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3.もしやこれは、感動的なあの場面?

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 ゲーム序盤の最重要シーン。
 神聖な森の奥にある、『神竜の祠』。その名が示す通り、この場所には伝説の神竜が眠っていると伝えられていた。

 やっとエーリクの背から降ろしてもらった私は、興味津々で洞窟の前に立つ。
 大岩で塞がれた入口は、私でも身をかがめなければ入れないぐらいの小さなものだった。

(……さて、ここからどうしたものか)

 悩む私の横で、エーリクはまじまじと大岩を観察していた。両腕を広げて大きさを確認したり、表面をこぶしで殴ったり。うん、力技じゃ無理だと思うよ。

「ここはね、本来ならゲームの序盤――つまりはエーリクが十七歳の時に来るはずだった場所なんだけど」

 魔族の襲撃により村から逃れたエーリクは、この洞窟を目の前にして魔族に追いつかれてしまう。
 そして止める間もなく幼馴染の少女が殺されて、エーリクは絶望に崩れ落ちる。にげて、という少女の最期の言葉も、エーリクを立ち上がらせることはできなかった。

 異形の魔族が次にエーリクを手にかけようとした、その時――

、ってエーリクの頭の中で声が響くの」

 地面にじっとひざまずいていたエーリクは、はっとして顔を上げる。
 急に様子の変わったエーリクに、魔族は不審げに周囲を確認するが、何も変わった様子はない。魔族には『声』は聞こえず、勇者であるエーリクだけが聞き取れたのだ。

――……。何度も呼びかけてくるその声に、エーリクはようやく自分を取り戻すの」

 ストーリーを説明しながら洞窟を振り返る。

 エーリクが「生きたい!」「俺に、村のみんなのかたきを討つ力を!」と叫んだ瞬間、大岩と洞窟の隙間から眩いほどの光が放たれる。大岩は砕け散り、封印されていた神竜が姿を現すのだ。

 そこまで告げて、私は苦笑する。

「そんなわけだから、残念だけど封印が解かれるのは今日じゃないんだ。でもせっかくここまで来たわけだし、一応ダメ元で呼びかけてみる?」

「……そうだな」

 エーリクは苦い顔で頷くと、大岩へと歩み寄った。
 期待が外れて少し苛立っているのかもしれないが、私としては今日の収穫は大きかったと思う。エーリクが勇者になるためのパワースポットが、実際に存在することを証明できたのだから。

 まるで抱き着くみたいに大岩に腕を回すエーリクを、私は後ろから微笑ましく眺めた。腰を落とし、両足を広げて踏ん張っている。エーリクってば、斬新なお祈りスタイルなんだから。

「そうだ、これから二人で毎日ここに通ってお願いしてみよっか。どうか助けてくださいって大泣きして騒ぎ立てれば、封印された神竜さんも目を覚ましてくれるかも――」

「ふんッ」


 ――ズドォォォォン!!


「…………」

 もうもうと土埃が立ち込める。

 私は目を点にしてその場に立ち尽くした。
 真横に巨石をぶん投げたエーリクが、爽やかな笑みを浮かべて私を振り返る。

「よし。封印は解かれたぞ」

「…………」

 解かれたっていうか、ぶち壊されたっていうか。
 何だこの力技。勇者エーリクってこんな脳筋でしたっけ……?

 顔を引きつらせる私などお構いなしに、エーリクがパンパンと手をはたいた。

「俺が入るから、アリサはここで待っていてくれ。すぐに神竜とやらの首根っこをつかんで引きずり出してくる」

「待て。エーリクが待て。何度も言ったけど、神竜はあなたの大ッ事な相棒で親友になる相手なの。そんなひどい扱いしたら、第一印象が取り返しのつかないことに――」

「ギャーーーーッ、敵襲敵襲ーーーーッ!! 者ども出合え出合えーって駄目じゃん無理じゃんだってここオレしかいなかったじゃーん!!」

 けたたましい叫び声とともに、何かがすごい速さで飛び出してくる。キラッと陽の光を反射させると、『何か』は竜巻のように空中を高速回転した。

(わ……っ)

