引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

文字の大きさ
上 下
36 / 70

36.足りないもの

しおりを挟む
 せっかくだからデートして帰ろう、とクリスは笑った。
 ロッティにとっても望むところだった。腹を割ってゆっくり話せば、クリスの真意を知ることができるかもしれないから。

 ――けれど。

「……あやしい」

 ぎくぎくっ。

 クリスから半眼を向けられ、ロッティは馬鹿正直に肩を跳ねさせる。うろうろと視線を泳がせている間にも、クリスは探るようにロッティを見つめていた。

 沈黙に息苦しさを感じ始めたところで、テーブルの上に美味しそうなケーキと湯気の立つカップが給仕される。

「お待たせいたしました。ケーキセットでございます」

「はははいっ。ありがとうございます!」

 初めて観劇した日に、フィルが案内してくれたお店。同じぐらいの時間で、座ったのも今と同じテラス席だった。

 にっこり笑って去っていく店員を見送り、ロッティはすぐさまカップに手を伸ばした。緊張で喉がからからだったのだ。

 あ、とクリスが声を上げた時には遅かった。

「熱っ!」

「わっ、ばか。勢いよく飲みすぎだって!」

 つか水もあるから!

 クリスが慌てたようにグラスを滑らせてくれる。涙目でお礼を言って、冷たい水を一息に飲み干した。

「ご、ごめんなさい……。そういえば私、猫舌でした……」

 ひと心地ついてクリスに頭を下げると、クリスもやっと頬をゆるめた。

 頬杖をつき、からかうようにロッティを見る。

「ロッティてホントわかりやすいよな。――アレだろ、魔石のことをフィルに納得してもらえなかったんだろ?」

「うっ」

「そんで、ロッティも『もう一回説得してみる』とか請け合っちゃったんだろ?」

「ううっ」

 ずばずばと言い当てられ、ロッティはテーブルに突っ伏した。クリスがすかさずケーキを避けてくれる。

「間に挟まれて、どっちを選ぶべきかロッティは悩んじゃったわけだ。……うぅん、おれとフィルって罪なオトコだな」

 情感たっぷりにため息をつくクリスに、ロッティは落ち込んでいたのも忘れて噴き出した。
 しおしおと顔を上げると、クリスは怒ってなどいなかった。長いまつ毛に縁取られた目を細め、どこか切なげに微笑している。

「クリスさ……」

「先にケーキを食べちゃおう。あ、ひとくちずつ交換しよーぜ!」

 わざとのようにはしゃぎ声を上げる彼に、ロッティも慌てて疑問を飲み込んだ。それからは互いのケーキに舌鼓を打ち、ほどよく冷めたお茶を飲むのに専念する。

 ケーキセットが片付いてからジュースを追加し、二人は再び緊張しつつ向かい合った。

「……あ、の」

「待って。先に、おれからひとつ聞いていい?」

 手を挙げてロッティの言葉を制し、クリスがテーブルから身を乗り出す。

「ロッティは護符を付けてないよな? 作るだけなの? 自分も魔石が欲しいとは思わないのか?」

 心底不思議そうに首を傾げられ、ロッティは目をしばたたかせた。じっと考え込み、クリスと同じように思いっきり首をひねる。

「欲しい、とは……。確かに、一度も思ったことない、かもしれません」

「なんで?」

 間髪入れずに尋ねられた。

 ロッティはまたも頭を抱えて、自分の心の中から必死で答えを絞り出す。

「お洒落に、興味がないから……? 綺麗な魔石を作るのも、出来上がった魔石を眺めるのも大好きだけど……。私なんかに付けたら、もったいないし」

「なんで?」

 辛抱強く同じ問いを繰り返すクリスに、ロッティは唇を噛んで考え込む。なんで……、なんで?

 ――だって、私綺麗じゃない。
 ――だって、私優秀じゃない。


『お前は母親と大違いだ。同じなのは髪の色だけ。とんだ出来損ないだな』


「…………っ」

 突然、氷のように冷えきった――低い男の声が脳裏に響く。
 途端に目の前が真っ暗になり、ロッティはきつく目を閉じた。カタカタと震える手を、温かな何かがふわりと包み込む。

 恐る恐る目を開くと、揺れるクリスの瞳が目に入った。

「ロッティ? だいじょぶ?」

「……あ……」

 重ねられたクリスの手に、救われたような気持ちになる。溺れていた水から顔を出し、思いっきり息を吸い込んだ。

「だ、大丈夫……、です。ちょっと、祖父のことを思い出してしまって」

「おじいさん?……その様子を見るに、すっげーヤなやつなんだろ?」

 顔をしかめての決めつけに、ロッティは一瞬あっけに取られる。それからじわじわと笑いが込み上げてきて、ロッティはお腹を抱えて俯いた。

「や、ヤなやつ……っ、だったかも。確かに……っ」

 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙をぬぐい、いたずらっぽくクリスを見上げる。

「でも、仕方ないんです。母は私と違って、美人で聡明で、人を惹きつける力がありました。祖父ががっかりしたのも、無理ないです」

「ロッティだって優秀な魔女じゃん?」

 唇を尖らせるクリスにくすぐったくなる。
 はにかみながら、さばさばと首を横に振った。

「祖父が生きてる頃は、まだ魔石で成功してなかったから。……私は彼の中で、死ぬまで出来損ないのままでした」

「……そっか」

 辛そうに顔を歪め、クリスはジュースを一気飲みする。伝票を手に取り、「出よう」と短く告げる。

「クリスさんっ」

 大急ぎで彼に追いつき、伝票をひったくるようにしてロッティが支払った。文句を言おうとする彼に、「この間のドーナツのお返しです!」と胸を張る。

 店から出た瞬間、クリスが大きく噴き出した。

「ロッティ、言いたいことちゃんと言えてんじゃん!……けど、次のデートはおれが奢るね?」

「えへへ。ありがとうございます」

 照れ笑いして歩き出す。
 日の傾いてきた王都の街並みは、はっとするほど美しいのに、どこか物寂しい。

 オレンジに光る街路樹を見つめていると、クリスもそっと吐息をついた。

「おれはさ……。フィルから護符を贈る、って言われた時。――欲しいと、思ったんだ」

「えっ!?」

 絶句するロッティに、クリスは痛そうに苦笑する。

「自分に足りないものは、他でもないおれ自身が一番よくわかってたから。でも、そう考えた瞬間、自分がすげー嫌になった。ホントは、喉から手が出るくらい欲しかったのにね」

 ぶらぶらと歩きながら、すがるように手を伸ばした。身長の割りに大きな手で、ロッティの華奢な手を包み込む。

 前だけを見据え、クリスはようやく呻くように口にした。

「――火の魔石を。揺るぎなくまっすぐな『情熱』を」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...