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死亡フラグは結構です!①
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――処刑されない程度には善人で、アレンが満足する程度に悪人になるためには。
「どうしよう、どうしたらいいの……!?」
頭の中が難問ではちきれそうで、私はぶつぶつと独り言を呟きながら自室を徘徊する。
「そもそも悪人って何なの? 未来の私、処刑されるほどの何をしたっていうの?」
別段答えを求めていたわけではないのだけれど、ソファで長い足を悠然と組んでいたアレンが、ティーカップを置いてにっこりと微笑んだ。
「その一、湯水のように国家予算を使い、有名デザイナーのドレスや宝石を新作が出るたび買い漁った。その二、取り巻きの貴族子女を招いて毎夜パーティを開いては、飲めや歌えの贅沢三昧。その三、結果として度重なる増税が行われ、国民生活を苦しめた。その四……」
「あーーーっ、もう結構ですっ!!」
耳を塞いでベッドに倒れ込む。
アレンの衝撃的な告白から一週間、私はまだ死の運命を回避するための有効な手立てを見つけられずにいた。
……というか、本当なら簡単な解決策があるはずなんですけどね。
むくりと起き上がって枕を抱き締め、私はアレンを睨めつける。
「清らか王女になれば話は早いのに……っ」
「嫌ですよ。そんなあなたはあなたじゃありません」
あと、清らか王女って言い方ダサいです。
しれっと駄目出ししてケーキをほおばる。
ちなみになぜこの男がここで寛いでいるのかというと、国王である父により正式に私付きの従者に任命されたからだ。
「私が突然倒れたのは遠い祖先の呪いに取り憑かれたせい。呪いを抑えるためにはアレンの魔法が必要不可欠である――……なんて嘘を、あっさり信じるだなんてお父様ってば!」
「陛下は我がクロノス家の魔法を信頼なさっていますからね。実際あの日も、姫様の病を祓うため二人きりにしてください、という無茶な願いを聞き入れてくださいましたし」
「あんなに騙されやすかったら国王として心配だわっ」
忌々しく吐き捨て、アレンが座るソファに歩み寄る。アレンの手からカップを強引に奪い取り、程よく冷めたハーブティーを一息に飲み干した。
ふうと息を吐き、座ったままの彼を得意気に見下ろす。
「ねねっ、どおどお? 人の物を勝手に奪っちゃう私、すっごく悪女っぽいと思わない?」
アレンがさも嫌そうに整った眉をひそめた。
「小さい、悪事が小さいです我が主。それに今のはただ単に――……」
間接キスですよ、と耳元で熱っぽく囁かれ、私はぼんっと赤くなった。
「ち、ちちちち違っ」
「はあ、お子様に照れられても楽しくも何ともないですね」
「んなっ!!」
全くこの男は口が減らない。
未来の私よりよっぽど悪人なんじゃない?
イライラと足踏みしていると、扉から控えめなノックの音がした。
従者らしくアレンがすかさず立ち上がり、訪れた侍女と二言三言、言葉を交わす。
「殿下、マダム・ポリーが新作のドレスデザインを持ってお越しだそうです。こちらにお通ししても構いませんよね?」
「しっ、ドッ!」
――新作のドレス!?
背中を冷や汗がつたった。
マダム・ポリーは王侯貴族ご用達のデザイナー。
アレンが来るまでの私は彼女のドレスの大ファンで、新作ができたら必ず一番に私のところに来るよう命じていた……のだけれど。
(いやいやいや、新作ドレスだなんて処刑への道まっしぐらでしょ!)
侍女の訝しげな視線を感じる。
私は強いて平静を装い、自慢の黄金の髪をかき上げた。
「わ、わたくし遠慮しておきますわ。派手やかなドレスなど、もはや何の興味も持てませんもの。マダム・ポリーにもそうお伝えしてちょうだい」
「え……っ?」
侍女が絶句する。
信じられないものを見る目で私を見て、すぐに己の無作法に気付いたのだろう。真っ赤になって頭を下げると、逃げるように退出してしまった。
音を立てて閉じた扉を眺め、アレンが大げさに肩をすくめる。
「お言葉ですが、今のはいささか不自然すぎやしませんか? この一週間というもの使用人からあなたの人物評を聞いて回りましたが、『わがまま』だの『高飛車』だの『贅沢好き』だの、未来のあなたに繋がるなかなかの正確っぷりだったのに。急に人が変わったら怪しまれてしまうでしょう」
「ちょっと待って、今の時点で私の評価ってそんなに悪いのっ!?」
愕然として問い詰めると、アレンは「何を今更」と顔をしかめた。
「当然でしょう。このまま漫然と生きていれば、あなたが行き着くのは悪逆王女なんですよ」
「…………」
そうだった……。
親しいと信じていた侍女達からの悪評に、危うく床に崩れ落ちそうになる。
打ちひしがれる私に、アレンがすっと長い腕を差し伸べた。溺れる者の心境でその手を取り、涙目で彼を見上げる。
「アレン……。私、今日からは泥色の地味ドレスで生きていくことにするわ」
「ふざけないでください。そんなドレス美しいあなたに対する冒涜です、大罪です」
速攻で却下すると、アレンは私の肩にふわりとケープを掛けた。自身もコートをはおって黒い帽子を被る。
「さ、参りましょうか。我が主」
「参るって……、どこへ?」
流れるようにエスコートされ、私は目を丸くした。
アレンは使用人に馬車の支度を命じると、にやりと笑って私を振り返る。
「馬鹿みたいに高価なドレスを断ったこと自体は賛成です。……ですが、安っぽいドレスなどあなたに相応しくない」
