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27.確かな一歩
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月明かりに照らされた夜道を辿りながら、ロッティは今しがた知ったばかりの事実を胸の中で反芻していた。傍らに寄り添うフィルもまた、難しい顔をして黙りこくっている。
あれから、カイとは店の前でお休みの挨拶をして別れた。
お前がロッティを送っていけよ、と偉そうに命じるカイに、フィルも胸を張って「君に言われるまでもない」と答えた。――本当に、いつの間に二人はこんな気安い仲になったのだろう。
そこはかとなく嫉妬心を覚えたところで、やっと街外れの自宅に帰り着く。軒下でロッティはぴょこんと頭を下げた。
「今日はありがとうございました。もう遅いですから、フィルさんも気を付けて」
「ああ……。そうですね」
我に返ったように瞬きしたフィルは、くすぐったそうに微笑んだ。じっとロッティを見つめ、懐からいかにも重そうな革袋を取り出す。
優しくロッティの手を引いて、ぽんと革袋を載せてくれた。
「遅くなりましたが、魔石の依頼料です」
「えええっ?」
大慌てで中を覗き込むと、光り輝く金貨がみっしりと詰まっていた。青くなったロッティは、フィルの胸に押し付けるようにして革袋を突っ返す。
「多すぎ、多すぎますっ」
「ちゃんと相場は調べましたよ?」
おどけたように肩をすくめるが、それはあくまでロッティの魔石で作られた『護符』としての相場だろう。
ロッティがクリスのために作る魔石には、豪奢な細工を施す予定などない。金も銀も使わず、剥き出しのまま渡すのだ。
身振り手振りで一生懸命に説明したのに、フィルは静かにかぶりを振った。
「無理を言って頼み込んで、依頼を引き受けていただいたのです。どうか迷惑料と思って受け取ってください」
言うだけ言って背中を向けてしまったフィルに、ロッティは体当りで縋りつく。
「駄目ですってば! フィルさ――……あ」
まるで抱き着くような体勢になっていることに気が付き、ロッティは真っ赤になって体を離した。そのまま深く俯いて、もじもじと革袋を弄くりまわす。
「……だ、だって……。フィルさんと私は、お友達、だから……。多少の無茶ぐらい、お友達なら聞いてあげて当然っていうか……」
言葉が尻すぼみに消えていく。
恥ずかしくて恥ずかしくて、フィルの顔を直視できない。
彼の反応知りたさに『お友達』なんて単語をしれっと入れてみたものの、やはりおこがましかっただろうか。
案の定フィルも返事に困ったようで、立ち尽くしたまま否定も肯定もしてくれなかった。友達だとも、そうじゃないとも。
だんだんとロッティの焦りが募り、勇気を振り絞って顔を上げる。ばちりと音がしそうなくらい強く、フィルと視線が絡み合った。
「……っ」
途端にフィルが目元を赤く染める。
恥じらうように目を逸らしかけ――……ぐいっと踏みとどまった。まっすぐロッティを見下ろし、不敵に口角を吊り上げる。
「友人であろうと、けじめは必要です。僕は今はあなたの友人ですが、仕事の料金はきちんと受け取っていただかないと」
「………」
上気した顔できっぱり告げられ、ロッティは呆けたように彼を見上げた。胸の奥からじわじわと喜びがあふれてくる。
(友人……、友人って、言ってくれた……!)
飛び上がりそうになるのを必死で堪え、ロッティは豪快に革袋に手を突っ込んだ。ぎょっとするフィルに、少しだけ軽くなった袋を手渡す。
「持っててください。今数えますから」
ひいふうみい、と数え、十枚きっかり握り締めた。いたずらっぽく彼に笑いかける。
「カイさんから貰う魔石代と同じです。お友達料金」
澄まして宣言すると、フィルは目を丸くした。
「それはまた……。断りにくいことを……」
独り言ちるように呟き、思わずといったように苦笑する。
二人の抑えた笑い声が、静かな夜闇に温かく響いた。ロッティは嬉しくて楽しくて、どうしようもなく心が弾んで――……なぜだか、涙が出そうになってくる。
ごまかすように目を擦るロッティを、フィルがやわらかな眼差しで見守った。
「……もう遅いので、そろそろ帰らなくては。――良い夢を、ロッティ様」
「は、はい。お休みなさい、フィルさん」
ぺこりとお辞儀して彼を見送りかけ、ロッティは慌てて手を伸ばした。間一髪服の裾を掴まえて、頬を染めて彼を見上げる。
「あっ、あのっ! わ、私、思うんですけど――お友達で『様』付けはおかしくないかなってっ」
早口で告げると、瞬間呆けたフィルはすぐに頷いた。満面の笑みを浮かべ、ふわりと屈み込む。
ロッティの耳に唇を寄せた。
「お休みなさい、ロッティ。――また二人で食事に行きましょう」
「……ははははははいぃっ」
ビシッと硬直するロッティに、フィルは楽しげな笑い声を上げた。ひらりと軽やかに手を振り、今度こそ行ってしまう。
颯爽とした後ろ姿を見送って、ロッティはぎくしゃくと自宅に入る。そのまま玄関先でへなへなと崩れ落ちた。
「うう……っ」
顔が熱い。噴火寸前。大炎上。
心臓だってお祭り騒ぎだ。このままの速度で鳴り続ければ、数分後には力尽きて止まってしまうかもしれない。
深呼吸して立ち上がり、憤然と床を蹴りつけ居間へ向かう。
一直線にソファに突撃し、クッションに顔を埋めた。すうっと深く息を吸い込む。
「フィルさんの……っ、フィルさんの女ったらしーーーっ!!」
距離が近い、近すぎる!
