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59.最後の最後まで
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学生時代から魔法の実技が苦手だった。
たったひとつの呪文によって引き起こされる、派手で甚大で現実離れした事象。とても気弱な自分が仕出かしたこととは思えない。
――けれど、今のロッティの心は凪いでいた。
広場上空に浮かぶのは、太陽のごとくあかあかと輝く巨大な光球。
荒い息を吐くと、ロッティは屋台の屋根から地上を見下ろした。西広場の人々は、光球に気付いた者と空など見る余裕のない者、半々といったところか。
しかし、クリスはまっすぐにこちらを見ていた。彼に大きく頷きかけると、ロッティは再び空に向かって杖を掲げる。
「――弾けろっ!!」
術者の命令に従い、光球は大きく膨らんだ。頼りなく揺らめいた思った瞬間、眩しいほどの光と爆発的な音を放つ。
――ドォォォォォンッ!!
「きゃああああっ!?」
広場のそこかしこから悲鳴が上がる。
屋台の下にいるカイも咄嗟に耳を塞いだものの、すぐさま我に返って周囲を確認する。
光球はすでに跡形もなく消えていたが、幸い人にも建物にも何ら被害は見当たらない。どうやら虚仮威しの魔法らしい、と察したカイは、ひとまず安堵の息を吐いた。
「おい、ロッティ……!」
小声で叱責するが、ロッティは小さく首を横に振った。
空に向けていた杖をゆっくりと動かし、今度は広場の奥にぴたりと照準を合わせる。そこには、食い入るようにロッティを見つめるクリスがいた。
ロッティは痺れたようになっている頭を懸命に働かせると、せいぜい酷薄そうな笑みを浮かべた。すうっと腹の底から息を吸う。
「――ロ、ロマ国の王子よっ!」
震えてはいるものの、広場にしっかりと響き渡る大声が出た。
びくりと身じろぎしたクリスが、驚いたように目を瞠る。けれど、即座にその瞳に理解の色が宿った。
それに勇気付けられ、ロッティはもう一度大きく息継ぎをする。
「――我こそは、昏き森に住む闇の魔女! 王子よ、我が手下を全て倒したようだが、今度はこの私が相手となってやろう!」
「くっ……!」
クリスは自らの足元に倒れ伏す、黒ずくめの男達を見下ろした。きつく唇を噛むと、いったんは収めていた腰の剣に手を伸ばす。
長剣を抜き払い、鋭い眼光でロッティを睨み据えた。
「誰が来ようと、わたしは決して屈したりなどしない! この国を守るのは、王子たるわたしの責務なのだ!」
朗々と響く声で宣言する。
さっきまで逃げ腰になっていた観客達も、今や場の空気に取り込まれていた。
息をひそめてやり取りを見守る彼らに交じり、ゴロツキ達も目を剥いている。ロッティはギッと眼光を鋭くすると、魔法の杖をゴロツキ達に突き付けた。
「ヒイィッ!?」
「あらあら、目障りな男達だことっ。闇の魔女様の邪魔をするつもりかしら? 今すぐアタシの前から消えなきゃ、木っ端微塵に爆発させちゃうんだからねっ!」
金切り声でわめけば、地上のカイが「いやせめてキャラ統一しろや」と突っ込んでくる。
フローラのような高飛車な女を演じたつもりだったのだが、やはり付け焼き刃では駄目だったらしい。
若干落ち込みかけたものの、気を取り直してロッティはひらひらと杖を振る。
「三つ数える間に立ち去りなさい! いーち……。にーい……」
「お、お前ら構うんじゃあねぇ! 早く手はず通りに――……ぐあッ!?」
意気軒昂に叫んだ途端、男が吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられ、そのまま倒れ伏してピクリとも動かない。周りを囲む男達が、ぎょっとしたように後ずさった。
ロッティもまた茫然として杖を下ろしてしまう。
(えっ……?)
「――ふふ、面白い。事情は今ひとつ飲み込めないが、多勢に無勢なこの状況。騎士として到底看過できないな、ぜひとも助太刀しようじゃないか」
きゃああ、と黄色い歓声が弾けた。
爽やかな笑みを浮かべて現れたのは、王立騎士の団服をまとった美貌の男。長いコートの裾を揺らし、鞘に包まれたままの剣を颯爽と構える。
(――フィルさん!?)