だから折衷案を取りましょう。
迷いのない口調でそう宣言するなり、私を伴って颯爽と歩き出した。
「どうしよう、どうしたらいいの……!?」
頭の中が難問ではちきれそうで、私はぶつぶつと独り言を呟きながら自室を徘徊する。
「そもそも悪人って何なの? 未来の私、処刑されるほどの何をしたっていうの?」
別段答えを求めていたわけではないのだけれど、ソファで長い足を悠然と組んでいたアレンが、ティーカップを置いてにっこりと微笑んだ。
「その一、湯水のように国家予算を使い、有名デザイナーのドレスや宝石を新作が出るたび買い漁った。その二、取り巻きの貴族子女を招いて毎夜パーティを開いては、飲めや歌えの贅沢三昧。その三、結果として度重なる増税が行われ、国民生活を苦しめた。その四……」
「あーーーっ、もう結構ですっ!!」
耳を塞いでベッドに倒れ込む。
アレンの衝撃的な告白から一週間、私はまだ死の運命を回避するための有効な手立てを見つけられずにいた。
……というか、本当なら簡単な解決策があるはずなんですけどね。
むくりと起き上がって枕を抱き締め、私はアレンを睨めつける。
「清らか王女になれば話は早いのに……っ」
「嫌ですよ。そんなあなたはあなたじゃありません」
あと、清らか王女って言い方ダサいです。
しれっと駄目出ししてケーキをほおばる。
ちなみになぜこの男がここで寛いでいるのかというと、国王である父により正式に私付きの従者に任命されたからだ。
「私が突然倒れたのは遠い祖先の呪いに取り憑かれたせい。呪いを抑えるためにはアレンの魔法が必要不可欠である――……なんて嘘を、あっさり信じるだなんてお父様ってば!」
「陛下は我がクロノス家の魔法を信頼なさっていますからね。実際あの日も、姫様の病を祓うため二人きりにしてください、という無茶な願いを聞き入れてくださいましたし」
「あんなに騙されやすかったら国王として心配だわっ」
忌々しく吐き捨て、アレンが座るソファに歩み寄る。アレンの手からカップを強引に奪い取り、程よく冷めたハーブティーを一息に飲み干した。
ふうと息を吐き、座ったままの彼を得意気に見下ろす。
「ねねっ、どおどお? 人の物を勝手に奪っちゃう私、すっごく悪女っぽいと思わない?」
アレンがさも嫌そうに整った眉をひそめた。
「小さい、悪事が小さいです我が主。それに今のはただ単に――……」
間接キスですよ、と耳元で熱っぽく囁かれ、私はぼんっと赤くなった。
「ち、ちちちち違っ」
「はあ、お子様に照れられても楽しくも何ともないですね」
「んなっ!!」
全くこの男は口が減らない。
未来の私よりよっぽど悪人なんじゃない?
イライラと足踏みしていると、扉から控えめなノックの音がした。
従者らしくアレンがすかさず立ち上がり、訪れた侍女と二言三言、言葉を交わす。
「殿下、マダム・ポリーが新作のドレスデザインを持ってお越しだそうです。こちらにお通ししても構いませんよね?」
「しっ、ドッ!」
――新作のドレス!?
背中を冷や汗がつたった。
マダム・ポリーは王侯貴族ご用達のデザイナー。
アレンが来るまでの私は彼女のドレスの大ファンで、新作ができたら必ず一番に私のところに来るよう命じていた……のだけれど。
(いやいやいや、新作ドレスだなんて処刑への道まっしぐらでしょ!)
侍女の訝しげな視線を感じる。
私は強いて平静を装い、自慢の黄金の髪をかき上げた。
「わ、わたくし遠慮しておきますわ。派手やかなドレスなど、もはや何の興味も持てませんもの。マダム・ポリーにもそうお伝えしてちょうだい」
「え……っ?」
侍女が絶句する。
信じられないものを見る目で私を見て、すぐに己の無作法に気付いたのだろう。真っ赤になって頭を下げると、逃げるように退出してしまった。
音を立てて閉じた扉を眺め、アレンが大げさに肩をすくめる。
「お言葉ですが、今のはいささか不自然すぎやしませんか? この一週間というもの使用人からあなたの人物評を聞いて回りましたが、『わがまま』だの『高飛車』だの『贅沢好き』だの、未来のあなたに繋がるなかなかの正確っぷりだったのに。急に人が変わったら怪しまれてしまうでしょう」
「ちょっと待って、今の時点で私の評価ってそんなに悪いのっ!?」
愕然として問い詰めると、アレンは「何を今更」と顔をしかめた。
「当然でしょう。このまま漫然と生きていれば、あなたが行き着くのは悪逆王女なんですよ」
「…………」
そうだった……。
親しいと信じていた侍女達からの悪評に、危うく床に崩れ落ちそうになる。
打ちひしがれる私に、アレンがすっと長い腕を差し伸べた。溺れる者の心境でその手を取り、涙目で彼を見上げる。
「アレン……。私、今日からは泥色の地味ドレスで生きていくことにするわ」
「ふざけないでください。そんなドレス美しいあなたに対する冒涜です、大罪です」
速攻で却下すると、アレンは私の肩にふわりとケープを掛けた。自身もコートをはおって黒い帽子を被る。
「さ、参りましょうか。我が主」
「参るって……、どこへ?」
流れるようにエスコートされ、私は目を丸くした。
アレンは使用人に馬車の支度を命じると、にやりと笑って私を振り返る。
「馬鹿みたいに高価なドレスを断ったこと自体は賛成です。……ですが、安っぽいドレスなどあなたに相応しくない」
だから折衷案を取りましょう。
迷いのない口調でそう宣言するなり、私を伴って颯爽と歩き出した。
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