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一度目 ◆アレン視点
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まるで坂道を転げ落ちるように、状況は悪くなる一方だった。
レオン陛下は一人娘である王女を溺愛し、ねだられるがまま彼女の望みを何でも叶えた。度重なる増税に、国民の怒りは爆発寸前だった。
無論、心ある家臣は王を諌めた。けれど王女の高飛車な命令一つで彼らは役職を解かれ、泣く泣く王城を去っていった。
残されたのは王と王女におもねる奸臣ばかり。
そうして、ますます王女が増長するという悪循環。
「――失礼いたします」
深夜。
王の自室に呼ばれたわたしは、ひそめた声で訪いを告げる。
「ああ、入りなさい」
レオン陛下がほっとした顔でわたしを招き入れた。
こんな時間、ましてや下位貴族が王の部屋を直接訪ねるなど、通常ならばありえない。
――けれど我が家は、王に仕える特別な家系だった。
「話というのは他でもない。リディアのことだ」
でっぷりと醜く肥えた王が、疲れたように肩を落とす。その顔色は赤黒く、健康を損なっているのは明らかだった。
「リディア殿下、ですか?」
慇懃に繰り返すわたしに、陛下は小さく首肯する。
「そう、わたしはあの子の行く末が心配なんだ……。皆には隠しているが、近頃わたしの体調は芳しくない。万が一に備えて弟のライナーを呼び戻したが、わたしが死んだ後のことを考えると胸が締めつけられる……」
言葉通り、苦しげに己の胸を押さえた。
黙然と立ち尽くすわたしを、陛下は睨むように見据えた。大きくあえぎ、垂れ下がった二重顎を震わせる。
「アレン・クロノス、大いなる魔法使いの一族よ。お前をリディアの従者に任命する。――たとえわたしがあの子を残して逝ったとしても、その妙なる力で必ずやあの子を守り抜くのだ……!」
「…………は」
冗談じゃない、と思った。
……わたしが、あの我が儘な王女に仕える?
情を知らない、知性の欠片もない愚かな王女に?
喉元まで言葉が出かかったが、グッとこらえた。
魔法使いという特殊な立ち位置であろうと、クロノス家は王の臣下には違いない。王の命令を断るなどという選択肢はないのだ。
「……御意」
しかめた顔を見られぬよう、深々と頭を下げる。
こうして、わたしは不本意ながらもリディアの従者となった。
◆
「素敵なドレス! さすがはマダム・ポリーの新作ね!」
「ええ、ええ。本当によくお似合いですわ、リディア殿下!」
派手なドレスをまとったリディアを、侍女達がここぞとばかりに褒めそやす。
飽きることなく毎日繰り返されるその光景を、今日もわたしはうんざりして見守った。
「……ああ、ですがリディア殿下。失礼ですが、その首飾りだとドレスに合わない、やも……」
予想通り、一番年かさの侍女が言いにくそうに言葉を濁す。
「あら、確かに。わたくしも、少し宝石が小さすぎるように思いますわ」
すかさず隣の赤毛の侍女が追随する。
リディアは戸惑ったように眉をひそめた。
「そ、そお?……ええ、言われてみたら確かにそうね。今すぐ他の首飾りを持ってきてちょうだい!」
高らかに命じ、大量の首飾りをとっかえひっかえ試し出した。一心不乱に鏡に向かうリディアを、侍女達は期待の表情で見守る。
やがて、リディアは美しい黄金の髪を揺らして首を振った。
「ああ、だめ! この首飾りはもういらないわ。新しいのを作らせるから、こっちはあなた達にあげる」
無造作に放られた首飾りに、侍女達は我先にと群がり出す。「ああ、なんてお優しいリディア殿下!」「わたくし達、殿下にお仕えできて幸せですわ!」甲高い声を上げる。
耳を塞ぎたい気持ちで唇を噛み締めた。
わたしが命じられたのはあくまでリディアの護衛であり、彼女の悪行を止めるためではない。ないのだが――……
「……恐れながら、殿下」
低い声を出すと、リディアは怪訝そうに振り返った。
「税金で購った宝石を、侍女に下げ渡すのはいかがなものかと。不必要なのであれば、換金して国庫に戻すべきです」
「……え?」
リディアが目を丸くして、侍女達の顔がさっと赤くなった。
怒りに燃えた目は無視し、リディアだけを見つめる。
「どうぞ、税に苦しむ民のことをお考えください」
「……わ」
わかったわ、と言おうとしたのだろうか。
それとも、わたくしに指図しないで、と叱責しようとしたのだろうか。
