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40.できることから
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朝起きてすぐ、ロッティは生真面目な顔で鏡の中の自分に向き合った。
茜色の髪はぼさぼさ、寝癖で四方八方に跳ねている。
目の下にはうっすらとした黒い隈。これはおそらく、慢性的な寝不足のせい。
寝間着はサイズが合っておらずぶかぶかで、ただでさえ小さな体がますます貧相に見える。
見れば見るほど情けなくなってきて、ロッティは思いっきり眉を下げた。
(ううう……。こんな私に似合う石って、一体何なの……!?)
絶望のあまり膝から崩れ落ちかけ、はっとする。
大慌てでしゃんと背筋を伸ばし、両手で高らかに頬を叩きつけた。
「駄目駄目。私なんかはもう禁句っ」
でないと、フィルのせっかくの好意を無にすることになってしまう。
フィルがロッティに魔石を贈ってくれるのは、ロッティを助けたいというフィルの優しさ、親切心。そして熱い友情がゆえなのだ。
(……そう、友情……!)
ロッティはぽっと頬を染めた。
王都に来てはや四年。
静かで何の波風も立たなかった暮らしが、ここにきて怒涛のように変わり始めた。フィルにクリス、シベリウスのアナとダレル。服飾店のエレナに、その夫であるバート。
ロッティだって、前向きで努力家な彼らに相応しい人間になりたい。彼らにとって、誇れる友人になりたいのだ。
「……よしっ。今日から魔石作りはなるべく日中にして、夜はしっかり寝ることにしよう! それから三食きちんと食べるっ。次に街中に行った時には、新しい寝間着も買わないと……!」
まずは自分にできるところから。
心に決めて、足取りも軽く部屋を出るロッティであった。
***
「わわわっ、もうこんな時間っ?」
魔石作りに没頭し、気付けば窓から夕陽が差し込んでいた。カラスもかあかあ鳴いている。
作業机から大慌てで立ち上がると、途端にお腹がぐうと鳴った。
「…………」
決意も束の間、早速昼食を取り忘れた。
自分のダメさ加減に打ちひしがれつつも、ロッティはよろよろと台所に向かう。せめて今日は野菜丸かじりではなく、栄養満点の温かい料理を作ろうと思ったのだ。
「……駄目だ。食料庫が、空っぽ……」
ロッティは今度こそ崩れ落ちた。
食べ物がないとなると、ますます空腹に耐えられなくなってくる。
しばし床で這いつくばったままいじけていたが、ややあって勢いよく立ち上がった。その瞳はめらめらと燃えている。
(……そうだ……!)
食材がない程度の障害で、ロッティの決意は揺らいだりしない。
食べるものがないのなら、出来合いを買ってくればいい!
「よおし、今からお買い物! 今日から私は変わるんだからっ」
普段着用としてエレナが選んでくれた、藍色のふんわりしたワンピースに身を包む。寝癖の髪は気休め程度に櫛で梳かし、フィルの髪留めでぱちんとまとめた。
「髪留めって便利だなぁ……。手を掛けずにきちんと見えちゃう」
鼻歌交じりにカバンを手に取って、早速自宅を出発する。
フィルのお気に入りのレストランには、持ち帰り料理はあっただろうか。もしなかったら、以前フィルと行ったパン屋で買って帰ればいい。
指を折って計画を立てながら、ロッティはなんだかおかしくなった。
(どのお店も、フィルさんと行ったところばっかり)
四年住んでいても、よそよそしい他人みたいだった都会の王都。
けれど今は少しずつ馴染みの場所が増えて、ぐっと身近に感じられる。
しっかりと顔を上げて大股で歩いていると、「ロッティ!」と背後から声を掛けられた。弾んだ声音に反射的に振り向けば、エレナが道路の向こう側から駆けてくるところだった。
「エレナさんっ」
「ロッティ! あはは、その服着てくれたんだっ」
嬉しげに顔をほころばせ、エレナがしげしげとロッティの全身を眺める。
なんとなく赤くなりながらも、ロッティは努めて胸を張った。
「ゆ、夕飯の買い出しに来たんです。真っ黒いローブじゃあ闇に紛れてしまいますからねっ。馬車から見えなくて危険でしょう?」
エレナは一瞬目を丸くすると、ややあっておかしそうに噴き出した。
「藍色でもそう変わらないって~! 次は白に挑戦してみようよ!」
「や、そそそそれはちょっと……。こ、今後の課題にさせてくださいぃ……」
頑張るつもりはあるものの、人間そう簡単には変われないのだ。
あわれっぽく訴えるロッティに、エレナは笑いながらも頷いてくれた。聞けば、彼女も仕事を終えて帰るところだと言う。
ぐんぐん濃さを増していく夕闇に背中を押されるように、二人の足取りも自然と速くなる。
「ロッティ、夜ごはんって何するの?」
「出来合いを適当に買って帰ろうかなって」
食料庫がすっからかんだったんです、と情けなく付け足すと、エレナはなぜか瞳を輝かせた。ロッティの手を取り、問答無用で角を曲がる。
「エレナさん?」
「エレナでいいってば。……うちもね、今夜はバートが遅いの。だから、夕飯はひとりでパンでもかじろうかと思ってたんだけど。せっかくだし美味しいものを買ってって、二人で一緒に食べようよ!」
「えええっ?」
エレナの言葉に驚きつつも、ロッティの胸はときめいた。この口ぶりだと、エレナはどうやらロッティを自宅に招待してくれたらしい。
(……か、カイさん以外のお友達のおうちだなんて、初めて……!)
