引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

文字の大きさ
上 下
11 / 70

11.恋なのか、恋じゃないのか

しおりを挟む
 騎士団本部の食堂で、フィルはぼんやりと頬杖をついていた。

 ざわざわと騒がしい中、壁際のこの席だけはひっそりとしている。
 先程から目の前の皿を力なくつつくばかりで、食欲はちっとも湧いてこなかった。大食の部類に入る自分としては、こんなことは珍しい。

「――ここ、構わないか」

 はっと顔を上げると、頬に傷跡のある大男がフィルを見下ろしていた。フィルの返事も待たずに昼食の盆を置くと、無言で向かいに腰掛ける。

 男はフィルと同じ第三師団に所属する騎士だった。フィルは小さく吐息をつき、目の前の男をめつける。

「まだ良いとは言っていないのだが?」

「随分と呆けているようだったから。気に障ったのなら謝罪する」

 スプーンを持ちかけた手を止めて、男はきっちり直角に頭を下げた。謹厳実直を絵に描いたような男に、フィルは束の間絶句してしまう。

 ――バート・オルグレン

 確かフィルと同じ二十四歳だったはずだが、そうは思えないほどこの男は老成していた。ものに動じない落ち着きはらった態度に、必要最低限しかしゃべらない無口な騎士。

 きちんと背筋を伸ばして食事を取るバートを、フィルは見るともなく眺めた。

「……何か」

 不意にバートが口を開き、どきりとする。
 さすがに無遠慮だったかと反省し、軽く頭を下げた。

「ああ、すまな――」

「何か、悩みでもあるのではないか」

 鋭い瞳でじっと見つめられ、フィルは硬直してしまう。誤魔化そうともごもご口を開きかけ――結局言葉が見つからずに、がっくりと項垂れた。

 俯くフィルに、バートは訥々とつとつと語りかける。

「フィル。君は午前の訓練でもうわの空だった。俺で力になれることならば、何でも言ってくれ」

 真摯な言葉には、彼の誠実な人柄が溢れていた。フィルはしばしためらって――ようやっと、口を開いた。

 思えば、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

 自分が生まれて初めて陥っている、この訳のわからない状況を。



 ***


「……そうか。話してくれて、ありがとう」

 伏せていた目を上げ、バートはじっとフィルを見つめた。
 居心地悪く視線を泳がせるフィルに、腕組みしてきっぱりと宣言する。

「結論から述べるのならば――君は、宝玉の魔女に恋をしているのだと思う」

「恋っ!?」

 フィルが素っ頓狂な叫び声を上げた。
 あわあわと口を開け閉めするフィルを無表情に眺め、バートは大きく頷いた。

「手紙を貰って嬉しかったのだろう。返事を書く時に心が躍ったのだろう。――それはすなわち、恋だ」

「恋……!」

 馬鹿みたいに繰り返すだけのフィルに、バートは辛抱強く頷き続ける。フィルの頭は大混乱だった。

(恋……!? この僕が、あの魔女に……!?)

 自分のこの美しい顔を災害呼ばわりする、あの魔女に。
 微笑みかけたら悲鳴を上げる、あの魔女に。
 せっかく花を贈っても鍋に飾るばかりの、あの魔女に――!?

 テーブルに突っ伏すフィルの頭上に、バートの落ち着いた声が降ってくる。

「俺にはわかる。妻にまだ片思いしていた頃の俺も、そうだったからな」

「つまっ!?」

 ガバリと顔を上げると、バートはやはり無表情のまま首肯した。

「幼馴染みなんだ。口説いて口説いて、やっと受け入れてもらった」

「…………」

 この騎士にそんな情熱的な一面があったとは。

 驚愕しつつも、フィルはどこかで安堵も感じていた。
 この無骨な男ですら予想外な行動を取ってしまう、それが恋。ならば、百戦錬磨のフィルが多少みっともない行動を取ってしまっても、それも仕方ないのではないか?

(そうか、恋……)

 宝玉の魔女と出会ってからずっと頭を覆っていたもやが消え、フィルの気持ちは晴れ晴れとしてきた。

 探るように自分を見ているバートに笑いかける。

「いや、ありがとう。お陰で悩みが晴れたよ」

「そうか。力になれたのならば、よかった」

 ふっと口角を上げる彼に、フィルは心から感謝する。
 昼食の盆を持って立ち上がった。

「納得したよ。……実は、彼女は人参を丸かじりして朝食にしていたこともあってね。健康が心配だと昨日は食事を差し入れようとしたんだが、それも全て恋のせいだったんだな」

 次にロッティの家を訪ねる時は、花と一緒に美味しい食事も持っていこう。

 心に決めて微笑んだところで、バートが思いっきり首をひねっているのに気が付いた。目を丸くして彼を見下ろす。

「バート?」

「フィル。……それはやはり、恋ではないかもしれない」

「えええっ!?」

 ガッシャンとけたたましい音を立てて盆を置き、大急ぎで椅子に戻る。身を乗り出して食い入るように見つめると、バートは静かに頷いた。

「人参の丸かじり。それは、確かに心配だ。……それは恋ではなく、母性本能だな」

「…………」

 いや、僕は男だ。

 あきれ果てて突っ込むと、「父性本能と言い換えても構わない」と静かに返された。

「要は、突拍子もない行動を取る子供を心配しているだけだ。それでは、とても恋とは言えない」

「だっ、だが……!」

 なぜかフィルはムキになって言い募る。

「僕は、ロッティが別の男に笑いかけていると胸が苦しくなるんだ! それも父性本能だと言うのか!?」

「別の、男……」

 無表情に繰り返すと、バートは再び真剣な眼差しをフィルに向けた。しばし間を置き、力強く手を差し伸べる。

「――それは、恋だ」

「やはり、恋……!」

 がっちりと握手を交わした。
 静かに感動するフィルに、またもバートが首を傾げた。

「だが、娘につく悪い虫を心配しているとするならば……。それは、恋ではない」

「…………」

 いやだからどっちだよ!!

 フィルの絶叫が食堂に木霊する。

 恋なのか、恋じゃないのか。
 残念ながら、この日のうちに結論は出なかった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」

21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」 そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。 理由は簡単――新たな愛を見つけたから。 (まあ、よくある話よね) 私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。 むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を―― そう思っていたのに。 「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」 「これで、ようやく君を手に入れられる」 王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。 それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると―― 「君を奪う者は、例外なく排除する」 と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!? (ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!) 冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。 ……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!? 自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」

ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」 美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。 夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。 さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。 政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。 「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」 果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...