わたしがそれを知ることはなかった。
なぜならば――……
「リディア殿下ッ! 今すぐ、今すぐレオン陛下の元へお出でください!!」
慌ただしく駆け込んできた側仕えが、王の危篤を知らせたからだ。
◆
レオン陛下は静かに息を引き取り、国葬が執り行われた。
一国の王の葬式とは思われないほど質素な式で、国民達は喪に服すどころか快哉を叫んだ。
悲しみに沈んでいるのは王城ばかりで、城下はまるでお祭り騒ぎだった。
リディアは喪服の黒いドレスに身を包み、バルコニーにひっそりと佇んでいた。青ざめた顔はこの世のものとは思えないほどに美しく、その視線はどこか遠くを見つめていた。
「お父、様……」
透明な涙がぽろりと落ちる。
肩だけを激しく震わせ、彼女は声も上げずに静かに泣き続けた。慰めなければと思うのに、わたしはこの場から一歩も動けない。
(レオン陛下の、最後の願いを叶えるためには……)
彼女に、新たな女王としての自覚を持ってもらう必要がある。
国民にこれほど憎まれ恨まれたままでは、魔法の力があったところで彼女を守りきるのは困難だからだ。彼女はこれまでの行いを悔い改めて、良き女王になるよう努めなければならない。
(だから今……このかたに掛けるべきは、優しい慰めの言葉なんかじゃない)
心を決めて、リディアを叱咤しようとしたその瞬間。
――バルコニーにどっと兵がなだれ込んだ。
咄嗟にわたしはリディアを背中にかばい、リディアも悲鳴を上げてわたしにすがりつく。
「なに……っ!?」
「――やあ、リディア」
凛とした声が響き渡った。
兵を従えて現れたのは、先王の弟であるライナー・オーレイン――……
彼は厳しい眼差しでリディアを睨み据えた。
「リディア、すでに君の侍女は全員拘束させてもらった。残るは君と、その従者だけだ」
「え……?」
リディアが激しく震え出す。
「ああ、侍女達は声を枯らして命乞いしていたよ。君に逆らえず、泣く泣く従っていただけだと。君の不興を買えば、家族もろとも酷い目にあわされると怯えていたのだと」
うそ、とリディアが小さく呟いた。
侍女達の裏切りが予想外だったのだろう、呆然自失してふらつきかける。
「殿下!」
崩れそうになる体を支えると、リディアはあえぎながらわたしの胸に倒れ込んだ。ガクガクと震え、爪が白くなるぐらいきつくわたしの服を握り締める。
「本当に脅されていたとするのなら、彼女達には情状酌量の余地があるかもしれないな。――それから、そこの従者」
「…………」
反感を込めて無言で目をやれば、ライナーは少しだけ考える顔つきになった。
「君は確か、リディアの従者になってまだ一月にも満たなかったな? 事情聴取はこれからじっくり行うが、申し開きがあるなら聞こう。君も、リディアに脅されていたのか?」
「わたしは……」
苦々しく口を開きかけたところで、リディアの震えが止まっているのに気が付いた。腕の力をゆるめ、わたしは彼女をそっと覗き込む。
「リディ――……っ!?」
「無礼者っ! 王女たるこのわたくしに、馴れ馴れしく触れるなどと!」
突然頬を張られ、わたしは驚きに固まった。
彼女は肩で息すると、憎々しげにライナーを振り返る。
「ええそうよ。侍女も、そしてこの従者も脅して言うことを聞かせたわ! この男はそれでも生意気にわたくしを諌めようとしたけれど、どうしてわたくしが我慢しなければならないの!? わたくしは王女なのよっ」
リディアが金切り声でわめくと、兵達は怒りにどよめいた。
ライナーだけは顔色を変えず、一歩リディアに歩み寄る。
「己の罪を認めたね。では、大人しく牢に入ってもらおうか。――連行しなさい」
命じられ、兵達がすばやくリディアを取り囲んだ。反射的に伸ばしたわたしの手を、リディアが容赦なく叩き落とす。
「しつこいわよ! 勘違いしないで、お前を側に置いてやったのは単に顔が綺麗だったからよ! でももう、お前なんかいらないの!」
「リディア殿下!」
屈強な兵に取り押さえられ、わたしは地面に引き倒された。それでももがき、彼女に届かない手を伸ばす。
バルコニーを出る瞬間、彼女は一度だけ振り返った。
唇を震わせ、大粒の涙をこぼしながらわたしを見つめる。
――にげて。
そう懇願された気がした。
◆
「リディアの処刑が決まったよ」
牢から出された途端にそう告げられて、顔から血の気が引いていく。嘘だろう、と掠れた声が漏れた。
(処刑、処刑だと……!?)