友達になれた嬉しさと、翻弄される恥ずかしさと。
せめぎ合う二つの感情に、じたばたと暴れまくるロッティであった。
あれから、カイとは店の前でお休みの挨拶をして別れた。
お前がロッティを送っていけよ、と偉そうに命じるカイに、フィルも胸を張って「君に言われるまでもない」と答えた。――本当に、いつの間に二人はこんな気安い仲になったのだろう。
そこはかとなく嫉妬心を覚えたところで、やっと街外れの自宅に帰り着く。軒下でロッティはぴょこんと頭を下げた。
「今日はありがとうございました。もう遅いですから、フィルさんも気を付けて」
「ああ……。そうですね」
我に返ったように瞬きしたフィルは、くすぐったそうに微笑んだ。じっとロッティを見つめ、懐からいかにも重そうな革袋を取り出す。
優しくロッティの手を引いて、ぽんと革袋を載せてくれた。
「遅くなりましたが、魔石の依頼料です」
「えええっ?」
大慌てで中を覗き込むと、光り輝く金貨がみっしりと詰まっていた。青くなったロッティは、フィルの胸に押し付けるようにして革袋を突っ返す。
「多すぎ、多すぎますっ」
「ちゃんと相場は調べましたよ?」
おどけたように肩をすくめるが、それはあくまでロッティの魔石で作られた『護符』としての相場だろう。
ロッティがクリスのために作る魔石には、豪奢な細工を施す予定などない。金も銀も使わず、剥き出しのまま渡すのだ。
身振り手振りで一生懸命に説明したのに、フィルは静かにかぶりを振った。
「無理を言って頼み込んで、依頼を引き受けていただいたのです。どうか迷惑料と思って受け取ってください」
言うだけ言って背中を向けてしまったフィルに、ロッティは体当りで縋りつく。
「駄目ですってば! フィルさ――……あ」
まるで抱き着くような体勢になっていることに気が付き、ロッティは真っ赤になって体を離した。そのまま深く俯いて、もじもじと革袋を弄くりまわす。
「……だ、だって……。フィルさんと私は、お友達、だから……。多少の無茶ぐらい、お友達なら聞いてあげて当然っていうか……」
言葉が尻すぼみに消えていく。
恥ずかしくて恥ずかしくて、フィルの顔を直視できない。
彼の反応知りたさに『お友達』なんて単語をしれっと入れてみたものの、やはりおこがましかっただろうか。
案の定フィルも返事に困ったようで、立ち尽くしたまま否定も肯定もしてくれなかった。友達だとも、そうじゃないとも。
だんだんとロッティの焦りが募り、勇気を振り絞って顔を上げる。ばちりと音がしそうなくらい強く、フィルと視線が絡み合った。
「……っ」
途端にフィルが目元を赤く染める。
恥じらうように目を逸らしかけ――……ぐいっと踏みとどまった。まっすぐロッティを見下ろし、不敵に口角を吊り上げる。
「友人であろうと、けじめは必要です。僕は今はあなたの友人ですが、仕事の料金はきちんと受け取っていただかないと」
「………」
上気した顔できっぱり告げられ、ロッティは呆けたように彼を見上げた。胸の奥からじわじわと喜びがあふれてくる。
(友人……、友人って、言ってくれた……!)
飛び上がりそうになるのを必死で堪え、ロッティは豪快に革袋に手を突っ込んだ。ぎょっとするフィルに、少しだけ軽くなった袋を手渡す。
「持っててください。今数えますから」
ひいふうみい、と数え、十枚きっかり握り締めた。いたずらっぽく彼に笑いかける。
「カイさんから貰う魔石代と同じです。お友達料金」
澄まして宣言すると、フィルは目を丸くした。
「それはまた……。断りにくいことを……」
独り言ちるように呟き、思わずといったように苦笑する。
二人の抑えた笑い声が、静かな夜闇に温かく響いた。ロッティは嬉しくて楽しくて、どうしようもなく心が弾んで――……なぜだか、涙が出そうになってくる。
ごまかすように目を擦るロッティを、フィルがやわらかな眼差しで見守った。
「……もう遅いので、そろそろ帰らなくては。――良い夢を、ロッティ様」
「は、はい。お休みなさい、フィルさん」
ぺこりとお辞儀して彼を見送りかけ、ロッティは慌てて手を伸ばした。間一髪服の裾を掴まえて、頬を染めて彼を見上げる。
「あっ、あのっ! わ、私、思うんですけど――お友達で『様』付けはおかしくないかなってっ」
早口で告げると、瞬間呆けたフィルはすぐに頷いた。満面の笑みを浮かべ、ふわりと屈み込む。
ロッティの耳に唇を寄せた。
「お休みなさい、ロッティ。――また二人で食事に行きましょう」
「……ははははははいぃっ」
ビシッと硬直するロッティに、フィルは楽しげな笑い声を上げた。ひらりと軽やかに手を振り、今度こそ行ってしまう。
颯爽とした後ろ姿を見送って、ロッティはぎくしゃくと自宅に入る。そのまま玄関先でへなへなと崩れ落ちた。
「うう……っ」
顔が熱い。噴火寸前。大炎上。
心臓だってお祭り騒ぎだ。このままの速度で鳴り続ければ、数分後には力尽きて止まってしまうかもしれない。
深呼吸して立ち上がり、憤然と床を蹴りつけ居間へ向かう。
一直線にソファに突撃し、クッションに顔を埋めた。すうっと深く息を吸い込む。
「フィルさんの……っ、フィルさんの女ったらしーーーっ!!」
距離が近い、近すぎる!
友達になれた嬉しさと、翻弄される恥ずかしさと。
せめぎ合う二つの感情に、じたばたと暴れまくるロッティであった。
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