10 / 28
10.私のすべきこと
しおりを挟む
アッシュ様の背中に隠れ、恐る恐る小屋へと足を踏み入れる。
アッシュ様が窓のカーテンを開け放つと、小屋の中は一気に明るくなった。
室内は意外にもこざっぱりと片付いていて、とても数百年間空き家だったとは思えない。
空気もよどんでおらず、今でも誰かが住んでいると錯覚してしまいそうなほどだった。テーブルの上には愛用していたのだろう陶器の水差しと、木のマグカップが置きっぱなしになっている。
戸棚の中には所狭しと大小さまざまな食器が詰め込まれ、台所に並べられた大壺の中にはすっかり干からびた植物が入っていた。
「すごい、こんなにたくさん。これって薬草でしょうか?」
「おそらくな。……ああ、ちなみに中を出してみても無駄だぞ。家中の壺をひっくり返して調べてみたこともあるが、何も隠されてはいなかった」
アッシュ様が苦笑して肩をすくめる。
(そっか……)
この家の中に、呪いを解く手がかりがあるかもしれないのだ。
ならば気合いを入れて、私も神経を研ぎ澄ませなければ。
フォード伯爵家を長年苦しめてきた呪い。
その因縁から解き放つことができれば、アッシュ様もさぞかし喜んでくれるに違いない。それこそ私がアッシュ様にできる、最高のご恩返しになるかもしれない。
「……っ」
武者震いして、私はきつくこぶしを握り締める。
そうだ、私も一緒に呪いを解く手がかりを探すのだ。いくらアッシュ様やアッシュ様のご先祖様が調べ尽くした後だとはいっても、彼らとはまた違った視点でものを見られるかもしれない。
そう考えたら居ても立っても居られなくて、私は威勢よく腕まくりをした。アッシュ様が目を丸くする。
「セ……、セシリア?」
「アッシュ様。もちろん今日も手がかりを捜索するんですよね? 私、あちらから調べてきます!」
力強く宣言して、台所の方へと走る。
この家には一切の仕切りがなく、全体で大きな一部屋になっていた。台所は北側にあり、まずは床下の食料貯蔵庫を開く。
「…………」
うーん、空っぽか。
まあ、食べ物が入っていたらいたで困るけど。きっと変わり果てた姿になっているだろうし。
気を取り直し、お次は台所の戸棚へと取り掛かる。
割らないように注意しつつお皿を取り出し、床に移動させる。表裏を一枚一枚丁寧に確認するが、残念ながら全て無地だった。秘密の暗号なんかは隠されていないみたい。
アッシュ様も捜索を開始していた。
粗末な木のベッドの下を覗き込み、収納用らしき木箱を引っ張り出す。中を空けていけば、空っぽの瓶がごろごろ出てきた。
「駄目ですか?」
「ああ。本当にもう、何度確認したかはわからないんだけどな……」
アッシュ様が情けなさそうに微笑んだ。
それでも諦めきれない様子で、瓶を振ったり逆さにしたりしている。
(さて、私は……)
ぐるりと部屋を見回して、壁際にあった古びた本棚へと走る。ほとんど空になっている寂しい本棚で、立てかけてある本はほんの何冊か。薬草辞典に植物図鑑、料理のレシピ本。それからそれから――……
「あれ? 絵本もある」
かなり古くてページの色が黄ばんでしまっているが、装丁はしっかりしていた。
分厚いページを開けば、どうやら童話集のようだった。呪いで眠ったまま目覚めなくなったお姫様を、王子様が救うお話。毒リンゴを食べてしまったお姫様を、やっぱり王子様が救うお話。それから逆に、カエルになっちゃった王子様をお姫様が救うお話もある。
(懐かしい。いくつかは私も子供の頃に読んだ覚えがあるなぁ)
思わず読みふけってしまって、はっと我に返った。
いけないいけない、調べ物が先でした!
