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最終章

第81話 未来に向かって。

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 上半身にぴったりと合った純白のドレス。
 スカートのひだは幾重にも重なって、足元に向かってやわらかく流れていく。少し動くたびに光沢のあるスカートが揺れて、さらさらと衣擦れの音を立てた。

 こぼれんばかりの笑みを振りまき、兄夫妻を振り返る。

「どうかしらっ?」

「ああ、リリアーナ……っ」

 感極まって目頭を押さえるレナード兄の隣で、義姉のドーラ様が私の全身をじろじろと無遠慮に眺め回した。眉根を寄せて私のスカートに軽く触れる。

「随分と軽めの生地なんですわね。もう少し装飾が豪華で重みのある方が、格式高くてよろしいんじゃありません?」

「これでいいんですっ。ランダールはおおらかなお国柄なんですもの。わたくし、お国流に従いますの」

 ツンと澄まして宣言すれば、とうとう兄が涙をこぼした。「あのぐうたらなリリアーナが、なんと立派になって……!」ふふん、もっと褒めてくれてもよろしくてよ。

 むせび泣く兄の腕に、上機嫌で手を掛けた。これから兄にエスコートしてもらい、精霊廟に向かうことになっている。

 ドーラ様も慌てたように私達の後に続く。

「ガイウス陛下はもう精霊廟でお待ちなのでしょう?」

「ええ。日付が変わった早朝からずっと、おひとりで祈りを捧げ続けているのですって」

 自室の扉を開けた瞬間、わっと割れんばかりの拍手に出迎えられた。エリオットとディアドラ、イアンにメイベルにハロルドと、お馴染みの面々が勢ぞろいしている。

 エリオットが優雅に辞儀をした。

「リリアーナ様。本日は誠におめでとうございま」
「べっぴんだなリリアーナ! きっとガイウスも度肝を抜かれるに違いない!」
「うおお姫さんっ、うまいこと本性を隠せてんなぁ!」

