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4.わけがわからないなりにヤケクソになってみる
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――翌早朝。
自室に戻った私は一睡もできないまま、まだ暗いうちにベッドから抜け出した。
手早くメイドのお仕着せに着替え、カーテンを開け放つ。窓辺に佇んで夜が明けるのを待ち構えていたら、ようやく東の空が白み始めた。
(……よしっ)
頬を叩いて気合いを入れて、自室から飛び出す。勇み足で駆け出した途端、つんのめるように急停止した。
「デュ、デューク様っ!?」
「……おはよう、セシリア様」
壁にもたれ掛かったデューク様が、眠そうにあくびを噛み殺す。
私は混乱して、アッシュ様の部屋の扉とデューク様とを見比べた。
「え? え? デューク様、もしや一晩中不寝番をされていたのですか?」
私がまたアッシュ様の部屋に突撃するとでも思われたのだろうか。
そんな心配しなくてよかったのに。死んだように深く寝入っているひとを、無理やり起こすほど私は人でなしじゃない。
そう一生懸命に弁解すれば、デューク様は「違う違う」と手をパタパタ振って苦笑した。
「オレも三十分ぐらい前に着いたばかりなんだ。君はきっと朝一番に訪ねてくるだろうと予想して、早めにここで張っていたのさ」
なるほどね。
昨夜はアッシュ様が撃沈してしまったため、明日の朝仕切り直そうということになったのだ。だから私はまだ、何ひとつ把握できていない。
そう、デューク様のおっしゃっていた『呪い』に関して――……
「さ、それじゃあ入ろうか。夜の間は叩いてもつねっても起きることはないが、日が昇りさえすれば大丈夫。今すぐ主を目覚めさせよう」
「…………」
いいのかなぁ、と悩みつつ、二人でそっとアッシュ様の部屋に侵入する。
すやすやと健康的な寝息を立てている彼の横に忍び寄り、デューク様が私に耳打ちした。
(いけ、君が起こすんだ)
(えっ? だけど……)
(『呪い』については説明するより、実際に見てもらった方が早い。さあ、オレはちゃんと後ろで見守ってるから)
そろりそろりと後ずさりして、迷う私に目配せする。
それで私も腹をくくって、青白い顔をして眠るアッシュ様を覗き込んだ。本当に綺麗で、まるで絵本に出てくる眠り姫みたいだ。
「アッシュ様……」
優しく肩を揺さぶった。
閉じたまぶたがピクリと反応する。
「アッシュ様、起きてください。そしてどうぞ、お願いです。私に昨夜の続きをしてくださいな……?」
耳元にそっとささやきかけた。
デューク様がブッとむせて、「その言い方だと何やら語弊があるような……」などとブツブツ呟いている。んん?
「何ですか、デューク様。何か問題でも?」
「いや、あのなセシリア様」
デューク様が苦虫を噛み潰したような顔をした瞬間、ベッドのアッシュ様が低くうめき声を上げる。
「……う……」
長いまつ毛がふるりと揺れて、うっすら目を開いた。
私はほっと安堵して、ぼんやりと潤んだ青の瞳を見つめる。
「アッシュ様。おはようございます!」
「……ぅ、おは、よう……?」
ささやくように挨拶を返すと、アッシュ様は気だるげに起き上がった。笑顔の私を認め、すうっと顔を凍りつかせる。
しばし黙りこくり、ややあって慎重な動きで私から距離を取った。
「その格好……お前は、新しいメイドか?」
え?
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
驚き固まる私に、アッシュ様はますます不審そうに眉根を寄せる。
「おかしいな、俺の許可なく使用人を雇うことはないはずだが……。お前、名は何という?」
「……え……」
「おはようございます、主」
言葉を失う私を見かねたのか、デューク様が大股で歩み寄ってくる。アッシュ様の冷ややかな視線が私から彼へと移動した。
「デューク?……お前なぁ、一体どういうつもりだ。わざわざ新人メイドを連れて起こしに来るなどと」
腹立たしげに告げると、私の横をすり抜けてベッドから出る。アッシュ様はもう私を見向きもしなかった。
思考がしびれたみたいに停止する。
まるで突然、自分が空気になったみたいだった。
赤の他人を見るような眼差し、親しみなんて全くこもっていない冷たい声音。昨夜カーテンをかぶって震えていたひとと同一人物とは思えなくて、体が急激に冷えていく。
(ど、どういうこと?)
