引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

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45.魔法街区へ

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 ロッティの自宅を出た二人は、早速魔法街区を目指すことにした。
 並んで歩き始めてすぐ、フィルがためらいがちに口を開く。

「魔法街区、ですか。それって確か……。えぇと、ですね。失礼かもしれませんが……」

 気まずそうに言いよどむフィルを見て、ロッティはいたずらっぽく首を傾げた。

「はっきり言っていただいても大丈夫ですよ? いかがわしい……ですよね?」

「えっ! い、いやそのっ!」

 赤くなって慌てる彼に噴き出してしまう。くすくす笑いながら、弾む足取りでフィルを追い越した。

「いいんです。私も、あの場所は『いかがわしい』とか『胡散臭い』って言葉がぴったりだと思ってますから」

 フィルは足を速めてまた隣に並ぶと、バツが悪そうに頬を掻く。

「ま、まあそうですね……。怪しげな壺を売りつけられたとか、占い代として法外な料金を請求されたとか、悪い噂には事欠かない場所ですから」

 王都の北東の外れにある魔法街区。

 怪しげな雑貨店や魔法薬店が立ち並ぶ、昼でもなお薄暗い鬱々とした通り。しかし実は魔法街区は、王都の旅行客に人気の観光地でもあったりする。

 好きな人を振り向かせる惚れ薬、持ち主に不幸をもたらす呪い人形、運気を高めるブレスレット……。
 効果のほどは不明だが、見た目だけはそれらしく作ってあるらしい。観光客は半信半疑ながらも、面白がってお土産にと買い求めていくのだ。

「魔法学校時代の恩師が言うには、魔法街区は虚実入り混じった場所だそうなんです。確かに本物も存在するものの、大半は毒にも薬にもならないガラクタばかりだって」

 ――大切なのは、真実を見極める目。

 凛と宣言したロッティは、すぐにへにゃりと眉を下げてしまう。

「……で、私はもちろんそんなのは苦手なので。王都に住んではや四年……。とうとう私も、初めて魔法街区に足を踏み入れる時が来ましたっ」

 こぶしを握り締めての宣言に、にこやかに相槌を打っていたフィルの笑顔が凍りついた。
 足を止めてロッティの肩を引っ掴む。

「ちょっ、待ってください! 初めて!? それじゃあ今まで、原石の仕入れはどうしていたんです!?」

「あ、ガサッと木箱にいっぱい配達していただいて、いらないのはそのまま返品って感じでした。ちなみに配達も返送も、全部カイさんが代行してくれてたので。実は私、お店のひとに会うのすら初めてなんですー」

 照れくさそうに笑うロッティに、フィルは開いた口が塞がらない。背中をじっとりと嫌な冷や汗がつたった。

(これは……もの凄く危険だぞ……!?)

 観光客から口八丁で金を巻き上げる魔法街区の人々。
 法に触れるスレスレのところで、強かに生きている彼ら。

(そんなところに、気の弱いロッティがのこのこと出て行こうものならっ)

 きっと、あっという間に全財産むしり取られてしまうに違いない。さながら狼に捕食される子ウサギといったところだろう。

 容易に想像できてしまい、フィルは引きつった顔をロッティに向けた。

「……ロッティ」

「はい?」

 こてんと首を傾げる彼女に、ぎこちなく笑いかける。

「今日は、僕が一緒だからいいですが。ロッティは絶対に一人では……いや。僕やカイ以外の人間とは! 絶っっっっ対に魔法街区に立ち入ってはいけませんよ!?」

 ずいっと力を入れて詰め寄られ、ロッティは目を白黒させてしまう。
 距離の近さに頬を赤らめながら、何度もこくこくと頷いた。



 ***


 古ぼけた赤煉瓦の積み重ねられた、丸太ほどある太い柱。
 天高くそびえ立つ二本の柱の間を抜ければ、そこがもう魔法街区だった。

 ロッティが嬉しげにフィルの袖を引く。

「見てください、フィルさん! ちゃんと『魔法街区』って書いてありますよっ。さすがは観光地、わかりやすいんですね!」

「ははは……。本当、ですね……」

 フィルは虚ろな笑い声を立てると、ため息をついて入口の柱を眺めた。柱の横に立てられた薄汚い看板には、おどろおどろしい文字でこう書き連ねられていた。


『この先、魔法街区。覚悟無き者は立ち入るべからず』


「へえ、ここが魔法街区かぁ~」

「幸運のお守り売ってるかな?」

「恋占いしてもらおうよ!」

 観光案内らしきチラシを持った若い女性三人が、黄色い声を上げながら側をすり抜けていく。それを見たロッティも、待ちきれない様子でぴょんと跳ねた。

「フィルさん、さあ行きましょうっ」

「ああ……、はい……」

 しぶしぶフィルも歩を進める。

 中に立ち入ってすぐ、大通りの両側には露店が立ち並んでいた。食欲のそそる香りが漂ってきて、ロッティが目を輝かせる。

 きょろきょろとせわしなく首を動かす彼女を、フィルは微笑ましく見守った。

「魔法街区の入口は、いつもこんなふうにお祭り状態らしいですよ。メニュー名に『魔女の』とか『魔法の』なんて名前が付いてはいますが、実際は単なる屋台料理だそうです」

「フィルさん、詳しいんですね?」

 目を丸くするロッティに、フィルは「一応、王立騎士団所属なもので」と胸を張る。

 とは言っても一般的知識だけで、フィルも実際に魔法街区に足を踏み入れるのは初めてだった。とりあえず屋台で『魔法のふあふあ』なる謎の菓子を購入し、食べ歩きしながら屋台を冷やかす。

 雲のような見た目の『魔法のふあふあ』は、口に入れた途端にすっと溶けてしまう。どうやら飴の一種であるようだ。
 ロッティはあっという間に完食すると、名残惜しげに棒を舐めた。

「この辺りは観光地ですね。魔法使いの用をたす、魔法街区はもっと奥――……ああっ!?」

「ど、どうしました!?」

 突然大声を上げたロッティは、一目散に駆け出していく。
 慌ててその後ろ姿を追えば、どうやら目指しているのは『魔法用具店』という看板の下げられた店らしい。

 店の窓にぴったり張り付くと、ロッティは感嘆したように長い息を吐いた。

「わああ……。見てください、フィルさん。魔法の杖が売ってますよ!」

「へええ……って。ロッティだって魔法使いなんですから、杖なんて珍しくもなんともないのでは?」

 苦笑するフィルに、ロッティは杖を見つめたままかぶりを振る。
 先がくるりと丸まった、背丈ほどある細長い木の杖。ロッティの視線はもうそれに釘付けだった。

「いいなぁ、素敵だなぁ……。杖がなくても魔法は使えるんですけど、やっぱりあった方が見栄えがするじゃないですか。でもやっぱり、持つのはちょっぴり気恥ずかしいような……。『私、魔女なんです!』って全身で主張してる気がして……」

 もじもじと言葉を濁す彼女に噴き出して、フィルは朗らかな笑い声を立てる。優雅に一礼すると、うやうやしく手を差し伸べた。

「お手をどうぞ、高名なる『宝玉の魔女』様? よろしければこのわたしが、魔法用品店にお供いたしましょう」
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