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15.恋心は消せない
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呪いで消せるのは恋した相手の記憶だけ。
恋心そのものは消えずに残っているのではないか――……
そんなデューク様の仮説を検証すべく、早速私は翌日から行動を開始した。まずはお決まり、朝の「はじめまして」から。
「アッシュ様、おはようございますぅ。あなたの妻の、セシリアですぅ」
もじもじとドレスの裾を握り、はにかみながら挨拶してみる。ぶりっこ全開。ちょっとわざとらしすぎる気もするけど、何事も実験ですので。
じいっと上目遣いに見つめれば、寝起きのアッシュ様はみるみる真っ赤になった。どうやらときめいていらっしゃるご様子。
(よし、ここですぐさま確認!)
私はすっと背筋を伸ばし、大真面目にアッシュ様を見上げた。
「どうですか、アッシュ様。私のこと、好きですか?」
「えっ!?」
「ほらほら、契約書を読んで。『当主は妻セシリアに好意を持った場合、隠さずこれを伝えねばならない』って書いてあるでしょう? で、どうです? 私のこと好きですか? 見惚れました? 可愛いですか?」
ぐいぐい迫って畳みかければ、アッシュ様は一目散に逃げ出した。
いつぞやのようにカーテンを巻きつけてミノムシになり、ふしゅうと頭から湯気を出す。駄目です、逃がしませんよ。
カーテンを無理やり引っ剥がし、彼の腕に抱き着いた。
「さあさあアッシュ様、声を大にして言ってみましょう! 私のこと好き? 惚れてる、それとも惚れてない!?」
「ほっ、ほれて……ほれて……」
「がんばって!!」
「ほれてい……る!!」
「はいありがとうございましたっ!!」
うーん、やっぱり。
ときめきから恋への発展が早すぎる。
へなへなと崩れ落ちるアッシュ様を助け起こしながら、私は懸命に考え込んでいた。もしこれが本当なら、あまり状況はよろしくないかもしれない。
(さすがに連日忘れられるのはちょっと……。呪いを解く方法について、本当は二人で毎日だって話し合いたいのに)
けれど昨日話した内容すら忘れられてしまっては、議論するのも難しいじゃない。
こっそりため息をついている間に、アッシュ様は私から逃げて隅っこで虎の巻を読んでいた。ノートに忙しく目を走らせ、ぱあっと顔を輝かせる。
「今日はお茶の約束があるのだな! 昨日の俺が伝言してくれている。『ああ憎い羨ましい代わってほしいおのれ許すまじ明日の俺』……か。ふふん、悪かったな昨日の俺」
「…………」
いや、昨日のご自分に優越感を覚えられている場合でもなく。
あきれながらもちょっぴり笑ってしまった。
うやうやしく手を差し伸べれば、頬を染めたアッシュ様が素直に握り返してくれる。
「さ、まずは朝食にしましょうか」
「あ、ああ。喜んで!」
◇
――で、そのまた翌日。
「おはようございますアッシュ様。あなたの妻のセシリアと申します」
無表情を貼りつけて、冷え冷えとした声で言い放つ。
立ち尽くすアッシュ様をひと睨みし、亜麻色の髪を払ってツンと顎を反らせた。……さ、これならどう?
横目でこっそり様子を窺えば、アッシュ様がぽっと頬を染めた。なぜに!
