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2.勇者の武器を手に入れよう!
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「強い武器が必要だ」
ある朝いきなり、エーリクが脈絡もなく宣言した。
私はぽかんと彼を見上げ、私たちはしばし見つめ合う。
「……ぶき?」
「そうだ。魔族とやらが村を襲う前に、速攻で息の根を止める必要があるんだろう。木剣は重くてそれなりのダメージは与えられるが、斬れないから首を落とすことはできない」
いつもの空き地に二人きり、エーリクは難しい顔をして考え込んでいる。
彼の前に並べられているのは修行用の木剣、それから薪割りをする時の斧とナタ、狩猟用の弓矢。うん、どれもあんまり勇者っぽくない武器だよね。
真剣そのものといった彼に苦笑をこぼし、私は木箱からぴょんと飛び降りる。
「大丈夫だよ、エーリクの武器は必要ないから」
「なんだと?」
不審げに眉をひそめる彼に、私はしかつめらしく頷いてみせた。
「そうなの。勇者であるエーリクが使うのは、そんじょそこらの武器なんかじゃないんだから。というのもね、ここが『エンド・オブ・ファンタジアⅥ』の最大の魅力でもあるんだけどね……!」
推しのゲームに関する解説に、我知らず声が高くなっていく。
通常のRPGであれば、武器や防具、そして特殊効果を持つ装飾品は町や村で購入する。
もしくはダンジョンの宝箱、敵のドロップアイテムを狙うのも有効だ。売り物にはない高性能なものがタダで手に入るのだから、ぜひとも今後エーリクには積極的に狙っていってもらいたい。
「で、ここからが本題。肝心のエーリクが装備する武器はね、なんと――」
身振り手振りで熱く語る私に、エーリクは黙って耳を傾けた。
やがて私は話しすぎたせいで息を切らし、エーリクはじっと腕組みして考え込む。
ややあって、ぽんと手を打った。
「よし。なら善は急げだ」
◇
村のすぐ裏にある深い森。
シールズ村では、ここは神聖な場所だと伝えられている。神の祟りがあるから決して近寄ってはいけないと、幼いころから大人たちに口すっぱく言い聞かされていた。
前を歩くエーリクの背中に張りついて、私はぶるっと身を震わせる。
「うう……暗いねぇ」
侵入がバレたら、両親や村長からこっぴどく叱られるに違いない。
そして何より、ここってちょっと……いやかなり、嫌な気分になっちゃう……かも。
だってこの森ってさ、主人公エーリクの幼馴染の、名も無きモブ少女が殺されちゃう場所じゃん? でもって、それって絶対私じゃん??
(序盤で殺された幼馴染少女、病弱って設定だったし。私も体弱いし、残念ながら間違いないよね~……)
悶えながらエーリクの背中にぐりぐりと頭突きする。すると、何を思ったのかエーリクが怒ったみたいに振り返った。
「アリサ。疲れたのなら背負ってやる」
言いながら地面にひざまずく彼に、私は大慌てで首を横に振る。
「いやいやいや、大丈夫だよ別に! いくら私でも、森に入ってたった数分で疲れないってば!」
「駄目だ。心なしか顔色が悪い」
それはこの場所のせいなんだってば!
わあわあ抵抗したものの、エーリクは聞き入れてくれなかった。
問答無用で私を背負うと、少しも足取りを乱さず森の奥へと進んでいく。くっ、修行の成果がこんなところにも!
彼がたくましくなるのは喜ぶべきことなのに、私は申し訳ないやら恥ずかしいやらで、ふくれっ面になってしまう。
「……エーリクは、私に甘すぎ」
ぼそりと吐き捨てるが、エーリクに堪えた様子は全くない。ふんと鼻で笑われた気配を感じ、報復とばかりに後頭部を軽くはたいた。
「むやみに甘やかしすぎると、とんでもないワガママ娘に成長しちゃうかもよ?」
「元気になるなら何でもいいさ」
珍しく笑みを含んだ声に、不覚にもどきりと心臓が跳ねる。……いけない、いけない。
(分不相応な思いを抱くのは、ダメ絶対。エーリクはすっごい勇者様、対して私は脇役ですらないモブ少女。それにエーリクの相手は、ちゃ~んと未来に用意されてるんだから!)
