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15.花の騎士様
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ざっくり編まれた毛糸のケープを肩に羽織り、ロッティはそわそわと落ち着かない気分で王都を歩く。緊張しすぎて隣のフィルの顔をまともに見られなかった。
視線を落とすと、服と同じくおろしたての靴が目に入る。真っ赤なリボンが結ばれた、足首までの短いブーツ。
エレナに頼み込んで低めのヒールのものを選んでもらったが、普段ぺたんこブーツを愛用しているロッティにとっては、これでも充分歩きにくい。一歩踏み出すたび爪先に微かな痛みが走った。
ぎくしゃくと四角張った動きで進むロッティを見て、フィルがさり気なく歩調を合わせてくれる。
「大丈夫ですか? なんなら辻馬車を拾って……」
「け、結構ですっ!!」
咄嗟に拒絶の言葉が飛び出して、ロッティは大慌てで口を塞いだ。目を丸くするフィルから逃げるように、小さくなって俯く。
「……乗り物酔い、しやすいんです。必要な時は仕方ないですけど、極力乗りたくなくて……」
消え入るような声で弁解すると、フィルは「そうでしたか、申し訳ない」とあっさり頷いた。その軽い口調は、きっとロッティが気に病まないよう気遣ってくれているのだろう。
なんだか居たたまれなくなって、ロッティは顔を上げられなくなってしまう。足元だけ見て歩いていると、フィルが己の腕をすっと差し伸べた。
「……え?」
「どうぞ。よろしければ杖代わりにお使いください」
いたずらっぽく片目をつぶる彼に、ロッティはみるみる真っ赤になる。後ずさりしようとするが、フィルは笑顔のまま詰め寄ってきた。
仕方なく、申し訳程度に彼の腕に手を添える。フィルが嬉しそうに唇をほころばせた。
「さ、参りましょう? 予約の店はすぐそこですから」
「……は、はい……」
余裕しゃくしゃくの彼を見て、なぜだか悔しくなってくる。動揺しているのは自分だけで、きっとこの程度フィルにとっては何でもないことなのだ。
火傷しそうに熱い頬を、ロッティはこっそりとふくらませた。
***
足元がふわふわする。
体と同じぐらい華奢な手で、ロッティが自分に触れている。そう意識するだけで、フィルの心臓は激しく早鐘を打った。
そっと盗み見ると、ロッティは茜色の髪に負けないぐらい真っ赤になっていた。
(……かわいい)
感情が素直に表に出るところも、照れ屋なところも。
美しい髪が風に揺れるたびドキリとして、フィルはなんだか夢見心地だった。上機嫌でロッティに語りかけながらも、周囲に油断なく目配りする。
別に、カイが乱入してくることを心配したわけじゃない。先程花屋の前で会った時、彼ははっきりと「オレは一切邪魔しねぇから」と宣言していたからだ。
別れ際に「帰りは責任持って送り届けろよ」なんて偉そうに命じられ、君に言われるまでもない、と腹ただしく言い返したのは別の話。
思い出して苦虫を噛み潰したような顔をしていたら、不意に嫌な視線を感じて我に返った。
敵意むき出しの視線――向けられているのは自分じゃない。ロッティだ。
通りの端で、華やかなドレス姿の女性達がこちらを遠巻きにしていた。これみよがしにひそひそと囁き合っている。
足早に前を通り過ぎようとしたところで、「地味な女」「全然似合ってないじゃない」「身の程知らずよね」とせせら笑うような声が耳に飛び込んできた。カッと顔が熱くなる。
憤然と口を開こうとした瞬間、ロッティから控えめに腕を引かれた。
はっとして見下ろすと、小さく首を横に振られる。フィルは飛び出しかけた言葉を危うく飲み込んだ。
それでも気が収まらず、振り向きざま彼女達を鋭く睨み据えた。その冷ややかな眼差しに、彼女達はみるみる青ざめて後ずさる。
「……フィルさん。駄目、ですよ……」
フィルさんが悪く思われちゃう、と消え入るような声でたしなめるロッティに、フィルは胸を衝かれた。嫌な思いをさせてしまったこと、それなのに自分を案じてくれることに、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
彼女達から充分離れて足を止めると、ロッティが戸惑ったように顔を上げた。フィルはごくりと喉仏を上下させる。
「すみません、でした。少し前までは、自分も調子に乗って……。笑い掛けたり、手を振り返したり、したことも……。何度かありまして……」
しどろもどろに告白して、「でも」とムキになってロッティの手を取った。
「もう、しません。二度と。絶対に」
決然と宣言すると、ロッティは緑の瞳をまんまるに見開いた。ややあって、おかしそうに頬をゆるめる。
「……っ」
「フィルさんは……温かい、ひとですね」
こんなに格好いいのに、地味でうすのろな私のことまで気遣ってくれるから。
そう言ってくすぐったそうに笑うロッティに、フィルは言葉を失った。彼女のやわらかな笑顔に、思考停止してただ見惚れる。
(かわいい……)
大変だ。
どうやら自分は、脳内にまで花が生えてきてしまったらしい。
