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12.新たな風
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フィルからの手紙を手に、ロッティは蒼白になっていた。
手紙を凝視したまま硬直する彼女を眺め、カイは怪訝そうに眉をひそめる。
(なんだぁ……?)
ロッティの家から一歩出た瞬間、カイは軒先に置かれていた花束を発見した。屈み込んで拾い上げたところで、王立騎士団の紋章入りの封筒にも気が付いた。
すぐさま取って返してロッティに贈り物を手渡すと、彼女は至極嬉しげに頬を染めた。ためつすがめつ封筒を眺め、「本当に返事が来たぁ……!」と思いっきり破顔したのだ。
その常と違うロッティの様子に、カイの胸に不思議な思いが去来した。寂しいような、切ないような……。
そう、例えて言うならば――引きこもりで引っ込み思案で人見知りで手の掛かる妹が、顔が良くて気障ったらしいチャラい男に言い寄られ、まあこれも人生経験のうちだと口出しせずに見守っていたら、いつの間にか妹がチャラ男に心を許してしまってやべぇぞどうしようああ心配だ――そんな感覚。
(……いや、全っ然例えてねぇな)
己に突っ込みを入れつつ、カイは注意深くロッティを観察する。
ロッティは封筒を丁寧に開封すると、目を輝かせて中の手紙を読み始めた。視線がすっすっと左右を往復し……ある一点で、ぴたりと動きを止める。
――そうして、みるみる色を失ったのだ。
「……ロッティ? どうした、騎士サマは何て言ってんだ?」
恐る恐る歩み寄ったカイが額を弾くと、ロッティはやっと身じろぎした。ぎくしゃくと顔を上げ、すがるようにカイの腕を掴む。
「どどど、どうしようカイさん……っ。私、私――……っ」
「どうした?」
泣き出しそうに顔を歪めるロッティに、カイの胸に今度は怒りが湧き上がる。あのチャラ男、一体コイツに何を言いやがった?
ロッティの手がカイの腕から力なく落ちて、彼女はそのままずりずりと床にへたり込んだ。涙目でカイを見上げる。
「どうしよう……。私っ、キラキラしたドレスなんか一着だって持ってませんっ! そもそも私なんかに似合うはずもないしっ!!」
「……は?」
カイの目が点になった。
***
つまり、こういうことだった。
「フィルさん――……あ。フィルさんっていうのは、あの格好いい騎士さんのお名前なんですけど」
「いや知っとるわ。最初にちゃんと名乗ってただろーが」
速攻で突っ込むと、ロッティは視線を泳がせた。……どうやらあの男の名を忘れていたらしい。
カイが大仰にため息をつく。
「お前ってホント世間の噂話に疎いよなぁ。フィル・ウォーカーといえば、王都のちょっとした有名人なんだぜ?」
「そうなんですかっ?」
驚愕するロッティに、カイはあっさりと首肯した。
……とはいうものの、カイもフィルの顔までは知らなかった。だから初めて彼に会った時は、名を教えてもらうまで一切気が付かなかったのだが。
都合の悪いことは黙っておくことにして、カイは偉そうにふんぞり返る。
「あの男はな。王立騎士団所属のエリートにして、国内随一と名高い港町、レグスを拠点とする貿易商の御曹司なんだよ。地位も金も持っていて、オマケにあの容姿だろ。下心込みの隠れファンが相当数いるって話だぜ」
「へ、へぇ……。さすが、美形さんは違いますね……?」
ロッティが顔を引きつらせた。
やはりあの男が苦手なことに変わりはないらしい、と察したカイはなんとなく安堵する。
ロッティは困ったように眉を下げると、コホンと空咳した。
「と、とにかく。……フィルさんは、まずは魔石を贈るお相手さんに私を紹介したいって言うんです。そうしたら事情を話すから、と」
「ふぅん? ならまあ、会うだけ会ってみりゃいいじゃねぇか」
気楽に返したカイに、ロッティは激しく首を横に振る。だって、と叫んでフィルの手紙をカイの鼻先に突きつけた。