少しだけ寂しい気もするが、仕方ない。
これから登場するゲームのヒロインは、同性の私から見てもとても魅力的な女の子なのだから。体が弱くてエーリクの役に立てない……どころか、足手まといにしかならない私と違って、彼女は冒険に欠かせないパーティメンバーなのだ。
「あのね、エーリク。何度も教えたけどゲームのヒロインは、ここフェリス王国のお姫様でね――」
ピンク色のふわふわした髪の、上品でお人形みたいに可愛い女の子。年は確か、エーリクの一つ下だったと思う。
「マリア・フェリス王女。神の加護を受けた法術師で、勇者パーティの回復と防御を一手に引き受けるの。彼女の協力なくして、ダンジョン攻略は成り立たないっていうか」
「アリサ。あまり無駄話をしていると舌を噛むぞ」
冷たい声で水を差され、私はむっと目を吊り上げる。
「もう、真面目に聞いてったら! マリアとの恋愛イベントはね、旅の途中で何度も用意されてるの。私がちゃんと事前に教えてあげるから、サブイベントだって逃しちゃダメだよ?」
まあ恋愛イベントとはいうものの、メインは冒険だからそんなにガッツリしたものじゃない。
というかゲームのエンディングでも、エーリクとマリアは「ほんのりいい感じ」という程度。明確に二人がくっついたという描写はなく、そこがまた想像の余地を残してファンとしては心躍るのだ。
「ファンの中には、エーリクとマリアは公式カップルじゃないって主張する人もいるけどね。赤髪とピンク髪の組み合わせがビジュアル的に最悪だから、っていうのがその根拠。でもでも、髪色の相性と愛は関係なくない?」
「…………」
「公式がどう考えてたかは知らないけどね。でも私は断然、エーリク・マリアカップル推奨派! ラストのデートイベントだってばっちり起こしたんだから。きっと二人は、クリア後の平和な世界でいつまでも――」
幸せに暮らしたと思うの、と言うことはできなかった。
エーリクが不意に急停止して、私は彼の後頭部にしこたま鼻をぶつけてしまったから。
「いっひゃい!」
「ほら見ろ。危険だと言ったろう」
勝ち誇ったみたいにして告げる。いやいや、今の絶対わざとでしょ!?
「もうエーリクってば、何するの!」
もっと真剣に聞いてほしい。
だって私は、エーリクには絶対に幸せになってほしいと思っているから。
エーリクは魔法薬師のお母さんと二人きりで暮らしていて、十歳を少し過ぎたころから毎日彼女の仕事を手伝っている。そしてそれ以外の時間は、体を鍛えるための修行三昧だ。まだまだ遊びたい盛りだろうに、エーリクには自由になる時間なんて全くない。
(それもこれも、私が前世の記憶を取り戻しちゃったばっかりに……)
私が死にたくない。
家族や村のみんなに死んでほしくない。
当然の願いだとは思うものの、それじゃあ私はそのために何をした?といつも考えてしまうのだ。
エーリク一人に全てを押しつけて、私は体調を崩したり治ったりの繰り返し。剣の素振りをしたってすぐに息切れして熱を出し、村を守るだなんて夢のまた夢。
(本当は私がこの手で、魔族を倒せるぐらい強くならなきゃいけないのに)
それが未来を知る者の責務だと思うのに。
実際の私は単なる役立たずの足手まといだ。
重いため息をつく私を、エーリクはちらりと振り返った。「見ろ、アリサ」と背負った私を軽く揺さぶる。
「小川にそって北上すれば、やがて入口の閉ざされた洞窟が見えてくる、だったな? お前が言っていたのはあれじゃないのか」
はっと顔を上げれば、エーリクの言葉通りだった。
小さな洞窟の入口は、大岩によって完璧に塞がれている。まさにゲームで見たそのままで、ちゃんと現実に存在していたことに嬉しくなる。
私はみるみる元気を取り戻し、勢いよくエーリクの肩を叩いた。
「うんっ、間違いないと思う! あそこに――あの祠に、エーリクの武器が封印されてるの!」