おそらく流刑か、軟禁になるのだろうと思っていた。
まさか人徳者と名高いライナーが、実の姪に死を命じるなどと想像もしていなかったのだ。
「……リディア殿下に、会わせてください」
「無理だ。刑の執行まで残り数分もない。あの子はもう断頭台に登っているころだろう」
振り返ったライナーの視線を追えば、柱時計が目に入った。秒針が進み、無慈悲に時を刻んでいく。
(あの時……)
ぼんやりと柱時計を眺める。
(魔法を使って、無理にでも逃げるべきだった……)
後悔に胸が締めつけられる。
あの無知で甘ったれで、けれどひどく純粋な王女を救うため、もっとできることはあったはずなのに……!
柱時計の音が鳴り響く。
一拍置いて、わあっという民衆の歓声がここまで届いてくる。
わたしは目を閉じ、禁忌を破る覚悟を決める。
――全てを、無かったことにするために。
レオン陛下は一人娘である王女を溺愛し、ねだられるがまま彼女の望みを何でも叶えた。度重なる増税に、国民の怒りは爆発寸前だった。
無論、心ある家臣は王を諌めた。けれど王女の高飛車な命令一つで彼らは役職を解かれ、泣く泣く王城を去っていった。
残されたのは王と王女におもねる奸臣ばかり。
そうして、ますます王女が増長するという悪循環。
「――失礼いたします」
深夜。
王の自室に呼ばれたわたしは、ひそめた声で訪いを告げる。
「ああ、入りなさい」
レオン陛下がほっとした顔でわたしを招き入れた。
こんな時間、ましてや下位貴族が王の部屋を直接訪ねるなど、通常ならばありえない。
――けれど我が家は、王に仕える特別な家系だった。
「話というのは他でもない。リディアのことだ」
でっぷりと醜く肥えた王が、疲れたように肩を落とす。その顔色は赤黒く、健康を損なっているのは明らかだった。
「リディア殿下、ですか?」
慇懃に繰り返すわたしに、陛下は小さく首肯する。
「そう、わたしはあの子の行く末が心配なんだ……。皆には隠しているが、近頃わたしの体調は芳しくない。万が一に備えて弟のライナーを呼び戻したが、わたしが死んだ後のことを考えると胸が締めつけられる……」
言葉通り、苦しげに己の胸を押さえた。
黙然と立ち尽くすわたしを、陛下は睨むように見据えた。大きくあえぎ、垂れ下がった二重顎を震わせる。
「アレン・クロノス、大いなる魔法使いの一族よ。お前をリディアの従者に任命する。――たとえわたしがあの子を残して逝ったとしても、その妙なる力で必ずやあの子を守り抜くのだ……!」
「…………は」
冗談じゃない、と思った。
……わたしが、あの我が儘な王女に仕える?
情を知らない、知性の欠片もない愚かな王女に?