「ええっアッシュ様!? もしや今、ときめいちゃってました!?」
「うっ!? いいいいやそんなことは」
「はい嘘言わないっ! 契約書に書いてあるでしょう、好意を持ったのならきちんと教えていただかないと!」
ぷんぷん怒って詰め寄る私に、アッシュ様はますます赤くなる。小動物のように震えながら、「び、美人だなと見惚れただけで」「でもちょっと気が強そうかなって」「で、でも可愛いなって」ともごもご呟いた。うーむ、なるほど。
(つまり、冷たく振る舞っても駄目なわけね……)
絶望に崩れ落ちる私に、アッシュ様が途端に慌て出した。
「ど、どうした!? 具合いが悪いのか!?」
「……あ、いえ……」
力なく微笑み返せば、アッシュ様がはっと息を呑む。なぜか痛そうに顔を歪め、ひざまずいて私を覗き込んだ。
「すまない……。嫌に決まっているよな、自分を忘れてしまう薄情な夫など……」
「えっ!? ち、違いますよ!?」
今度は私が大慌てしてしまう。
うなだれるアッシュ様の手を取り、一生懸命に揺さぶった。
「実験していただけなんです! たとえ記憶は失っても、アッシュ様の中に私への恋心は残っているんじゃないかって、デューク様が言っていたから」
実験を開始して、まだたったの二日。
けれど十中八九、間違いないと思う。どんな私が相手でも、あなたは絶対に心を動かしてくれるから。
そう言い募れば、アッシュ様の深い青の瞳が揺れた。すがるように私の手を握り返す。
「も、もしそれが正しいのならば……俺の中でお前は、消えることなく存在しているのだな。記憶をなくしても、確かにそこにいてくれるのだな……!」
「アッシュ様……」
目元を赤く染め、アッシュ様が感極まったように声を震わせた。彼の様子に私も胸を打たれ、それ以上何も言えなくなる。
(恋心が残るのが、いいことなのか悪いことなのか、それはわからないけど――……)
少なくとも、アッシュ様は喜んでくれている。それだけでもう充分な気がした。
私の心にも温かなものが満ちていく。
はにかみながら、私達は視線を交わし合った。ふふっと同時に笑みがこぼれる。
「……さ、それじゃあ今日も一日がんばりましょうかっ。私が呪い師の手記を解読して、絶対絶対呪いを解いてみせますから!」
アッシュ様は驚いたように目を瞬かせた。しかしすぐに表情をなごませ、「無理だけはしないように」と優しく気遣ってくれる。
(……いいえ。無理ぐらいするわ)
だってあなたに、私を覚えていてほしいから。
本音を言えば、毎日恋に落ちてもらえるのはくすぐったくて嬉しい。けれど、二人で未来に向かって歩いていきたいのも本当なのだ。
ためらいがちに差し出された腕に手を絡ませ、私は負けるもんかと不敵に微笑んだ。
恋心そのものは消えずに残っているのではないか――……
そんなデューク様の仮説を検証すべく、早速私は翌日から行動を開始した。まずはお決まり、朝の「はじめまして」から。
「アッシュ様、おはようございますぅ。あなたの妻の、セシリアですぅ」
もじもじとドレスの裾を握り、はにかみながら挨拶してみる。ぶりっこ全開。ちょっとわざとらしすぎる気もするけど、何事も実験ですので。
じいっと上目遣いに見つめれば、寝起きのアッシュ様はみるみる真っ赤になった。どうやらときめいていらっしゃるご様子。
(よし、ここですぐさま確認!)
私はすっと背筋を伸ばし、大真面目にアッシュ様を見上げた。
「どうですか、アッシュ様。私のこと、好きですか?」
「えっ!?」
「ほらほら、契約書を読んで。『当主は妻セシリアに好意を持った場合、隠さずこれを伝えねばならない』って書いてあるでしょう? で、どうです? 私のこと好きですか? 見惚れました? 可愛いですか?」
ぐいぐい迫って畳みかければ、アッシュ様は一目散に逃げ出した。
いつぞやのようにカーテンを巻きつけてミノムシになり、ふしゅうと頭から湯気を出す。駄目です、逃がしませんよ。
カーテンを無理やり引っ剥がし、彼の腕に抱き着いた。
「さあさあアッシュ様、声を大にして言ってみましょう! 私のこと好き? 惚れてる、それとも惚れてない!?」
「ほっ、ほれて……ほれて……」
「がんばって!!」
「ほれてい……る!!」
「はいありがとうございましたっ!!」
うーん、やっぱり。
ときめきから恋への発展が早すぎる。
へなへなと崩れ落ちるアッシュ様を助け起こしながら、私は懸命に考え込んでいた。もしこれが本当なら、あまり状況はよろしくないかもしれない。
(さすがに連日忘れられるのはちょっと……。呪いを解く方法について、本当は二人で毎日だって話し合いたいのに)
けれど昨日話した内容すら忘れられてしまっては、議論するのも難しいじゃない。
こっそりため息をついている間に、アッシュ様は私から逃げて隅っこで虎の巻を読んでいた。ノートに忙しく目を走らせ、ぱあっと顔を輝かせる。
「今日はお茶の約束があるのだな! 昨日の俺が伝言してくれている。『ああ憎い羨ましい代わってほしいおのれ許すまじ明日の俺』……か。ふふん、悪かったな昨日の俺」
「…………」
いや、昨日のご自分に優越感を覚えられている場合でもなく。
あきれながらもちょっぴり笑ってしまった。
うやうやしく手を差し伸べれば、頬を染めたアッシュ様が素直に握り返してくれる。
「さ、まずは朝食にしましょうか」
「あ、ああ。喜んで!」
◇
――で、そのまた翌日。
「おはようございますアッシュ様。あなたの妻のセシリアと申します」
無表情を貼りつけて、冷え冷えとした声で言い放つ。
立ち尽くすアッシュ様をひと睨みし、亜麻色の髪を払ってツンと顎を反らせた。……さ、これならどう?
