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6.運命の日を迎えるまでに!
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今日も私とエーリクの家の間の空き地では、賑やかな声が響き渡る。
「行くぜ相棒ッ!【重力操作】!!」
「まだまだだ、シンちゃん! もっと重くしてみせろ!」
「おおっ、その威勢がいつまで保つかな~!?」
訓練用の木剣を素振りするエーリクの周りを、シンちゃんがはやし立てながら飛び回る。
どうやら今エーリクの木剣は、シンちゃんの魔法によってその重みを増しているらしい。それでもエーリクは音を上げず、少しも変わらぬ速さで剣を振り続けていた。
「がんばれ~、エーリク~ッ」
「……まあ、うふふ。エーリク君もシンちゃんも、本当に頑張り屋さんねぇ」
声援を送っていたら、背後からおっとりと声を掛けられた。はっと振り向けば、私のお母さんがバスケットを持って立っている。
「おやつの差し入れよ、アリサちゃん。これを食べたら、あなたは家の中に戻りなさいな。またお熱を出したら大変でしょう?」
「う、うん。わかった……」
数日前まで寝込んでいた身としては拒否できない。
しぶしぶ頷き、バスケットを受け取る。中には果実水の入ったビンと、固く焼いたビスケットが詰められていた。
お母さんはすぐに家の中へと戻り、私はエーリクとシンちゃんを呼び寄せる。
二人と一匹で並んでおやつにかじりついていたら、道行く村人たちが「よう、毎日仲良しさんだな」「シンちゃん、今日も素敵な鱗ね」と気さくに声を掛けてくれる。
「へっへん、オレ様ってば超人気者~」
「単に珍獣扱いされてるだけだろ」
ふんぞり返るシンちゃんに、エーリクが淡々と突っ込んだ。シンちゃんはぷくっと頬をふくらませ、私はついつい笑ってしまう。
「まあまあ、村のみんなに受け入れてもらってよかったじゃない」
そうなのだ。
シンちゃんは当初、透明になってエーリク宅で隠れて暮らしていたものの、慣れてくるに従ってだんだんと隠れ方が杜撰になっていった。
一番最初は私のお母さんにバレ、それから私の家に遊びに来た際にお父さんとも鉢合わせし、数日後には三軒隣のおばあちゃん、お向かいさんちの若夫婦……と秘密を知る者は徐々に増え、ついには村長の耳にまで入ってしまった。
もうおじいちゃんの村長さんは、しょぼしょぼ小さなお目々をまんまるにして驚いていた。え、伝説の神竜さま……?と戸惑う彼に、私は「そうなんです!」と力強く肯定した。
「神竜さま、もといシンちゃんは、私たちに危機を伝えるため祠から出てきてくれたんです!」
今後数年以内に、恐ろしい魔族が目覚めてシールズ村に襲いかかるであろう――……
それを救うのが伝説のシンちゃん、そしてシンちゃんに選ばれし勇者エーリクなのであ~る~!
村長に反論する隙を与えぬよう、私は大声でまくし立てた。狙い通り彼は圧倒され、シンちゃんが村に住む許可と、エーリクに村の警護を任せる(お給料付き)約束をしてくれた。やったね!
「けどさ~、アリアリ。魔族がやって来るのは相棒が十七歳の時だけど、詳しい日付はわかんないって言ってたろ。どうすんの、来月にはもう相棒のヤツ十七になっちまうぞ」
「大丈夫だよ、シンちゃん。具体的な日にちはわからなくても、手掛かりならちゃんとあるから」
果実水でビスケットを飲み下し、私は自信たっぷりに請け合う。
「っていうのもゲームの序盤、つまりは魔族が襲ってくるその日に、こんな会話があってね――」
主人公エーリクは、魔法薬師である母親から薬の配達を命じられ、隣家の幼馴染少女の元を訪ねる。
いつも病気がちの彼女だが、特に今回はひどい風邪を引き込んで、一ヶ月以上寝込んでいたのだ。
「一ヶ月だと!? 大変だアリサ、今すぐ家の中に戻って休め! 俺は母に頼んで、ありったけの解熱剤を調合してもらグッ!!」
「いや落ち着けって相棒。それってまだ先、お前さんが十七歳になってからの話だろ?……アリアリ、続けて」
シンちゃんがしっぽでエーリクの口をふさぎ、私をうながした。
私は静かに頷き、説明を続ける。
「そうしたらね、寝ているとばかり思っていた幼馴染の女の子は起きていたの。今朝はずいぶん久しぶりに気分がいいの、って彼女はにっこり笑って、こう言うんだ……」
――ねえエーリク、あなたは今朝のお空の色を見た?