喉元まで言葉が出かかったが、グッとこらえた。
魔法使いという特殊な立ち位置であろうと、クロノス家は王の臣下には違いない。王の命令を断るなどという選択肢はないのだ。
「……御意」
しかめた顔を見られぬよう、深々と頭を下げる。
こうして、わたしは不本意ながらもリディアの従者となった。
◆
「素敵なドレス! さすがはマダム・ポリーの新作ね!」
「ええ、ええ。本当によくお似合いですわ、リディア殿下!」
派手なドレスをまとったリディアを、侍女達がここぞとばかりに褒めそやす。
飽きることなく毎日繰り返されるその光景を、今日もわたしはうんざりして見守った。
「……ああ、ですがリディア殿下。失礼ですが、その首飾りだとドレスに合わない、やも……」
予想通り、一番年かさの侍女が言いにくそうに言葉を濁す。
「あら、確かに。わたくしも、少し宝石が小さすぎるように思いますわ」
すかさず隣の赤毛の侍女が追随する。
リディアは戸惑ったように眉をひそめた。
「そ、そお?……ええ、言われてみたら確かにそうね。今すぐ他の首飾りを持ってきてちょうだい!」
高らかに命じ、大量の首飾りをとっかえひっかえ試し出した。一心不乱に鏡に向かうリディアを、侍女達は期待の表情で見守る。
やがて、リディアは美しい黄金の髪を揺らして首を振った。
「ああ、だめ! この首飾りはもういらないわ。新しいのを作らせるから、こっちはあなた達にあげる」
無造作に放られた首飾りに、侍女達は我先にと群がり出す。「ああ、なんてお優しいリディア殿下!」「わたくし達、殿下にお仕えできて幸せですわ!」甲高い声を上げる。
耳を塞ぎたい気持ちで唇を噛み締めた。
わたしが命じられたのはあくまでリディアの護衛であり、彼女の悪行を止めるためではない。ないのだが――……
「……恐れながら、殿下」
低い声を出すと、リディアは怪訝そうに振り返った。
「税金で購った宝石を、侍女に下げ渡すのはいかがなものかと。不必要なのであれば、換金して国庫に戻すべきです」
「……え?」
リディアが目を丸くして、侍女達の顔がさっと赤くなった。
怒りに燃えた目は無視し、リディアだけを見つめる。
「どうぞ、税に苦しむ民のことをお考えください」
「……わ」
わかったわ、と言おうとしたのだろうか。
それとも、わたくしに指図しないで、と叱責しようとしたのだろうか。
わたしがそれを知ることはなかった。
なぜならば――……
「リディア殿下ッ! 今すぐ、今すぐレオン陛下の元へお出でください!!」
慌ただしく駆け込んできた側仕えが、王の危篤を知らせたからだ。
◆
レオン陛下は静かに息を引き取り、国葬が執り行われた。
一国の王の葬式とは思われないほど質素な式で、国民達は喪に服すどころか快哉を叫んだ。
悲しみに沈んでいるのは王城ばかりで、城下はまるでお祭り騒ぎだった。
リディアは喪服の黒いドレスに身を包み、バルコニーにひっそりと佇んでいた。青ざめた顔はこの世のものとは思えないほどに美しく、その視線はどこか遠くを見つめていた。
「お父、様……」
透明な涙がぽろりと落ちる。
肩だけを激しく震わせ、彼女は声も上げずに静かに泣き続けた。慰めなければと思うのに、わたしはこの場から一歩も動けない。
(レオン陛下の、最後の願いを叶えるためには……)
彼女に、新たな女王としての自覚を持ってもらう必要がある。
国民にこれほど憎まれ恨まれたままでは、魔法の力があったところで彼女を守りきるのは困難だからだ。彼女はこれまでの行いを悔い改めて、良き女王になるよう努めなければならない。
(だから今……このかたに掛けるべきは、優しい慰めの言葉なんかじゃない)
心を決めて、リディアを叱咤しようとしたその瞬間。
――バルコニーにどっと兵がなだれ込んだ。
咄嗟にわたしはリディアを背中にかばい、リディアも悲鳴を上げてわたしにすがりつく。