じぃんと胸が熱くなる。
感動にうち震えるロッティには気付かずに、エレナは「この先に、持ち帰りの美味しいお店があるの!」と声を弾ませた。
二人手を繋ぎ、競い合うように足を急がせた。
茜色の髪はぼさぼさ、寝癖で四方八方に跳ねている。
目の下にはうっすらとした黒い隈。これはおそらく、慢性的な寝不足のせい。
寝間着はサイズが合っておらずぶかぶかで、ただでさえ小さな体がますます貧相に見える。
見れば見るほど情けなくなってきて、ロッティは思いっきり眉を下げた。
(ううう……。こんな私に似合う石って、一体何なの……!?)
絶望のあまり膝から崩れ落ちかけ、はっとする。
大慌てでしゃんと背筋を伸ばし、両手で高らかに頬を叩きつけた。
「駄目駄目。私なんかはもう禁句っ」
でないと、フィルのせっかくの好意を無にすることになってしまう。
フィルがロッティに魔石を贈ってくれるのは、ロッティを助けたいというフィルの優しさ、親切心。そして熱い友情がゆえなのだ。
(……そう、友情……!)
ロッティはぽっと頬を染めた。
王都に来てはや四年。
静かで何の波風も立たなかった暮らしが、ここにきて怒涛のように変わり始めた。フィルにクリス、シベリウスのアナとダレル。服飾店のエレナに、その夫であるバート。
ロッティだって、前向きで努力家な彼らに相応しい人間になりたい。彼らにとって、誇れる友人になりたいのだ。
「……よしっ。今日から魔石作りはなるべく日中にして、夜はしっかり寝ることにしよう! それから三食きちんと食べるっ。次に街中に行った時には、新しい寝間着も買わないと……!」
まずは自分にできるところから。
心に決めて、足取りも軽く部屋を出るロッティであった。
***
「わわわっ、もうこんな時間っ?」
魔石作りに没頭し、気付けば窓から夕陽が差し込んでいた。カラスもかあかあ鳴いている。
作業机から大慌てで立ち上がると、途端にお腹がぐうと鳴った。
「…………」
決意も束の間、早速昼食を取り忘れた。
自分のダメさ加減に打ちひしがれつつも、ロッティはよろよろと台所に向かう。せめて今日は野菜丸かじりではなく、栄養満点の温かい料理を作ろうと思ったのだ。
「……駄目だ。食料庫が、空っぽ……」
ロッティは今度こそ崩れ落ちた。
食べ物がないとなると、ますます空腹に耐えられなくなってくる。
しばし床で這いつくばったままいじけていたが、ややあって勢いよく立ち上がった。その瞳はめらめらと燃えている。
(……そうだ……!)
食材がない程度の障害で、ロッティの決意は揺らいだりしない。
食べるものがないのなら、出来合いを買ってくればいい!
「よおし、今からお買い物! 今日から私は変わるんだからっ」
普段着用としてエレナが選んでくれた、藍色のふんわりしたワンピースに身を包む。寝癖の髪は気休め程度に櫛で梳かし、フィルの髪留めでぱちんとまとめた。
「髪留めって便利だなぁ……。手を掛けずにきちんと見えちゃう」
鼻歌交じりにカバンを手に取って、早速自宅を出発する。
フィルのお気に入りのレストランには、持ち帰り料理はあっただろうか。もしなかったら、以前フィルと行ったパン屋で買って帰ればいい。
指を折って計画を立てながら、ロッティはなんだかおかしくなった。
(どのお店も、フィルさんと行ったところばっかり)
四年住んでいても、よそよそしい他人みたいだった都会の王都。
けれど今は少しずつ馴染みの場所が増えて、ぐっと身近に感じられる。
しっかりと顔を上げて大股で歩いていると、「ロッティ!」と背後から声を掛けられた。弾んだ声音に反射的に振り向けば、エレナが道路の向こう側から駆けてくるところだった。
「エレナさんっ」
「ロッティ! あはは、その服着てくれたんだっ」
嬉しげに顔をほころばせ、エレナがしげしげとロッティの全身を眺める。
なんとなく赤くなりながらも、ロッティは努めて胸を張った。
「ゆ、夕飯の買い出しに来たんです。真っ黒いローブじゃあ闇に紛れてしまいますからねっ。馬車から見えなくて危険でしょう?」
エレナは一瞬目を丸くすると、ややあっておかしそうに噴き出した。
「藍色でもそう変わらないって~! 次は白に挑戦してみようよ!」
「や、そそそそれはちょっと……。こ、今後の課題にさせてくださいぃ……」
頑張るつもりはあるものの、人間そう簡単には変われないのだ。
あわれっぽく訴えるロッティに、エレナは笑いながらも頷いてくれた。聞けば、彼女も仕事を終えて帰るところだと言う。
ぐんぐん濃さを増していく夕闇に背中を押されるように、二人の足取りも自然と速くなる。
「ロッティ、夜ごはんって何するの?」
「出来合いを適当に買って帰ろうかなって」
食料庫がすっからかんだったんです、と情けなく付け足すと、エレナはなぜか瞳を輝かせた。ロッティの手を取り、問答無用で角を曲がる。
「エレナさん?」
「エレナでいいってば。……うちもね、今夜はバートが遅いの。だから、夕飯はひとりでパンでもかじろうかと思ってたんだけど。せっかくだし美味しいものを買ってって、二人で一緒に食べようよ!」
「えええっ?」
エレナの言葉に驚きつつも、ロッティの胸はときめいた。この口ぶりだと、エレナはどうやらロッティを自宅に招待してくれたらしい。
(……か、カイさん以外のお友達のおうちだなんて、初めて……!)
じぃんと胸が熱くなる。
感動にうち震えるロッティには気付かずに、エレナは「この先に、持ち帰りの美味しいお店があるの!」と声を弾ませた。
二人手を繋ぎ、競い合うように足を急がせた。
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