――なんだか不思議な色をしてるの。まるで違う色の絵の具が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っているみたい……
エーリクとシンちゃんが驚愕に目を見開いた。
「……ってことは」
「アリサがひどい風邪を引き、長い期間寝込む。そして回復したころ、空の色が変わる……?」
茫然とつぶやくエーリクに、私は微笑を向ける。
「そう。だからねエーリク、十七歳になったら毎日空の、特に朝の空をみんなで念入りに見張ろうよ。私が寝込むのも目安にはなるだろうけど、こっちは完全にゲームと同じとは限らないし」
というのも、私――幼馴染の少女は、ゲームの中での彼女よりかは丈夫な気がするから。
十歳のころからエーリクに止められつつも、私もできる範囲で運動をがんばった。きっとその成果で、何もしないよりは体力がついたと思うのだ。
エーリクはしばし考え込み、ややあってきっぱりと頷いた。
「よし、わかった。俺もアリサには苦しんでほしくない、なるべく寝込まない方向でがんばろう。……というわけで、母さんに頼んで滋養強壮薬を調合してもらう。アリサ、毎日欠かさず飲んでくれ」
「え~っ、それはイヤ!!」
だってあれマズイし!!
騒ぐ私をエーリクは無視して、無理やり立たせた。空のバスケットを私の手に押しつけ、「もう帰れ」と声を厳しくする。
「俺とシンちゃんはまだ訓練を続ける。そして日が落ちたら、村の見回りに行ってくる」
「そうそう、給料分は働かないとな。アリアリはしっかり休んでおけよ~!」
う、エーリクたちってば息ぴったり……。
ちょっとむくれつつ、私は二人に手を振って別れた。
仕方ない。私には私だけの、できることがあるはずだから――
自宅に戻った私は机に向かい、ノートを開いた。これは元気な日限定の私の日課で、『エンド・オブ・ファンタジアⅥ』の攻略本を手作りしているのだ。
(とは言っても、もちろん完璧には程遠いけど……)
たとえ何周もやり込んだゲームであろうと、ダンジョンの構造や細かなネタなんかは漠然としか覚えていない。
それでもストーリーの流れ、どこに行ったら何をするのか、ということぐらいならある程度覚えている。とにかく時系列がぐちゃぐちゃでも書き出していけば、それをきっかけにまた新たな出来事を思い出したりもするのだ。
(う~ん、恋愛関係なら結構覚えてるんだけどな)
ヒロインである、マリア姫との恋愛イベント。
別のページにまとめて書き出してあり、これに関してはおそらく完璧だと思う。エーリク、喜んでくれたらいいなぁ。
この攻略本を渡すのは、エーリクとシンちゃんが村から旅立つ日と決めている。
どうか少しでも彼らの力となって、無事に帰ってきてほしい。
(帰って……くるかなぁ)
もしかして魔王を倒しても、エーリクは王国の首都でマリア姫と一緒に暮らすことを選ぶかもしれない。それはとても……寂しいことではあるけれど、幼馴染として喜んであげなきゃいけない、ことでもあるわけで……。
開いたノートに顔を伏せ、目を閉じる。
私を信じて力を貸してくれた。こんなにも毎日努力してくれた。
エーリクには、世界中の誰よりも幸せになる権利がある。
「……よぉしっ!」
何度も自分に言い聞かせ、荒っぽく頬を叩く。ペンを手に、再び猛然と攻略本に向き合った。
――そして、それから半年後。
とうとう私たちは、運命の『その日』を迎えたのである。
「行くぜ相棒ッ!【重力操作】!!」
「まだまだだ、シンちゃん! もっと重くしてみせろ!」
「おおっ、その威勢がいつまで保つかな~!?」
訓練用の木剣を素振りするエーリクの周りを、シンちゃんがはやし立てながら飛び回る。