ある朝いきなり、エーリクが脈絡もなく宣言した。
私はぽかんと彼を見上げ、私たちはしばし見つめ合う。
「……ぶき?」
「そうだ。魔族とやらが村を襲う前に、速攻で息の根を止める必要があるんだろう。木剣は重くてそれなりのダメージは与えられるが、斬れないから首を落とすことはできない」
いつもの空き地に二人きり、エーリクは難しい顔をして考え込んでいる。
彼の前に並べられているのは修行用の木剣、それから薪割りをする時の斧とナタ、狩猟用の弓矢。うん、どれもあんまり勇者っぽくない武器だよね。
真剣そのものといった彼に苦笑をこぼし、私は木箱からぴょんと飛び降りる。
「大丈夫だよ、エーリクの武器は必要ないから」
「なんだと?」
不審げに眉をひそめる彼に、私はしかつめらしく頷いてみせた。
「そうなの。勇者であるエーリクが使うのは、そんじょそこらの武器なんかじゃないんだから。というのもね、ここが『エンド・オブ・ファンタジアⅥ』の最大の魅力でもあるんだけどね……!」
推しのゲームに関する解説に、我知らず声が高くなっていく。
通常のRPGであれば、武器や防具、そして特殊効果を持つ装飾品は町や村で購入する。
もしくはダンジョンの宝箱、敵のドロップアイテムを狙うのも有効だ。売り物にはない高性能なものがタダで手に入るのだから、ぜひとも今後エーリクには積極的に狙っていってもらいたい。
「で、ここからが本題。肝心のエーリクが装備する武器はね、なんと――」
身振り手振りで熱く語る私に、エーリクは黙って耳を傾けた。
やがて私は話しすぎたせいで息を切らし、エーリクはじっと腕組みして考え込む。
ややあって、ぽんと手を打った。
「よし。なら善は急げだ」
◇
村のすぐ裏にある深い森。
シールズ村では、ここは神聖な場所だと伝えられている。神の祟りがあるから決して近寄ってはいけないと、幼いころから大人たちに口すっぱく言い聞かされていた。
前を歩くエーリクの背中に張りついて、私はぶるっと身を震わせる。
「うう……暗いねぇ」
侵入がバレたら、両親や村長からこっぴどく叱られるに違いない。
そして何より、ここってちょっと……いやかなり、嫌な気分になっちゃう……かも。
だってこの森ってさ、主人公エーリクの幼馴染の、名も無きモブ少女が殺されちゃう場所じゃん? でもって、それって絶対私じゃん??
(序盤で殺された幼馴染少女、病弱って設定だったし。私も体弱いし、残念ながら間違いないよね~……)
悶えながらエーリクの背中にぐりぐりと頭突きする。すると、何を思ったのかエーリクが怒ったみたいに振り返った。
「アリサ。疲れたのなら背負ってやる」
言いながら地面にひざまずく彼に、私は大慌てで首を横に振る。
「いやいやいや、大丈夫だよ別に! いくら私でも、森に入ってたった数分で疲れないってば!」
「駄目だ。心なしか顔色が悪い」
それはこの場所のせいなんだってば!
わあわあ抵抗したものの、エーリクは聞き入れてくれなかった。
問答無用で私を背負うと、少しも足取りを乱さず森の奥へと進んでいく。くっ、修行の成果がこんなところにも!
彼がたくましくなるのは喜ぶべきことなのに、私は申し訳ないやら恥ずかしいやらで、ふくれっ面になってしまう。
「……エーリクは、私に甘すぎ」
ぼそりと吐き捨てるが、エーリクに堪えた様子は全くない。ふんと鼻で笑われた気配を感じ、報復とばかりに後頭部を軽くはたいた。
「むやみに甘やかしすぎると、とんでもないワガママ娘に成長しちゃうかもよ?」
「元気になるなら何でもいいさ」
珍しく笑みを含んだ声に、不覚にもどきりと心臓が跳ねる。……いけない、いけない。
(分不相応な思いを抱くのは、ダメ絶対。エーリクはすっごい勇者様、対して私は脇役ですらないモブ少女。それにエーリクの相手は、ちゃ~んと未来に用意されてるんだから!)
