引きこもり魔女と花の騎士

和島逆

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8.揺らぐ心

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「――ってな事があったわけだ。……悪かったな。やっぱあの時、オレの一存で断っとくべきだったのもしれねぇわ」

「………」

 一言も口を挟むことなく、ロッティはカイの説明を聞き終えた。
 口をぽかんと開きっぱなしの彼女を、カイは情けなそうに眉を下げて窺った。彼にしては珍しいその表情に、ロッティは慌てて笑顔を作る。

「そ、そうだったんですねっ。守銭奴のカイさんにしてはらしくない行動だなぁ、ってずっと不思議に思ってたんです!」

「誰が守銭奴だ誰がっ! オレはただお前の魔石を安売りして、不当に価値を下げたくないだけだっつの!」

 べしっとデコピンされてロッティはのけ反った。
 じんじん痛むおでこを押さえ、目を丸くしてカイを見上げる。

「価値を……下げたく、ない?」

 しまった、というように顔をしかめたカイは、己の短髪を荒っぽく掻きむしった。ロッティから目を逸らし、ぶっきらぼうに口を開く。

「魔力を込めるにはそれなりの時間がかかるんだ。しかもお前は凝り性で、魔石に対する愛情も深いだろ? それ相応の値段をつけりゃあ客の選別になるし、お前の懐も潤う。納品に追われることもなく、ひとつひとつの魔石に気の済むまで時間をかけられるってもんだ」

「そう……、だったんですね……」

 わざと怒ったような口調でまくし立てるカイに、ロッティの胸がじんわりと温かくなる。

 粗暴に見えて、カイには意外とこういうところがある。
 初めて出会った時は自分と全く別の人種だと敬遠していたが、カイの優しさ、そして細やかな気配りを知ってからは急速に打ち解けた。嬉しさにだらしなく頬がゆるむ。

「えへへ、ありがとうございますっ」

「……別に。お前のためだけじゃなく、ウチにとっても商売だからな」

 ――そう、商売だから。

 呻くように繰り返すと、カイは忌々しげに舌打ちした。肩を跳ねさせるロッティを、鋭く睨み据える。

「あの騎士サマの言葉を、オレは完全には否定できなかったんだ。お前の唯一の友人って立場を使って、お前の魔石を独占してる、ってな」

「そんなっ」

 悲鳴のような声を上げ、ロッティは首を激しく横に振った。カイの腕をきつく握り締め、必死で彼を見上げる。

「私の魔石が有名になったのは、全部カイさんのお陰ですっ。商会とのやり取りだって魔石の細工だって、カイさんがいなければ何もできないもの……!」

「ロッティ……」

 苦しげに息を吐く彼を、ロッティは涙目で揺さぶった。

「あと、唯一じゃないですっ。私にだって他の友達もいますっ」

「ウソつけっ!」

 即座に一蹴すると、カイは楽しげに声を立てて笑い出す。ロッティの腕を外し、にやにやと彼女を見下ろした。

「ま、そんなわけで。あの騎士サマの好きにさせることになっちまったわけだが、結果的には良かったかもとも思ってたんだよ。強制的とはいえ、お前がオレ以外の人間と付き合うだなんて滅多にねぇから」

 絶句するロッティに、「それに」と含み笑いして続ける。

「あの騎士サマの高い鼻っ柱が折られんのも、見てて小気味よかったしな」

「……高い、鼻っ柱?」

 が、折られる?

