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第二章

第20話 ぐうたら布教は、未だ道半ば。

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「――それで、どうなったと思う?」

 せっせと手を動かしながら、隣に座るコハクに問い掛けた。
 熱心に作業していた手を止めて、コハクは大きな瞳をしばたたかせる。可愛らしくこてんと首を傾げた。

「んー……。どう、って聞かれても。……君がそんなにしかめっ面してるところを見ると、とてもぐうたらの布教活動が成功したとは思えないなぁ」

 からかうように顔を近付けられたので、私はツンとそっぽを向く。その拍子に、せっかく繋げた茎がばらばらと外れて落ちてしまった。

「ああっ! また失敗……。んもうっ、これ難しすぎるわよ?」

 唇を尖らせて文句を言うと、コハクはうさぎ耳を揺らしてくつくつと笑った。


 ――のどかな秋の昼下り、精霊廟の花畑。

 眩しいほどの光が満ちるこの場所を、いつも通り私とコハクの二人だけで独占している。二人で競うように作っているのは、一輪ずつ丁寧に編み込んだ長い花束だ。
 また一からやり直しの私と違って、コハクの手の中のそれは充分な長さになっている。慎重な手付きで端と端を結びつけ、コハクは花の束をまるい輪っかに仕上げた。

「……できた」

 にっこり笑って、完成した美しい花かんむりを掲げてみせる。壊れ物を扱うように、そっと私の頭に載せてくれた。

「うん、いい出来だね。……リリアーナは不器用すぎるよ。王様にプレゼントするには、残念ながらまだまだ修行不足」

「ううう……!」

 ガイウス陛下の金茶色のたてがみには、真っ白なこの花がよく映えるに違いないのに……!

 やる気はあるわりに、この不器用な手が付いていかない。まったく、このほっそりした指は見掛け倒しなの?

 自分の手に八つ当たりしながら石畳のクッションへと移動して、ばらけてしまった花を持参の小さな花瓶に生けてみた。得意満面でコハクに見せびらかす。

「準備がいいと思わない? きっと今日も失敗するだろうと思って持ってきたの!」

「そんなところで用意周到にならなくていいってば。……精霊廟のこの花――フィオナの花は、とっても丈夫だし年中咲き誇っているんだから。いくらでも練習するといいよ」

 軽やかに一回転して、コハクは勢いよく花畑の真ん中に寝っ転がった。慌てる私に笑ってみせる。

「今日潰されたって、明日には復活して凛と上を向いている。――リリアーナは、王様がフィオナの花みたく強くないのが不満なの?」

「…………」

 そんなことない。

 私は、彼に強さなんか求めていない。
 むしろ――……

 白い花を踏みしめて、コハクの傍らに歩み寄った。私も花の上に座り込む。

 振り返ると、今私が踏んだ花はぺしゃんこになっていた。痛々しい姿に手を伸ばし、その傷ついた花弁を優しく撫でる。

「……私は、ガイウス陛下にきちんと休息を取ってもらいたいだけ。休まず働き続けるだなんて、無茶なことをするのはやめてほしいの」

 花だけを見つめて言葉を紡ぐ私に、コハクが深々とため息をついた。すっと私の手元が陰る。

 顔を上げると、コハクが悲しそうな瞳で私を見下ろしていた。

「リリアーナ。君にとって容易いことでも、王様にとっては難しいことなのかもしれない。君の言うことがどんなに正しくたって、王様にとっては救いじゃないかもしれないんだ」

「でもっ」

 反論しかけた私を制するように、コハクは人差し指をそっと自分の唇に当てた。子供とは思えない大人びた表情で、妖艶に微笑む。

「提案なんだけど。――目標を、下げてみたらどうかな?」

「……え?」

 唖然とする私を楽しげに眺め、歌うように続ける。

「いきなりお昼寝しよう、きちんと休もうってお願いしても無理なんでしょう? なら、最初はもっと簡単なところから始めてみたらどう? 王様の速度に合わせるんだよ」

「な、なるほど……! じゃあ、どんな目標にしたらいいの?」

 勢い込んで尋ねた私に、コハクは無邪気な笑みを浮かべた。私の腕を引き、精霊廟の出口まで誘導する。

「コハ――」

「それはリリアーナが自分で考えて。王様の婚約者は君でしょう?」

 ぽいっと外に投げ出された。えーっ、またぁ!?

 無情に閉まった扉を、ただただ茫然と眺める私であった。



***


「ん~……。お昼寝が無理なら、まずはうたた寝から……? 居眠り……おさぼり……いいえきっと駄目ね……」

 ぶつぶつと呟きつつ廊下を歩いていると、背後から「いたぁ、姫さんっ!!」という野太い叫び声が聞こえた。

「執務室で早食いするのもやめてほしいのよね……。食事は食堂でゆっくり、おしゃべりしながら一緒に取りたいわ」

「ひーめーさーんーっ!」

「いっそ、食べきれないぐらい用意したらどうかしら? そうしたら嫌でも早食いは――」

「姫さ……ああもう無視すんなよ教祖様っ!?」

 誰が教祖様よ。

 険を込めた目つきでイアンを振り返る。
 イアンは悪びれたふうもなくにやりと笑った。

「姫さん、暇だろ? 暇だよな? いっつも暇だもんな?」

「…………」

 失敬な。
 自慢じゃないけど、生まれてこのかた時間を持て余したことなんか一度もないわ。

 などと反論する暇もないまま。
 イアンから背中をぐいぐい押され、強制的に廊下を連行されていく。いやだから、私は忙しいんですけど!?

「ちょっ、イアンってば! どこに行くの!?」

「医務室。……実は、ディアドラがなぁ……」

 気まずそうに言葉を濁す。……ディアドラ?

 そういえば、書庫で真実を明かされて以来、彼女とは一切会っていない。毎日食事に乱入して私のごはんまで奪っていたというのに、ここ最近はとんと見かけていなかった。

「ディアドラが、どうしたの?」

 心配になって振り返った私に、イアンは情けなさそうに眉を下げてみせる。

「アイツ、らしくもなく落ち込んでんだよ。姫さんを利用するような真似をして、きっとアンタに嫌われちまったに違いねぇって。うぜぇぐらいに凹んでて」

「えええっ!?」

 驚愕した私は、イアンを置いて走り出した。
 長いドレスの裾を持ち上げて、懸命に足を動かす。ノックもせずに医務室の扉を開け放った。

「――ディアドラ!」

 机で書き物をしていたディアドラが、はっとしたように顔を上げる。仁王立ちする私を認めて、苦しげに顔を歪めた。

(まあ……! 本当に落ち込んでいるわ……!)

 あのディアドラが。
 無表情にひとを貶す、失礼なディアドラが。
 私の食生活を脅かす、盗み食いの達人ディアドラが!

 感動にうち震える私の肩を叩き、「ほらな?」とイアンがなぜか胸を張る。
 きつく目をつぶったディアドラは、決意したように立ち上がった。

「――リリアーナ」

 ふわふわと頼りない足取りで私に歩み寄り、震えながら一枚の紙を差し出した。首をひねりつつ、受け取って目を通す。

「えぇと……何なに? 『リリアーナを裏切った私ことディアドラは、今すぐ実家に帰らせていただきます』……って、えええええっ!?」

「止めないでくれリリアーナ……っ。私は、私は君に合わせる顔がないっ」

 くっと喉を詰まらせるディアドラに、体当たりで抱き着いた。必死になって長身の彼女を見上げる。

「絶対に駄目よ! お願いだから遠くになんか行かないでっ」

 まさか、あのディアドラがここまで思い詰めていただなんて。面白がったりしてごめんなさい……!

 泣き出しそうになっていると、背後からのほほんとしたイアンの声が飛んできた。

「ディアドラの実家は王城から徒歩五分だぞ」

「…………」

 それ、単なる早退じゃない?
 さては私を理由にしてさぼろうとしてたわね。

 半眼になって睨みつける私から逃げるように、ディアドラはそっぽを向いてしまう。ぴゅーるるー、と調子っぱずれな口笛を吹いた。
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