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【エピローグおまけ】
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いくら飲んでも顔色ひとつ変えない酒豪だと、カイからしたり顔で教えられていた。
――けれど。
フィルは向かい合って座るロッティをじっと見る。
だんだんと夜が深まる中、彼女は順調に杯を重ねていった。
カイの言う通り、ロッティの様子は普段とそう変わりない。酒に酔って大胆になるわけでもなければ、極端に口数が増えるわけでもない。
が、その頬は紛れもなく桃色に染まっていた。
翠玉の瞳はしっとり潤んで、いつもと違う大人びた雰囲気をまとっている。
(……かわいい)
フィルは酔った頭の片隅でぼんやりと考える。
ロッティにつられて、自分も速いペースで飲みすぎた自覚はある。
熱を込めて見つめ続けると、ロッティもやっとフィルの視線に気付いたらしい。さらに頬を赤くして、恥ずかしそうに俯いた。
「フィルさん。退屈……、ですか?」
「いいえ全く。この上なく楽しんでます」
速攻で否定して、テーブルのツマミに手を伸ばす。ロッティ作の豪快サラダは、開始早々フィルがほとんど平らげてしまった。
ロッティもチーズをつまんで口に入れ、幸せそうにグラスを傾ける。途端に彼女の口元がほころんだ。
「えへへ、美味しい。……私も、楽しいです。無理にしゃべらなくても、フィルさんが一緒の空間にいてくれるだけで……すごく、ほっとします」
「ロッティ……!」
酔いに任せて手を伸ばせば、絡めようとした指がするりと逃げていく。機敏に立ち上がったロッティが、戸棚へと走っていってしまったのだ。
どうやらフィルの思惑には気付かなかったようで、彼女は戸棚から魔法の杖を取り出すと、嬉しそうに振り返る。
「でも、せっかくだから余興を披露しようかな。前にクリスさんが『家の油代の節約になる』って褒めてくれたし――……光よ、踊れ!」
杖の先に魔法の光球が浮かび上がる。
ふわふわ揺れて、空中を漂った。直視しても不思議と目の痛くならない、やわらかくて温かな光だ。
フィルは感心して腕組みする。
「魔法とは素晴らしいものですね。ロッティの作り出す魔石はもちろん美しいですが、この光球も」
無意識に手が伸びかけて、慌てて引っ込めた。ロッティに視線を向けると、彼女はいたずらっぽく頷いた。
「大丈夫。これは本当に無害な明かりですから、触ってもなんともありません」
「そうでしたか。では……」
フィルは両の手の平で包み込むようにして光球を捕まえる。
しかしロッティの言う通り、光球に触れた手には何の感触もない。熱くも冷たくもなく、本当にここに存在しているのかと危ぶまれるほどだ。
「……考えてみたら不思議だな。こんなにも優しい明かりが、消す時だけあれほど攻撃的な音を放つだなんて」
「本当、おかしいですよね。……先生は失敗作だって嘆いてましたけど」
懐かしそうに目を細め、ロッティがくすくす笑った。
怪訝そうに瞬きするフィルに、「実は」と舌を出す。
「これ、私の恩師が開発した魔法なんです。失敗作だから発表はしないけど、明かりとしては使えるから、弟子の私にだけ特別に伝授してあげようって」
ロッティは魔法の実技が苦手だったが、尊敬する恩師からのせっかくの申し出だ。一生懸命に会得したら、恩師は温顔をほころばせて喜んでくれた。
楽しかった学生時代を思い出し、ロッティは声を弾ませる。
「うるさい音も使いようによっては役に立つかもしれないからね、って笑ってました。実際、今になってすごく助かっちゃいました。記念祭でクリスさんを助けることができたんだから」
「……ロッティ。それは……」
フィルが考え込むように眉根を寄せた。
浮遊する光球をじっと見つめ、ためらいがちに口を開く。
「……もしや、ロッティのために開発した魔法だったのではないですか? 実技が苦手なあなたが、何か不測の事態に襲われた時の備えとして……。対抗手段に使えないか、と考えられたのでは」
ロッティがはっと目を見開いた。
驚愕する彼女に、フィルは静かな声で続ける。
「あくまで脅しとしての魔法ですから、相手に怪我を負わせてしまって、あなたが心を痛める心配もありませんし。……優しい先生だったのですね」
穏やかな微笑みを向ける彼に、ロッティは完全に言葉を失った。
じっと唇を噛み、今しがたのフィルの言葉を反芻する。ロッティの瞳に、みるみる涙が浮かび上がった。
嗚咽をこらえる彼女を、すかさずフィルが抱き寄せる。
「……私。本当に、いろんな人から守られてたんですね」
ロッティがしゅんと鼻をすすると、フィルは同意するようにぽんぽんと優しく背中を撫でてくれた。
「そうですね。ロッティは、たくさんの人から愛されてる」
まあ一番は僕ですけどね、と熱っぽく囁くフィルに、ロッティは顔を真っ赤に染め上げた。
なぜだか悔しくなって、照れ隠しにフィルの胸を叩く。けれどロッティの力では、フィルはびくとも動かない。
早々に諦めると、ロッティは素直に体から力を抜いた。そのままフィルの温かな腕に身を委ねる。
