引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

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49.幸せな悩み

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 結局、クリスの原石選びについてはまた日を改めて、ということになった。
 色んな形を見比べるうち、ロッティもフィルも頭が混乱してしまったのだ。選択肢が多すぎて、二人が互いに贈り合う魔石も選びきれなかった。

 ――と、いうわけで。

 原石の色抜き作業の合間に、ロッティは王都の職人通りへとやって来た。
 立派な門構えの店舗の前で、高らかにこぶしを突き上げる。

「先に細工の問題を解決することにしたんです! どんなふうに加工するか決まれば、形のイメージも湧くかもしれませんからね! さあ、いざ参りましょうっ」

「おお~。……って、なんでオレが付き合わなきゃなんねぇんだよ。フィルを誘えよ、フィルをよ」

 大仰なため息をつき、カイが背後のロッティを振り返る。

 勇ましい掛け声とは裏腹に、ロッティはカイの後ろに隠れていた。こそこそと顔だけ出して店を観察した彼女は、すぐさまカイの背中に出戻る。

「フィルさんは今、すっごくお仕事がお忙しいそうなんです。何でも警備……護衛? の準備に奔走されてるとかで」

「警備?……ああ、か」

 カイが納得したように頷いた。

 目をしばたたかせるロッティをひょいと掴むと、店に向かってずんずん突き進む。

「ひいぃっ!?」

「店に入るだけで悲鳴上げんなっつの」

「そそそそんなこと言われましてもっ。あああっ、キラキラが目に刺さる……!」

 両手で顔を覆うロッティの頭をはたき、カイは「邪魔するぜ」と扉を開いた。どうやら事前に話を通しておいてくれたらしく、接客中の店員は目礼を返しただけでロッティ達を放っておいてくれた。

 カイもやっとロッティを離してくれたので、ロッティはほっとして店内を見回す。商品棚にはペンダントや指輪などの華やかなアクセサリーが飾られていた。

 恐る恐る覗き込むと、見た目に反して価格はそこまで高くない。カイも長身を屈めてブローチを手に取った。

「ここはな、客から買い取った宝石を手入れして売る中古店なんだ。磨くだけの場合もあれば、指輪からペンダントなんかの別の宝飾品に作り直す、なんてこともある」

「中古店……。だから、こんなに手頃な値段なんですね」

 客層も普段着姿の女性ばかり。どうやらそう敷居の高い店ではないらしいと察して、ロッティはやっと緊張を解く。

「フィルとクリスの分はペンダントにするんだろ? お前はどうすんだ?」

 軽い調子でカイから尋ねられ、ロッティは首をひねった。

「私もペンダント……かなぁ? ううん、でもブローチでもいいかも……。新しいローブも買ったことですし……」

 うんうん悩みながら様々なアクセサリーを観察する。
 ブローチにするなら、先日ロッティが仕入れた原石では小さすぎるかもしれない。いや、小粒の魔石をいくつか組み合わせるという手もあるか。

 ロッティの独り言を聞きとがめ、カイがぽんと手を打った。

「なるほどな。じゃあ、地火風水全部の魔石を使っちまえばどうだ? 四色組み合わせりゃあ小粒でも豪華になるだろ」

「うぅん……、豪華さは別に求めてないっていうか」

 ロッティは苦笑してしまう。

 それに、四属性すべてを使ったところで魔石の加護はどれかひとつの属性だけ。最も強い魔石の加護が勝つことになるのだ。

 ふんふんと頷くカイに、「それに」とはにかんで続けた。

「私は加護じゃなく、色で選びたいなって思ってるんです。私が……私に、似合いそうな色。身に着けたいな、って思えるような色……」

 ――それが、フィルとの約束だから。

 真っ赤になって言葉を濁すロッティを眺め、カイがにやりと口角を上げた。

「へえぇ、色ねぇ。……そうだ。フィルのヤツはどうせ、どの魔石がいいかとっくに決めてんだろ?」

「え? あ、はい。フィルさんは即答でしたから」

 何が「どうせ」なのかと目を白黒させながら答えると、カイはますます意地悪そうに笑った。
 ふいと踵を返し、手が空いたらしき店員に歩み寄る。慌てて追いかけたロッティを、不意に振り返った。

