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第三章

第49話 一年後の私達は?

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 閉ざされた扉の先には何があるのだろう。

 これまで精霊廟に来るたびに、幾度となくそう考えた。
 中に何があるか知りたい、入ってみたいといつだって興味津々だった。……けれど。

(……ガイウス陛下……)

 緊張しきりの彼の様子。嬉しいとか、楽しいとかいった感情は全く窺えない。
 強く牙を食いしばったその横顔は、まるで扉を威嚇しているみたいだ。

 コクリと唾を飲み込んで、強ばった彼の背中に手を伸ばした。陛下が弾かれたようにこちらを見る。

「あ、えぇと……。そこ、もしかして秘密の場所なんじゃないかしら。だったら無理されなくても大丈夫ですよ?」

 陛下の様子に気付かない振りをして、わざと朗らかに声を張り上げた。陛下は一瞬だけ硬直すると、「それは……」と苦しげに俯く。

「本来ならば、そうだ。……ここには、王族しか入れない決まりになっている」

「まあ、やっぱり。それじゃあ今日はよしておきましょう? 来年の……といっても明日からもう来年ですけど。とにかく、陛下と結婚してからのお楽しみにしておくわ!」

 手を叩いて宣言した途端、陛下が凍りついたように動きを止めた。おひげをピーンと張らせて、まんまるに目を見開く。えっ、何!?

 唖然として立ち尽くす私を置いてけぼりに、陛下は突然崩折れるように膝を突いた。えええっ?

「が、ガイウス陛下っ? 大丈夫ですか!?」

 大慌てで私もしゃがみ込む。
 たてがみをかき分けて覗き込もうとするも、抵抗するように顔を背けられてしまった。むっとして唇を尖らせる。

「もお陛下っ。私、何かおかしなことでも」

 抗議しようとしたところで、横顔からちょっぴり見えるおひげがぴすぴす動いているのに気が付いた。
 陛下はちらりと私を振り返り、またも明後日の方を向いてしまう。……んん?

(これって、もしかして……。照れてる、の?)

 私が――……


 ――結婚だなんて言ったから!?


 悟った途端、ぶわわわと顔が熱くなった。「ちっ、違うのっ」とほとばしるように叫び、陛下の肩をわっしわっしと激しく揺さぶる。

「だってだって! 来年の今頃には私達もう結婚してるんじゃないかなって! だってだって、私達婚約者だものっ。確かそうだったわよね私の勘違いじゃなく!?」

「…………」

 私の全力の揺さぶりに、陛下の巨体はびくともしない。突然私の手を取って立ち上がると、膝裏に腕を回してすくうように抱き上げた。

「きゃっ……?」

「そうだな。来年……来年は」

 もごもごと言いよどみ、至近距離から熱を宿した瞳で私を見つめる。

「君と俺は、家族になってる。……うん、絶対に間違いなく」

 恥ずかしそうに断言する彼を、ぽかんとして見返した。じわじわと笑いがこみ上げてきたものの、唇を引き結んでなんとかこらえる。

 陛下の温かな腕に抱き上げられたまま、気取った仕草ではしばみ色の髪をかき上げた。ツンと大きく顎を反らす。

「あら、まだ絶対ではないと思いますけど? これから先に何が起こるかなんて、誰にもわからないもの」

「えええええっ!!!?」

 大絶叫する彼をしかつめらしく見下ろし――すぐに耐えきれなくなって噴き出した。

 声を上げて笑いながら、彼の首にしがみつく。
 陛下も離れるまいとするように、力強く私を抱き締めた。

「……一年後。私達は何をしてると思う?」

 囁くように問いかけると、陛下はくすぐったそうに目を細めた。

「それは、勿論。――俺は毎日馬鹿みたいに仕事して、心配した君から怒られるんだ。休むのも仕事の内だと。私と一緒にお昼寝しましょう、と」

「……それって、今とあまり変わらなくない?」

 腕組みして考え込む私に、陛下はくくっと笑い声を立てる。地面に私を降ろし、もう一度きつく抱き締めた。

「無理に変わらずとも構わないんだ。一年後といっても、今のこの日々の延長線上に過ぎないだろう? 俺は……今が、この上なく幸せだから……」

「ガイウス陛下……」

 くぐもった声に胸がいっぱいになる。
 しゅんと鼻をすすって、私も腕いっぱいに彼を抱き締め返した――……



***


「ほら、ここだ。どう見える?」

「どう、って聞かれても。……荒れ野原?」

 窓から必死で目を凝らしても、見えるのは枯草に埋め尽くされた物悲しい風景ばかり。
 瞬きすら忘れて見入っていたせいで、気付けば目がしぱしぱしてきた。目元を擦ってあえなく降参する。

 ――精霊廟から出た私達はその足で、王城の外廊下へとやって来た。この廊下は精霊廟をぐるりと囲むように伸びているらしい。

 毛むくじゃらの手を私の頭にぽんと置き、陛下が小さく含み笑いする。

「精霊廟のあの扉の奥にはな、世にも美しい中庭が広がっているんだ。色とりどりの花が咲き乱れ、たとえ外が嵐であろうと陽光の降り注ぐ、常春の不思議な空間が」

「へえ……。まるで楽園ね」

 もう一度、窓にべったりと張り付いた。
 むむむと眉間に皺を寄せるも、やはりそんなものは見えてこない。はあっとため息をついた。

「枯れ草ぼうぼう、しかも曇り空でどんよりしてるわ。世にも寂しい中庭ね」

「そう。外からはそう見える」

「窓を開けてみたら……って、駄目ね。はめ殺しだわ」

 未練がましく窓に爪を立てて引っ掻くと、陛下がひょおおと伸びて耳を押さえた。あら、新たな弱点を発見したわ。

 目を輝かせる私を大急ぎで取り押さえ、陛下がこほんと空咳をする。

「精霊廟のあの扉には鍵はかかっていない。――だが、開けられるのは王族だけなのだ」

「じゃあ、私は入れない?」

 残念に思いつつ問いかけると、陛下はきっぱりと首を横に振った。

「俺が抱いて入れば大丈夫だ。まだ幼い頃はよくあの扉の奥へ行っていた。限られた人間にしか入れない、というところに特別感があったのだろうな」

 懐かしそうに目を細める。

 ……幼い頃のガイウス陛下。きっとふわふわのもこもこで、とんでもなく愛くるしかったに違いない。
 でも今はもう、こんなにもたくましく成長してしまったのね――

「悔しいわ!」
「何が!?」

 間髪入れずに突っ込んだ陛下は置いておくことにして、私はやっと窓から離れた。世にも美しい中庭はぜひ見てみたいけど、結婚してからのお楽しみに取っておきましょう。

 そう決めて微笑んだところで、はたと気が付いた。ジト目で陛下を見上げる。

「ね、さっき『俺が抱いて入れば大丈夫』って言い切りましたけど。……一体、ガイウス陛下は誰を抱っこして実験したのかしら」

「――へっ!? いやあのそのそれはっ!」

 素っ頓狂な声を上げ、明らかに動揺し始めた。……ふぅぅぅぅん?
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