引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

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44.二つとないもの

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 気持ちが高揚していたためか、昨夜はなかなか寝付けなかった。長年の夜型生活が祟っているせいかもしれないが。

 昼過ぎにやっとベッドから起き上がったロッティは、ローブに着替えて台所へと向かう。手早く朝食を済ませたら、早速クリスに贈る魔石の原石を見繕おうと思ったのだ。

 意気揚々と食料庫を開き――

「………………忘れてた」

 食料庫は清々しいまでに空っぽだった。
 そもそも昨日はそれが原因で外出したというのに、色々あってすっかり失念していた。

 ロッティはとほほとため息をつく。

「まさかこの私が、二日連続で出掛ける羽目になるなんて……。あれ? これってもしや、最短記録かも?」

 なぜか自画自賛しそうになりながら、財布だけ掴んで玄関へと向かった。着たばかりのローブを脱ぐのは面倒くさいので、今日はこのまま出掛けることにする。

 ローブのフードを深々と被ると、えもいわれぬ安堵感を覚えた。

「はああ、落ち着く……。顔が隠れるって、やっぱり素敵に最高だなぁ……!」

 鼻歌交じりで扉を開け放つ。
 その瞬間、ロッティは着替えなかったことを死ぬほど後悔した。

「こんにちは! ロッティ」

 ぱりっとした平服に身を包んだフィルが、爽やかに手を上げる。こぼれんばかりの眩しい笑顔に、ロッティは己の体がさらさらと灰になって流れていくのを感じた。



 ***


「ふう、ご馳走様でした。……それっぽっちで足りましたか、ロッティ?」

「フィルさんと違って、私は今のが朝食なんですぅ……」

 起き抜けにそうたくさんは食べられない。

 眉を下げて訴えると、大量の差し入れ料理を完食したフィルが、上品に口を拭いながら微笑んだ。

「よかった。まだ寝ているかもと思って、この時間に誘いに来て正解でした。……それで、今日はどうします? シベリウスの稽古場に顔を出してみますか?」

「あ……っ。そ、それが実はですねっ」

 大急ぎで昨日あった出来事を報告する。

 エレナの家で一緒に夕食を取った話に、フィルは楽しげに耳を傾けてくれた。仲良しですね、なんて揶揄するように見つめられ、ロッティは照れ笑いしてしまう。

 しかし、シベリウスの稽古場に行ってからの話になってから、フィルの顔がどんどん険しくなった。

 ロッティはヒッと息を呑む。

「フィ、フィル……さん……?」

「――ロッティ」

 フィルが半眼でロッティを睨みつけた。

「夜道を一人で帰った?――危ないでしょうっ! 騎士団の詰所に顔を出して、僕を呼び出してくれたら良かったんだ。独身寮は詰所のすぐ側だから、ちゃんと送っていったのに!」

「……え……」

 声を荒らげて怒る彼に、ロッティは唖然としてしまう。
 今フィルが言ってくれたことをじっくり咀嚼して、真っ赤になりながら俯いた。膝に置いた手を、もじもじと握り合わせる。

「で、でも……。夜遅くに、迷惑」

「迷惑なわけがないでしょう! 夜道の一人歩きは危険です。遠慮なんかしないでください」

 フィルの気遣いにロッティは胸がいっぱいになって、馬鹿みたいに何度も首肯した。

「つ、次は……。そうし、ます」

 やっとのことで告げたロッティに、フィルはようやく満足したように頷いた。それで、と優しい眼差しをロッティに向ける。

「シベリウスの稽古場に迷い込んで、どうなったんです?」

「あ……っ。はい、クリスさんとお話できたんです!」

 ロッティはぱっと顔を輝かせた。

 クリスがこれまで魔石を拒否していた理由、胸の奥底に隠していた鬱屈。
 颯爽と現れたアナが、それを解きほぐしてくれたこと。

 大興奮してまくし立てるロッティに、フィルは的確に相槌を打ちながら聞き入ってくれる。どの魔石を贈るかはロッティが選ぶことになったのだ、というところまで説明すると、フィルは安堵したように頬をゆるめた。

「そうでしたか……。良かった、クリスがやっとその気になってくれて」

「はいっ。それで、どの属性にするかはまだ決めてないんですけど、まずは魔石の原石を仕入れに行くつもりなんです」

「……原石?」

 不思議そうな顔をするフィルに、ロッティは得々として説明する。

 真っ黒な魔石の原石には色んな形、大きさがある。完成した魔石は普通細工師が研磨するものだが、今回はそれは省くつもりだ。

「クリスさんが喜んでくれるような、変わった形の原石を探したいんです。型に嵌まったものじゃなく、この世に二つとないものを……」

「ですが……、守り袋に入れて持ち歩くんですよね? 見た目はさほど関係ないのでは……」

 ためらいがちに尋ねるフィルに、ロッティは笑ってかぶりを振った。それに関しては、ロッティもちゃんと考えたのだ。

「細工師さんに型枠だけ作ってもらえば、チェーンを付けてペンダントにできると思うんです。簡素なものなら、そうお金も時間もかからないでしょうし」

「……なるほど。細工師はオールディス商会に紹介してもらえばいいのかな?」

 フィルの顔も明るくなる。
 ロッティは深々と頷くと、テーブルから身を乗り出した。

「私とフィルさんの取り替えっこ魔石も、同じ感じでいいんじゃないかなぁと思うんです。あんまり豪華な細工にしちゃうと、値も張るし……。それに何より、普段使いに向かないですから」

 どうせならシンプルなものにして、肌見離さず身に着けたいんです。

 はにかみながら告げたロッティに、フィルは束の間絶句する。

 何かおかしなことを言ってしまったかと、ロッティは目をしばたたかせた。首をひねる彼女に、フィルは慌てたように笑顔を作る。

「そ、そうですね。なら、僕もペンダントにしようかな。――毎日欠かさず、付けておきたいので」

「はいっ。ぜひ」

 ロッティが頬を染めた。
 嬉しげな様子の彼女をじっと見つめ、フィルがふわりと微笑む。視線が交わり、ロッティはなんだか照れくさくなって俯いた。

「それでは、今日の予定は原石の仕入れですね。オールディス商会で買えるのですか?」

 弾んだ声音で尋ねられ、慌ててかぶりを振る。

「いいえ、カイさんのところは原石は扱っていないんです。……なので、に行きましょう」

「……専門?」

 瞬きするフィルに、いたずらっぽく頷きかけた。
 テーブルから立ち上がり、自信たっぷりに胸を反らす。

「はい! 王都の外れ――裏通りにひっそり根を張る、私達魔法使いのための特別区。『魔法街区』を目指しましょう!」
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