少しだけ寂しい気もするが、仕方ない。
これから登場するゲームのヒロインは、同性の私から見てもとても魅力的な女の子なのだから。体が弱くてエーリクの役に立てない……どころか、足手まといにしかならない私と違って、彼女は冒険に欠かせないパーティメンバーなのだ。
「あのね、エーリク。何度も教えたけどゲームのヒロインは、ここフェリス王国のお姫様でね――」
ピンク色のふわふわした髪の、上品でお人形みたいに可愛い女の子。年は確か、エーリクの一つ下だったと思う。
「マリア・フェリス王女。神の加護を受けた法術師で、勇者パーティの回復と防御を一手に引き受けるの。彼女の協力なくして、ダンジョン攻略は成り立たないっていうか」
「アリサ。あまり無駄話をしていると舌を噛むぞ」
冷たい声で水を差され、私はむっと目を吊り上げる。
「もう、真面目に聞いてったら! マリアとの恋愛イベントはね、旅の途中で何度も用意されてるの。私がちゃんと事前に教えてあげるから、サブイベントだって逃しちゃダメだよ?」
まあ恋愛イベントとはいうものの、メインは冒険だからそんなにガッツリしたものじゃない。
というかゲームのエンディングでも、エーリクとマリアは「ほんのりいい感じ」という程度。明確に二人がくっついたという描写はなく、そこがまた想像の余地を残してファンとしては心躍るのだ。
「ファンの中には、エーリクとマリアは公式カップルじゃないって主張する人もいるけどね。赤髪とピンク髪の組み合わせがビジュアル的に最悪だから、っていうのがその根拠。でもでも、髪色の相性と愛は関係なくない?」
「…………」
「公式がどう考えてたかは知らないけどね。でも私は断然、エーリク・マリアカップル推奨派! ラストのデートイベントだってばっちり起こしたんだから。きっと二人は、クリア後の平和な世界でいつまでも――」
幸せに暮らしたと思うの、と言うことはできなかった。
エーリクが不意に急停止して、私は彼の後頭部にしこたま鼻をぶつけてしまったから。
「いっひゃい!」
「ほら見ろ。危険だと言ったろう」
勝ち誇ったみたいにして告げる。いやいや、今の絶対わざとでしょ!?
「もうエーリクってば、何するの!」
もっと真剣に聞いてほしい。
だって私は、エーリクには絶対に幸せになってほしいと思っているから。
エーリクは魔法薬師のお母さんと二人きりで暮らしていて、十歳を少し過ぎたころから毎日彼女の仕事を手伝っている。そしてそれ以外の時間は、体を鍛えるための修行三昧だ。まだまだ遊びたい盛りだろうに、エーリクには自由になる時間なんて全くない。
(それもこれも、私が前世の記憶を取り戻しちゃったばっかりに……)
私が死にたくない。
家族や村のみんなに死んでほしくない。
当然の願いだとは思うものの、それじゃあ私はそのために何をした?といつも考えてしまうのだ。
エーリク一人に全てを押しつけて、私は体調を崩したり治ったりの繰り返し。剣の素振りをしたってすぐに息切れして熱を出し、村を守るだなんて夢のまた夢。
(本当は私がこの手で、魔族を倒せるぐらい強くならなきゃいけないのに)
それが未来を知る者の責務だと思うのに。
実際の私は単なる役立たずの足手まといだ。
重いため息をつく私を、エーリクはちらりと振り返った。「見ろ、アリサ」と背負った私を軽く揺さぶる。
「小川にそって北上すれば、やがて入口の閉ざされた洞窟が見えてくる、だったな? お前が言っていたのはあれじゃないのか」
はっと顔を上げれば、エーリクの言葉通りだった。
小さな洞窟の入口は、大岩によって完璧に塞がれている。まさにゲームで見たそのままで、ちゃんと現実に存在していたことに嬉しくなる。
私はみるみる元気を取り戻し、勢いよくエーリクの肩を叩いた。
「うんっ、間違いないと思う! あそこに――あの祠に、エーリクの武器が封印されてるの!」
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