8 / 38
8.なんか既視感あるんですけど
しおりを挟む
勇者の武器として、それはいかがなものなのか。
そう思わないでもなかったが、効果は絶大だった。
エーリクは危なげなく地面に着地し、空の裂け目を見上げる。魔族の姿はもう完全になくなっていて、空に浮かぶは巨大な裂け目ばかり。
「げ、撃退できた……?」
喜ぶ私に、エーリクが静かに首を横に振った。
「いいや――まだだ」
エーリクの言葉通り、空の裂け目から再び魔族の手が伸びてきた。
……いや、正確には指の先だけが。様子を探るように、恐る恐る一本指をぴょこぴょこ左右に動かす。
「はああッ!」
バコーーーーン
『イデッ』
指が引っ込む。
「やああッ!」
バコーーーーン
『イデッ』
次に出てきたのは固く握られたこぶしだったが、やっぱりエーリクが間髪入れずにぶっ飛ばした。
その後もバコーン、からのイデッ、を双方飽きることなく繰り返す。お前らモグラ叩きか。
しかし魔族もとうとう諦めたのか、ようやく空が静けさを取り戻した。
それでもエーリクは警戒を解かず、厳しい目で虚空を睨み続ける。これだけ激しいモグラ叩きを繰り返したというのに、さすがというべきか息ひとつ乱していなかった。
「見て、エーリク。裂け目が小さくなっていく!」
広がるばかりだった亀裂が、気づけばその動きを止めていた。
ややあって、できたときよりゆっくりしたスピードで、少しずつ空間が塞がり始める。
(やった……!)
魔界と人間界との境界の揺らぎは、これから先この世界の各地で頻発していく(そしてそれを解決するのが、エーリクたち勇者一行の役目なのだ)。
初期のころの亀裂の特徴は、時間の経過とともに閉じていくこと。
だから今回村を救うにあたっては、必ずしも魔族を倒す必要はなかった。こちら側に出てこられないように、押し戻してしまえばいい。きっと二人はそう考えたのだろう。
完全にエーリクとシンちゃんの作戦勝ちだった。
「エーリク、シンちゃん!」
「――まだだ、アリサ!」
エーリクの一喝に、私は駆け寄ろうとした格好のまま凍りつく。
刹那、空全体がごうっと揺れた。
閉じかけた裂け目に真っ赤な両手を割り込ませ、魔族が力ずくでこじ開けようとしている――!
「……っ」
みしみしと気味の悪い音が鳴り響く。
声もなく見上げる私たちの前に、初めて魔族がその全貌を現していく。飛び出た眼球は一つだけ、裂けた口は頰に達するほどに長い。
血走った目をギョロつかせ、魔族はニイィと私たちを嘲笑った。
『ググググ、虫ケラにモ等しキ人間ど』
「ていっ」
バゴォォォォォンッ!!
『アイッデ!』
「…………」
眉間に容赦ない一撃。
めちゃくちゃ見事に決まった。
魔族はぬおおおお、とかオオオウ、とか叫びながら魔界へと戻っていく。
裂け目がぴったりと閉じるその瞬間まで、えぐえぐという悲痛な泣き声が響いていた。
「…………」
これだけバカスカ叩かれまくったというのに、よく顔なんて出そうと思ったな。何と言うか、敵ながらアッパレなチャレンジ精神……。
「ふう。なんとか押し戻せたな」
「すっげぇ力技だったけどな!」
着地したエーリクとシンちゃんが互いを称え合う。
へたり込む私にエーリクが手を差し伸べ、私はその手を取りながら噴き出してしまった。
「あははっ、なんかいろいろ予想外だったけど、すごく強かったよエーリク!」
「そうか。路線変更して正解だったな」
エーリクが頬をゆるめる。
どうやら最初はエーリクも、普通に剣で戦い魔族を倒すつもりだったらしい。
けれど、どうしても不安がぬぐえなかったのだという。
もしも食い止めきれず魔族に逃げられ、村人たちに危害を加えられたらどうしたらいい――?
「ならば、そもそも人間界に入れないようにしたらいい。シンちゃんとそういう結論に達して、武器もそれに相応しいものに変えることにしたんだ」
「うんうん、大正解だったよ!」
勇者っぽいかと聞かれたら微妙だけどね!