「なに……っ!?」
「――やあ、リディア」
凛とした声が響き渡った。
兵を従えて現れたのは、先王の弟であるライナー・オーレイン――……
彼は厳しい眼差しでリディアを睨み据えた。
「リディア、すでに君の侍女は全員拘束させてもらった。残るは君と、その従者だけだ」
「え……?」
リディアが激しく震え出す。
「ああ、侍女達は声を枯らして命乞いしていたよ。君に逆らえず、泣く泣く従っていただけだと。君の不興を買えば、家族もろとも酷い目にあわされると怯えていたのだと」
うそ、とリディアが小さく呟いた。
侍女達の裏切りが予想外だったのだろう、呆然自失してふらつきかける。
「殿下!」
崩れそうになる体を支えると、リディアはあえぎながらわたしの胸に倒れ込んだ。ガクガクと震え、爪が白くなるぐらいきつくわたしの服を握り締める。
「本当に脅されていたとするのなら、彼女達には情状酌量の余地があるかもしれないな。――それから、そこの従者」
「…………」
反感を込めて無言で目をやれば、ライナーは少しだけ考える顔つきになった。
「君は確か、リディアの従者になってまだ一月にも満たなかったな? 事情聴取はこれからじっくり行うが、申し開きがあるなら聞こう。君も、リディアに脅されていたのか?」
「わたしは……」
苦々しく口を開きかけたところで、リディアの震えが止まっているのに気が付いた。腕の力をゆるめ、わたしは彼女をそっと覗き込む。
「リディ――……っ!?」
「無礼者っ! 王女たるこのわたくしに、馴れ馴れしく触れるなどと!」
突然頬を張られ、わたしは驚きに固まった。
彼女は肩で息すると、憎々しげにライナーを振り返る。
「ええそうよ。侍女も、そしてこの従者も脅して言うことを聞かせたわ! この男はそれでも生意気にわたくしを諌めようとしたけれど、どうしてわたくしが我慢しなければならないの!? わたくしは王女なのよっ」
リディアが金切り声でわめくと、兵達は怒りにどよめいた。
ライナーだけは顔色を変えず、一歩リディアに歩み寄る。
「己の罪を認めたね。では、大人しく牢に入ってもらおうか。――連行しなさい」
命じられ、兵達がすばやくリディアを取り囲んだ。反射的に伸ばしたわたしの手を、リディアが容赦なく叩き落とす。
「しつこいわよ! 勘違いしないで、お前を側に置いてやったのは単に顔が綺麗だったからよ! でももう、お前なんかいらないの!」
「リディア殿下!」
屈強な兵に取り押さえられ、わたしは地面に引き倒された。それでももがき、彼女に届かない手を伸ばす。
バルコニーを出る瞬間、彼女は一度だけ振り返った。
唇を震わせ、大粒の涙をこぼしながらわたしを見つめる。
――にげて。
そう懇願された気がした。
◆
「リディアの処刑が決まったよ」
牢から出された途端にそう告げられて、顔から血の気が引いていく。嘘だろう、と掠れた声が漏れた。
(処刑、処刑だと……!?)
おそらく流刑か、軟禁になるのだろうと思っていた。
まさか人徳者と名高いライナーが、実の姪に死を命じるなどと想像もしていなかったのだ。
「……リディア殿下に、会わせてください」
「無理だ。刑の執行まで残り数分もない。あの子はもう断頭台に登っているころだろう」
振り返ったライナーの視線を追えば、柱時計が目に入った。秒針が進み、無慈悲に時を刻んでいく。
(あの時……)
ぼんやりと柱時計を眺める。
(魔法を使って、無理にでも逃げるべきだった……)
後悔に胸が締めつけられる。
あの無知で甘ったれで、けれどひどく純粋な王女を救うため、もっとできることはあったはずなのに……!
柱時計の音が鳴り響く。
一拍置いて、わあっという民衆の歓声がここまで届いてくる。
わたしは目を閉じ、禁忌を破る覚悟を決める。
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