演技には、到底見えない。
アッシュ様、本当に私がわからないの――!?
遠ざかっていく後ろ姿に、泣きそうになりながら手を伸ばした。
「アッシュ、さま……っ。まって」
アッシュ様が弾かれたように振り返り、顔を強ばらせる。
「わきまえよ、いつ俺が名で呼ぶ許可を出した? それにさっきの台詞も何だ、昨夜の続きだのなんだの、と――……ッ!?」
「アッシュ様?」
なぜかいきなり、アッシュ様が真っ青になった。
口を押さえてうつむき、今度は一転して真っ赤になって、それからまた青くなっていく。赤、青、赤、青と目まぐるしく色が変わる。
何なに、もしかして大変な病気なのっ?
「アッシュ様! またお具合いが悪いのですか!?」
「おぐっ、おぐあいは、おぐあいは悪くない大丈夫だ問題ないだがしかしだけれどもぬおおおおッ! おいデュークーーーッ教えてくれ答えてくれ彼女はもしや俺のーーーッ!?」
「はい! 新婚ほやほやの奥様でいらっしゃいます!」
デューク様が満面の笑みで答えた。
「…………」
アッシュ様は叫ぶのをやめると、虚無の顔を私に向ける。こてん、と尋ねるように首を傾げたので、私もこてん、と角度を合わせてみる。
それでも何も言わないので、私は横目でデューク様の様子を窺った。
デューク様は「やったれ!」と言わんばかりに親指を立てる。ああはい、全然わかんないけど了解です……?
私はコホンと空咳して姿勢を正した。
今しがたのデューク様を倣い、ニコッと弾けるような笑みを浮かべる。
「アッシュ様、私セシリアと申しますっ! 恥ずかしながら初夜に逃げられてしまったけど、あなた様は離縁する気満々みたいけど、今のところは間違いなくアッシュ様の妻のセシリアでーすっ!」
もうこうなったらヤケクソよ!
自室に戻った私は一睡もできないまま、まだ暗いうちにベッドから抜け出した。
手早くメイドのお仕着せに着替え、カーテンを開け放つ。窓辺に佇んで夜が明けるのを待ち構えていたら、ようやく東の空が白み始めた。
(……よしっ)
頬を叩いて気合いを入れて、自室から飛び出す。勇み足で駆け出した途端、つんのめるように急停止した。
「デュ、デューク様っ!?」
「……おはよう、セシリア様」
壁にもたれ掛かったデューク様が、眠そうにあくびを噛み殺す。
私は混乱して、アッシュ様の部屋の扉とデューク様とを見比べた。
「え? え? デューク様、もしや一晩中不寝番をされていたのですか?」
私がまたアッシュ様の部屋に突撃するとでも思われたのだろうか。
そんな心配しなくてよかったのに。死んだように深く寝入っているひとを、無理やり起こすほど私は人でなしじゃない。
そう一生懸命に弁解すれば、デューク様は「違う違う」と手をパタパタ振って苦笑した。
「オレも三十分ぐらい前に着いたばかりなんだ。君はきっと朝一番に訪ねてくるだろうと予想して、早めにここで張っていたのさ」
なるほどね。
昨夜はアッシュ様が撃沈してしまったため、明日の朝仕切り直そうということになったのだ。だから私はまだ、何ひとつ把握できていない。
そう、デューク様のおっしゃっていた『呪い』に関して――……
「さ、それじゃあ入ろうか。夜の間は叩いてもつねっても起きることはないが、日が昇りさえすれば大丈夫。今すぐ主を目覚めさせよう」
「…………」
いいのかなぁ、と悩みつつ、二人でそっとアッシュ様の部屋に侵入する。
すやすやと健康的な寝息を立てている彼の横に忍び寄り、デューク様が私に耳打ちした。
(いけ、君が起こすんだ)
(えっ? だけど……)
(『呪い』については説明するより、実際に見てもらった方が早い。さあ、オレはちゃんと後ろで見守ってるから)
そろりそろりと後ずさりして、迷う私に目配せする。
それで私も腹をくくって、青白い顔をして眠るアッシュ様を覗き込んだ。本当に綺麗で、まるで絵本に出てくる眠り姫みたいだ。
「アッシュ様……」
優しく肩を揺さぶった。
閉じたまぶたがピクリと反応する。
「アッシュ様、起きてください。そしてどうぞ、お願いです。私に昨夜の続きをしてくださいな……?」
耳元にそっとささやきかけた。
デューク様がブッとむせて、「その言い方だと何やら語弊があるような……」などとブツブツ呟いている。んん?