その瞬間、ロッティは安堵のあまり腰を抜かしそうになった。危なくよろめきかけた彼女を、カイが慌てた様子で叱りつける。
「こら、まだ倒れるには早いだろがっ! いっぺんやるって決めたなら、気合いを入れて最後までやり通せ!!」
「カイさ……。は、はいっ」
再びしゃんと背筋を伸ばし、広場の成り行きを見守った。
フィルは浮足立つゴロツキ達をゆうゆうと見渡して、不敵に口角を吊り上げる。
「軍人殿、剣に自信はおありかな?」
クリスに向かってからかうように問い掛けた。
一瞬不快気に眉根を寄せたクリスは、長い髪を払って前に出る。剣を携えてフィルの隣に立つと、自信満々に胸を反らした。
「ふっ。己の目で確かめてみるがいい」
「そうか、では――」
「や、やっちまえッ!!」
やけっぱちのように叫んで、十数人はいるゴロツキ達が一斉に二人に襲いかかった。
思わず飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、ロッティは二人に届かない手を伸ばす。
しかし、フィルもクリスも全く動じていなかった。
すっと腰を屈めたフィルが、風のような速さで男達の間を駆け抜ける。悲鳴を上げる暇もなく、男達は面白いようにバタバタとなぎ倒されていった。
「――はっ!」
クリスも短い気合いを発して剣を振りかぶる。こちらは演劇用の武器とわかっているのだろう、薄ら笑いを浮かべた男数人がクリスに向かっていき――……
すかさずロッティが杖を振り上げた。
「光よ踊れ、弾けろっ!!」
「ぎゃああッ!?」
早口で唱えた呪文に応じ、男達の頭上すれすれに出現した光球が爆発する。この機を逃さず、クリスが音を立てて相手を叩き伏せた。
屋台の下からカイが首を伸ばす。
「行けロッティ! ここで悪役っぽく高笑いっ!」
「ほっ、ほーほほほっ!!」
腰に手を当てて高らかに笑ってから、「次は直撃させてやるんだからね!」と杖を構えて脅しつける。
怯えて硬直する男達を見て、フィルが瞳を光らせた。縦横無尽に剣を振るい、あっという間に下してしまう。
気付いた時には、ゴロツキ達の中で立っているのは、背の低い小太りの男一人だけとなっていた。
軍服姿のクリスはフィルを目顔で制すと、迷いのない足取りで前に出る。
「――来い」
落ち着き払った声音に、小太りの男が肩を跳ねさせた。
気絶した仲間達を見回して泣き出しそうに顔を歪めたが、もはや退路はないと悟ったのだろう。破れかぶれのようにクリスに躍りかかる。
「う、うおおおッ!!」
「――遅いっ!」
クリスの剣が一閃する。
腹を強かに殴られた男が宙を舞った。地面に激突し、ごろごろと転がってやっと止まる。
クリスはうつ伏せに倒れる男を見やると、静かに剣を鞘へと納めた。ふうっと長い息を吐き、緊張を解いたように美しく微笑する。
――わああああっ!!
一拍置いて、爆発的な歓声が沸き起こった。
たったひとつの呪文によって引き起こされる、派手で甚大で現実離れした事象。とても気弱な自分が仕出かしたこととは思えない。
――けれど、今のロッティの心は凪いでいた。
広場上空に浮かぶのは、太陽のごとくあかあかと輝く巨大な光球。
荒い息を吐くと、ロッティは屋台の屋根から地上を見下ろした。西広場の人々は、光球に気付いた者と空など見る余裕のない者、半々といったところか。
しかし、クリスはまっすぐにこちらを見ていた。彼に大きく頷きかけると、ロッティは再び空に向かって杖を掲げる。
「――弾けろっ!!」
術者の命令に従い、光球は大きく膨らんだ。頼りなく揺らめいた思った瞬間、眩しいほどの光と爆発的な音を放つ。
――ドォォォォォンッ!!
「きゃああああっ!?」
広場のそこかしこから悲鳴が上がる。
屋台の下にいるカイも咄嗟に耳を塞いだものの、すぐさま我に返って周囲を確認する。
光球はすでに跡形もなく消えていたが、幸い人にも建物にも何ら被害は見当たらない。どうやら虚仮威しの魔法らしい、と察したカイは、ひとまず安堵の息を吐いた。
「おい、ロッティ……!」
小声で叱責するが、ロッティは小さく首を横に振った。
空に向けていた杖をゆっくりと動かし、今度は広場の奥にぴたりと照準を合わせる。そこには、食い入るようにロッティを見つめるクリスがいた。
ロッティは痺れたようになっている頭を懸命に働かせると、せいぜい酷薄そうな笑みを浮かべた。すうっと腹の底から息を吸う。
「――ロ、ロマ国の王子よっ!」
震えてはいるものの、広場にしっかりと響き渡る大声が出た。
びくりと身じろぎしたクリスが、驚いたように目を瞠る。けれど、即座にその瞳に理解の色が宿った。
それに勇気付けられ、ロッティはもう一度大きく息継ぎをする。
「――我こそは、昏き森に住む闇の魔女! 王子よ、我が手下を全て倒したようだが、今度はこの私が相手となってやろう!」
「くっ……!」
クリスは自らの足元に倒れ伏す、黒ずくめの男達を見下ろした。きつく唇を噛むと、いったんは収めていた腰の剣に手を伸ばす。
長剣を抜き払い、鋭い眼光でロッティを睨み据えた。
「誰が来ようと、わたしは決して屈したりなどしない! この国を守るのは、王子たるわたしの責務なのだ!」
朗々と響く声で宣言する。
さっきまで逃げ腰になっていた観客達も、今や場の空気に取り込まれていた。
息をひそめてやり取りを見守る彼らに交じり、ゴロツキ達も目を剥いている。ロッティはギッと眼光を鋭くすると、魔法の杖をゴロツキ達に突き付けた。
「ヒイィッ!?」
「あらあら、目障りな男達だことっ。闇の魔女様の邪魔をするつもりかしら? 今すぐアタシの前から消えなきゃ、木っ端微塵に爆発させちゃうんだからねっ!」
金切り声でわめけば、地上のカイが「いやせめてキャラ統一しろや」と突っ込んでくる。
フローラのような高飛車な女を演じたつもりだったのだが、やはり付け焼き刃では駄目だったらしい。
若干落ち込みかけたものの、気を取り直してロッティはひらひらと杖を振る。
「三つ数える間に立ち去りなさい! いーち……。にーい……」
「お、お前ら構うんじゃあねぇ! 早く手はず通りに――……ぐあッ!?」
意気軒昂に叫んだ途端、男が吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられ、そのまま倒れ伏してピクリとも動かない。周りを囲む男達が、ぎょっとしたように後ずさった。
ロッティもまた茫然として杖を下ろしてしまう。
(えっ……?)
