上 下
21 / 87
第二章

第21話 目標設定、完了しました。

しおりを挟む
 両手で包み込むようにして持ち上げたカップから、芳しい香りが立ち昇る。温かな湯気に顔を近付け、うっとりと目を細めた。

「とっても爽やかな香りだわ……。味も、んん~! 深みのある中に、蜂蜜のほんのりした上品な甘さがあって……。いくらでも飲めちゃいそう」

 はしゃぐ私に、ディアドラが冷たい視線を向ける。

「そうだろうそうだろう。最高級の茶葉に、これまた最高級のお取り寄せ蜂蜜。くうっ、経費をちょろまかして手に入れた、私の秘蔵だったのに……!」

「ケチくさいこと言うなってディアドラ。姫さんがこれで許してくれるっつうんなら安いもんだろ?」

 これまた戸棚の奥から没収した、繊細な砂糖菓子をわっしわっしと口に入れながら、イアンが呑気な口を挟んでくる。ディアドラがカッと目を見開いた。

「そこの大熊っ。味音痴の分際で、私の大事なへそくり高級菓子を――……」

「そうよイアン。それも私がもらったんだからね? いっただきまーす」

 わざと大口を開けて砂糖菓子を放り込むと、ディアドラがこの世の終わりのような顔をした。悲壮感溢れるその様子に、堪えきれずに噴き出してしまう。
 お腹を抱えて笑いながら、砂糖菓子をまたひとつつまんだ。ひん曲がったディアドラの唇に押しつける。

「はい、あ~ん」

 いたずらっぽく勧めると、途端に機嫌を直して砂糖菓子にかぶりついた。なんとも幸せそうなその表情に、イアンと顔を見合わせて笑ってしまう。

 しばし三人でお茶会を楽しんでから、私はこほんと咳払いした。低い声で二人に語りかける。

「ディアドラ、イアン。ちょっと相談があるんだけど――……」

 ガイウス陛下へのぐうたら布教がうまくいっていないことをぽつりぽつりと説明すると、イアンがさもありなんと頷いた。眉根を寄せて声を震わせる。

「俺にはわかるぜ、アイツの気持ちが……。これまで信念を持って、必死で政務にその身を捧げてきたんだ。ちっとは休め、さぼれっつーのは、これまでの自分を全否定されるようなもんなんだよ。受け入れがたいのも仕方ねぇ」

「…………」

 コハクと似たような意見に唖然としてしまう。……イアンが、あのイアンがまともなことを言っているわ……!

 驚愕する私と同じく、ディアドラも疑わしそうな顔をしていた。
 私達の胡乱な視線には気付かぬまま、イアンは苦しげに目を伏せる。

「これまでの自分が間違っていただなんて、そう簡単に認められるか? 現に、現にこのオレだって……!」

 鉄板の口説き文句に駄目出しされちまったんだぜ!?

 憤然と机を叩きつけた彼に、目が点になる。……えぇと、鉄板の口説き文句って……。メイベルに鉄拳制裁を食らったあれ、かしら……?

「アニーちゃんもコニーちゃんもソニーちゃんも、いつも手を叩いて喜んでくれたのにっ。『イアン隊長ってとっても面白いかたね』『センスありますぅ』『あなたといると笑いっぱなしだわ』……って、あれもこれもそれも、全部演技だったっていうのかよっ?」

「ねえねえディアドラ。砂糖菓子をひとくちかじってからお茶を口に含むと、少しだけ苦いような気がするの」

「その苦味が身体に良いのだ。それに、その苦味も慣れるとおつなものだぞ」

「――って聞けよお前らあああああっ!?」

 だって全く興味ないんだもの。
 アニーちゃんもコニーちゃんもソニーちゃんも知らないし。……と、いうか。

「今はイアンの恋路の話じゃないでしょう? 議題はいかにしてガイウス陛下にぐうたらしてもらうか、よ」

 唇を尖らせる私に、ディアドラも重々しく同意する。

「そうだな。ガイウスにはそもそも、休むという概念がないのだ。疲れただの眠いだの文句も言わず、黙々と政務に打ち込むばかり。――まずは、あの仕事中毒者を執務室から引き離すべきではないか?」

 なるほど。
 物理的に仕事をできなくさせるわけね。

 むくれていたイアンも一転して瞳を輝かせ、全員で大きく頷き合う。ディアドラがぽんと手を打った。

「――そうだ! じき収穫祭だろう、ガイウスを誘い出すのだリリアーナ! ガイウスも息抜きになるし、あの血湧き肉躍る祭りで二人の距離もグッと近付くはず。一石二鳥というものだ!」

「おおっ、いい考えだぜ! あの死屍累々の祭りでこぶしとこぶしで分かり合い、お前らの気持ちも急上昇に盛り上がって――」

「待って!? 不穏な単語ばかり聞こえてくるのだけど!?」

 精霊に感謝を捧げる祭りじゃなかったの?
 ワクワク楽しいんじゃなかったの?

 背筋に悪寒が走り、鳥肌の浮いた腕を撫でさすった。恨めしげに二人を見比べる。

「……私、不参加でお願いします。草葉の陰から皆さんの無事をお祈りしているわ」

 粛々とした申し出は、即座にぴしゃりと撥ねのけられた。

「駄目に決まっているだろう未来の王妃。……実はガイウスも、毎年祭りには不参加なんだ。責任者として全体を見守る義務がある、などと本心を押し隠して遠慮して」

 それ、本気で参加したくないだけだと思うけど。

 頭を抱える私をよそに、ディアドラとイアンは大張り切りで計画を立てる。

「リリアーナのために動きやすいドレスを用意せねばな。収穫祭は体力勝負――今日から早速走り込みだ!」

「よっしゃ、監督はオレに任せとけ!」

「…………」

 盛り上がる二人を死んだ魚の目で見つめ、軟体動物のようにぐにゃりと椅子からずり落ちた。床を這いつくばって扉まで移動する。
 こそとも物音を立てず、無事に医務室からの離脱に成功した。

 静かに扉を閉めると、やいやい恐ろしい議論している二人の声も遮断された。ほっと安堵の吐息をつく。

「なんて私と相性の悪いお祭りなの……。当日は自室か精霊廟で籠城しなくっちゃね」

 ガイウス陛下も誘ってみようかしら。
 今日は一日、二人で壁を眺めて過ごしませんか? なぁんちゃってっ。

 照れ照れと身悶えしたところで、力なく肩を落とした。……駄目ね、付き合ってくれるはずがないもの。

 ぼんやりと壁にもたれて考え込む。

(……疲れたとも眠いとも言わず、政務に打ち込むばかり、か……。ん……?)

 ふと脳裏に蘇ったのは、精霊廟でのコハクの言葉。


 ――目標を、下げてみたらどうかな?
 ――王様の速度に合わせるんだよ。


「そうだわっ。コハクも言っていたじゃない。……うん、まずはそこから始めてみましょう!」

 名案に手を打って喜び、ぴょんと飛び跳ねるようにして行動を開始する。

 ガイウス陛下に、愚痴を言わせてみせる。
 疲れたときは疲れたと、休みたいときは休みたいと弱音を吐いてもらうのだ。

 今後の方針が定まって、気持ちが晴れ晴れとしてきた。一目散に執務室を目指す。

「それなら、やっぱり恐怖の収穫祭に誘ってみなくっちゃあ。体力を奪われそうなお祭りだもの、きっと『疲れた』ってこぼしてくれるはず!」

 ――目標は、ガイウス陛下に素直な感情を吐露してもらうこと。

 意気揚々と、生真面目なふかふか婚約者の元へ急ぐ私であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

処理中です...