「何ですか、デューク様。何か問題でも?」
「いや、あのなセシリア様」
デューク様が苦虫を噛み潰したような顔をした瞬間、ベッドのアッシュ様が低くうめき声を上げる。
「……う……」
長いまつ毛がふるりと揺れて、うっすら目を開いた。
私はほっと安堵して、ぼんやりと潤んだ青の瞳を見つめる。
「アッシュ様。おはようございます!」
「……ぅ、おは、よう……?」
ささやくように挨拶を返すと、アッシュ様は気だるげに起き上がった。笑顔の私を認め、すうっと顔を凍りつかせる。
しばし黙りこくり、ややあって慎重な動きで私から距離を取った。
「その格好……お前は、新しいメイドか?」
え?
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
驚き固まる私に、アッシュ様はますます不審そうに眉根を寄せる。
「おかしいな、俺の許可なく使用人を雇うことはないはずだが……。お前、名は何という?」
「……え……」
「おはようございます、主」
言葉を失う私を見かねたのか、デューク様が大股で歩み寄ってくる。アッシュ様の冷ややかな視線が私から彼へと移動した。
「デューク?……お前なぁ、一体どういうつもりだ。わざわざ新人メイドを連れて起こしに来るなどと」
腹立たしげに告げると、私の横をすり抜けてベッドから出る。アッシュ様はもう私を見向きもしなかった。
思考がしびれたみたいに停止する。
まるで突然、自分が空気になったみたいだった。
赤の他人を見るような眼差し、親しみなんて全くこもっていない冷たい声音。昨夜カーテンをかぶって震えていたひとと同一人物とは思えなくて、体が急激に冷えていく。
(ど、どういうこと?)
演技には、到底見えない。
アッシュ様、本当に私がわからないの――!?
遠ざかっていく後ろ姿に、泣きそうになりながら手を伸ばした。
「アッシュ、さま……っ。まって」
アッシュ様が弾かれたように振り返り、顔を強ばらせる。
「わきまえよ、いつ俺が名で呼ぶ許可を出した? それにさっきの台詞も何だ、昨夜の続きだのなんだの、と――……ッ!?」
「アッシュ様?」
なぜかいきなり、アッシュ様が真っ青になった。
口を押さえてうつむき、今度は一転して真っ赤になって、それからまた青くなっていく。赤、青、赤、青と目まぐるしく色が変わる。
何なに、もしかして大変な病気なのっ?
「アッシュ様! またお具合いが悪いのですか!?」
「おぐっ、おぐあいは、おぐあいは悪くない大丈夫だ問題ないだがしかしだけれどもぬおおおおッ! おいデュークーーーッ教えてくれ答えてくれ彼女はもしや俺のーーーッ!?」
「はい! 新婚ほやほやの奥様でいらっしゃいます!」
デューク様が満面の笑みで答えた。
「…………」
アッシュ様は叫ぶのをやめると、虚無の顔を私に向ける。こてん、と尋ねるように首を傾げたので、私もこてん、と角度を合わせてみる。
それでも何も言わないので、私は横目でデューク様の様子を窺った。
デューク様は「やったれ!」と言わんばかりに親指を立てる。ああはい、全然わかんないけど了解です……?
私はコホンと空咳して姿勢を正した。
今しがたのデューク様を倣い、ニコッと弾けるような笑みを浮かべる。
「アッシュ様、私セシリアと申しますっ! 恥ずかしながら初夜に逃げられてしまったけど、あなた様は離縁する気満々みたいけど、今のところは間違いなくアッシュ様の妻のセシリアでーすっ!」
もうこうなったらヤケクソよ!
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