「よし。捕獲成功」

「だからちょっと待て!?」

 無造作に手を伸ばしたエーリクが、もがき暴れる神竜さん(たぶん)を光の速さで麻袋に突っ込んだ。麻袋がでこぼこと膨れ上がる。

「イーヤーーーーッ出してーッ助けてーッ竜さらいーーー!!」

「お、落ち着いてください神竜さんっ。もうエーリク、駄目だって言ってるでしょ!?」

「いや、取り逃がしては大変だろ。そのためにわざわざ麻袋だって持ってきたのに」

 最初からここに詰め込む計画だったんかい!!

 思考が完全に誘拐犯のそれである。
 後頭部をひっぱたき、エーリクの手から麻袋を奪い取った。地面に置いて、そっと袋の口を開けて覗き込んでみる。

 つぶらな金色の瞳が、うるうると私を見返した。きゅん。

「どうしようエーリク可愛い! 好き!!」

 袋の口を再び閉じて、大興奮でエーリクを振り返る。なぜかエーリクの眉がぴくっと跳ねた。

「ゲームの時から可愛かったけど、実物はその比じゃないよ! うわあぁ可愛い可愛いどうしよう!!」

 語彙力が消失していたら、袋の口からにょっきりと真っ白な頭が生えてきた。
 ピンと立った白い耳に、白い二本の角。ふさふさのたてがみも真っ白で、背中に向かって流れている。

「わっわっ……! あ、すいませんよかったら全身見せていただいても、わあ素敵っ。鱗も真っ白つやつやで宝石みたい……あ、翼は意外とちっちゃいんですねっ」

 ふんふんと鼻息を荒くしながら、神竜さんが袋から出てきてくれた。
 飾り物のような二枚の翼が可愛い。たてがみがもふもふしてて最高。触りたい撫で回したい。

「ふあああ、しっぽの方はだんだん透明になっていってる……。不思議……可愛い……」

「ふふ~ん。オレたち竜は【形なきもの】だからな。今はこんなちっこいナリをしてるけど、その気になればどんな姿にだってなれるんだぜぇ」

 胸を張る神竜さんに、おおーっと拍手をしてみせる。そうなのそうなの、神竜さんってばどんな武器にも変身してくれるもんね!

(ゲームの設定としては三タイプ。大剣と短剣、それから魔法剣……)

 大剣は攻撃力こそ高いが俊敏さに欠け、短剣はその逆。魔法剣はゲームの中盤以降で変身できるようになる強力な武器だが、使うたびに魔力を消費してしまうのが玉にキズ。

「はあ、最高です神竜さん……。ねっ、エーリクもそう思うでしょ?」

 にこにこと同意を求めるが、エーリクは答えずまた神竜さんをつかみ取った。ってコラコラ!

「神竜とやら」

 止める私を無視し、地を這うような低い声で凄んでみせる。神竜さんは「ぺぎゅ」とつぶれたみたいな声を上げた。

「いいか。今から俺の言うことを復唱するんだ」

 コクコクコク。

 神竜さんが懸命に頷き、エーリクが目を細める。神竜さんをひと睨みすると、ゆっくりと口を開いた。

「――力が、欲しいか」

「……ち、ちからが、ほしいか……?」

「我が力を求めよ」

「わが、ちからを? もとめよー?」

「我を呼べ」

「われをーよべぇー」

「…………」

「…………」

 エーリクが口をつぐみ、神竜さんも目をまんまるにして彼を見上げている。

 固唾を呑んで見守っていたら、ややあってようやくエーリクが動いた。
 神竜さんをマフラーのように首に巻き付けると、満足げに頬をゆるめた。ぽかんとしている私に手を差し伸べ、力強く立たせてくれる。

「帰ろう、アリサ。今日の目的は達したからな。お前のおかげで神竜を――ひいては俺だけの武器を入手できた」

「いや何の話デスカッ!?」

 神竜さんが目を剥いた。
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