引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

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41.迷いの中に

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「欲望の赴くままに買ってきたはいいけど、これじゃあ野菜が足りないよね。よぉし、追加でサラダだけ作っちゃおう!」

「は、はいっ」

 台所で腕まくりするエレナに、ロッティも直立不動で返事をする。料理が苦手な自分としては、ここでエレナを手伝って、ぜひとも彼女の技を盗みたい。

 ごくりと喉を上下させている間に、エレナは手際よく野菜を洗っていく。ロッティが包丁とまな板を探そうとした瞬間、エレナがバリッと音を立ててレタスを引きちぎった。

「…………」

 ぽかんとしていると、エレナはにこにこしながら残りのレタスをロッティに押し付けた。

「はい、こんな感じでどんどん丸皿に放り込んじゃって! その間にあたしは、たったいま買ってきたばかりのこちらを……」

 気取った仕草で蒸し鶏を指差し、むんずと鷲掴みにする。
 右手に持ったフォークを天に掲げ、左手で押さえた蒸し鶏に豪快に突き立てた。

「えいやぁっ」

 そのままフォークでぐいぐい裂いていく。あまりの力技に、ロッティの手が完全に止まってしまった。

「塩、胡椒にレモンの絞り汁っ。お酢と油はガガーッと目分量で!」

 目にも留まらぬ速さで瓶に調味料を放り込み、蓋を閉めてガシャガシャと振り回す。「ロッティ、手が止まってる!」と叱責され、慌ててロッティもレタスを引きちぎりまくった。

 無事丸皿にいっぱいになり、エレナは無惨に裂かれた蒸し鶏を上に載せる。ミニトマトを散らしてドレッシングをかければ、あっという間にサラダが完成した。

「す、すごい……! 包丁を使わずにできちゃうんですねっ」

「ふふん。美味しくて栄養さえあれば、見た目なんかどうだっていいからね。お腹に入れば一緒、一緒!」

 得意満面のエレナと共に、早速テーブルに料理を運び込む。
 買ってきたパイにキッシュ、こんがり焼けた豚肉のチーズ巻きに、一口サイズの肉団子、爽やかな香りの魚介の煮込み。作ったばかりの豪快サラダを足して、夕飯の支度が整った。

「これは絶対ワインでしょう! ロッティは飲める?」

「飲め、ます……けど。どうしよう、今日はもう仕事はしないし、飲んじゃおっかな……?」

 迷いながらも手を伸ばしかけたところで、ロッティははっとする。


 ――ではぜひ、クリスの魔石が完成した暁にはご馳走させてください


(そうだ……!)

 フィルとの約束を思い出し、大急ぎでかぶりを振った。

「わ、私はやめておきます。今、断酒中……というか、願掛け中、というか……?」

 しどろもどろに言葉を濁すけれど、エレナは気にしたふうもなくあっさりと頷いた。

「なるほど、酔うと乱れるタイプなのねロッティは。そういうことなら、あたしだけ遠慮なく飲んじゃおーっと!」

 なんだか誤解されてしまった気もするけれど。

 嬉しげにグラスを引き寄せる彼女に、ロッティは慌てて酌をする。酒とジュースのグラスがかちんと合わさった。



 ***


「本当に送っていかなくて大丈夫? バート、もうすぐ帰ってくると思うけど」

「いえ、お気遣いなく! お仕事で疲れてるでしょうし、カンテラだって貸していただきましたから」

 食べきれなかったパイをお土産で貰い、ロッティはほくほく顔で答える。
 陽気なエレナとの夕食はとても楽しくて、飲んでもいないのにロッティまで酔っ払った気分になってしまった。

 お休みなさいの挨拶をして別れ、ロッティは夜の王都を速歩きする。今日エレナに案内された道を、弾む足取りで逆に辿って――……

「…………」

 不意に、ゆっくりと足を止めた。
 愕然として辺りを見回す。

「……ここ、どこ……?」

 入り組んだ街路の真ん中で、ロッティは途方に暮れてしまう。風景に見覚えもなければ、自宅の方向だってちっともわからない。

 周辺をおろおろと歩き回った挙句、見覚えのある建物を見つけて首をひねった。

(……ん? あれは……)

 赤煉瓦造りの倉庫。
 これはそう、確か。

「……劇団シベリウスの、稽古場?」

 窓からは明かりが漏れていた。
 こんな時間に、と疑問に思いつつ、ロッティは恐る恐る扉に手を掛ける。小さな体で体重をかけ、細く隙間を開いた。

「……あ……」

 あえかに響いてくる、美しい歌声。

 胸にじんわりと沁み渡り、目を閉じて聞き入った。もっともっと聞いていたくて、夢遊病者のように頼りない動きで中に足を踏み入れる。

 扉を完璧に閉じて外界を遮断すると、ロッティはその場にうずくまった。全神経を耳に集中させる。

 細く長い歌声は哀切を帯びていた。
 その歌詞に載せるのは、現状を不安に思う気持ち、迷い、自分が頑張らなくてはという強い焦り――……

 ――確か、が次に演じることになった役柄は。

(お兄さんの代わりに、戦うことを選んだお姫様……)

 気付けば、ロッティの頬を涙が伝っていた。
 余韻を残して歌声が消えていき、名残惜しく思いながら目を開く。

 広い稽古場の真ん中で、迷子のようにたった一人で立ち尽くすクリス。
 彼は肩を弾ませて大きく息を吐くと、苦笑してロッティを振り向いた。

「こらロッティ。こんな時間に一人は危ないだろー?」

「えへへ。道に迷っちゃって……」

 クリスからはもう、跡形もなく切なげな表情が消えていた。

 袖で荒っぽく顔を拭い、ロッティは機敏に立ち上がる。
 そのままぶらぶらとクリスに歩み寄った。

「クリスさんこそ、こんな夜遅くまで練習ですか?」

 熱心ですね、とからかうと、途端にクリスは表情を凍りつかせる。あっと思った時には、クリスはロッティから顔を背けてしまった。

「クリスさ……!」

「おれのは、情熱なんかじゃなく単なる自己顕示欲だから。……そんなことよりっ。ロッティ、なんだかいい匂いがするね?」

 いたずらっぽく尋ねられて、ロッティもぎこちなく笑い返した。持っていたパイを掲げてみせる。

「残り物ですけど、よかったらどうですか?」
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