引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

文字の大きさ
上 下
59 / 70

59.最後の最後まで

しおりを挟む
 学生時代から魔法の実技が苦手だった。

 たったひとつの呪文によって引き起こされる、派手で甚大で現実離れした事象。とても気弱な自分が仕出かしたこととは思えない。

 ――けれど、今のロッティの心は凪いでいた。

 広場上空に浮かぶのは、太陽のごとくあかあかと輝く巨大な光球。

 荒い息を吐くと、ロッティは屋台の屋根から地上を見下ろした。西広場の人々は、光球に気付いた者と空など見る余裕のない者、半々といったところか。

 しかし、クリスはまっすぐにこちらを見ていた。彼に大きく頷きかけると、ロッティは再び空に向かって杖を掲げる。

「――弾けろっ!!」

 術者の命令に従い、光球は大きく膨らんだ。頼りなく揺らめいた思った瞬間、眩しいほどの光と爆発的な音を放つ。


 ――ドォォォォォンッ!!


「きゃああああっ!?」

 広場のそこかしこから悲鳴が上がる。

 屋台の下にいるカイも咄嗟に耳を塞いだものの、すぐさま我に返って周囲を確認する。
 光球はすでに跡形もなく消えていたが、幸い人にも建物にも何ら被害は見当たらない。どうやら虚仮こけおどしの魔法らしい、と察したカイは、ひとまず安堵の息を吐いた。

「おい、ロッティ……!」

 小声で叱責するが、ロッティは小さく首を横に振った。

 空に向けていた杖をゆっくりと動かし、今度は広場の奥にぴたりと照準を合わせる。そこには、食い入るようにロッティを見つめるクリスがいた。

 ロッティは痺れたようになっている頭を懸命に働かせると、せいぜい酷薄そうな笑みを浮かべた。すうっと腹の底から息を吸う。

「――ロ、ロマ国の王子よっ!」

 震えてはいるものの、広場にしっかりと響き渡る大声が出た。

 びくりと身じろぎしたクリスが、驚いたように目を瞠る。けれど、即座にその瞳に理解の色が宿った。

 それに勇気付けられ、ロッティはもう一度大きく息継ぎをする。

「――我こそは、昏き森に住む闇の魔女! 王子よ、我が手下を全て倒したようだが、今度はこの私が相手となってやろう!」

「くっ……!」

 クリスは自らの足元に倒れ伏す、黒ずくめの男達を見下ろした。きつく唇を噛むと、いったんは収めていた腰の剣に手を伸ばす。

 長剣を抜き払い、鋭い眼光でロッティを睨み据えた。

「誰が来ようと、わたしは決して屈したりなどしない! この国を守るのは、王子たるわたしの責務なのだ!」

 朗々と響く声で宣言する。

 さっきまで逃げ腰になっていた観客達も、今や場の空気に取り込まれていた。
 息をひそめてやり取りを見守る彼らに交じり、ゴロツキ達も目を剥いている。ロッティはギッと眼光を鋭くすると、魔法の杖をゴロツキ達に突き付けた。

「ヒイィッ!?」

「あらあら、目障りな男達だことっ。闇の魔女様の邪魔をするつもりかしら? 今すぐアタシの前から消えなきゃ、木っ端微塵に爆発させちゃうんだからねっ!」

 金切り声でわめけば、地上のカイが「いやせめてキャラ統一しろや」と突っ込んでくる。
 フローラのような高飛車な女を演じたつもりだったのだが、やはり付け焼き刃では駄目だったらしい。

 若干落ち込みかけたものの、気を取り直してロッティはひらひらと杖を振る。

「三つ数える間に立ち去りなさい! いーち……。にーい……」

「お、お前ら構うんじゃあねぇ! 早く手はず通りに――……ぐあッ!?」

 意気軒昂に叫んだ途端、男が吹っ飛んだ。
 地面に叩きつけられ、そのまま倒れ伏してピクリとも動かない。周りを囲む男達が、ぎょっとしたように後ずさった。

 ロッティもまた茫然として杖を下ろしてしまう。

(えっ……?)

「――ふふ、面白い。事情は今ひとつ飲み込めないが、多勢に無勢なこの状況。騎士として到底看過できないな、ぜひとも助太刀しようじゃないか」

 きゃああ、と黄色い歓声が弾けた。

 爽やかな笑みを浮かべて現れたのは、王立騎士の団服をまとった美貌の男。長いコートの裾を揺らし、鞘に包まれたままの剣を颯爽と構える。

(――フィルさん!?)

 その瞬間、ロッティは安堵のあまり腰を抜かしそうになった。危なくよろめきかけた彼女を、カイが慌てた様子で叱りつける。

「こら、まだ倒れるには早いだろがっ! いっぺんやるって決めたなら、気合いを入れて最後までやり通せ!!」

「カイさ……。は、はいっ」

 再びしゃんと背筋を伸ばし、広場の成り行きを見守った。
 フィルは浮足立つゴロツキ達をゆうゆうと見渡して、不敵に口角を吊り上げる。

「軍人殿、剣に自信はおありかな?」

 クリスに向かってからかうように問い掛けた。

 一瞬不快気に眉根を寄せたクリスは、長い髪を払って前に出る。剣を携えてフィルの隣に立つと、自信満々に胸を反らした。

「ふっ。己の目で確かめてみるがいい」

「そうか、では――」

「や、やっちまえッ!!」

 やけっぱちのように叫んで、十数人はいるゴロツキ達が一斉に二人に襲いかかった。
 思わず飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、ロッティは二人に届かない手を伸ばす。

 しかし、フィルもクリスも全く動じていなかった。

 すっと腰を屈めたフィルが、風のような速さで男達の間を駆け抜ける。悲鳴を上げる暇もなく、男達は面白いようにバタバタとなぎ倒されていった。

「――はっ!」

 クリスも短い気合いを発して剣を振りかぶる。こちらは演劇用の武器とわかっているのだろう、薄ら笑いを浮かべた男数人がクリスに向かっていき――……

 すかさずロッティが杖を振り上げた。

「光よ踊れ、弾けろっ!!」

「ぎゃああッ!?」

 早口で唱えた呪文に応じ、男達の頭上すれすれに出現した光球が爆発する。この機を逃さず、クリスが音を立てて相手を叩き伏せた。

 屋台の下からカイが首を伸ばす。

「行けロッティ! ここで悪役っぽく高笑いっ!」

「ほっ、ほーほほほっ!!」

 腰に手を当てて高らかに笑ってから、「次は直撃させてやるんだからね!」と杖を構えて脅しつける。

 怯えて硬直する男達を見て、フィルが瞳を光らせた。縦横無尽に剣を振るい、あっという間に下してしまう。
 気付いた時には、ゴロツキ達の中で立っているのは、背の低い小太りの男一人だけとなっていた。

 軍服姿のクリスはフィルを目顔で制すと、迷いのない足取りで前に出る。

「――来い」

 落ち着き払った声音に、小太りの男が肩を跳ねさせた。
 気絶した仲間達を見回して泣き出しそうに顔を歪めたが、もはや退路はないと悟ったのだろう。破れかぶれのようにクリスに躍りかかる。

「う、うおおおッ!!」

「――遅いっ!」

 クリスの剣が一閃する。

 腹を強かに殴られた男が宙を舞った。地面に激突し、ごろごろと転がってやっと止まる。

 クリスはうつ伏せに倒れる男を見やると、静かに剣を鞘へと納めた。ふうっと長い息を吐き、緊張を解いたように美しく微笑する。


 ――わああああっ!!


 一拍置いて、爆発的な歓声が沸き起こった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...