上 下
69 / 87
最終章

第68話 大樹に実るは。

しおりを挟む
「コハクーーーッ! どこー? お願いだから出てきてーーー!!」

「違う、違うぞリリアーナ」

 精霊廟へと全速力でやって来た私達は、うろうろと動き回りながらコハクの姿を探した。
 私は必死なのに、なぜかガイウス陛下が大真面目な顔で激しくかぶりを振る。

「コハクじゃない。あの子の名前は、き」
「うわわわわわッ!?」

 最奥の扉から、慌てふためいたコハクが出てきた。もちろん彼の姿はガイウス陛下には見えていないものの、ほっとして彼に駆け寄る。

「コハク! よかっ――」
「リリアーナ! 名前だけは絶対に聞いちゃ駄目! もし聞いたら絶交だからね!?」

 鼻息荒く吐き捨てて、コハクはまた扉に消えてしまった。……えぇと。うん、意外と元気そうで安心したわ。

 笑顔で陛下を振り返る。

「名前を聞いたら絶交だからねって」

「えっ!?……そ、そうか……。やっぱり、あの名前はおかしかったか……」

 実は俺も薄々、そうじゃないかとは思っていたんだ。

 しょんぼりとおひげを垂らす陛下を撫で撫でして慰めて、急ぎ最奥の扉を開く。箱庭へと二人同時に足を踏み出した。

「き……じゃなかった。どうだ、コハクはいるか?」

「ううん、また隠れちゃったみたい」

 きょろきょろと辺りを見回しながら、コハクの名前を連呼する。

「き……じゃなくてコハクーーー?」

「き……ではなくコハク! どうか姿を見せてくれっ」

 悲痛な声を上げつつ、ガイウス陛下が一直線に奥へと走る。
 噴水に手を突っ込んでばしゃばしゃとかき混ぜる動きに合わせ、お尻の長いしっぽも一緒になってぐるぐる目まぐるしく回った。

「……さすがに水の中に隠れたりはしないんだけど」

 ぶすくれた声が聞こえ、咄嗟に振り返る。
 唇を尖らせたコハクが、拗ねたように芝生に座り込んでいた。

「コハクっ」

「しぃーっ、リリアーナ。もう少しだけ黙ってて」

 私を制して、噴水の中に顔を突っ込もうとするガイウス陛下の背中をじっと見つめる。うさぎ耳をぴくぴく揺らして、嬉しげに私を見上げた。

「見て、ガイウスってばあんなに必死になっちゃって。……こんなことなら、もっと早くに僕のことを教えてもらえばよかったなぁ」

 惜しいことしちゃった、とのんきな顔で呟く彼にずっこける。た、楽しそうで何よりです……。

 私も彼の横に座り込み、とんと肩をぶつけた。

「ガイウス陛下、あなたのことを知ってとても驚いていたわ。……でもね」

 長いうさぎ耳に顔を寄せる。

「精霊の実のこと、何も覚えていないの。おかしいわよね?」

 道すがら大急ぎでコハクのことを説明したのに、ガイウス陛下は『精霊の実』の下りに関しては大いに首をひねっていた。食べさせた覚えどころか、精霊の実が生っていたことすら覚えていないという。

 困惑していると、ああ、とコハクがため息をついた。

「やっぱりね……。心当たりはあるよ」

 ガイウス陛下をちらりと確認して、私に向かって声をひそめる。

「先代王――ガイウスのお父さんが、ガイウスの記憶を上書きしちゃったんだよ」

「上書き?」

 オウム返しにする私にしかつめらしく頷いて、コハクは当時のことを教えてくれた。

 曰く、先代王は精霊の実が失われたことを知り、それはそれは仰天したらしい。
 このままでは真実を知った時、可愛い息子が大層傷つくことになる。己の軽率な行いを悔やみ、自分を責めるに違いない――……

 なんてことを考えたかどうかは定かではないけれど、先代王はそれから隠蔽工作に躍起になったという。

 幼いガイウス陛下が箱庭に立ち入るたびに嫌な顔をしてみせたり、大樹を見上げてこれみよがしに「精霊の実はお前のためには生らないみたいだなぁ」なんて嘆いてみせたり。
 コハクがこっそり覗いた限りでも、その回数は十や二十ではきかないという。