冷静に己を分析しつつも、まあいいか、とフィルは苦笑する。
――何せ、自分はロッティの『花の騎士様』なのだから。
視線を落とすと、服と同じくおろしたての靴が目に入る。真っ赤なリボンが結ばれた、足首までの短いブーツ。
エレナに頼み込んで低めのヒールのものを選んでもらったが、普段ぺたんこブーツを愛用しているロッティにとっては、これでも充分歩きにくい。一歩踏み出すたび爪先に微かな痛みが走った。
ぎくしゃくと四角張った動きで進むロッティを見て、フィルがさり気なく歩調を合わせてくれる。
「大丈夫ですか? なんなら辻馬車を拾って……」
「け、結構ですっ!!」
咄嗟に拒絶の言葉が飛び出して、ロッティは大慌てで口を塞いだ。目を丸くするフィルから逃げるように、小さくなって俯く。
「……乗り物酔い、しやすいんです。必要な時は仕方ないですけど、極力乗りたくなくて……」
消え入るような声で弁解すると、フィルは「そうでしたか、申し訳ない」とあっさり頷いた。その軽い口調は、きっとロッティが気に病まないよう気遣ってくれているのだろう。
なんだか居たたまれなくなって、ロッティは顔を上げられなくなってしまう。足元だけ見て歩いていると、フィルが己の腕をすっと差し伸べた。
「……え?」
「どうぞ。よろしければ杖代わりにお使いください」
いたずらっぽく片目をつぶる彼に、ロッティはみるみる真っ赤になる。後ずさりしようとするが、フィルは笑顔のまま詰め寄ってきた。
仕方なく、申し訳程度に彼の腕に手を添える。フィルが嬉しそうに唇をほころばせた。
「さ、参りましょう? 予約の店はすぐそこですから」
「……は、はい……」
余裕しゃくしゃくの彼を見て、なぜだか悔しくなってくる。動揺しているのは自分だけで、きっとこの程度フィルにとっては何でもないことなのだ。
火傷しそうに熱い頬を、ロッティはこっそりとふくらませた。
***
足元がふわふわする。
体と同じぐらい華奢な手で、ロッティが自分に触れている。そう意識するだけで、フィルの心臓は激しく早鐘を打った。
そっと盗み見ると、ロッティは茜色の髪に負けないぐらい真っ赤になっていた。
(……かわいい)
感情が素直に表に出るところも、照れ屋なところも。
美しい髪が風に揺れるたびドキリとして、フィルはなんだか夢見心地だった。上機嫌でロッティに語りかけながらも、周囲に油断なく目配りする。
別に、カイが乱入してくることを心配したわけじゃない。先程花屋の前で会った時、彼ははっきりと「オレは一切邪魔しねぇから」と宣言していたからだ。
別れ際に「帰りは責任持って送り届けろよ」なんて偉そうに命じられ、君に言われるまでもない、と腹ただしく言い返したのは別の話。
思い出して苦虫を噛み潰したような顔をしていたら、不意に嫌な視線を感じて我に返った。
敵意むき出しの視線――向けられているのは自分じゃない。ロッティだ。
通りの端で、華やかなドレス姿の女性達がこちらを遠巻きにしていた。これみよがしにひそひそと囁き合っている。
足早に前を通り過ぎようとしたところで、「地味な女」「全然似合ってないじゃない」「身の程知らずよね」とせせら笑うような声が耳に飛び込んできた。カッと顔が熱くなる。
憤然と口を開こうとした瞬間、ロッティから控えめに腕を引かれた。
はっとして見下ろすと、小さく首を横に振られる。フィルは飛び出しかけた言葉を危うく飲み込んだ。
それでも気が収まらず、振り向きざま彼女達を鋭く睨み据えた。その冷ややかな眼差しに、彼女達はみるみる青ざめて後ずさる。
「……フィルさん。駄目、ですよ……」
フィルさんが悪く思われちゃう、と消え入るような声でたしなめるロッティに、フィルは胸を衝かれた。嫌な思いをさせてしまったこと、それなのに自分を案じてくれることに、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
彼女達から充分離れて足を止めると、ロッティが戸惑ったように顔を上げた。フィルはごくりと喉仏を上下させる。
「すみません、でした。少し前までは、自分も調子に乗って……。笑い掛けたり、手を振り返したり、したことも……。何度かありまして……」
しどろもどろに告白して、「でも」とムキになってロッティの手を取った。
「もう、しません。二度と。絶対に」
決然と宣言すると、ロッティは緑の瞳をまんまるに見開いた。ややあって、おかしそうに頬をゆるめる。
「……っ」
「フィルさんは……温かい、ひとですね」
こんなに格好いいのに、地味でうすのろな私のことまで気遣ってくれるから。
そう言ってくすぐったそうに笑うロッティに、フィルは言葉を失った。彼女のやわらかな笑顔に、思考停止してただ見惚れる。
(かわいい……)
大変だ。
どうやら自分は、脳内にまで花が生えてきてしまったらしい。
冷静に己を分析しつつも、まあいいか、とフィルは苦笑する。
――何せ、自分はロッティの『花の騎士様』なのだから。
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