いたずらっぽく笑い、私とエーリクは手を繋いで歩き出す。早く村に戻って、みんなにもう心配はいらないと教えてあげなくちゃ。
「それが終わったら、エーリクはすぐに旅立ちの準備を始めなきゃね。ゲームの通りだと、もうじき空の異変を調べに領主様直属の騎士がシールズ村にやって来るの」
壮年の騎士が村に到着したときには、もう全てが終わっていた。
無惨に滅ぼされた村の真ん中に、一人の少年――エーリクと、小さな竜が身を寄せ合っているの発見する。騎士は二人から事情を聞くと、すぐに自分と同行して領主様に直接報告するよう命じるのだ。
「でも、エーリクはそれを断るの。村人たちの弔いが終わるまで、自分はここを離れる気はない、って」
騎士はしぶしぶエーリクの言い分を受け入れた。
必ず訪ねて来るようにとくどいほどに念を押し、先に帰路へとつく。エーリクはシンちゃんと協力して(ここでシンちゃんの魔法がおおいに活躍する)、村人たちを埋葬した。
木の棒を立てただけの簡素な墓標に囲まれて、エーリクが声もなく立ち尽くす。悲しみに震える彼に、シンちゃんが静かに尋ねた。
――行くのか? 少年
――……ああ。俺は、魔族を許せない。二度とこんな惨劇を繰り返さないためにも、あいつら全員をこの手で根絶やしにしてやる……!
瞳に復讐の炎を燃え立たせるエーリクに、シンちゃんがふっと息を吐く。そして彼の肩に飛び乗って、「じゃあオレも一緒に行こっと!」と頼もしく宣言するのだ。
――これからよろしくな、相棒っ!
「……で、ここからシンちゃんが正式に仲間に加入するってわけ。どうどう、感動的じゃない!?」
大興奮で説明する私に、二人の反応は至ってドライだった。
「そうか?」
「もうとっくの昔に仲間になってる身としては、別になんとも~」
「…………」
いや温度差よ。
そう思わないでもなかったが、効果は絶大だった。
エーリクは危なげなく地面に着地し、空の裂け目を見上げる。魔族の姿はもう完全になくなっていて、空に浮かぶは巨大な裂け目ばかり。
「げ、撃退できた……?」
喜ぶ私に、エーリクが静かに首を横に振った。
「いいや――まだだ」
エーリクの言葉通り、空の裂け目から再び魔族の手が伸びてきた。
……いや、正確には指の先だけが。様子を探るように、恐る恐る一本指をぴょこぴょこ左右に動かす。
「はああッ!」
バコーーーーン
『イデッ』
指が引っ込む。
「やああッ!」
バコーーーーン
『イデッ』
次に出てきたのは固く握られたこぶしだったが、やっぱりエーリクが間髪入れずにぶっ飛ばした。
その後もバコーン、からのイデッ、を双方飽きることなく繰り返す。お前らモグラ叩きか。
しかし魔族もとうとう諦めたのか、ようやく空が静けさを取り戻した。
それでもエーリクは警戒を解かず、厳しい目で虚空を睨み続ける。これだけ激しいモグラ叩きを繰り返したというのに、さすがというべきか息ひとつ乱していなかった。
「見て、エーリク。裂け目が小さくなっていく!」
広がるばかりだった亀裂が、気づけばその動きを止めていた。
ややあって、できたときよりゆっくりしたスピードで、少しずつ空間が塞がり始める。
(やった……!)
魔界と人間界との境界の揺らぎは、これから先この世界の各地で頻発していく(そしてそれを解決するのが、エーリクたち勇者一行の役目なのだ)。
初期のころの亀裂の特徴は、時間の経過とともに閉じていくこと。
だから今回村を救うにあたっては、必ずしも魔族を倒す必要はなかった。こちら側に出てこられないように、押し戻してしまえばいい。きっと二人はそう考えたのだろう。
完全にエーリクとシンちゃんの作戦勝ちだった。
「エーリク、シンちゃん!」
「――まだだ、アリサ!」
エーリクの一喝に、私は駆け寄ろうとした格好のまま凍りつく。
刹那、空全体がごうっと揺れた。
閉じかけた裂け目に真っ赤な両手を割り込ませ、魔族が力ずくでこじ開けようとしている――!