――この上なく幸せな、とろりとした心地よさに誘われるまま目を閉じた。
――けれど。
フィルは向かい合って座るロッティをじっと見る。
だんだんと夜が深まる中、彼女は順調に杯を重ねていった。
カイの言う通り、ロッティの様子は普段とそう変わりない。酒に酔って大胆になるわけでもなければ、極端に口数が増えるわけでもない。
が、その頬は紛れもなく桃色に染まっていた。
翠玉の瞳はしっとり潤んで、いつもと違う大人びた雰囲気をまとっている。
(……かわいい)
フィルは酔った頭の片隅でぼんやりと考える。
ロッティにつられて、自分も速いペースで飲みすぎた自覚はある。
熱を込めて見つめ続けると、ロッティもやっとフィルの視線に気付いたらしい。さらに頬を赤くして、恥ずかしそうに俯いた。
「フィルさん。退屈……、ですか?」
「いいえ全く。この上なく楽しんでます」
速攻で否定して、テーブルのツマミに手を伸ばす。ロッティ作の豪快サラダは、開始早々フィルがほとんど平らげてしまった。
ロッティもチーズをつまんで口に入れ、幸せそうにグラスを傾ける。途端に彼女の口元がほころんだ。
「えへへ、美味しい。……私も、楽しいです。無理にしゃべらなくても、フィルさんが一緒の空間にいてくれるだけで……すごく、ほっとします」
「ロッティ……!」
酔いに任せて手を伸ばせば、絡めようとした指がするりと逃げていく。機敏に立ち上がったロッティが、戸棚へと走っていってしまったのだ。
どうやらフィルの思惑には気付かなかったようで、彼女は戸棚から魔法の杖を取り出すと、嬉しそうに振り返る。
「でも、せっかくだから余興を披露しようかな。前にクリスさんが『家の油代の節約になる』って褒めてくれたし――……光よ、踊れ!」
杖の先に魔法の光球が浮かび上がる。
ふわふわ揺れて、空中を漂った。直視しても不思議と目の痛くならない、やわらかくて温かな光だ。
フィルは感心して腕組みする。
「魔法とは素晴らしいものですね。ロッティの作り出す魔石はもちろん美しいですが、この光球も」
無意識に手が伸びかけて、慌てて引っ込めた。ロッティに視線を向けると、彼女はいたずらっぽく頷いた。
「大丈夫。これは本当に無害な明かりですから、触ってもなんともありません」
「そうでしたか。では……」
フィルは両の手の平で包み込むようにして光球を捕まえる。
しかしロッティの言う通り、光球に触れた手には何の感触もない。熱くも冷たくもなく、本当にここに存在しているのかと危ぶまれるほどだ。
「……考えてみたら不思議だな。こんなにも優しい明かりが、消す時だけあれほど攻撃的な音を放つだなんて」
「本当、おかしいですよね。……先生は失敗作だって嘆いてましたけど」
懐かしそうに目を細め、ロッティがくすくす笑った。
怪訝そうに瞬きするフィルに、「実は」と舌を出す。
「これ、私の恩師が開発した魔法なんです。失敗作だから発表はしないけど、明かりとしては使えるから、弟子の私にだけ特別に伝授してあげようって」
ロッティは魔法の実技が苦手だったが、尊敬する恩師からのせっかくの申し出だ。一生懸命に会得したら、恩師は温顔をほころばせて喜んでくれた。
楽しかった学生時代を思い出し、ロッティは声を弾ませる。
「うるさい音も使いようによっては役に立つかもしれないからね、って笑ってました。実際、今になってすごく助かっちゃいました。記念祭でクリスさんを助けることができたんだから」
「……ロッティ。それは……」
フィルが考え込むように眉根を寄せた。
浮遊する光球をじっと見つめ、ためらいがちに口を開く。
「……もしや、ロッティのために開発した魔法だったのではないですか? 実技が苦手なあなたが、何か不測の事態に襲われた時の備えとして……。対抗手段に使えないか、と考えられたのでは」
ロッティがはっと目を見開いた。
驚愕する彼女に、フィルは静かな声で続ける。
「あくまで脅しとしての魔法ですから、相手に怪我を負わせてしまって、あなたが心を痛める心配もありませんし。……優しい先生だったのですね」
穏やかな微笑みを向ける彼に、ロッティは完全に言葉を失った。
じっと唇を噛み、今しがたのフィルの言葉を反芻する。ロッティの瞳に、みるみる涙が浮かび上がった。
嗚咽をこらえる彼女を、すかさずフィルが抱き寄せる。
「……私。本当に、いろんな人から守られてたんですね」
ロッティがしゅんと鼻をすすると、フィルは同意するようにぽんぽんと優しく背中を撫でてくれた。
「そうですね。ロッティは、たくさんの人から愛されてる」
まあ一番は僕ですけどね、と熱っぽく囁くフィルに、ロッティは顔を真っ赤に染め上げた。
なぜだか悔しくなって、照れ隠しにフィルの胸を叩く。けれどロッティの力では、フィルはびくとも動かない。
早々に諦めると、ロッティは素直に体から力を抜いた。そのままフィルの温かな腕に身を委ねる。
――この上なく幸せな、とろりとした心地よさに誘われるまま目を閉じた。
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