 確かにフィルの鼻筋はすっと通って高いけれど、ロッティに彼の顔面を殴りつけた覚えなどない。首をひねっていると、カイがさばさばした表情で立ち上がった。

「約束した以上は仕方ねぇと思って傍観してたが、もうそろそろ潮時だろ。お前の代わりに、オレがあの騎士サマに会いに行って――」

「だっ、駄目です!」

 ロッティは扉の前に立ちはだかって、今にも出て行こうとするカイを通せんぼした。小さな体で精一杯爪先立ちして、しゃにむにかぶりを振る。

「私、私が自分で行きますっ。騎士さんに、ちゃんと話を聞いて――魔石を作るために!」

 カイが眉をひそめた。怒らせてしまったかと怯みそうになりながら、それでも必死になって言い募る。

「わ、我ながら言うことがコロコロ変わってる自覚はありますけど……っ。騎士さんの事情も知らずに断るのは、やっぱりどうかと思ったのでっ」

「……いや。お前がそう決めたんなら、オレは別に構わねぇんだけどよ……」

 まじまじとロッティを見つめると、カイはおかしそうに口角を上げた。ロッティのつむじを指でつんとつつく。

「王立騎士団の本部なんざ、エリート騎士の巣窟だぜぇ? お前、一人で乗り込めんのかぁ?」

「ぅえええええっ!?」

(エリートの……巣窟……!?)

 と、いうことは。

 フィル並みにきらきらして自信満々で、強くて格好良くて自信満々で、洗練された立ち居振る舞いで自信満々で、口がうまくて自信満々な人々であふれ返っているのだろう。貧相でみすぼらしいロッティなんか、きっと激しく浮いてしまうに違いない。

「……ま、いい傾向なんじゃねぇの? せいぜい頑張ってこいよ。そういうことなら、オレはもう帰――」

「駄目ですううううっ!! カイさんも付いてきてくださぁぁぁぁいっ!!!」

 即座にロッティが死にものぐるいで縋りついてくる。予想通りの反応に、こっそり横を向いて失笑するカイであった。



 ***


 王立騎士団の本部は、王都のちょうどど真ん中にある。

 石造りの重厚な建物は、まるでロッティを威圧するかのように天高くそびえ立っていた。硬質でどこかよそよそしく、まるで「部外者立入禁止」と冷ややかに拒絶されたような気分になる。

 ごくり、と喉を上下させるロッティを、カイが腕組みして見下ろした。

「んじゃま、特攻してこいー。オレはここで待ってるからよー」

 骨は拾ってやるからな、なんて呑気な声で告げられて。

 ロッティはみるみる蒼白になると、カイの背中に脱兎のごとく逃げ込んだ。ふるふる震えながら、彼の背中を何度も叩く。

「駄目です、盾がないと歩けませんっ!」

「盾なら自分で持ってみろや。オレは歩かねぇぞ」

 宣言通り両足を踏ん張ってしまったカイを、ロッティはうんうん唸りながら一生懸命に押した。全体重を掛けてもびくともしない彼に、あっという間に体力が尽きてしまう。

「も、もういい、です……。ひとりで、行きます……」

 ぜえぜえと息を吐き、勇気を出してカイの前に出た。ヒュウッと囃すような口笛が背後から聞こえたが、無視して力強く一歩を踏み出す。

 長い前髪の隙間から、立派な門扉を睨むように見据えて――

(………むりっ!)

 すぐさまカイの背中に出戻った。
 カイがあきれ果てたようにロッティを振り返る。

「お前なぁ……」

「だだだだって、どう考えても私には不可能ですっ!」

 ぶんぶんと首を振り、ロッティはすばやく回れ右をした。途端にはっと閃く。

「そうだ、手紙……! 騎士さんに手紙を書くことにしますっ。またうちに来てくださいって。お話がしたいんですって!」

 名案を思い付いたと顔を輝かせる彼女に、「せっかくここまで来ておいてそれかよ……」とカイが嘆息した。

 それでもロッティはもう心を決めてしまったようで、うきうきと来た道を戻り始める。さっきまでと打って変わって弾む足取りに苦笑して、カイもさっさと踵を返した。

「ま、お前にしては大きな一歩かもな。……頑張った褒美に菓子でも買ってやろうか?」

「もうっ。子供扱いしないでくださいっ」

 賑やかに騒ぎながら騎士団本部を後にする。

 ――ロッティもカイも気付いていなかった。

 建物の中から、彼らの姿をじっと観察する騎士の姿があったことを。
 そして、水の魔石に似た彼の青い瞳が、まるで小石が投じられたかのように揺れていたことを。
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