どうやら今エーリクの木剣は、シンちゃんの魔法によってその重みを増しているらしい。それでもエーリクは音を上げず、少しも変わらぬ速さで剣を振り続けていた。
「がんばれ~、エーリク~ッ」
「……まあ、うふふ。エーリク君もシンちゃんも、本当に頑張り屋さんねぇ」
声援を送っていたら、背後からおっとりと声を掛けられた。はっと振り向けば、私のお母さんがバスケットを持って立っている。
「おやつの差し入れよ、アリサちゃん。これを食べたら、あなたは家の中に戻りなさいな。またお熱を出したら大変でしょう?」
「う、うん。わかった……」
数日前まで寝込んでいた身としては拒否できない。
しぶしぶ頷き、バスケットを受け取る。中には果実水の入ったビンと、固く焼いたビスケットが詰められていた。
お母さんはすぐに家の中へと戻り、私はエーリクとシンちゃんを呼び寄せる。
二人と一匹で並んでおやつにかじりついていたら、道行く村人たちが「よう、毎日仲良しさんだな」「シンちゃん、今日も素敵な鱗ね」と気さくに声を掛けてくれる。
「へっへん、オレ様ってば超人気者~」
「単に珍獣扱いされてるだけだろ」
ふんぞり返るシンちゃんに、エーリクが淡々と突っ込んだ。シンちゃんはぷくっと頬をふくらませ、私はついつい笑ってしまう。
「まあまあ、村のみんなに受け入れてもらってよかったじゃない」
そうなのだ。
シンちゃんは当初、透明になってエーリク宅で隠れて暮らしていたものの、慣れてくるに従ってだんだんと隠れ方が杜撰になっていった。
一番最初は私のお母さんにバレ、それから私の家に遊びに来た際にお父さんとも鉢合わせし、数日後には三軒隣のおばあちゃん、お向かいさんちの若夫婦……と秘密を知る者は徐々に増え、ついには村長の耳にまで入ってしまった。
もうおじいちゃんの村長さんは、しょぼしょぼ小さなお目々をまんまるにして驚いていた。え、伝説の神竜さま……?と戸惑う彼に、私は「そうなんです!」と力強く肯定した。
「神竜さま、もといシンちゃんは、私たちに危機を伝えるため祠から出てきてくれたんです!」
今後数年以内に、恐ろしい魔族が目覚めてシールズ村に襲いかかるであろう――……
それを救うのが伝説のシンちゃん、そしてシンちゃんに選ばれし勇者エーリクなのであ~る~!
村長に反論する隙を与えぬよう、私は大声でまくし立てた。狙い通り彼は圧倒され、シンちゃんが村に住む許可と、エーリクに村の警護を任せる(お給料付き)約束をしてくれた。やったね!
「けどさ~、アリアリ。魔族がやって来るのは相棒が十七歳の時だけど、詳しい日付はわかんないって言ってたろ。どうすんの、来月にはもう相棒のヤツ十七になっちまうぞ」
「大丈夫だよ、シンちゃん。具体的な日にちはわからなくても、手掛かりならちゃんとあるから」
果実水でビスケットを飲み下し、私は自信たっぷりに請け合う。
「っていうのもゲームの序盤、つまりは魔族が襲ってくるその日に、こんな会話があってね――」
主人公エーリクは、魔法薬師である母親から薬の配達を命じられ、隣家の幼馴染少女の元を訪ねる。
いつも病気がちの彼女だが、特に今回はひどい風邪を引き込んで、一ヶ月以上寝込んでいたのだ。
「一ヶ月だと!? 大変だアリサ、今すぐ家の中に戻って休め! 俺は母に頼んで、ありったけの解熱剤を調合してもらグッ!!」
「いや落ち着けって相棒。それってまだ先、お前さんが十七歳になってからの話だろ?……アリアリ、続けて」
シンちゃんがしっぽでエーリクの口をふさぎ、私をうながした。
私は静かに頷き、説明を続ける。
「そうしたらね、寝ているとばかり思っていた幼馴染の女の子は起きていたの。今朝はずいぶん久しぶりに気分がいいの、って彼女はにっこり笑って、こう言うんだ……」
――ねえエーリク、あなたは今朝のお空の色を見た?