いや読んでいいのかよ、とあきれ返りつつ、カイは手紙にざっと目を通す。最後の「フィル・ウォーカーより」という署名まで読み終え、ようやくロッティが青くなった理由が飲み込めた。
じわじわと笑いが込み上げてくる。
「あのなぁ。一昔前じゃあるまいし、気合いの入ったドレスなんざ着る必要はねぇって。今や庶民に大人気な娯楽のひとつなんだからよ」
からかうように告げたものの、ロッティは全く聞く耳を持たなかった。フードからこぼれる長い前髪を揺らし、頑なに首を振り続ける。
「それでも、それでもっ。多少はお洒落する必要があるはずですっ。この真っ黒いローブってわけにはいきませんっ」
(……まあ、確かに)
カイは胸の中で独り言ちた。
ロッティの懸念する通り、このもっさりしたローブであんな華やかな場所に出掛けようものなら、きっとひどく浮いてしまうに違いない。しかし、だからと言って――
「……キラッキラしたドレスはドレスで悪目立ちすると思うぜ? どんだけ張り切ってんだよ、ってな」
「じゃあ何を着ろって言うんですかぁっ!?」
なぜか逆ギレしてくる彼女に、カイはとうとう堪えきれずに噴き出した。
カイとしては、あのチャラ男に思うところは色々ある。
けれど代わり映えしないロッティの毎日に、彼が新たな風を吹き込んでくれたと考えるのならば――この縁も、そう悪いものではないのかもしれない。
朗らかな笑い声を立てながら、カイはロッティの首根っこを鷲掴みにする。目を丸くする彼女ににやりと笑いかけた。
「お客さん、我がオールディス商会は女物の服飾店だって経営しておりますぜ。よかったらオレが直々にご案内いたしやしょう」
「えええっ!? むむむむりっ無理です! 私なんかにそんな敷居の高いお店はぁぁぁっ!?」
じたばたと抵抗するロッティを押さえつけ、問答無用で引っ立てる。
先程までの焦燥感は鳴りを潜め、なぜか今度はひどく楽しい気分になってきた。泣き声を上げる彼女を、カイは鼻歌交じりで振り返る。
「まずは床屋だ。そのうっとうしい髪をどうにかするぞ」
「ややや嫌ですぅ~! この前髪がないと顔を隠せなっ」
――バタン
無情に閉まった扉が、宝玉の魔女の悲鳴を掻き消した。
手紙を凝視したまま硬直する彼女を眺め、カイは怪訝そうに眉をひそめる。
(なんだぁ……?)
ロッティの家から一歩出た瞬間、カイは軒先に置かれていた花束を発見した。屈み込んで拾い上げたところで、王立騎士団の紋章入りの封筒にも気が付いた。
すぐさま取って返してロッティに贈り物を手渡すと、彼女は至極嬉しげに頬を染めた。ためつすがめつ封筒を眺め、「本当に返事が来たぁ……!」と思いっきり破顔したのだ。
その常と違うロッティの様子に、カイの胸に不思議な思いが去来した。寂しいような、切ないような……。
そう、例えて言うならば――引きこもりで引っ込み思案で人見知りで手の掛かる妹が、顔が良くて気障ったらしいチャラい男に言い寄られ、まあこれも人生経験のうちだと口出しせずに見守っていたら、いつの間にか妹がチャラ男に心を許してしまってやべぇぞどうしようああ心配だ――そんな感覚。
(……いや、全っ然例えてねぇな)
己に突っ込みを入れつつ、カイは注意深くロッティを観察する。
ロッティは封筒を丁寧に開封すると、目を輝かせて中の手紙を読み始めた。視線がすっすっと左右を往復し……ある一点で、ぴたりと動きを止める。
――そうして、みるみる色を失ったのだ。
「……ロッティ? どうした、騎士サマは何て言ってんだ?」
恐る恐る歩み寄ったカイが額を弾くと、ロッティはやっと身じろぎした。ぎくしゃくと顔を上げ、すがるようにカイの腕を掴む。
「どどど、どうしようカイさん……っ。私、私――……っ」
「どうした?」
泣き出しそうに顔を歪めるロッティに、カイの胸に今度は怒りが湧き上がる。あのチャラ男、一体コイツに何を言いやがった?