「――ふふ、面白い。事情は今ひとつ飲み込めないが、多勢に無勢なこの状況。騎士として到底看過できないな、ぜひとも助太刀しようじゃないか」
きゃああ、と黄色い歓声が弾けた。
爽やかな笑みを浮かべて現れたのは、王立騎士の団服をまとった美貌の男。長いコートの裾を揺らし、鞘に包まれたままの剣を颯爽と構える。
(――フィルさん!?)
その瞬間、ロッティは安堵のあまり腰を抜かしそうになった。危なくよろめきかけた彼女を、カイが慌てた様子で叱りつける。
「こら、まだ倒れるには早いだろがっ! いっぺんやるって決めたなら、気合いを入れて最後までやり通せ!!」
「カイさ……。は、はいっ」
再びしゃんと背筋を伸ばし、広場の成り行きを見守った。
フィルは浮足立つゴロツキ達をゆうゆうと見渡して、不敵に口角を吊り上げる。
「軍人殿、剣に自信はおありかな?」
クリスに向かってからかうように問い掛けた。
一瞬不快気に眉根を寄せたクリスは、長い髪を払って前に出る。剣を携えてフィルの隣に立つと、自信満々に胸を反らした。
「ふっ。己の目で確かめてみるがいい」
「そうか、では――」
「や、やっちまえッ!!」
やけっぱちのように叫んで、十数人はいるゴロツキ達が一斉に二人に襲いかかった。
思わず飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、ロッティは二人に届かない手を伸ばす。
しかし、フィルもクリスも全く動じていなかった。
すっと腰を屈めたフィルが、風のような速さで男達の間を駆け抜ける。悲鳴を上げる暇もなく、男達は面白いようにバタバタとなぎ倒されていった。
「――はっ!」
クリスも短い気合いを発して剣を振りかぶる。こちらは演劇用の武器とわかっているのだろう、薄ら笑いを浮かべた男数人がクリスに向かっていき――……
すかさずロッティが杖を振り上げた。
「光よ踊れ、弾けろっ!!」
「ぎゃああッ!?」
早口で唱えた呪文に応じ、男達の頭上すれすれに出現した光球が爆発する。この機を逃さず、クリスが音を立てて相手を叩き伏せた。
屋台の下からカイが首を伸ばす。
「行けロッティ! ここで悪役っぽく高笑いっ!」
「ほっ、ほーほほほっ!!」
腰に手を当てて高らかに笑ってから、「次は直撃させてやるんだからね!」と杖を構えて脅しつける。
怯えて硬直する男達を見て、フィルが瞳を光らせた。縦横無尽に剣を振るい、あっという間に下してしまう。
気付いた時には、ゴロツキ達の中で立っているのは、背の低い小太りの男一人だけとなっていた。
軍服姿のクリスはフィルを目顔で制すと、迷いのない足取りで前に出る。
「――来い」
落ち着き払った声音に、小太りの男が肩を跳ねさせた。
気絶した仲間達を見回して泣き出しそうに顔を歪めたが、もはや退路はないと悟ったのだろう。破れかぶれのようにクリスに躍りかかる。
「う、うおおおッ!!」
「――遅いっ!」
クリスの剣が一閃する。
腹を強かに殴られた男が宙を舞った。地面に激突し、ごろごろと転がってやっと止まる。
クリスはうつ伏せに倒れる男を見やると、静かに剣を鞘へと納めた。ふうっと長い息を吐き、緊張を解いたように美しく微笑する。
――わああああっ!!
一拍置いて、爆発的な歓声が沸き起こった。
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