横目でこっそり様子を窺えば、アッシュ様がぽっと頬を染めた。なぜに!
「ええっアッシュ様!? もしや今、ときめいちゃってました!?」
「うっ!? いいいいやそんなことは」
「はい嘘言わないっ! 契約書に書いてあるでしょう、好意を持ったのならきちんと教えていただかないと!」
ぷんぷん怒って詰め寄る私に、アッシュ様はますます赤くなる。小動物のように震えながら、「び、美人だなと見惚れただけで」「でもちょっと気が強そうかなって」「で、でも可愛いなって」ともごもご呟いた。うーむ、なるほど。
(つまり、冷たく振る舞っても駄目なわけね……)
絶望に崩れ落ちる私に、アッシュ様が途端に慌て出した。
「ど、どうした!? 具合いが悪いのか!?」
「……あ、いえ……」
力なく微笑み返せば、アッシュ様がはっと息を呑む。なぜか痛そうに顔を歪め、ひざまずいて私を覗き込んだ。
「すまない……。嫌に決まっているよな、自分を忘れてしまう薄情な夫など……」
「えっ!? ち、違いますよ!?」
今度は私が大慌てしてしまう。
うなだれるアッシュ様の手を取り、一生懸命に揺さぶった。
「実験していただけなんです! たとえ記憶は失っても、アッシュ様の中に私への恋心は残っているんじゃないかって、デューク様が言っていたから」
実験を開始して、まだたったの二日。
けれど十中八九、間違いないと思う。どんな私が相手でも、あなたは絶対に心を動かしてくれるから。
そう言い募れば、アッシュ様の深い青の瞳が揺れた。すがるように私の手を握り返す。
「も、もしそれが正しいのならば……俺の中でお前は、消えることなく存在しているのだな。記憶をなくしても、確かにそこにいてくれるのだな……!」
「アッシュ様……」
目元を赤く染め、アッシュ様が感極まったように声を震わせた。彼の様子に私も胸を打たれ、それ以上何も言えなくなる。
(恋心が残るのが、いいことなのか悪いことなのか、それはわからないけど――……)
少なくとも、アッシュ様は喜んでくれている。それだけでもう充分な気がした。
私の心にも温かなものが満ちていく。
はにかみながら、私達は視線を交わし合った。ふふっと同時に笑みがこぼれる。
「……さ、それじゃあ今日も一日がんばりましょうかっ。私が呪い師の手記を解読して、絶対絶対呪いを解いてみせますから!」
アッシュ様は驚いたように目を瞬かせた。しかしすぐに表情をなごませ、「無理だけはしないように」と優しく気遣ってくれる。
(……いいえ。無理ぐらいするわ)
だってあなたに、私を覚えていてほしいから。
本音を言えば、毎日恋に落ちてもらえるのはくすぐったくて嬉しい。けれど、二人で未来に向かって歩いていきたいのも本当なのだ。
ためらいがちに差し出された腕に手を絡ませ、私は負けるもんかと不敵に微笑んだ。
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