ぐうたら姫は、ただいま獣の陛下と婚約中

和島逆

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第三章

第46話 己の欲望のままに!

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「ほらな、オレが付いて来て良かったろ? わざわざ着替え一式持ってきてやった甲斐があったぜ」

 イアンが得意気に胸を膨らませる。

 しかし、しょんぼりとおひげを垂らした陛下は答えるどころではない。悲しそうに私を窺い、すんと小さくお鼻を鳴らした。

「すまない、リリアーナ……。せっかくの……せっかくの、君とのデートだったのに……!」

 くっと喉を詰まらせる陛下に、笑って首を振ってみせる。

「大丈夫ですよ、ガイウス陛下! 人型であろうと獣型であろうと、どちらもあなたに変わりはないもの」

 力強く断言して、やわらかな手の平を両手で包み込んだ。瞳を潤ませて見上げると、ガイウス陛下は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 相変わらず照れ屋さんな彼にときめきつつも、私の心は占めるのは新年の贈り物について。下を向いてにやりとほくそ笑む。


 ――これで、獅子の彼にぴったりの物を選ぶことができるわ。


 胸を弾ませながら、「そろそろお買い物に戻りましょう?」と陛下を誘った。
 目指すは一軒目のお店! 素敵なしっぽリボンを見つけに戻りましょうっ!

 意気揚々と踵を返しかけたところで、突然周囲からわあっと歓声が上がった。

「――えっ?」

 ぎょっとして辺りを見回すと、大通りの通行人達が足を止めていた。全員が目を輝かせてガイウス陛下を見つめている。

「ガイウス陛下! 陛下が城下町にいらっしゃるとはお珍しい……!」
「どうぞ、うちの自慢の商品を見ていってください!」
「うちの名物の揚げパンはいかがですか? おまけも付けちゃいますよっ」
「ガイウス陛下~! 抱っこしてぇ~!」

 陛下に向かってどっと殺到する。
 あっという間に人波に囲まれてしまい、気付けば私だけ輪の外に弾き出されてしまっていた。よろけかけた私をイアンがすばやく支えてくれる。

「あ、ありがとう……。ガイウス陛下ってば、すっごく人気者なのね?」

 子どもにせがまれて高い高いしてあげている彼を、微笑ましく見守った。イアンも嬉しそうに目を細める。

「ああ、あいつが国民と交流するなんて滅多にねぇからな。――これも全部、姫さんのお陰だよ」

 ありがとな、なんて穏やかにお礼を言われて。

 いつも豪快なイアンにしては珍しい、まっすぐな賛辞に思わず赤面してしまう。
 照れ隠しに顔を背けて、「ほ、ほらっ。子ども達もあんなに喜んでるわっ」とガイウス陛下達を指差した。最初に抱っこしていた男の子を降ろしたところで、我も我もと別のちびっ子達が陛下に群がり出す。……んん?

「リリアーナ殿下?」

 黙り込んだ私に、メイベルが訝しげな視線を向ける。私は小さくかぶりを振って、じっと陛下と子ども達を観察した。

「ほらほら。順番、順番だ」

 朗らかな笑い声を立て、陛下が子ども達を縦一列に並ばせる。先頭の女の子をぽーんと放り投げてよしよしすると、女の子もお返しとばかりに陛下のたてがみを撫で撫でした。

「…………」

「ほら、次だ」

 いがぐり頭の男の子を抱き上げる。きゃっきゃっと笑った男の子は、鬣を握り締めて陛下の鼻面にぎゅうと抱き着いた。

「…………」

「姫さん?」

 今度はイアンが不審そうに私の肩を叩く。
 振り向いた私はしっと唇に指を当て、そろりそろりと歩き出した。さりげなく子ども達に混ざり、列の最後尾へと並ぶ。

 髪とドレスを整え、しとやかに微笑んで待つ。少しずつ少しずつ、列が進んで――……

 ふぁさりと鬣を揺らした陛下が、毛むくじゃらのたくましい腕を差し伸べた。

「ようし、次――ってえええええリリアーナッ!?」

 大絶叫する彼に構わず、当然の顔をして進み出る。だって私、きちんと順番は守りましたからね?

 抱っこ、抱っこと期待を込めて見上げるが、陛下は動揺したように後ずさりしてしまった。逃がすものかと、思いっきり目を吊り上げて彼を睨みつける。

「ガイウス陛下! 次は私の番ですっ」

「いや駄目だろう!? ここここのような人前で……っ」

 おろおろと言葉を濁す陛下に、こちらもじりじりとにじり寄った。「お姫様も抱っこしてあげてー!」「ちゃんといいこで並んでたのー!」頼もしく加勢してくれるちびっ子達に勇気づけられ、えいとばかりに助走をつける。体当りするように陛下の胸に飛び込んだ。

「……え、ええいっ。高い高いっ!!」

 がっちりと受け止めてくれた陛下は、ヤケクソのように声を張り上げる。軽々と持ち上げられ、浮遊感に声を上げて笑い出してしまう。

 まるで小さな子どもに戻ったようで、楽しくて楽しくてたまらない。
 周囲の子ども達はきゃあっと歓声を上げ、大人達も大笑いで私達を囃し立てた。メイベルとイアンも腰を折り曲げて爆笑している。

 そのままふかふかな首にしがみついた私を、ガイウス陛下は下に降ろさずお姫様抱っこしてくれた。至近距離から熱を込めて見つめると、陛下はすぐに恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。

 すかさずイアンの野次が飛んできた。

「こらガイウスーッ。照れてねぇで婚約者と仲睦まじいとこを見せとけば、国民が喜ぶぜーっ!」

「うううううるさいっ」

 鋭い牙を剥き出しに、恐ろしいお顔で吠えるもののちっとも怖くない。
 ぷっと噴き出して、ぼさぼさになってしまった彼の鬣に手を伸ばす。光沢のある毛を手櫛で丁寧に整えた。

 ――その瞬間、ぴかりと頭に天啓が走る。

「そっか。……うん、そうね!」

 それがいいわ、決めちゃった!

 声を弾ませる私に、陛下がぱちくりと瞬きした。腕を揺すって私を抱え直し、不思議そうに顔を覗き込む。

「リリアーナ?」

「ふふっ。何でもありません」

 人差し指を唇に押し当てて、意味ありげに微笑んでみせた。

 だって、彼にはまだ秘密にしなければ。
 新年の贈り物は、開けたときのお楽しみですからね?
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