ロッティの手がカイの腕から力なく落ちて、彼女はそのままずりずりと床にへたり込んだ。涙目でカイを見上げる。
「どうしよう……。私っ、キラキラしたドレスなんか一着だって持ってませんっ! そもそも私なんかに似合うはずもないしっ!!」
「……は?」
カイの目が点になった。
***
つまり、こういうことだった。
「フィルさん――……あ。フィルさんっていうのは、あの格好いい騎士さんのお名前なんですけど」
「いや知っとるわ。最初にちゃんと名乗ってただろーが」
速攻で突っ込むと、ロッティは視線を泳がせた。……どうやらあの男の名を忘れていたらしい。
カイが大仰にため息をつく。
「お前ってホント世間の噂話に疎いよなぁ。フィル・ウォーカーといえば、王都のちょっとした有名人なんだぜ?」
「そうなんですかっ?」
驚愕するロッティに、カイはあっさりと首肯した。
……とはいうものの、カイもフィルの顔までは知らなかった。だから初めて彼に会った時は、名を教えてもらうまで一切気が付かなかったのだが。
都合の悪いことは黙っておくことにして、カイは偉そうにふんぞり返る。
「あの男はな。王立騎士団所属のエリートにして、国内随一と名高い港町、レグスを拠点とする貿易商の御曹司なんだよ。地位も金も持っていて、オマケにあの容姿だろ。下心込みの隠れファンが相当数いるって話だぜ」
「へ、へぇ……。さすが、美形さんは違いますね……?」
ロッティが顔を引きつらせた。
やはりあの男が苦手なことに変わりはないらしい、と察したカイはなんとなく安堵する。
ロッティは困ったように眉を下げると、コホンと空咳した。
「と、とにかく。……フィルさんは、まずは魔石を贈るお相手さんに私を紹介したいって言うんです。そうしたら事情を話すから、と」
「ふぅん? ならまあ、会うだけ会ってみりゃいいじゃねぇか」
気楽に返したカイに、ロッティは激しく首を横に振る。だって、と叫んでフィルの手紙をカイの鼻先に突きつけた。
いや読んでいいのかよ、とあきれ返りつつ、カイは手紙にざっと目を通す。最後の「フィル・ウォーカーより」という署名まで読み終え、ようやくロッティが青くなった理由が飲み込めた。
じわじわと笑いが込み上げてくる。
「あのなぁ。一昔前じゃあるまいし、気合いの入ったドレスなんざ着る必要はねぇって。今や庶民に大人気な娯楽のひとつなんだからよ」
からかうように告げたものの、ロッティは全く聞く耳を持たなかった。フードからこぼれる長い前髪を揺らし、頑なに首を振り続ける。
「それでも、それでもっ。多少はお洒落する必要があるはずですっ。この真っ黒いローブってわけにはいきませんっ」
(……まあ、確かに)
カイは胸の中で独り言ちた。
ロッティの懸念する通り、このもっさりしたローブであんな華やかな場所に出掛けようものなら、きっとひどく浮いてしまうに違いない。しかし、だからと言って――
「……キラッキラしたドレスはドレスで悪目立ちすると思うぜ? どんだけ張り切ってんだよ、ってな」
「じゃあ何を着ろって言うんですかぁっ!?」
なぜか逆ギレしてくる彼女に、カイはとうとう堪えきれずに噴き出した。
カイとしては、あのチャラ男に思うところは色々ある。
けれど代わり映えしないロッティの毎日に、彼が新たな風を吹き込んでくれたと考えるのならば――この縁も、そう悪いものではないのかもしれない。
朗らかな笑い声を立てながら、カイはロッティの首根っこを鷲掴みにする。目を丸くする彼女ににやりと笑いかけた。
「お客さん、我がオールディス商会は女物の服飾店だって経営しておりますぜ。よかったらオレが直々にご案内いたしやしょう」
「えええっ!? むむむむりっ無理です! 私なんかにそんな敷居の高いお店はぁぁぁっ!?」
じたばたと抵抗するロッティを押さえつけ、問答無用で引っ立てる。
先程までの焦燥感は鳴りを潜め、なぜか今度はひどく楽しい気分になってきた。泣き声を上げる彼女を、カイは鼻歌交じりで振り返る。
「まずは床屋だ。そのうっとうしい髪をどうにかするぞ」
「ややや嫌ですぅ~! この前髪がないと顔を隠せなっ」
――バタン
無情に閉まった扉が、宝玉の魔女の悲鳴を掻き消した。
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