引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

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53.三人寄れば何とやら

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「やってしまった……」

 深夜。
 子供はベッドでぐっすり眠っていても、酒好きな大人達にとっては今が一番楽しい時間帯。

 喧騒と熱気に包まれた酒場の片隅で、低く呻いたフィルが頭を抱え込む。
 打ちひしがれる彼を横目に、カイがメニューに手を伸ばした。鼻歌交じりで傍らの大男に開いて見せる。

「次の酒は何にする?」

 強面な大男は、カイの問いに眉根を寄せた。
 じっとメニューに目を落とし、ややあってキラリと瞳を光らせる。

「俺はあんず酒のロックをいただこう」

「ンだよバートさん、アンタその顔で甘党なのかよっ」

 げらげらと腹を抱えて笑い出すカイに、バートは澄まし顔で頷いた。

「そうとも。この俺こそが甘味をこよなく愛する男」

「――なあ二人とも、せめて心配する振りぐらいはしてくれないかっ!」

 フィルがテーブルを叩きつけた途端、皿とグラスが一瞬だけ宙に浮く。カイとバートは顔を見合わせると、二人同時に失笑した。

「慰めてほしいのかぁ? でもよ、夜遅くに突然呼び出されて、こうして来てやっただけでもありがたいと思えよ」

「そうだぞ、フィル。エレナとの時間を犠牲にして誘いを受けたのは、ひとえに君との友情を大切にしたからだ。礼を言われこそすれ、文句を言われる筋合いはないぞ」

「そうそう」

「…………」

 口々に畳み掛けられ、フィルはあえなく黙り込んだ。
 拗ねたようにそっぽを向いて、汗をかいたジョッキを荒々しく掴む。ヤケクソで一気飲みしている間に、カイとバートは楽しげに追加注文を済ませてしまった。

(この二人、初対面のくせに一瞬で打ち解けたな……)

 なぜだか、それもまた面白くない。

 ふんと鼻を鳴らしてフィルも酒を追加する。
 運ばれてくるのを待つ間、イライラとテーブルを指で弾いた。

 つまみのソーセージにうまそうにかぶりつき、カイがにやりと意地悪く笑う。

「で、何だっけ? その場のノリと勢いで、勝算もねぇのにロッティに告白してしまったと」

「勝算がないって言うな!? そしてノリじゃないっ。つまり僕は、今こそが好機と見定めてだなっ」

「それがノリと勢いって言うんじゃね?」

 からかうように目を細められ、フィルはグッと言葉に詰まった。怒りに震える彼の肩を、無表情なバートが優しく叩く。

「心配するな、フィル。大丈夫だとも」

「バート……!」

 慈愛に満ちた眼差しにフィルは感動する。
 やはり、いい加減で口も目付きも底意地も悪いカイなどではなく、頼りになるのは冷静沈着なバートだったのだ。恋を知る既婚者の意見こそ、今のフィルに必要なもの。

 尊敬の念と共にバートに向き直れば、バートは重々しく首肯した。

「一度で駄目でも、決して折れずに二度三度と挑戦すればいいだけの話だ。今日振られたとて明日はあるさ」

「まだ振られてないっ!!」

 全力で突っ込むフィルにカイが噴き出した。どうやら酒が器官に入ってしまったらしく、激しくむせ込んでいる。

 苦しみながらもなお笑い続ける男を、フィルは忌々しく睨みつけた。

「友人として仲を取り持ってやろうという優しさはないのか?」

「げほっ……、だってよ……!」

 カイが涙目になりながら弁解する。

「ロッティがお前をどう思ってるか分かんねぇ以上、お前に肩入れはできねぇよ。もし単なる友達としか思ってなかった場合、オレがお前の味方についてたら断りづらくなっちまうだろ。それじゃあアイツが可哀想だ」

「なるほど。つまりカイ殿は、フィルよりもロッティ殿を優先する、と」

 ちびちびとあんず酒を飲みつつ、バートが口を挟んでくる。眉を吊り上げるフィルを見て、「すまないな、フィル」と生真面目に頭を下げた。

「……実は、俺も君よりエレナが大事なんだ」

「知ってるよっ」

 わめくフィルにカイはまた噴き出すと、うきうきと酒瓶を引き寄せる。豪快にフィルのジョッキに注ぎ、「まあ飲め飲め」と破顔した。

「男同士、失恋の愚痴になら、いくらでも付き合ってやるからよ」

「だからまだ失恋してないっ!!」

 ちょっぴり涙目になりながら噛みつくフィルに、カイとバートはまた笑うのだった。



 ***


「うう~……。指輪、指輪……」

 耳まで真っ赤に染め上げて、フィルがテーブルに突っ伏する。その口から意味不明な呟きが漏れるのを聞きとがめ、これまた真っ赤なカイとバートが顔を見合わせた。

「指輪がどうしたって?」

 フィルがのろのろと顔を上げるより早く、バートがぽんと手を打つ。遠くを見つめ、懐かしそうに目を細めた。

「俺は結婚の時、エレナにダイヤの指輪を贈ろうとしたな。大ぶりでそれはそれは美しく、俺の給料一年分が吹っ飛んで」

「いや吹っ飛びすぎだろ」

 間髪入れずに突っ込むカイに、バートは至極残念そうにかぶりを振った。

「エレナからも同じ事を言われて叱られたからな、そのダイヤは泣く泣く諦めた。結局、エレナの瞳と同じオレンジのトパーズを選んだんだ」

「――そう! そうなんだよ!!」

 突如、フィルがカッと目を見開く。
 何事かと驚くカイとバートを、血走った目で睨みつけた。

「指輪というのは特別なものだろう? 結婚の時や、恋人が贈るものなんだ。だから僕はロッティが指輪を選んだ時、気持ちがざわついたんだ」

 ぬるくなってしまったグラスを掴み、一息に空けてしまう。

「風の魔石か火の魔石なら、僕だって別に気にしたりしないさ。どちらもロッティの……瞳と、髪と同じ色だから。けれど僕は、ロッティが、ロッティにない色を身に着けるのは嫌なんだ……!」

 決然と宣言したフィルに、カイは「うわ面倒くさっ」と顔をしかめた。

「彼氏でもないくせに重いっつの」

「ぐっ」

「まあまあ。お陰で告白の踏ん切りがついたということで、良しとしようじゃないか」

 二人の間に割って入ると、バートはまた酒を追加する。
 三人分のグラスをなみなみと満たし、おごそかに持ち上げた。

「フィルの恋の成就を願って」

「おお、んだな。乾杯!」

「……乾杯」

 むっつりとグラスを合わせ飲み干した。
 すっかり出来上がったカイが、からかうようにフィルの頭をかき混ぜる。

「しばらくは死ぬほど忙しいんだろー? 次にロッティに会えるのは、最短でも記念祭か」

「ああ楽しみだねっ。振られたって諦める気はさらさらないからな!」

 カイの手を邪険に振り払い、ヤケクソで声を張り上げるフィルであった。
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