アッシュ様は気づいていたようで、頬をゆるめて私を見守っていた。う、「ちゃんと集中しろ」って怒ってくれたっていいのに。そんな優しい眼差しで見られたら、なんだか照れちゃうかも……。
慌てて下を向き、赤くなってしまった顔を隠す。黙り込んでいたら、アッシュ様がそっと私の手から童話集を取り上げた。
「これは借りて帰ろうか。家でゆっくり楽しむといい」
「……いいんですか?」
上目遣いに窺えば、今度はアッシュ様が赤くなる。
私から視線を外して、せかせかと頷いた。
「ああ、本の類はすでにほとんど我が家に移してあるんだ。薬草に関する覚書に、この森で採取できる植物の記録、それから日記帳。呪い師が手ずから書き残したものだからな、何かわかるかもしれないだろう? ここに残した童話集と辞典は市販された品だから、昔調べてそれきりだが」
「おかしな書き込みとかもなかったんですか?」
「残念ながら。よかったらお前も読みながら確認してみてくれ」
そう頼まれて、お言葉に甘えて童話集は持ち帰ることにした。内容を楽しむだけじゃなく、目を皿のようにして探さなきゃ、ね。
「帰ったら手記の方も見せてください。そちらももう一度私が調べてみますから」
「わかった。ただし、あまり根を詰めるなよ。なにせ量が膨大だからな」
アッシュ様が気遣わしげに言ってくれる。
それからは二人で協力し、大車輪で散らかった部屋を片付けた。気づけば日は西に傾き始めていて、そろそろ帰路につかなければならない。
(それでも……)
今日一日、収穫はあったと思う。
呪いをかけた張本人の家を見ることができたし、自分のすべきことも定まった。
これから呪い師の手記をじっくり調べて、呪いを解く手がかりを探していこう。
――今度はこの私が、アッシュ様を助けるために。
「さあ、帰ろうか」
「はい。アッシュ様」
恥ずかしそうに差し出された手を、私もしっかりと握り返した。
アッシュ様が窓のカーテンを開け放つと、小屋の中は一気に明るくなった。
室内は意外にもこざっぱりと片付いていて、とても数百年間空き家だったとは思えない。
空気もよどんでおらず、今でも誰かが住んでいると錯覚してしまいそうなほどだった。テーブルの上には愛用していたのだろう陶器の水差しと、木のマグカップが置きっぱなしになっている。
戸棚の中には所狭しと大小さまざまな食器が詰め込まれ、台所に並べられた大壺の中にはすっかり干からびた植物が入っていた。
「すごい、こんなにたくさん。これって薬草でしょうか?」
「おそらくな。……ああ、ちなみに中を出してみても無駄だぞ。家中の壺をひっくり返して調べてみたこともあるが、何も隠されてはいなかった」
アッシュ様が苦笑して肩をすくめる。
(そっか……)
この家の中に、呪いを解く手がかりがあるかもしれないのだ。
ならば気合いを入れて、私も神経を研ぎ澄ませなければ。
フォード伯爵家を長年苦しめてきた呪い。
その因縁から解き放つことができれば、アッシュ様もさぞかし喜んでくれるに違いない。それこそ私がアッシュ様にできる、最高のご恩返しになるかもしれない。
「……っ」
武者震いして、私はきつくこぶしを握り締める。
そうだ、私も一緒に呪いを解く手がかりを探すのだ。いくらアッシュ様やアッシュ様のご先祖様が調べ尽くした後だとはいっても、彼らとはまた違った視点でものを見られるかもしれない。
そう考えたら居ても立っても居られなくて、私は威勢よく腕まくりをした。アッシュ様が目を丸くする。
「セ……、セシリア?」
「アッシュ様。もちろん今日も手がかりを捜索するんですよね? 私、あちらから調べてきます!」
力強く宣言して、台所の方へと走る。
この家には一切の仕切りがなく、全体で大きな一部屋になっていた。台所は北側にあり、まずは床下の食料貯蔵庫を開く。
「…………」
うーん、空っぽか。
まあ、食べ物が入っていたらいたで困るけど。きっと変わり果てた姿になっているだろうし。
気を取り直し、お次は台所の戸棚へと取り掛かる。
割らないように注意しつつお皿を取り出し、床に移動させる。表裏を一枚一枚丁寧に確認するが、残念ながら全て無地だった。秘密の暗号なんかは隠されていないみたい。
アッシュ様も捜索を開始していた。
粗末な木のベッドの下を覗き込み、収納用らしき木箱を引っ張り出す。中を空けていけば、空っぽの瓶がごろごろ出てきた。
