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16.もしや定番のあれですね!

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「……とまあ、ざっとこんな感じですデューク様。ぶりっ子もクール系も、どちらもアッシュ様の守備範囲だったみたい」

「なるほど。我が主ながら節操のないことだ」

 デューク様が大真面目に首肯した。

 深夜0時過ぎ。
 今夜もまた私達は二人で会合を行っていた。ちなみにお供は甘いココアとふわふわのマシュマロ。カロリーはこの際気にしない。

 温かなカップを両手で包み込みながら、私は今朝方のアッシュ様の様子を思い出す。

「恋心は残るのだと知って、アッシュ様は喜んでいらっしゃいました。だから私も……嬉しいかな。デューク様には、ご迷惑かもしれませんけど」

 照れくさく笑えば、デューク様が口をつぐんだ。じっとココアの水面を睨んで考え込み、ややあってきっぱりと首を横に振る。

「いや。これはむしろ、僥倖かもしれない」

「え?」

 驚く私を見つめ、デューク様はふっと表情をゆるめた。固唾を呑んで続きを待つ私に、おどけたみたいに肩をすくめてみせる。

「簡単なことさ。子供の頃に読んでもらった絵本を思い出してみろ、セシリア様。はるか昔からいつだって、悪い魔女の呪いを解くのに必要なものはただ一つ。そうだろう?」

「……あっ」

 すぐにピンときて、私は高らかに手を打った。デューク様もにやりと口角を上げる。

『――真実の愛ッ!!』

 お互いを指差し合い、私達はぴたりと声を合わせた。
 そうだ、どうして今まで気づかなかったんだろう。呪い師の庵から借りた童話集だって、筋書きは違えど結末はいつも同じだったはずだ。

「真実の愛の前では、悪しき呪いなんて跡形もなく消え去ってしまうんです。そうして二人はいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし……ってことですね!」

 興奮してまくし立てる私に、デューク様も大きく頷く。

「そうだ。オレは最初からこの可能性に賭けていたんだが、正直難しいだろうとも思っていた。主の君に対する恋心は、単なる……と言っては言葉が悪いか。つまりは、一目惚れの類に過ぎないと侮っていたんだ」

「ああ~……」

 さもありなんと私は天を仰いだ。
 実は私もそう思っていたのだ。可愛いだの天使だの、アッシュ様からの身に余る褒め言葉は素直に嬉しい。けれど、私の内面には一切触れてくれていないから。

「一目惚れから始まる恋もありだとは思うんですけど、せっかくなら私の中身も好きになってほしいかな……。でも、それって絶対に無理だって諦めてたんですけどね」

 何せアッシュ様は私に一目『惚れ』たら私を忘れてしまう。内面を深堀りする機会などそもそもないのだ。

 ――だけど。

 テーブルを叩きつけ、私は勢いよく身を乗り出した。

「恋心は消えないなら、毎日少しずつでも私への『好き』を積み重ねてもらえばいい! デューク様、つまりはそういうことですよね?」

「その通り。主の恋を『真実の愛』に進化させるのさ。そして君も心から主を愛したその瞬間、長年フォード伯爵家を苦しめてきた呪いは打ち破られるに違いない……!」

 デューク様も口調も熱を帯びる。なるほどなるほど。ようやく光明が見えてきた!

(……あれ? でも……)

「セシリア様、どうか頼んだ。主は抜けたところもあるが、勤勉で人望もある誠実な男なんだ。恩人だとか元上司だとか余計な要素は取っ払って、主本人を見てやってほしい」

「え。あ、いえその」

「皆まで言うな、わかってる! 毎日自分を忘れて面倒ばかり掛けてくる男を、恋愛対象として見るのは難しいってことぐらいはな。むしろ介護かよって突っ込みたくなるレベルだよな。それでもセシリア様、主は本当にいい奴なんだ。公私ともに長年付き合ってきたこのオレが保証する!」

 こぶしを振り上げ、デューク様が熱弁した。
 返事に窮する私に、いかにアッシュ様が素晴らしい人間なのか延々と説明してくれる。私はただ黙りこくって耳を傾けた。

 ようやく開放されたのは、それから小一時間ほど経ってから。部屋まで送ってもらい、お休みなさいの挨拶をしてデューク様と別れる。

 寝間着に着替え、私は勢いよくベッドに倒れ込んだ。枕に顔を押しつけて、胸に溜まった重い息を思う存分吐き出した。

「はああああ~~~っ」

 ……言えなかった。

 私はもうとっくに、アッシュ様に恋しているんだって。

 毎朝彼の部屋に行く時は、いつも心が華やいだ。もう一度好きになってもらえた瞬間は、何度経験しても飛び跳ねたいほどに嬉しくなる。
 彼のはにかんだ笑みが好きで、優しく気遣われるたび天にも昇る心地になるのだ。

(それなのに、いまだに呪いは解けてない)

 枕をきつく抱き締めて、物憂く起き上がる。
 本棚に置きっぱなしだった童話集を取り、ぱらぱらと適当にページをめくってみた。

(真実の、愛……)

 私とアッシュ様の間に足りないものは、一体何だろう。
 もしかして私のもアッシュ様のも、恋であって愛じゃないとか? それともこの思いは真実じゃないってこと? 

 考えれば考えるほど、ふつふつと怒りが込み上げてくる。

「……私はちゃんとアッシュ様が好きですけど? アッシュ様だって私のこと、すっごく好いてくれてるし。どう考えても立派に両思いよね、私達」

 それに比べ、この童話の主人公達はどうだろう。
 一目会って「美しい姫!」「王子様!」「好き!!」からの両思いの急速展開。一体どこに真実の愛を育む暇があったというの。私達の方がよっぽど丁寧に時間を掛けてるよね?

 童話集を乱暴に本棚に戻し、美しい夜空を敵のように睨みつける。

(……とりあえず)


 ――明日からまた、呪い師の手記を読み解くのに全力を注ごう!!


 一周回ってまた、何ら代わり映えしない結論に達した私であった。
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