「何を選んだか当ててやろうか? ずばり『風』――緑、だな」

「えええっ? せせせ、正解ですっ」

 なんでわかったんですか、とロッティはびっくり仰天してしまう。
 しかし、カイは意味ありげに笑うばかりで教えてくれなかった。



 ***


「はああ……っ。いっぱい目の保養ができました……!」

 すっかり長居してしまった宝石店を退出し、ロッティは大満足のため息をつく。
 店員に話を聞いたところ、この店では宝石の買い取りと販売だけでなく、宝石の手入れや細工のみの依頼も引き受けているとのことだった。これで魔石細工をお願いする当てができたというわけだ。

 傾いてきた陽を見上げ、ロッティは晴れ晴れと腕を伸ばす。

「色んなアクセサリーを見たお陰で、イメージも湧いてきた気がします。私はやっぱり、ローブに付けるブローチにしようかな……」

「おっ、決まったか」

 顔をほころばせるカイに、「はいっ」と元気よく答えた。

「それか、フィルさんとクリスさんのお揃いのペンダント! それか髪留め……フィルさんからいただいた髪留めがとっても便利なので、もう一個あったら素敵かなって」

 朗らかに続けると、カイがあからさまにずっこけた。手を伸ばし、あきれたようにロッティの額を弾く。

「それは決まってるって言わねぇよ。……ま、いっか」

 夕焼け空に向かって楽しげに哄笑する。

「お前が身に着けるもんに悩むなんて、ちょっと前までじゃ考えられねぇもんな。せいぜい幸せな悩みに浸るがいいさ」

「えへへ……。そうします」

 ロッティは頬を染めてはにかんだ。
 カイも目を細めてそんな彼女を見守る。

「フィルもしばらくは忙しいんだろ、王立騎士サマも大変だねぇ。……ま、国を上げての一大イベントだし仕方ねぇか」

「一大イベント?」

 ロッティがきょとんと目を丸くした。カイは束の間絶句して、まじまじと彼女の顔を覗き込む。

「……もしや、知らねぇとか言わねぇよな?」

「うぅん……? 私、世事にはちょっと疎くって」

 ちょっとじゃねぇだろ、とすぐさまカイから突っ込まれた。

 深々とため息をついたカイは、あきれ返りながらも説明してくれる。

「建国記念祭だよ、建国記念祭。毎年開催されてるが、今年は特別なんだ。なんつっても建国からちょうど五百年目にあたる節目の年だからな」

「――ああっ! そういえば、もうそんな時期でしたねっ」

 建国記念祭では王都のそこかしこで催し物が開かれる。屋台に大道芸、音楽に仮装パレード。例年それはそれは賑わうらしい。

 らしい、というのは、もちろんロッティ自身は参加したことがないからだ。華やかなお祭りに飛び込むだなんて、想像しただけで腰が抜けてしまう。

(……でも、今年は……)

 ロッティの逡巡を見透かしたかのように、カイがふっと微笑む。

「フィルもちっとぐらいなら仕事を抜けられるんじゃねぇの? お前も短時間なら平気だろ、せっかくなんだから二人で見物してこいよ」

「そう、ですね……。カイさんは?」

 迷いながら問い掛けると、カイは「当日はオールディス商会も大忙しなんだよ」と肩をすくめた。

「クリスも無理だろうな。街頭パレードの一環で、シベリウスが歌と演技を披露するって話だから」

「そうなんですかっ?」

 素っ頓狂な声を上げるロッティに、カイは事もなげに頷く。

「次の演目の宣伝も兼ねてるらしいぜ。普段は高いチケットがなきゃ拝めねぇ歌姫クリスティアナ。こりゃあ、王都民が殺到するだろうな」

「わ、私も見たい……!」

 食い気味に宣言して、ロッティは慌ただしく踵を返した。駆け出しながら、背後のカイに向かって大きく手を振る。

「カイさん、今日はありがとうございました! 私は今から稽古場に顔を出して、場所と時間をクリスさんに聞いてきます! フィルさんも絶対に誘わなくっちゃあ!!」
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