「駄目ですか?」
「ああ。本当にもう、何度確認したかはわからないんだけどな……」
アッシュ様が情けなさそうに微笑んだ。
それでも諦めきれない様子で、瓶を振ったり逆さにしたりしている。
(さて、私は……)
ぐるりと部屋を見回して、壁際にあった古びた本棚へと走る。ほとんど空になっている寂しい本棚で、立てかけてある本はほんの何冊か。薬草辞典に植物図鑑、料理のレシピ本。それからそれから――……
「あれ? 絵本もある」
かなり古くてページの色が黄ばんでしまっているが、装丁はしっかりしていた。
分厚いページを開けば、どうやら童話集のようだった。呪いで眠ったまま目覚めなくなったお姫様を、王子様が救うお話。毒リンゴを食べてしまったお姫様を、やっぱり王子様が救うお話。それから逆に、カエルになっちゃった王子様をお姫様が救うお話もある。
(懐かしい。いくつかは私も子供の頃に読んだ覚えがあるなぁ)
思わず読みふけってしまって、はっと我に返った。
いけないいけない、調べ物が先でした!
アッシュ様は気づいていたようで、頬をゆるめて私を見守っていた。う、「ちゃんと集中しろ」って怒ってくれたっていいのに。そんな優しい眼差しで見られたら、なんだか照れちゃうかも……。
慌てて下を向き、赤くなってしまった顔を隠す。黙り込んでいたら、アッシュ様がそっと私の手から童話集を取り上げた。
「これは借りて帰ろうか。家でゆっくり楽しむといい」
「……いいんですか?」
上目遣いに窺えば、今度はアッシュ様が赤くなる。
私から視線を外して、せかせかと頷いた。
「ああ、本の類はすでにほとんど我が家に移してあるんだ。薬草に関する覚書に、この森で採取できる植物の記録、それから日記帳。呪い師が手ずから書き残したものだからな、何かわかるかもしれないだろう? ここに残した童話集と辞典は市販された品だから、昔調べてそれきりだが」
「おかしな書き込みとかもなかったんですか?」
「残念ながら。よかったらお前も読みながら確認してみてくれ」
そう頼まれて、お言葉に甘えて童話集は持ち帰ることにした。内容を楽しむだけじゃなく、目を皿のようにして探さなきゃ、ね。
「帰ったら手記の方も見せてください。そちらももう一度私が調べてみますから」
「わかった。ただし、あまり根を詰めるなよ。なにせ量が膨大だからな」
アッシュ様が気遣わしげに言ってくれる。
それからは二人で協力し、大車輪で散らかった部屋を片付けた。気づけば日は西に傾き始めていて、そろそろ帰路につかなければならない。
(それでも……)
今日一日、収穫はあったと思う。
呪いをかけた張本人の家を見ることができたし、自分のすべきことも定まった。
これから呪い師の手記をじっくり調べて、呪いを解く手がかりを探していこう。
――今度はこの私が、アッシュ様を助けるために。
「さあ、帰ろうか」
「はい。アッシュ様」
恥ずかしそうに差し出された手を、私もしっかりと握り返した。
194
お気に入りに追加
564
あなたにおすすめの小説
家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。
木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。
その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。
そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。
なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。
私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。
しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。
それなのに、私の扱いだけはまったく違う。
どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。
当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる