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9.いざ、呪い師の庵へ!

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 それから、馬車でさらに二時間ほど。

 途中に立ち寄った村で休憩を取り、そこで果実酒や水、お肉にパンを追加で仕込んだ。
 突然訪ねてきたにも関わらず、村人達は嬉しそうに私達をもてなしてくれた。
 うっかりメイド服のまま出かけてしまったものだから、私はアッシュ様の妻とは認識されなかった。でもそのお陰か気さくに接してくれて、「お嬢さん、よかったら」と甘いドライフルーツまで分けてもらってホクホクだ。

 上機嫌で馬車に揺られながら、もらった干しブドウをつまむ。甘酸っぱさにさっきからついつい手が止まらない。

「美味しい。アッシュ様、もう少しいかがです?」

 笑顔でアッシュ様にも勧めれば、なぜかアッシュ様が私を凝視していた。バチッと目が合い、ぎょっとして二人同時にのけぞるような形になってしまう。な、なに?

(一人で食べすぎってこと? で、でもまだ半分以上は食べていないはずっ)

 おろおろと干しブドウの入った袋を覗き込み、上目遣いにアッシュ様を窺った。途端にアッシュ様が苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……ご、ごめんなさい。うう、残りは全部アッシュ様に差し上げます……」

 すっごく惜しいけど。
 半分こだとしたら、あと数粒くらいは私の取り分なはずなんだけど。

 断腸の思いで袋を差し出せば、アッシュ様が慌てたみたいに首を振った。

「い、いやいらない。村人はお前にと言ってくれたのだから、お前が全部食べるといい」

「いえ、どうぞアッシュ様が召し上がってください」

「いやいや、お前が」

 お互いに遠慮し合う。
 おかしいな、「お前どんだけ食ってんだよ」って目で見られた気がしたんだけど……。

(アッシュ様って、よくわからないひとだなぁ)

 悩みながら無意識に、干しブドウを口にする。アッシュ様が目を細めた。

「あっ、ごめんなさい。アッシュ様もどうぞ」

「ち、違う。本当にいらないんだ。ただ俺は、夢中になって食べるお前が、リスみたいで愛らしいと――いや何でもない忘れてくれっ」

 真っ赤になって顔を背ける。うん?

 びっくりしてアッシュ様を見つめて、肩から力が抜けていく。よかった、怒ってたわけじゃなかったんだ。嬉しそうに餌をついばむニワトリを眺める、みたいな心境だったわけね。

 ほっと安堵して笑顔になる。そうとわかれば遠慮なく、と干しブドウを口に放り込んだ。

「うん、本当に美味しいです。ありがとうございますアッシュ様!」

「……うん」

 かたい蕾がほころぶように、アッシュ様がふわりと微笑んだ。


 ◇


「うぅん、到着っ!」

「ああ。遠かったからくたびれたろう」

 馬車から跳び下りて伸びをする私を、アッシュ様が気遣ってくれる。「平気です」と笑ってかぶりを振って、興味しんしんで辺りを見回した。

 意外なことに、森へと続く道は綺麗に土をならして整備されていた。馬車を走らせるにも全く支障なく、こんな奥深いところまで来れてしまった。

「森の恵みが豊富で、近隣の村々から農夫達やその家族が日常的に出入りしているからな。危険な獣もそういないから、安心するといい」

 馬を繋いで、「こっちだ」とアッシュ様が先導してくれる。どうやらここからは徒歩で進むらしい。

「村人達は、呪い師の庵に立ち寄ったりはしないんですか?」

 草ぼうぼうで歩き辛い道を、アッシュ様が手慣れた様子で掻き分けていく。私はただ後を付いていくだけだ。

「ああ、村人達にはここらは立入禁止だと伝えてある。手がかりを失くされても困るし、そもそも気持ちの良いものじゃないだろう。子々孫々まで残るほどに、強い呪いをかけられる人間の暮らしていた場所だからな」

 振り返らないまま、アッシュ様が低く吐き捨てる。
 何と返すべきかわからなくて、私は黙々と足を動かした。いくらも進まないうちに、ぱあっと一気に視界が開ける。

「わ……!」

 丸太を組んで建てられた、素朴で可愛らしい家だった。
 屋根にはずんぐりした煙突があり、まるで今にも煙を吐き出しそうに見える。庭には色とりどりの花が咲き乱れ、蝶々や蜜蜂がつまみ食いをするように花から花へと飛んでいく。

(途中の道は、あんなに荒れ果てていたのに)

 家の周りをぐるりと囲むように、低い柵が立てられていた。
 どうやらここが庵と外界を隔てる境界線のようで、柵の外では背丈ほどもある雑草が縦横無尽にはびこっている。内側の美しく手入れされた庭とは大違いだった。

 アッシュ様にうながされるまま、夢見心地で庭に足を踏み入れる。
 くるりと一回転して、花の甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

(すてき。別世界みたいに、きれい……)

 正直、もっとおどろおどろしい小屋を想像していただけに驚いた。「呪い師が住んでいた」という先入観が邪魔をしたせいだろうか。

「……美しいだろう。ここは、いつ訪れても変わらない。まるでここだけ、時が止まっているかのようだ」

 ささやくようにアッシュ様が告げる。

 はっとして彼を見上げれば、彼は思いのほか静かな目をしていた。さっきはあんなに苦々しげだったのに、その眼差しはむしろ愛おしげにすら見える。

「アッシュ様……」

「不思議だな。俺にとってこの場所は憎しみの対象でしかないのに、何故かここに来ると安らいだ気持ちになる……」

 苦笑して、アッシュ様はかぶりを振った。
 振り切るように庭を突っ切り、小屋の扉を無造作に押す。かすかな軋み音すら立てずに、ゆっくりと扉が開いた。
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