 挨拶の邪魔をされたエリオットが、顔をしかめてディアドラとイアンの額を弾く。そのまま説教に突入したのに苦笑しつつ、メイベルがしずしずと進み出た。

「リリアーナ殿下。無事に今日という日を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げます」

「ワタシからも祝いの言葉を。後ほど太鼓でお二人の門出を称えましょうぞ!」

 ハロルドも声を弾ませる。

 嬉しさに言葉を詰まらせながらも、笑顔で友人達を見回した。しとやかに礼を取る。

「皆さん、本当にありがとう。どうかこれからも、私達のことをよろしくお願いします」

 再び拍手に包まれて、レナード兄と笑みを交わし合った。
 後ろに続く皆を引き連れて、王城の長い廊下を突き進む。

「姫ちゃーん、美人に磨きがかかってるよーっ!」

「おめでとう、リリアーナ姫。祝いのケーキを期待しておいてくれ。腕によりをかけたからな」

 料理長のデニス、副料理長のヴィー君がコック姿のまま大きく手を振った。私も彼らに手を振り返し、スカートをつまんで気取って微笑む。

「ふふっ、ありがとう。楽しみにしているわね」

 精霊廟まであと少し、というところで廊下の窓がスパンと開いた。

「お姫様ぁーっ! おめでとうなぁ……っ、くうぅっ!」

 窓から身を乗り出して、髭もじゃの庭師サイラスが男泣きに泣いている。その後ろでは『精霊の手』のおじいさんが、柔和な眼差しを私に向けて頭を下げた。

「ありがとう! パーティにもぜひ参加してね!」

 二人に叫び返して歩を進める。

 道々、王城の皆からたくさんの祝福をもらった。胸がいっぱいになって泣き出しそうになる私を、レナード兄が優しく見つめる。

「随分と馴染んだのだな、リリアーナ」

「……ええ。皆、いいひとばかりなんですもの」

 鼻をすすって答え、ようやく足を止めた。

 辿り着いた精霊廟の重厚な扉の前で、何度も深呼吸を繰り返す。気持ちを落ち着けてから、事前に聞いていた挨拶の口上を皆に述べる。

「皆様、ありがとうございました。それではこれより、わたくしとガイウス陛下は婚姻の儀に臨みます」

「ああ。広間で待っているぞ、リリアーナ」

 目に涙を浮かべたレナード兄がしっかりと頷き、私の耳に顔を寄せる。

「……セシルは、間に合わなかったようだな?」

「あら、まだわかりませんよ? ご馳走の匂いに惹かれて、パーティの最中にやって来るかも」

 ガイウス陛下のお父様もね。

 いたずらっぽく舌を出すと、兄も喉の奥でくくっと笑い声を立てた。去っていく皆の背中を見送って、長いスカートを揺らして振り返る。

 紋様の彫り込まれた、大きな扉をじっと見つめた。お気に入りの場所なのに、なぜだか今日は他人みたいによそよそしく感じる。

 緊張に強ばった腕を持ち上げて、閉ざされた扉に手を掛けた。細く開いた隙間から、眩しい光が差し込んでくる――……



***


 花畑の真ん中に立っていた人影が、扉の開く音を聞きつけてゆっくりと振り返った。
 私を認めて、金茶色の髪を揺らして優しく笑む。しかしすぐにその頬を赤く染め、すっと視線を逸らしてしまった。

 俯き加減に私に歩み寄り、おずおずと手を差し伸べる。

「その……。すごく、綺麗だ。リリアーナ……」

「ありがとう。あなたもとっても素敵よ?」

 気恥ずかしく笑い合い、そっと腕を絡めた。

 今日の彼は詰め襟の真っ白な礼服を身に着けていて、惚れ惚れするほど格好良い。腕を組んで歩き出せば、裏地が真紅のマントがふわりとなびいた。

 くすくす笑って彼を見上げる。

「人型でよろしいんですか、ガイウス陛下? せっかくの礼服を破いたら駄目ですよ?」

 ぎくりと肩を揺らした彼は、咳払いして大きく胸を張った。

「問題無い。……それに、着替えはちゃんと用意してある。儀式が終われば獅子に戻るし……そのう、エリオットが念のため用意しておけと言うから……」

 もじもじと言葉を濁す彼に瞬きして、廟の入口を振り返る。そこには陛下の言葉通り、一回り以上大きな礼服がきちんと畳んで置かれていた。

「なるほど、これなら安心です。それじゃあ仕上げに――……」

 二人で花畑に進み、フィオナの花を優しく摘み取った。ガイウス陛下の礼服のポケットに、白く輝く花を丁寧に挿す。

「ありがとう、リリアーナ」

 今度はガイウス陛下が一輪摘んで、私の耳元に飾りつけた。手探りでなめらかな花弁をなぞり、じっと目を閉じる。

「……不思議な気持ち。フィオナ女王陛下は喜んでくださっているかしら?」

「勿論だ」

 即座に力強く請け合って、「リリアーナ、これもだ」とガイウス陛下が手作りらしきブーケを差し出した。可愛らしいそれを受け取って、そっと胸に抱き締める。

「すてき。陛下ってば本当に器用だわ」

 もう一度腕を絡め、歩調を合わせて最奥の階段を登る。ここに何度も二人並んで腰掛けたっけ。

 寂しいような、切ないような気持ちがなぜか突然こみ上げてくる。涙がこぼれそうになりながら、必死になって陛下を見上げた。

「ねえ、ガイウス陛下。私達、これからも精霊廟でたくさん一緒に過ごしましょうね? 他愛もないおしゃべりをして、笑い合って――」

 唇を震わせる私を見返して、ガイウス陛下がふわりと微笑んだ。陛下の腕に絡めていた私の手を外し、ぎゅっと力強く繋いでくれる。

「それから花畑に寝転んで、二人並んでぐうぐう昼寝もしよう。コハクが遊びに来て、三人になる日もあるだろうな。……この上なく、楽しみだ」

「……っ。そうね、そうよね……!」

 共に歩む未来を思い、温かな視線を交わし合う。
 二人手を重ね、境界の箱庭に続く扉をゆっくりと開いた。
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