――なんだか不思議な色をしてるの。まるで違う色の絵の具が、ぐちゃぐちゃに混ざり合っているみたい……
エーリクとシンちゃんが驚愕に目を見開いた。
「……ってことは」
「アリサがひどい風邪を引き、長い期間寝込む。そして回復したころ、空の色が変わる……?」
茫然とつぶやくエーリクに、私は微笑を向ける。
「そう。だからねエーリク、十七歳になったら毎日空の、特に朝の空をみんなで念入りに見張ろうよ。私が寝込むのも目安にはなるだろうけど、こっちは完全にゲームと同じとは限らないし」
というのも、私――幼馴染の少女は、ゲームの中での彼女よりかは丈夫な気がするから。
十歳のころからエーリクに止められつつも、私もできる範囲で運動をがんばった。きっとその成果で、何もしないよりは体力がついたと思うのだ。
エーリクはしばし考え込み、ややあってきっぱりと頷いた。
「よし、わかった。俺もアリサには苦しんでほしくない、なるべく寝込まない方向でがんばろう。……というわけで、母さんに頼んで滋養強壮薬を調合してもらう。アリサ、毎日欠かさず飲んでくれ」
「え~っ、それはイヤ!!」
だってあれマズイし!!
騒ぐ私をエーリクは無視して、無理やり立たせた。空のバスケットを私の手に押しつけ、「もう帰れ」と声を厳しくする。
「俺とシンちゃんはまだ訓練を続ける。そして日が落ちたら、村の見回りに行ってくる」
「そうそう、給料分は働かないとな。アリアリはしっかり休んでおけよ~!」
う、エーリクたちってば息ぴったり……。
ちょっとむくれつつ、私は二人に手を振って別れた。
仕方ない。私には私だけの、できることがあるはずだから――
自宅に戻った私は机に向かい、ノートを開いた。これは元気な日限定の私の日課で、『エンド・オブ・ファンタジアⅥ』の攻略本を手作りしているのだ。
(とは言っても、もちろん完璧には程遠いけど……)
たとえ何周もやり込んだゲームであろうと、ダンジョンの構造や細かなネタなんかは漠然としか覚えていない。
それでもストーリーの流れ、どこに行ったら何をするのか、ということぐらいならある程度覚えている。とにかく時系列がぐちゃぐちゃでも書き出していけば、それをきっかけにまた新たな出来事を思い出したりもするのだ。
(う~ん、恋愛関係なら結構覚えてるんだけどな)
ヒロインである、マリア姫との恋愛イベント。
別のページにまとめて書き出してあり、これに関してはおそらく完璧だと思う。エーリク、喜んでくれたらいいなぁ。
この攻略本を渡すのは、エーリクとシンちゃんが村から旅立つ日と決めている。
どうか少しでも彼らの力となって、無事に帰ってきてほしい。
(帰って……くるかなぁ)
もしかして魔王を倒しても、エーリクは王国の首都でマリア姫と一緒に暮らすことを選ぶかもしれない。それはとても……寂しいことではあるけれど、幼馴染として喜んであげなきゃいけない、ことでもあるわけで……。
開いたノートに顔を伏せ、目を閉じる。
私を信じて力を貸してくれた。こんなにも毎日努力してくれた。
エーリクには、世界中の誰よりも幸せになる権利がある。
「……よぉしっ!」
何度も自分に言い聞かせ、荒っぽく頬を叩く。ペンを手に、再び猛然と攻略本に向き合った。
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