「ガイウスは単純……もとい、素直だからね。何度も言われるうちに、僕に精霊の実を食べさせたことを忘れちゃったんじゃないかなぁ」

「ああ~……。確かにガイウス陛下は単純……じゃなくて純真だものね」

 フォローのしようもなく、二人気の抜けた表情で笑い合う。お父様はお父様なりに、ガイウス陛下のことを慮ってくれていたということか。

 今度は大樹に突撃していくガイウス陛下をのほほんと観察していると、突然コハクが顔色を変えて起き上がった。

「リ、リリアーナッ! 早く彼を止めないとっ。大樹の根本の花が駄目になっちゃうよ!」

「あら。もしやもう芽が出たの?」

 のんきに聞き返しながら腰を上げる。

 ガイウス陛下に呼び掛けようとしたところで、陛下が大きなお口をぽかんと開けているに気が付いた。その視線は上方に釘付けだ。

「ガイウス陛下ー?」

「うわぁ……やっちゃった……」

 なぜだか隣のコハクが呻くような声を上げる。
 首を傾げつつ、急ぎガイウス陛下に合流した。

「陛下、どうかされました? コハクならもう見つかりましたよ?」

 彫像のように固まっていた陛下は、カクカクと四角張った動きで私を見る。そしてまたカクカクと顔を上げた。んん?

 コハクがぽんと私の肩を叩く。

「実はね、リリアーナ」

「リ、リリリリリアーナッ!」

「昨日、君が倒れたのは僕のせいなんだ。僕がひどく動揺したから……僕の魂と繋がってる君は、その影響をまともに受けてしまった」

「たたたた大変なんだっ。落ち着いて聞いてくれ!」

 コハクとガイウス陛下が同時にしゃべるものだから、頭が混乱してきた。目を白黒させつつ二人の顔を見比べる。

 大きな瞳を揺らしたコハクが、悲しげに嘆息した。

「ガイウスには、見つけてほしくなかった……。リリアーナにだけこっそり、伝えなくちゃと思っていたのに……」

 うなだれるコハクを撫でながら、訳もわからず大樹に歩み寄る。すかさず伸びてきた毛むくじゃらの腕が、軽々と私を抱き上げた。

「上を見てくれ、リリアーナ!」

「もう、そんなに慌ててどうし――…………え」

 先程までのガイウス陛下と同じく、私もぽかんと口を開ける。自分の目の前にあるものが信じられず、思考が一瞬停止した。

「う、そ……」

 大樹の枝にぶら下がるのは、青々とした小ぶりの果実。見た目はりんごにそっくりで、大きさと色こそ違うものの、その姿形には見覚えがあった。

(収穫祭で、貰った石と同じ……?)

「精霊の実だっリリアーナ! 大樹が実をつけてくれたんだ!」

 興奮しきりのガイウス陛下の声は、耳を素通りして消えてゆく。
 伏せたコハクの瞳から、ぽろりと涙がこぼれて落ちた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

こんな出来の悪い乙女ゲーなんてお断り!~婚約破棄された悪役令嬢に全てを奪われ不幸な少女になってしまったアラサー女子の大逆転幸福論~

釈 余白(しやく)
恋愛
 貴族の長女として生を受けたルルリラ・シル・アーマドリウスは、七歳の頃ブレパラディア王国第七皇子ハマルカイト・クルシュ・マカドレ・プレパラディアと婚姻の約束を交わした。やがて十二歳になり、二人は王国国立校であるフィナルスティア学園へと入学した。    学園では高度な学問や紳士淑女になるために必要なマナーはもちろん、過剰な階級意識や差別感情を持たぬよう厳しく教育される。そのため王族や貴族と同人数の平民を受け入れ、同等の教育を施すことで将来の従者候補者の養成を同時に行っていた。  学園入学後は様々な苦難が待ち受けている。決して一筋縄ではいかない日々を通じて立派な皇太子妃を目指そう。  こんなあらすじから始まる乙女ゲームでモブキャラのキャラクターボイスを担当した矢田恋(やた れん)は、主人公ルルリラとなってゲームを開始した。しかし進めて行くうちにトンデモないことに巻き込まれてしまう。  この物語は、悲運に見舞われた矢田恋が数々の苦難、試練を乗り越え、ハッピーエンドを迎えるために奔走する物語である。

2度目の人生は好きにやらせていただきます

みおな
恋愛
公爵令嬢アリスティアは、婚約者であるエリックに学園の卒業パーティーで冤罪で婚約破棄を言い渡され、そのまま処刑された。 そして目覚めた時、アリスティアは学園入学前に戻っていた。 今度こそは幸せになりたいと、アリスティアは婚約回避を目指すことにする。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...