息してしまう。
「エーリクって、びっくりするぐらい寄り道しないよね……? サブイベントなんて一個もやってないじゃない。イベント目的じゃなくても、一つ前の町に戻ったりはしないの? 町の人の会話が変わって、新しい発見があったりもするんだよ?」
無駄だろうなぁと思いつつ言ってみるが、予想通り『そんな時間はない』と一蹴された。ホント、ぶれないんだから。
(もったいないぃ~。小ネタやミニゲームの多さも『エンド・オブ・ファンタジアⅥ』の魅力の一つなのにっ)
サブイベント、攻略本にも思い出した全部を書いておいたのにな。
余計な情報かもと思いつつ、「ここは特に私のお気に入りだよ!」なんて所感を書き込んだりもしたんだけどな。
「あっ、じゃあせめて『物々交換イベント』だけでもちゃんとこなしてね?」
気を取り直し、私はエーリクに熱心に勧める。
物々交換イベント――それはその名の通り、何に使うんだかよくわからない不用品を、エーリク一行が行く先々でひたすら交換していくというイベントである。
始まりは折れた箒の柄の部分で、次に到着した町で空き瓶に代えてもらえる。
そしてまた次の町では石けんに交換してもらい、次の町ではゆで卵になる。
「そこから先はうろ覚えなんだけど、とにかく最後に手に入る装備品が相当なレア物なんだから! あ、攻略本読んだ?」
『ああ、最後のアイテムはぜひとも入手したいと俺も思った。だから国王陛下に頼んで、人海戦術でイベントを進めてもらっている最中だ』
「…………」
なんて?
『さすがにアリサのことは言えないからな、神竜様からの予言ということにしておいた。もう入手しているころかもしれないから、次に首都に行ったら王城を訪ねてみるつもりだ』
「邪道……! 邪道すぎるよエーリク……!」
頭を抱えて苦悩する私などお構いなしに、エーリクは私の話を聞きたがった。
今日は何をして、明日はどこに行くのか? エーリクが喜ぶのはいつも、冒険ではなく私の他愛ない話ばかりだった。
「それでね……、あっ、いけないそろそろ時間だ! エーリク、最後にこれだけ伝えさせて!」
『谷底のダンジョン』クリア後は、戻った町でマリアとの恋愛イベントが用意されている。
宿屋に泊まった翌日、拳闘士レグロが食べ過ぎでお腹を壊して寝込んだことで、その日は珍しくパーティの休養日となるのだ。
「レグロは宿屋でお留守番して、魔術師ブランカは一人でお芝居を見に行っちゃうの。それでエーリクとマリアは、二人で旅の物資の買い出しに行くんだよ!」
『よし、わかった。任せろ』
力強い返事が聞こえた瞬間、通話が切れた。
私はほっとしてベッドに倒れ込み、天井を見上げる。
(エーリク、明日はマリアとデートかぁ……)
ちょっと、ほんのちょびっとだけ、胸がチクッとした。
嫌な気持ちをもて余し、ごろごろとベッドの上を転がり回る。気づけばそのまま寝入ってしまっていた。
――そして、その翌日。
「おばさん、おはようございます! 今日は何かお手伝いすることはありますか?」
無駄に早起きしてしまった私は、朝ごはんを食べて早速エーリクの家を訪ねた。
おばさんは無表情ながらどこか嬉しそうに私を出迎えて、「お掃除を……手伝ってほしい」と控えめに告げる。はいはい、お任せくださいませ。
掃除嫌いのおばさんと手分けして掃除をしながら、昨晩のエーリクとの話を、問題のない部分だけかいつまんで報告する。
「そう、元気にやっているみたいでよかったわ。旅も順調そうだし、こうなったら一日も早くシンちゃんに帰ってきてもらいたいものね……」
「いえあの、エーリクは?」
どうやらおばさんが何より欲しているのは、お掃除隊長のシンちゃんであるらしかった。いや息子は?
恐る恐る突っ込む私に、おばさんは胸を張ってみせる。
「エーリクなら大丈夫よ、どこでもやっていけるわ。私の教えで簡単な薬草なら調合できるし、図太いし、相手が誰であろうと臆さないし」
そうですね。
王様相手に物々交換イベントを丸投げするくらいですからね……。
その日の午前中はそんな感じで過ぎていき、お昼ごはんの時間に私は家に戻った。
食後にはおばさん特製の滋養強壮薬を飲み干し、顔をしかめたまま部屋に戻る。そして流れるように引き出しから羽を取り出した。
(よし、連絡してみよっと)
だって夜まで待ちきれない。
いやでも、今がデートの真っ最中だったらどうするの……?
羽を引き出しに戻しては出し、戻しては出しを繰り返す。
散々迷った末、ほんの数コールだけ羽を鳴らしてみることにした。いや、そんな機能があるかは知らんけど。
「対の羽を持つ者よ、我が呼び掛けに応えよ一・二・三っ」
よし切ろう!
さっと羽を伏せようとしたその瞬間、『アリサ?』とエーリクの声が聞こえてくる。
「エーリクっ? ごめん、忙しかった?」
『いや全く。次の町へ向かうための移動中だ。ちょっと待て、みんなと離れる』
えっ?
おかしいな。レグロが寝込むんじゃなかったっけ……?
首をひねっていたら、またも羽から『アリサ』と呼び掛けられた。
『山の街道を行っているんだ。歯ごたえのある魔物がどんどん湧いて出てくるな、ふんッ』
耳馴染みのある「バコーン」という音が響いてくる。どうやら今日も元気に吹っ飛ばしているらしい。
「ねえエーリク、レグロは大丈夫なの?」
戦闘の邪魔をしたくはなかったが、そこだけがどうしても気になった。ゲームと違ってリセットのない旅、無理をして取り返しのつかないことになっては大変だ。
心配する私に、エーリクはふっと笑う。
『問題ない。昨夜は宿屋に頼んでレグロの好物は一切出さないでもらったし、食後に嫌がるあいつに手製の薬も飲ませておいた』
お腹を整える薬は案外美味しく、レグロも一口飲んで気に入ったようだったという。
そして今朝、全員で元気に宿屋を旅立ってきたのだそうだ。
「そう、ならよかった!……ん? と、いうことは……?」
マリアとのデートはどうなった?
エーリクってばまさかまさか、せっかくの恋愛イベントをキャンセルしちゃったってこと!?
「エーリク~……」
『ああ、いけない。魔物の群れがやって来た。アリサまた明日連絡をくれ』
エーリクがやけに棒読み、かつ早口に告げる。そしてまだ十分経っていないというのに、通話がプツッと切れた。
いや、この羽そんな機能あるんかーい!
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