「……っ」
みしみしと気味の悪い音が鳴り響く。
声もなく見上げる私たちの前に、初めて魔族がその全貌を現していく。飛び出た眼球は一つだけ、裂けた口は頰に達するほどに長い。
血走った目をギョロつかせ、魔族はニイィと私たちを嘲笑った。
『ググググ、虫ケラにモ等しキ人間ど』
「ていっ」
バゴォォォォォンッ!!
『アイッデ!』
「…………」
眉間に容赦ない一撃。
めちゃくちゃ見事に決まった。
魔族はぬおおおお、とかオオオウ、とか叫びながら魔界へと戻っていく。
裂け目がぴったりと閉じるその瞬間まで、えぐえぐという悲痛な泣き声が響いていた。
「…………」
これだけバカスカ叩かれまくったというのに、よく顔なんて出そうと思ったな。何と言うか、敵ながらアッパレなチャレンジ精神……。
「ふう。なんとか押し戻せたな」
「すっげぇ力技だったけどな!」
着地したエーリクとシンちゃんが互いを称え合う。
へたり込む私にエーリクが手を差し伸べ、私はその手を取りながら噴き出してしまった。
「あははっ、なんかいろいろ予想外だったけど、すごく強かったよエーリク!」
「そうか。路線変更して正解だったな」
エーリクが頬をゆるめる。
どうやら最初はエーリクも、普通に剣で戦い魔族を倒すつもりだったらしい。
けれど、どうしても不安がぬぐえなかったのだという。
もしも食い止めきれず魔族に逃げられ、村人たちに危害を加えられたらどうしたらいい――?
「ならば、そもそも人間界に入れないようにしたらいい。シンちゃんとそういう結論に達して、武器もそれに相応しいものに変えることにしたんだ」
「うんうん、大正解だったよ!」
勇者っぽいかと聞かれたら微妙だけどね!
いたずらっぽく笑い、私とエーリクは手を繋いで歩き出す。早く村に戻って、みんなにもう心配はいらないと教えてあげなくちゃ。
「それが終わったら、エーリクはすぐに旅立ちの準備を始めなきゃね。ゲームの通りだと、もうじき空の異変を調べに領主様直属の騎士がシールズ村にやって来るの」
壮年の騎士が村に到着したときには、もう全てが終わっていた。
無惨に滅ぼされた村の真ん中に、一人の少年――エーリクと、小さな竜が身を寄せ合っているの発見する。騎士は二人から事情を聞くと、すぐに自分と同行して領主様に直接報告するよう命じるのだ。
「でも、エーリクはそれを断るの。村人たちの弔いが終わるまで、自分はここを離れる気はない、って」
騎士はしぶしぶエーリクの言い分を受け入れた。
必ず訪ねて来るようにとくどいほどに念を押し、先に帰路へとつく。エーリクはシンちゃんと協力して(ここでシンちゃんの魔法がおおいに活躍する)、村人たちを埋葬した。
木の棒を立てただけの簡素な墓標に囲まれて、エーリクが声もなく立ち尽くす。悲しみに震える彼に、シンちゃんが静かに尋ねた。
――行くのか? 少年
――……ああ。俺は、魔族を許せない。二度とこんな惨劇を繰り返さないためにも、あいつら全員をこの手で根絶やしにしてやる……!
瞳に復讐の炎を燃え立たせるエーリクに、シンちゃんがふっと息を吐く。そして彼の肩に飛び乗って、「じゃあオレも一緒に行こっと!」と頼もしく宣言するのだ。
――これからよろしくな、相棒っ!
「……で、ここからシンちゃんが正式に仲間に加入するってわけ。どうどう、感動的じゃない!?」
大興奮で説明する私に、二人の反応は至ってドライだった。
「そうか?」
「もうとっくの昔に仲間になってる身としては、別になんとも~」
「…………」
いや温度差よ。
66
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!
水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします!
小説家になろう様にも、書き起こしております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
2回目の人生は異世界で
黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる