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67.第一王子との会合
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「フィルを怒らないでやってくれ。絶対に言うなと固く口止めしたのはわたしだからね」
「驚かせてしまい申し訳ありませんでした、ロッティ」
第一王子とフィルが、代わる代わるロッティに謝罪する。けれど、ロッティは何と返すべきかわからない。
今は芝生から広場のテーブルに移動して、かちんこちんに緊張しながら王子と向かい合っているところだった。フィルはひとり立ったまま、ロッティの背後に控えている。
優しげな笑みを浮かべた王子が、優雅な所作でお茶を口に含んだ。
「いや、デートの邪魔をして本当にすまなかった。けれど、今日を逃したらもう会う機会はないだろうと思ってね」
「心から迷惑でした」
「そこの騎士、少し黙っていてもらおうか」
お互い笑顔を保ったまま、手慣れた雰囲気でぽんぽんと応酬する。ロッティは唖然として二人を見比べた。
(……なんだか、フィルさんと殿下って)
「仲が良さそう、とでも思ったかい? 生憎だが、わたしはフィルを利用しているだけだ」
まるでロッティの考えを見透かしたかのように、王子が皮肉げに口を挟む。
「り、利用……?」
掠れた声を上げると、王子は無言で首肯した。たおやかな手を伸ばし、きらめく銀髪を見せつけるようにかき上げる。
「フィルは何せこの顔だ。美しいわたしの後ろに立っても、美観を損ねない男だから重宝しているのさ」
「…………」
ロッティは危うくテーブルに頭を打ち付けそうになった。
確かに第一王子はフィルに負けないくらいの美形だが、自分で言うのはどうかと思う。
必死で引きつり笑いを返すロッティに、フィルが屈んで「自己愛が強すぎるのが、殿下唯一の欠点なのです」と囁きかけた。
途端に王子が顔をしかめる。
「聞こえてるぞ、そこ」
「聞こえるように言ったのです」
「たかがデートの邪魔をしたぐらいで根に持ちすぎだ」
「久しぶりのデートだったんです!」
「だからさっきから謝ってるだろ!」
「ああああのっ!!」
終わらない口論に、ロッティが慌てて割って入った。ピタリと言葉を止めて、二人同時にロッティを見る。
「あっ、えと……!」
破壊力満点の綺麗な顔が視界に入らないよう、ロッティは明後日の方向へ顔を逸らした。もじもじとスカートを弄り、懸命に言葉を絞り出す。
「で、殿下が私とお会いしたがっていると、フィルさんから聞いたんですけどもっ」
「――ああ。そうだったそうだった」
ぽんと手を打ち、王子が意味ありげな微笑を浮かべた。フィルに向かってからかうように目を細める。
「建国記念祭で、わたしはフィルに片時も離れるなと命じたんだ。なぜなら国民と交流する機会が設けられていたからね。もちろん護衛も大切だが、優秀で爽やかで美しく国民に絶大な人気を誇るわたしに、フィルには華を添えてもらうつもりだった」
「は、はい……」
そんなに人気でしたっけ、と突っ込んではいけないことは、さすがのロッティにもわかった。しかしフィルが後ろから身を乗り出す。
「絶大な人気はうぬぼれ過ぎでしょう」
「フィ、フィルさっ」
「それなのにこの男は、どうしても休憩が欲しいと抜かす。理由を聞いても『私用です』の一点張りだ」
フィルの発言を黙殺して王子が続けた。
澄まし顔で姿勢を正したフィルを、眉根を寄せて睨みつける。
「それで仕方なく許可を与えたが、職務熱心なフィルが珍しいと思い、諜報員に後を付けさせたんだ。まさかフィルのお目当てが歌姫クリスティアナとは思わなかったが――……」
不機嫌そうな様子から一転、王子はくくっとこもった笑い声を立てた。
「諜報員からの報告はこの上もなく面白かったな。演劇を妨害しようとした無頼の者達を、闇の魔女を名乗るローブ姿の女が止めて」
「あわわわわっ」
「その後は王立騎士の団服を着た男が乱入し、痛快なほどばったばったとなぎ倒した、と」
「一体どこの誰でしょうねぇ」
至極真面目な顔で首をひねるフィルに、王子がますます笑みを深くした。
フィルから視線を外し、じっとロッティだけを見る。その瞳が珍しい黄金色なのに気付き、ロッティは緊張も忘れて見惚れてしまった。
そうして、と王子が再び口を開く。
「どうやら闇の魔女殿はフィルの知り合いらしい、と察したわたしは、遅れて戻ってきたフィルを問い詰めた。しかしやはり何ひとつ吐きはしない」
どうしても諦めきれなかった彼は、またも諜報員に命じてフィルの行動を調査させた。
ある時から突然、『宝玉の魔女』ロッティ・レインの付きまといを始めたこと。建国記念祭の準備で忙しい最中に、劇団シベリウスの稽古場に通い詰めていたこと。そうして、今日二人が王立劇場に来る予定までも調べ上げたという。
得々として説明する王子に、フィルが思いっきり顔をしかめた。
「付きまとい、って言い方は悪意がありませんか?」
「事実だ」
きっぱりと切り捨て、王子はやれやれと言ったふうに肩を揉む。
「話し疲れたな。残りは君から説明しろ、フィル」
「はいはい。……それで、ロッティ。『宝玉の魔女及び歌姫クリスティアナとの関係を吐かなければ、諜報員を彼女達の元にも差し向けるぞ』と脅された僕は、泣く泣く殿下の脅迫に屈したのです。悪逆非道にも程があると思いませんか?」
しかもフィルに悩む暇を与えないよう、今日の観劇前、この屋上庭園で王子直々に呼び出されての出来事だったらしい。
急な予定変更はそのためか、とロッティは茫然とする。楽しげに耳を傾ける王子を窺い、ロッティは困り顔でフィルの服を引いた。
「その……、屈した、ということは……」
言葉を濁すロッティに、フィルは深々と頷いた。
「ええ。殿下の胸ひとつに納めておくという約束で、クリスティアナの正体を明かしました」
「えええっ!?」
ロッティの大絶叫をよそに、頬杖をついた王子が遠い目をする。夜風に美しい銀髪を揺らしながら、切なげなため息をついた。
「まさかあれが男だったとはなぁ……。わたしにやや劣るとはいえ、あれほど美しい男がいるとはなぁ……」
「…………」
少なくとも怒ってはいないらしい、と察したロッティは安堵する。フィルも苦笑して片目をつぶった。
「クリスティアナは今回の公演を最後に引退しますから、次はクリスのデビューを楽しみに待ってくださるそうですよ。殿下は熱心な歌劇ファンでもあるんです」
「舞台は芸術だからな。国が芸術を大事にすることは、すなわち民の心の豊かさにも繋がる」
ふんぞり返って宣言すると、王子はテーブルから腰を上げた。
「劇団ブロンについては案ずるな。わたしが今回の犯行を知っていることを匂わせて、劇団長の首をすげ替えるよう手配しよう。こう見えて裏工作は得意なんだ」
「そうでしょうとも」
「あ、ありがとうございますっ」
勢いよくお辞儀するロッティをふわりと笑い、茜色の髪を優しく撫でる。ロッティが真っ赤になるのと、フィルがロッティを抱き寄せるのは同時だった。
顔を険しくするフィルを見て、王子が腹を抱えて笑い出す。
「そう怒るなよ。デートの邪魔をした詫びとして、もう少しこの庭園でゆっくりしていくといい。警備にもそう伝えておく」
ではな、と軽やかに手を振って踵を返した。
遠ざかっていく背中に、ロッティとフィルはもう一度頭を下げる。ゆっくりと顔を上げ、二人の視線が絡まった。
「……っ」
気恥ずかしさにロッティが俯こうとするのを、フィルは許さない。ロッティの肩を抱く手に力を込めて、熱を込めた瞳で覗き込んだ。
「――ロッティ。僕は……」
「ああああのっ!!」
ロッティはしゃがみ込んでフィルの腕から逃れると、椅子の下に置いていたカバンを引っ張り出す。そのまま顔を隠すようにしてフィルに突き出した。
「お話の前に、魔石っ! ようやく完成した魔石を、まずは交換しませんかっ!?」
「驚かせてしまい申し訳ありませんでした、ロッティ」
第一王子とフィルが、代わる代わるロッティに謝罪する。けれど、ロッティは何と返すべきかわからない。
今は芝生から広場のテーブルに移動して、かちんこちんに緊張しながら王子と向かい合っているところだった。フィルはひとり立ったまま、ロッティの背後に控えている。
優しげな笑みを浮かべた王子が、優雅な所作でお茶を口に含んだ。
「いや、デートの邪魔をして本当にすまなかった。けれど、今日を逃したらもう会う機会はないだろうと思ってね」
「心から迷惑でした」
「そこの騎士、少し黙っていてもらおうか」
お互い笑顔を保ったまま、手慣れた雰囲気でぽんぽんと応酬する。ロッティは唖然として二人を見比べた。
(……なんだか、フィルさんと殿下って)
「仲が良さそう、とでも思ったかい? 生憎だが、わたしはフィルを利用しているだけだ」
まるでロッティの考えを見透かしたかのように、王子が皮肉げに口を挟む。
「り、利用……?」
掠れた声を上げると、王子は無言で首肯した。たおやかな手を伸ばし、きらめく銀髪を見せつけるようにかき上げる。
「フィルは何せこの顔だ。美しいわたしの後ろに立っても、美観を損ねない男だから重宝しているのさ」
「…………」
ロッティは危うくテーブルに頭を打ち付けそうになった。
確かに第一王子はフィルに負けないくらいの美形だが、自分で言うのはどうかと思う。
必死で引きつり笑いを返すロッティに、フィルが屈んで「自己愛が強すぎるのが、殿下唯一の欠点なのです」と囁きかけた。
途端に王子が顔をしかめる。
「聞こえてるぞ、そこ」
「聞こえるように言ったのです」
「たかがデートの邪魔をしたぐらいで根に持ちすぎだ」
「久しぶりのデートだったんです!」
「だからさっきから謝ってるだろ!」
「ああああのっ!!」
終わらない口論に、ロッティが慌てて割って入った。ピタリと言葉を止めて、二人同時にロッティを見る。
「あっ、えと……!」
破壊力満点の綺麗な顔が視界に入らないよう、ロッティは明後日の方向へ顔を逸らした。もじもじとスカートを弄り、懸命に言葉を絞り出す。
「で、殿下が私とお会いしたがっていると、フィルさんから聞いたんですけどもっ」
「――ああ。そうだったそうだった」
ぽんと手を打ち、王子が意味ありげな微笑を浮かべた。フィルに向かってからかうように目を細める。
「建国記念祭で、わたしはフィルに片時も離れるなと命じたんだ。なぜなら国民と交流する機会が設けられていたからね。もちろん護衛も大切だが、優秀で爽やかで美しく国民に絶大な人気を誇るわたしに、フィルには華を添えてもらうつもりだった」
「は、はい……」
そんなに人気でしたっけ、と突っ込んではいけないことは、さすがのロッティにもわかった。しかしフィルが後ろから身を乗り出す。
「絶大な人気はうぬぼれ過ぎでしょう」
「フィ、フィルさっ」
「それなのにこの男は、どうしても休憩が欲しいと抜かす。理由を聞いても『私用です』の一点張りだ」
フィルの発言を黙殺して王子が続けた。
澄まし顔で姿勢を正したフィルを、眉根を寄せて睨みつける。
「それで仕方なく許可を与えたが、職務熱心なフィルが珍しいと思い、諜報員に後を付けさせたんだ。まさかフィルのお目当てが歌姫クリスティアナとは思わなかったが――……」
不機嫌そうな様子から一転、王子はくくっとこもった笑い声を立てた。
「諜報員からの報告はこの上もなく面白かったな。演劇を妨害しようとした無頼の者達を、闇の魔女を名乗るローブ姿の女が止めて」
「あわわわわっ」
「その後は王立騎士の団服を着た男が乱入し、痛快なほどばったばったとなぎ倒した、と」
「一体どこの誰でしょうねぇ」
至極真面目な顔で首をひねるフィルに、王子がますます笑みを深くした。
フィルから視線を外し、じっとロッティだけを見る。その瞳が珍しい黄金色なのに気付き、ロッティは緊張も忘れて見惚れてしまった。
そうして、と王子が再び口を開く。
「どうやら闇の魔女殿はフィルの知り合いらしい、と察したわたしは、遅れて戻ってきたフィルを問い詰めた。しかしやはり何ひとつ吐きはしない」
どうしても諦めきれなかった彼は、またも諜報員に命じてフィルの行動を調査させた。
ある時から突然、『宝玉の魔女』ロッティ・レインの付きまといを始めたこと。建国記念祭の準備で忙しい最中に、劇団シベリウスの稽古場に通い詰めていたこと。そうして、今日二人が王立劇場に来る予定までも調べ上げたという。
得々として説明する王子に、フィルが思いっきり顔をしかめた。
「付きまとい、って言い方は悪意がありませんか?」
「事実だ」
きっぱりと切り捨て、王子はやれやれと言ったふうに肩を揉む。
「話し疲れたな。残りは君から説明しろ、フィル」
「はいはい。……それで、ロッティ。『宝玉の魔女及び歌姫クリスティアナとの関係を吐かなければ、諜報員を彼女達の元にも差し向けるぞ』と脅された僕は、泣く泣く殿下の脅迫に屈したのです。悪逆非道にも程があると思いませんか?」
しかもフィルに悩む暇を与えないよう、今日の観劇前、この屋上庭園で王子直々に呼び出されての出来事だったらしい。
急な予定変更はそのためか、とロッティは茫然とする。楽しげに耳を傾ける王子を窺い、ロッティは困り顔でフィルの服を引いた。
「その……、屈した、ということは……」
言葉を濁すロッティに、フィルは深々と頷いた。
「ええ。殿下の胸ひとつに納めておくという約束で、クリスティアナの正体を明かしました」
「えええっ!?」
ロッティの大絶叫をよそに、頬杖をついた王子が遠い目をする。夜風に美しい銀髪を揺らしながら、切なげなため息をついた。
「まさかあれが男だったとはなぁ……。わたしにやや劣るとはいえ、あれほど美しい男がいるとはなぁ……」
「…………」
少なくとも怒ってはいないらしい、と察したロッティは安堵する。フィルも苦笑して片目をつぶった。
「クリスティアナは今回の公演を最後に引退しますから、次はクリスのデビューを楽しみに待ってくださるそうですよ。殿下は熱心な歌劇ファンでもあるんです」
「舞台は芸術だからな。国が芸術を大事にすることは、すなわち民の心の豊かさにも繋がる」
ふんぞり返って宣言すると、王子はテーブルから腰を上げた。
「劇団ブロンについては案ずるな。わたしが今回の犯行を知っていることを匂わせて、劇団長の首をすげ替えるよう手配しよう。こう見えて裏工作は得意なんだ」
「そうでしょうとも」
「あ、ありがとうございますっ」
勢いよくお辞儀するロッティをふわりと笑い、茜色の髪を優しく撫でる。ロッティが真っ赤になるのと、フィルがロッティを抱き寄せるのは同時だった。
顔を険しくするフィルを見て、王子が腹を抱えて笑い出す。
「そう怒るなよ。デートの邪魔をした詫びとして、もう少しこの庭園でゆっくりしていくといい。警備にもそう伝えておく」
ではな、と軽やかに手を振って踵を返した。
遠ざかっていく背中に、ロッティとフィルはもう一度頭を下げる。ゆっくりと顔を上げ、二人の視線が絡まった。
「……っ」
気恥ずかしさにロッティが俯こうとするのを、フィルは許さない。ロッティの肩を抱く手に力を込めて、熱を込めた瞳で覗き込んだ。
「――ロッティ。僕は……」
「ああああのっ!!」
ロッティはしゃがみ込んでフィルの腕から逃れると、椅子の下に置いていたカバンを引っ張り出す。そのまま顔を隠すようにしてフィルに突き出した。
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